76・見つけたのは赤の影
「さて……どういたしましょうか?」
場所を移してここは警備隊の詰め所です。傷害事件の犯人であるリリちゃんを捕まえたと言って、この牢屋の一室を借り受けました。尋問をするのにうってつけの場所ですね。
「あなたにはいくつか聞きたいことがあります。まずは……クリンくんを攫ったというのは本当ですか?」
鉄格子の先、縛られて石畳に座り込むリリちゃんの姿があります。ここへ連行している間も、その小さな口が開くことはなく固く閉ざされていました。今もムスッとした表情で口を閉ざし、ただ、こちらを睨むばかりです。
「ねぇお願い。なんでもいいの……答えてくれないかな? クリンのこと何か知ってない?」
ミランダさんが震える声でそう聞きますが、リリちゃんの態度は変わりありません。……それにしてもさっきまで油断ならないミランダさんでしたが、クリンくんのこととなると途端に弱くなっているのは気のせいでしょうか。あぁ、今考えることではありませんね。
「黙ってないで何か言ったらどうなんだ?」
見かねたライトくんが声を張り上げてリリちゃんに問いますが、返事の代わりにぷいっとそっぽを向くリリちゃん。
「この……!!」
「やめるんだ」
その態度にしびれを切らしたライトくんが鉄格子の扉を開けて入ろうとしたところを、カイルさんが止めました。
「普通に聞いても彼女は答えてくれないだろう。……ここは僕に任せてくれないかな」
「……それではおまかせします」
何やら自信ありげなカイルさんは鉄格子の扉を開けて中へ入っていきました。その時、一瞬見えた横顔がなにやら悪い顔だった気がします。あっ……なんだかこれは、嫌な予感がしますね。
「今の君に逃げ場はない、正直に話してくれないだろうか?」
比較的穏やかに話しかけるカイルさんは徐々にリリちゃんに近づいていきました。彼女の前で立ち止まり、そっぽを向いたリリちゃんを見下ろす。
「……知ってるかい。魔族に対して法は適用されないらしい。君らは僕ら人間とは違うからね……」
低い声でそう告げると突然壁を足で蹴った。その位置はちょうどそっぽを見ていたリリちゃんの顔面横。石の壁とブーツの底がぶつかる重い音が響く。
「幸い、ここには僕らしかいない。君に何かした所で、外に漏れることもないだろうね……」
平然とそう言うカイルさんの顔は……少なくとも人のいい笑顔ではないのは確かですね。あぁ……何時ぞやのカイルさんを思い出す顔だなぁ……。
「に、人間ごときがリリに脅し……? そんなの意味ないんだからね!」
そう言ってはいるものの、目に浮かべた涙が今にも零れ落ちそうなリリちゃんでした。……あれ、今思ったのですが、この図はやばくないですか。見た目少女の涙目リリちゃんと恐ろしいほどに怖い顔のカイルさんですよ……なんか色々とやばい。
「そこまでです。カイルさん、ちょっとやりすぎでは?」
「見た目に騙されてはいけません。この涙だって嘘だという可能性が――」
「やりすぎですよ?」
「……あっ」
失態に気づいたのかサーと血の気が引いて青い顔をするカイルさん。そんなカイルさんは放っておいて、私はリリちゃんに向き直りました。
「魔族だろうとなんだろうと、あなたには証言してもらなければならないことがあるんですよ。正直に話してくれないでしょうか?」
「……どうせ正直に話したって、信じないでしょ」
「内容次第ですね。それを嘘と思うか、真実だと思うかは私たちが決めます。それから一つ、言っておきましょう。あなたがクリンくんを攫ったという疑いがありますが、私はそうだとは思えません」
「……へぇ~それはまたどうして?」
こちら見るリリちゃんの目が変わった。先程まで泣いていたというのは嘘だったようで、平静さと警戒の色を強めた目が私を見ていました。
「そう思える確たる証言が欲しい。なので質問します――茶髪の少年に見覚えはありますか?」
「そんなの知らな――……いや、覚えがあるかも」
「それはいつどこで?」
「この前の夜の時かな……。あの時もリリの邪魔をした奴らを潰しに行った時だったよ。その時に彼らが誰かを連れていた気がするわ……。彼らの仲間じゃなさそうだったし、特徴も確か茶髪の若い人間の男の子だったよ」
どうやらリリちゃんはクリンくんを攫っていないようですね。攫ったのはその誰かの方だったようですね……。
「ちょっと待って! クリンの事は知らないって言っていたよね? なんで今になって……」
「今まで彼女にクリンという名前以外に、彼の特徴を伝えたことはありますか?」
「あっ……ないかも……」
今までクリンくんのことを名前でしかリリちゃんに聞いたことがありません。見かけていたとしても、名前も知らない人を答えられるわけがないですからね。
「名前は知らなったとはいえ、リリは最初に言ったじゃない。人を攫ってないってね!」
「確かに初めに聞いた時、そう答えていましたね。ただ、その時は嘘を吐いているかもしれないと思いまして……」
ぷくーと頬を膨らませて拗ねるリリちゃん。あの時は仕方なかったと思います。
「待って……この魔族の言うことを信じるっていうの? あたしの見たことはどうなるのよ!」
ポコちゃんが信じられないという表情をしながら間に入ってきました。
「何よ! リリは本当の事しか言ってないわ! 大体あなた、誰なのよ!!」
……待ってください。今の言葉は聞き捨てなりません。
「リリ、あなたは彼女を覚えていないのですか? 彼女に怪我をさせたのはあなたでしょう?」
「さぁ見覚えがないわ」
「嘘つき! あたしにこの怪我を負わせたのはあんたじゃない!」
「あなたのことは覚えてないわ。そもそも、こんな目立つ獣人……忘れるわけないでしょ?」
確かに一理あります。特徴ある外見をしているポコちゃんですから、見間違うことも忘れることもないでしょう。
「嘘つき! 嘘つき! あたしはあんたに襲われたの! それにこの目で見たのよ、あんたがクリンくんを攫ったところを!」
ポコちゃんはリリちゃんの言うことを信じていないようです。彼女が魔族だからという理由もあるでしょうが、ポコちゃんはリリちゃんがクリンくんを攫ったと思っているようですからね。
「……それはあなたの見間違いなのかもしれません。ポコさん、あなたは頭を打っていて記憶が曖昧だと仰っていましたよね。クリンくんを攫った別の何者かをリリが攫ったと勘違いしたのではありませんか?」
「……うっ確かにあの時の記憶は曖昧だし……その可能性はあるけれど……」
包帯の巻かれた頭に手を置いて、悩むポコちゃん。まだ納得いっていないようです。
「ではリリが彼を攫う理由があるでしょうか?」
「魔族だもの、どうせ良からぬことでも企んでいてそのために攫ったんじゃないの?」
「確かに彼女が何かしら計画を企てていて、そのためにクリンくんを攫ったという線もありますが……その企みはきっと別の何者かに邪魔されたのでしょう。そうでしょう?」
「その通りよ、お姉さん。リリは目的があってこの街にいたんだけどー……その計画をあいつらに邪魔されたのよ! だからその腹いせに計画を潰したアイツを探すためにその仲間と思しき奴を片っ端から潰し回っていたわ!」
少し言いづらそうに、リリちゃんが答えてくれた。
「それも嘘だったら?」
「それはないでしょう。捕まえる直前の彼女の様子を思い出してください。彼女を邪魔した何者かに対しての怒りようを……アレも嘘の演技だと思えますか?」
あの時の彼女は本気で怒っていた。それも私たちが到着する前からです。
あの様子ではその怒りは本当のことでしょう。
「じゃあ、その何者かってなんなのよ。誰がクリンくんを攫ったっていうのかしら? 彼女以外に誰がいるのよ!」
「それに関しては大体、予想がついていますが……リリ、あなたにもう一度聞きましょう」
「なによ?」
「あなたを邪魔しクリンくんを攫ったのは――赤いフードの者達ではありませんでしたか?」
「よく分かったわね。そうよ、あの暑苦しいフードを被ったダサくてムカつく連中よ!」
あぁ、やっぱり。どうやら今回の事件の裏には彼らが関わっていたようですね。
「では住人たちを混沌化させたのも彼らですね?」
「混沌……? ああ! あの赤い霧ね! そっかあの力か……。確かに彼らよ。彼らが赤い霧をばらまいて、その霧を吸った人たちは全員赤い目になっていたわね。私は平気だったけど」
リリちゃんが霧の中でも平気だったのは魔族だから? まぁ気になりますが、後にしましょう。
「赤い霧を彼らはこの街の住人に向けて無差別にばら撒いているみたいね。おかげでこっちの計画はぶっ潰されるし……」
「へぇ、そうなんですね」
赤フードの連中がしていることが、思わぬ効果をもたらしていますね。どちらも歓迎するべきものではないでしょうけど。
「とりあえずリリはこの通りです。嘘を吐いているようには見えないので、あなたの証言は信用できません。それから、あなたを襲ったのも赤フードの連中だったかもしれません」
「……そのようね。クロエさん、あなたの言った通りあたしの記憶違いのようね」
ポコちゃんは納得したように引き下がってくれました。……もう少し納得するのに時間がかかるかと思ったのですが案外早かったですね。
「……話は大体分かったけどよ……仮にあの赤フードの奴らがクリンを攫ったとして、一体なんであいつを攫ったんだよ? 赤い霧の件もどうして無差別にやってんだ?」
「何か理由があるからそうしているのでしょうけど……」
ライトくんの疑問はもっともです。彼らの目的があって、その目的に赤い霧もクリンくんも関係しているのでしょうが……その目的は一体なんなのでしょうか?
以前のように封印の破壊が目的だったら分かりやすいのですが……なんだかそれとは違う気がします。赤い霧は確かに混沌の力のようですが、その力は薄い。聖水並の力を持つポーションや、たとえ聖水がなくとも効果を打ち消してしまえるほどにとても弱い力です。リリちゃんには効かなかったようですし……。
「そういえば……あの時、クリンくんが攫われた時も赤い霧は出ていましたか?」
「ええ、出ていたわ。むしろリリは赤い霧を頼りにあいつらを探していたもの」
「……その時クリンくんは混沌化していましたか?」
「さぁ? そこまでは覚えていないわ」
流石にそこまで覚えていませんでしたか……。聖水並みの力を持つポーションがあの赤い霧の効果を打ち消すなら、お守りでも防げそうな感じがします。それが原因で目を付けられたかもしれないと思いましたが……。
「ああもう、ごちゃごちゃ考えたって分かるわけない! さっさとそいつら探しに行こうぜ。そんな連中に捕まってるクリンが無事かも分からないからよ!」
「それもそうね……!」
ライトくんはそう言うなり出口の方へ走っていってしまいました。その後に続くようにミランダさんも付いていく。確かにライトくんの言う通りですね。ここで考えている暇があったら、早くクリンくんを見つけたほうがよいでしょう。
そのためにも――
『それでいつまで落ち込んでいるんですか、カイルさん?』
『あぁ、悪い……』
やっと落ち着いたらしいカイルさんが顔を上げました。
『先程は演技中すみません。ですが、“カイル”というキャラを考えるとあの演技は合わない気がしたので……』
『いや、止めてくれてありがとう。俺もちょっとクセが出ちまったからな。……尋問といえばああいう脅しか拷問ぐらいしかしたこと無かったもんだからなぁ……もしくはされる側だな』
『……そうですか』
ちょっとそれはどういう意味ですか!? カイルさん、あなたは一体何者で……? あぁ、気になるけど聞いちゃいけない気がする。聞くのはためらいますね。
「ちょっと! リリはどうするつもりなの!」
「あなたの身柄は警備隊の方におまかせします。それではごきげんよう」
「ちょっと待ちなさいよ! こんなところに置いてかないでよぉ~!」
リリちゃんを牢屋に残したまま、その場所を後にしました。
牢屋を後にし、エントランスに出ると何やら人だかりができていました。
「てめぇーはこの前のクソガキ勇者!」
「お前はこの前の話を聞かなかった金ピカ野郎!」
同時に上がった喧嘩腰の声に頭が痛くなってきた。あぁ、やばい。これはやばい。
人だかりの方を見るとライトくんがいて、そして彼とにらみ合う男が一人。
全身金ピカの鎧を着た大柄の男。そして周りには同じように金を基調とした装備をした方々。
あの時……赤い獣の件で私たちと対立し、結果的に私に吹き飛ばされたあの金ピカ集団がそこにいました。




