75・お縄になりなさい
休憩時間を終えて、私たちはまた街でリリを探すことになりました。集まったメンバーは先程と同じく、私やニル達、カイルさん、ライトくん、ミランダさん。そしてポコちゃんです。
ポコちゃんは今回、リリを探し出すのに協力を申し出てくれました。リリが捕まらない限り、不安で家にも帰れないからでしょう。ですが、心強いですね。彼女はこの街に住んでいるので、街のことにも詳しいでしょう。
ニルに空から捜索させてみましたが、この段々と並ぶ町並みが捜索の邪魔になっています。ケーブルで空を渡るゴンドラリフトと、段々に並ぶ建物の景観はとても美しいのですけどね。
ちなみに、この街には私も少しだけ詳しくなっています。これも【土地鑑】スキルの影響でしょう。地図を開くとよく歩いた周辺の情報は詳細になっています。朝昼夜と時間帯で変わる街の変化なども詳細に出してくれるので嬉しいです。
……まぁ今の所この街を日中しか歩いていませんけど。休憩中に夜が明けてしまったようで、この街に来た時と同じくまた昼になってしまったようですし、ニルも日中に飛び回るのは辛いようで戻ってきました。あぁ、夜が恋しい。
「あぁそうでした。ミランダさん、あなたに頼み事がありました。それからアールにも」
「私に?」
隣を一緒に歩いていたミランダさんとアールにそう話しかけると、二人は不思議そうに私を見ます。そんな二人に私はポーションを渡しました。それぞれ別々のポーションを。
「……このポーション、アールのとは違うね。私はそっちが良かったな~」
「さすがミランダさん。鋭いですね……」
商人の目は誤魔化せないか。鑑定系のスキルで判定したのでしょうね。
「とりあえずそれは――もし、赤い目の人が出てくることがあればその人に投げてみてください」
「分かったよ~」
ミランダさんと共に同意するようにアールも頷きました。
「にしても全然見つからないなぁ……」
辺りを見渡しながら、ライトくんが言う。私たちは彼女を探す手がかりを持っていません。
あるとすれば、誰かを探して人を襲っているということくらいです。ですが、その誰かが分からないのだから、リリちゃんが行動を起こし騒ぎを起こさない限り、彼女を探すのは難しいところです。
「この辺りはもう見たわ。あちらの地区に行きましょう」
「そうですね」
ポコちゃんの意見に頷きます。開いた地図はまだ空白も多いですが、リリちゃんを探すために歩いたこの地区は十分なほどに情報が埋まりました。
それだけこの地区を探し歩いていたということです。もちろん、ニルの上空からの探索による情報も加えてあります。私も空を飛べれば良いのですが、魔力の消費具合と五分と短い時間しか飛べないので。
「……――っ!? 待って、悲鳴が聞こえるわ!!」
ポコちゃんの切羽詰まった声に、全員が反応しました。どうやら探し人は行動を起こしたようですね。
「どこから聞こえたんだい!」
「こっちよ、道案内するから!」
ポコちゃんを先頭に警戒しながらカイルさんとライトくんが続きます。その後ろを私たちとミランダさんが続く。
「じゃま! じゃま! じゃまぁぁあああぁぁ! リリのじゃまをしないでよォ!!」
現場に近づくとそんな大声が聞こえてきました。誰の声かなんて分かります。
「待ちなさいよ! また逃げるの!! 魂置いてけぇぇぇぇ!!」
その声と共に路地角の向こうから何かが飛んできた。良く見れば人で、それは勢いよく家の壁に当たりうめき声を上げながら落ちていきます。
「見つけたぞ!」
「……チッ、今度はまたあなた達なのね」
路地を曲がるとそこにいたのは悪魔のリリちゃんでした。……彼女の奥、その後ろ側。暗い路地の先はなぜか赤い霧が立ち込めており、さらに霧の奥に何者かが立ち去っていく影が見えました。
先程の叫び声といい、どうやら彼女の狙っている人物はすでにこの場所を去ってしまったようですね。
また路地にはリリちゃんだけでなく数人の人たちがいました。倒れている人もいれば、体をふらつかせながらも立っている人もいる。その誰もが赤い目をしていた。
晴れ始める赤い霧の奥からまた一人が現れ、彼女に攻撃を仕掛けました。
「あぁ、もううざったいわね! あなたのような貧弱な魂なんていらないのよ!」
「やめろ!」
赤い目をした人に攻撃を加えようとしたリリちゃんの攻撃を、素早くカイルさんが間に入って止めました。周囲に鎌と盾がぶつかり合う金属音が鳴り響く。
「彼らをこうしたのは君のせいじゃないのか?」
「お兄さん、目でも悪いの? リリはむしろこの人たちをこうしたあいつらが憎いくらいよ」
「……人のためってわけじゃなさそうだけど、その通りのようだね」
二人は未だぶつけ合った鎌と盾を間に睨み合っています。それでも、一つ分かったことがあります。魔族のリリちゃんはどうやら、住人たちを赤い目にした犯人ではないようですね。きっと先程、霧の奥で見かけた人影でしょう。
「悪いけど、お兄さんたちとはまだ遊べないの。じゃあね」
盾を押し返し、リリちゃんは翼を広げて飛び立とうとしました。ですがその翼を絡め取るように、現れた闇の鎖が彼女を縛り上げます。
「ちょっと、なにこれ!」
「そう易々と二度も逃がすわけないじゃないですか」
杖を構えて発動させた【ダークバインド】に縛られる彼女を前に、そう言います。今回は以前のように逃がすわけにはいかなかった。なので、カイルさん達が話している間に隙を見て詠唱していたんですよ。
「さぁ早く彼女を捕まえて下さい。この日中では闇の力は弱まっていますから長く持ちませんよ」
「ああ!」
「なにするのよーー!!」
カイルさんが武器を取り上げ、いつの間にか取り出したロープで彼女を縛っていく。これで逃げられる心配はなさそうですね。
「さぁ、後は他の人達ですね」
リリと共に【ダークバインド】で縛り上げてしまった人たちを見る。範囲内にいたため、彼らも効果の対象になっていたのです。
「まかせてよ!」
その声と共に縛られた彼らに向けてポーションが投げられる。投げたのはもちろんミランダさんとアールです。
「グゥウウアアアア!!!!」
その内の一人、アールが投げたポーションを浴びた人が苦しむように声を出しました。何かが祓われるようにその体から赤いエフェクトが飛散していく。しばらくして住人の目が赤色からその住人の本来の色であろう茶色に戻った後、その人は気を失いました。
対してミランダさんから投げられたポーションを浴びた人に変化ありません。未だ赤い目のまま。
「……あぁ、やっぱり」
赤い目のままだった者達に私がポーションをかけていく。同じように叫びはしたものの、その後は憑き物が取れたように安らかな表情をして、気を失い眠っていきます。
「クロエ、これは一体……」
「……こいつらに憑いていた混沌が祓われたぞ。お前、何したんだ」
カイルさんとライトくんから同時に疑問の声が上がる。それにしてもライトくんはそんなことまで分かるんですか……さすが勇者という大役を貰っているだけあります。
「……これ、聖水入りのポーションなんですよ。さっきミランダさん達に投げてもらったのもそうです。まぁ、アールの方が聖水入りでミランダさんのは普通のでしたけど……一応確認の為に投げてもらいました」
……本当は黄昏の森にある湖の水ですけど。本当のことを言うとややこしいので、同じ効果を持つ聖水ってことにしておきました。
「なるほど、聖水入りだったからその力によって混沌の力を祓うことができたというわけですか」
「聖水程度の力で祓える混沌の力でしたので、前回のように強い力ではないとは思いますけど……」
「……原因は先程の赤い霧でしょうね」
納得といった表情をするカイルさんと共に頷き合う。先程まで通りを塞ぐほど漂っていた赤い霧は今はもう跡形もなく無くなっている。人がどうして混沌に蝕まれ赤い目になるのか原因は分かりませんでしたが、どうやらあの霧が原因のようですね。
「ポーションに聖水を使うなんて、ずいぶんと贅沢なことをするんだね~」
「試験的に作ってみただけのことですよ」
「ふーん、試験的にねぇ~。それにしては量が多い気がするし、これと同じものを買い取った気がするんだけどなぁ~」
……ミランダさんからの視線が痛い。下手を打ったかも知れない。聖水は確か高価なものだったはず。それをポーションにふんだんに使っているというのは、教会の者でもない私がしているのでおかしい話です。ミランダさんは商人ゆえに、そういう所で感づいてきたようですね……。本当、抜け目ない。
「まぁこの話は後にするとして……この子から話を聞かなければなりません」
そこには縛られて自由を失い、不服そうに顔を歪ませるリリちゃんの姿がありました。




