73・リトル・リーパー
「家はこちらですか?」
「ええ、ちょっと裏通りに近いところだから……」
ポコちゃんの案内の元、夕暮れ時の大通りを離れて家がひしめき合う小道を歩いていました。建物が作り出す影もあってか、この辺りからは暗い印象を受けます。闇魔法使いとしてはこの影が多い地域はありがたいのですけどね。
『……クロエ、今悲鳴が聞こえたぞ』
『えっ?』
ルシールさんがそう呟いた。でも私の耳にはまだ届いていない。ですがしばらく進んできた所で……
「だ、誰かあああ!! 助けてくれええええ――!!!!」
ルシールさんの言うように人の悲鳴が聞こえてきました。まさか――。
「クロエ、彼女たちを頼みます。ライト、行くぞ」
「ああ!!」
悲鳴を聞いて、すぐに行動に出たのはカイルさんたちでした。私たちを置いて悲鳴が聞こえてきた方角へ走っていく。
「クロエさん……もしかしたらあいつが……」
「大丈夫ですよ、ポコちゃん」
怖がるポコちゃんに安心するように言ってから、私たちもカイルさんの後を追いました。
「うあああ――!!」
「やめろ!」
また人の悲鳴とそれを止めようと叫ぶカイルさんの声が聞こえてきました。その声を頼りに道を走ると、現場にたどり付きました。狭い道の所々に倒れる人が五人も。
「お前は!!」
「あっあの時のお兄さんだー。それにお姉さんも。リリ、また会えるなんて思ってなかったから超嬉しい~!」
声は幼い少女そのもの。容姿も未熟な少女のそれです。その未熟さを見せるように、露出の少ない衣装と不釣り合いな黒いコウモリのような翼。そしてピンクの髪にヤギのようなツノを持つ悪魔。
倒れた人々の中心にはあの村で出会った悪魔――リリちゃんがいました。
「魔族か……俺の相手に相応しいな!」
ライトくんが斬りかかりますが、後ろに飛ぶようにして避けられました。
「ひっどーい! こんなにもか弱い女の子に斬りかかるなんて……」
「人を襲ってるお前に言われたくないな!」
「……そういうあなたはだれ?」
「フッ……俺は勇者ライト。この世界を救いし希望の――」
「勇者? うっそだー! あなたぜんっぜん勇者に見えないよ?」
決めポーズをして名乗りを上げようとしていたライトくんに、容赦のない言葉をぶつけるリリちゃん。
「あなたの星はどこにあるの? 星持ちなら自分の星を持ってるはずでしょ?」
「……お前なんて星剣なしでも十分だ」
聖剣ではなく星剣? ……あぁ、確か神に対して星の神々と呼ばれていたからそれ由来ですか?
ダメですね。公式の世界設定程度の知識だと分からないところが多いです。
このゲーム、内部で本を読んだり人に聞いたり、さらには特殊役職に付いて初めて知れる設定もあるようなので、プレイヤー間で世界設定の情報格差が結構あるそうです。
「あはは、星を持たずに勇者を名乗るなんて滑稽ね!」
「うるせぇ! 俺はなんと言われようと勇者だ!」
勇者の剣は盗難中に就き、勇者として証明できる物がないライトくん……。ちょっと可哀想に見えました。
「……あなたが……あなたがクリンを連れ去ったそうね。クリンはどこにいるの? 答えなさい!」
ミランダさんがリリちゃんを睨みつける。服の端を掴むその手が緊張と不安からか、震えていました。
「クリン? だぁれそれ?」
ミランダさんの声で、こちらに視線を移したリリちゃん。その表情はこの囲まれた状況だというのに、不敵に笑っています。
「……あなたがクリンくんを攫ったと聞いたのですが、覚えはありませんか?」
ミランダさんと私の後ろにいるポコちゃんを守るように杖を構えつつ、リリちゃんに問いかける。
「悪いけど、人間を攫ったことはないよ」
「嘘よ、あたしはちゃんとこの目で見たわ! あんたがあの少年を攫った所をね!」
私の後ろに隠れつつも、ポコちゃんが声を荒げていいました。
「はぁ? 何かの見間違いじゃないの? 嘘つきはそっちでしょ。リリは人間なんて攫ってない!」
鎌の柄で地面に叩きつけて、強い口調でそう断言するリリちゃん。もしかして、本当にリリちゃんはクリンを攫っていないのでは……?
「では、ここで何をしていた。彼らを襲ったのはお前だろう」
カイルさんが険しい表情でリリに問いかけました。
「こいつらはリリの邪魔をしたからに決まってるでしょ。お兄さんたちもリリの邪魔をするっていうなら、容赦しないよ?」
薄暗い影の中、小さな悪魔が鎌を構えて佇んでいる。まるで小さな死神がそこにいるかのよう。
「この前の借りも返したかったことだし」
容姿は少女のそれなので不釣り合いな翼や角がなければ、笑顔で笑う彼女は純真そのものに見えます。大きな鎌を構えた彼女に警戒を強める私たちでしたが……、
「と、言いたい所だけど……それよりも借りを返したいやつがいるわ。こいつらの中にはいなかったから探さなきゃいけないの。お兄さんたちの事は今は見逃してあげる」
「なっ! 逃がすか!」
「じゃあね、相変わらず怖い顔のお兄さんたち!」
怖い顔と言われて思わずハッとして足を止めてしまったカイルさん。その間に翼で飛び立つと闇に消えるように姿を消してしまいました。
「そんな……クリンはどこにいるの……」
「落ち着けって、もう一回探し出して居場所を聞き出してやるから……」
膝から崩れ落ちたミランダさんをライトくんとアールがなんとか宥めていました。
「カイルさん」
「クロエ……」
地面に顔を伏せて立ち止まっていたカイルさんに声を掛けます。握った拳が震えています。それだけ取り逃したことの責任を感じているのでしょうか?
「……俺、そんなに怖い顔をしていたか?」
「…………とりあえず、あなたも落ち着きましょうか」
カイルさんとしての仮面が剥がれかかっていましたけど、完璧には剥がれていませんでしたよ。今完全に剥がれましたけど。
「それよりも周りに倒れている人たちを助けなくてはいけませんよ」
「あっ……そうだね」
いつものカイルさんらしい表情に戻って彼は頷きました。辺りを見渡せば、五人の人間が倒れていました。服装は普通の住人といったように簡素な格好の者達です。皆、襲われたせいか服に切られた痕などがあります。流血はありません。このゲーム的にそういう表現は抑えてあるのでしょう。
「クロエはそっちの人を頼む。僕はこっちの人を助けるから」
言われた通り側で倒れていた一人の男性に近づく。息はしており体も温かく、まだ生きているようですね。見えたHPの残量では真っ赤なので死にそうなのには変わりないでしょうけど。どうやら気絶の状態異常があったようでした。
「大丈夫ですか」
とりあえずポーションをかけてHPを回復させ、呼びかける。すると目が覚めたのか、閉じていた目が開きました。――赤い瞳と目が合いました。
「アァ……ァアアアア!!!!」
「え……どうしましたか!?」
その人はいきなり胸を抑えて苦しみだした。どうして……ポーションをかけただけなのに……。
「やめてくれ、僕らは敵じゃない!」
「クソッなんだこいつらは!」
カイルさんたちの焦った声が聞こえてきて、そちらを振り向く。
彼らの前には先程まで道端で倒れていた四人がいました。その四人とも赤い目で、何かに取り憑かれたかのようにカイルさんたちを襲っている。
「すまない!」
カイルさんが襲ってきた一人の拳をかわしたかと思うと、その腕を掴んで背負投をしました。いくらゲームの中とはいえ、あの動きができるとは……。
「あーちくしょう、カッコイイな! 俺もそういう芸当ができれば良かったよ!」
そういうライトくんは本人の言う通り、格闘戦は苦手なのか、少し押されていました。ですが私よりは動きが良いと思います。今も一人、パンチで沈めましたから。
「――っ!」
そこで私の腕が掴まれた感触があり、目線を前に戻しました。私の腕を掴んでいたのは、先程ポーションをかけて助けようとした人です。
「クロエ!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
こちらの状況を知ったカイルさんが助けに来るように走ってきましたが、それをやんわりと止めます。
だって、その人の表情は苦しそうな顔から一転、穏やかなものになっており目の色も黒になっていましたから。
「……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……ありが……とう」
返事をしたその人はすぐに気を失うように目を閉じました。呼吸も安定しているので、命に別状はなさそうですね。
「一体、彼らは……」
カイルさんは眉を寄せて困惑していました。
……赤い目、確かルシールさんが言っていた、最近この街で傷害事件を起こしている犯人共通の特徴でしたね。まさか傷害事件の犯人たちが傷害事件の犯人に襲われているとは……一体どういうことなのか。それにポーションをかけたこの人が苦しんだ理由も一体……。
「なぁ、ちょっといいか」
「ライト、何か分かったのかい?」
思考を止めて、私もライトくんの方を見ます。彼は辺りを確かめるように見渡して、それから口を開きました。
「勇者の力ってやつかな……今こいつらから、混沌の反応を感じ取った」




