71・白兎さんの証言
「まったく……せっかく掘り当てたアイテムだったってのに盗まれちまうなんて……ツイてないぜ」
「諦めちゃいけない、絶対に取り戻そうよ! ……それにしても、相当貴重なものなんだね~。どういう物か気になるから教えてくれないかな~?」
道すがら落ち込むオリヴァーくんをミランダさんが励ましていましたが、途中から興味津津といったようにオリヴァーくんを見ています。商人として価値のある物に対して興味が出てきてしまったようですね。
「あぁ、オレが掘り当てたのは【ムーンライトストーン】の原石だ。あまり上層じゃ出てこないアイテムでな、普段は立ち入りが禁止されている奥地の鉱脈で採掘されるようなものだ。たまたまいつもの採掘場所で出てきたからラッキーだなって思ったっていうのに……盗まれるなんてほんとツイてない……」
そう言って彼はまたがっかりしたように肩を落としました。
オリヴァーくんは宝石職人だそうです。採掘された魔法鉱石の加工とそれを使った装飾品を作るのを専門でやっているとのとこ。普段は自分で採掘しに行ってそれで物を作るというのが彼のプレイスタイルらしく、その時に【ムーンライトストーン】を掘り当てたようです。
「【ムーンライトストーン】……ってかなり珍しい鉱石じゃありませんか~」
「そうなんですか?」
「うん。確か、魔法鉱石としての価値はあまり高くないけど、その月の光を集める性質があってね。その溜め込んだ光が石の中で輝くから、美術価値の高い鉱石として貴族に人気がある宝石だよ~」
ミランダさんが実に楽しそうに教えてくれました。彼女もその鉱石のことは前から気になっていたようで、一度見てみたかったそうです。
「そうそう、だからネックレスとかに加工できれば貴族相手に、高く売れそうだと思ったというのに……」
またため息をついて落ち込むオリヴァーくん。
「まっ……正直言えば、盗賊に対して警戒を怠ったのは事実だ。そういう盗賊プレイヤーに対して警戒を忘れちゃいけないのは知っていたってのに……。第一、この事は誰にも言ってなかったはずなんだが……どこでバレたかなぁ」
「そうだったの?」
「当たり前だろ。貴重品なんだから、下手に情報を言うわけがない……だから言ってなかったはずなんだが……」
どうしてバレたのか、オリヴァーくんは今までの行動を振り返るように腕を組んで悩みだしました。
「あー……NPC相手にぽろっと言ったような気がするなぁ……。でも襲ってきた連中はプレイヤーぽいし、そっからバレるもんかぁ?」
「その会話を隠れて聞いていたというのもありえませんか?」
「あーそれならありえそう……相手はオレがこれを持っているのは知っていてな。譲って欲しいと言われて断ったんだ。……まったくどこにプレイヤーがいるかわかったもんじゃねぇな。気を付けねぇとな」
確かにそうですね。このゲームって本当にプレイヤーとNPCの判別が難しいですからね。オリヴァーくんだってロールプレイヤーではないにしろ、そのへんを歩いている人に紛れ込めてしまう。今した会話だってプレイヤーの発言ではあるものの、注意して聞かないと分かりづらいです。
……その口を滑った相手がNPCではないという可能性もありえそうですね。もしくは先程と同じように盗み聞きをしたか、そのNPCが誰かに話したか。
「それにしても、最初は交渉するつもりだったようですね。あなたが断ったから、盗んだというわけですか」
確か彼らが交渉を断ったからこの手に出たとか言っていたことを思い出しました。
「まぁな。どんな理由があろうと渡さねぇって突っぱねたら……こうなったわけだ」
そんなに欲しいものだったというでしょうか? 先程ミランダさんが言った通り価値のある物らしいので、金欲しさに盗んだかも知れません。
警備隊がいる施設は街の中心街にありました。剣と盾のマークが付いた旗が厳しい建物の壁に取り付けられており、存在を示すようにはためいています。
「クリンくんの情報、何か掴めるといいですね」
「うん、それにオリヴァーの物を盗んだ盗賊も捕まえてくれるようにお願いしないと!」
「こっちのことよりそっちのほうが重要そうだと思うんだが……」
そんな会話をしながら警備兵らしき甲冑姿の男性が両側に立つ、出入り口から中に入りました。中にある広いエントランス。そこから受付に向かおうとしたのですか、エントランスには見知った姿がありました。警備兵のように甲冑姿をしていますが、彼らとは違う種類の鎧。その背には大きな盾を背負い、騎士と呼ぶに相応しい凛々しい青年。
「……おや、クロエじゃないか。こんなところで出会えるなんて思っても見なかったよ」
「カイルさん、お久しぶりですね」
相変わらずキラキラと輝いた笑顔で挨拶をしてくれるカイルさんの姿がありました。
「……俺もいるんだけど?」
「あぁ、ライトくんもお久しぶりですね」
カイルさんの隣にはライトくんもいました。
すみません、カイルさんの眩しさ具合にあなたの存在が霞んで見えたので。
カイルさんよりもその名前の通りに光り輝いてくれたら、少しは分かりやすいというのに……。ちなみに、相変わらず勇者の剣は行方不明のようですね。
「なるほど……クリンくんの行方探しとオリヴァーくんの盗賊探しですか……」
警備兵に報告をしていた私たちの会話を一緒に聞いていたカイルさんが、そう呟く。
「カイルさんたちは何か知っていますか?」
「すまないね。クリンくんらしき少年についても、三人組の盗賊についても有益になる情報は持っていないよ」
「そうですか……」
この街に私たちより先にいたカイルさんたちなら何か知っているかと思いましたが、どうやら彼らは何も知らないようですね。
「……だけど、傷害事件の方に関しては知っているよ」
「あぁ、俺とカイルのおっさ……兄ちゃんはその事件に偶然出くわしたんだ」
……何かを言いかけたライトくんでしたが、隣のカイルさんのもの凄い睨みによってなんとか発言を修正しました。カイルさんロール、演技してください。そんな表情、【カイル】さんには似合いませんよ。私の視線に気づいたのか、慌てて表情を直して話を続けるカイルさん。
「昨日、職人街の裏通りで僕たちは傷害事件の現場を偶然通りかかったんだ。僕たちが行った時はもう犯人もいなくて、被害者だけがその場に倒れていたんだ」
「俺たちはその被害者を保護したってわけ」
ということは彼らは被害者の顔を見ているわけですね。クリンくんが被害者かもしれないと思いましたが、彼らの反応を見る限り被害者という線はなさそうです。
どうやらこの事件とは無関係のようですね。ホッとしたのもつかの間、また振り出しに戻ってしまいました。先程の会話から傷害事件の犯人は捕まっていないようですから、早めにクリンくんを探し出したほうがいいということもあります。
「ちなみにその被害者というのは?」
一応被害者に関して聞こうとした時、奥の扉が開く音が聞こえてきました。
「うん、本当にありがとうね!」
奥の扉から二人の人間が私たちのいるエントランスまでやってきました。一人は甲冑を着た警備兵ですね。
そしてもう片方は人ですが人間とは言えません。全身が白い毛に覆われた体に、ピンとたった長い耳が特徴的な白兎……そんな小柄な獣人でした。その頭や腕には痛々しさを感じさせる包帯が巻かれています。
「あの獣人の彼女ですよ」
カイルさんが奥から歩いて来る彼女を見て言います。
どうやら、あの獣人が被害者のようでした。それにしても純粋な獣人のようですね。顔も毛に覆われており、ウサギそのままです。
ダイロードの平原にいたあのイヌウサギを見た時、この世界のウサギはこういう外見なのかと思いましたがそうではないようです。思わず目で追ってしまうほどに、可愛らしい。
そんな彼女が今回の被害者だと言われては、あぁ確かに襲われてしまうだろうなって感じがしてしまいます。小柄で可愛い白兎の獣人ですから。
「話は終わったようですね」
「これで早く犯人が捕まると良いんだけど……その人たちは?」
カイルさんと話していた白兎さんがこちらを向きました。ジーと見ていたものだから、その赤い瞳と目が合ってしまったようで、視線をずらすようにカイルさんの方を見ました。
「僕の友人たちです。彼女たちも事情があってここを訪れたようです」
「へぇ~そうなんだ。あたし、ポコっていうの。見ての通り、昨日襲われちゃって……気絶して倒れていた所をカイルさん達に助けられたんだ」
可愛らしい外見と相まって話す姿も可愛いですね。話すたびに長いうさ耳が揺れています。
「ポコちゃんだね。私はミランダよ。ダイロードの街で商人をしているわ。それでちょっと聞きたいんだけど私たちは人探しに来ててね。茶髪の男の子に見覚えはない? 背はこれくらいなんだけど……」
一通り自己紹介を済ませたタイミングで、ミランダさんは彼女にクリンくんを知らないか聞いていました。事件はクリンくんが行った店の近くで起こっています。しかも行方不明となった昨日のこと。巻き込まれる前に、どこかで見かけていなかったか聞きたいのでしょう。
「うーん? そんな人間の男の子は見たことが……――あっ!」
ポコちゃんは何か気がついたというようにピョンと耳を立てて言いました。
「会ったかもしれない! ――というかその男の子に助けられたわ!」
「えっ……それって本当!?」
まさかクリンくんが事件に関わっていたなんて……。白兎さんの言葉に私たちは驚きました。
「うん、気絶する前のことを今少し思い出したんだけどね……あのね、その男の子かは確証は言えないけど……特徴がそっくりな人間の男の子に助けられたんだ。襲われたあたしのことを助けるために犯人の注意を引いてくれたみたいで……その、よくは覚えていないんだ。この通り頭を打ってて意識も曖昧だったから……。その男の子がどうなったかまでは私もわからない……ごめん」
「ううん、話してくれてありがとう。クリンを探す手がかりになったわ」
ミランダさんがポコちゃんにそうお礼を言いますが、表情は固い。もし、その助けてくれた男の子がクリンくんなら、そのあとどうなったのか……とても心配です。
「ねぇ、その傷害事件の犯人ってどんな人物だったのか覚えていないんですか?」
「ううんと……ええっと……」
頭を抱えながら考え込むポコちゃん。徐々に下がっていく長い耳に期待も薄まっていったその時、急にピンッと耳を立てました。
「……思い出した! ピンク髪の悪魔だよ! おっきい鎌を持った子供の悪魔!」
「ピンク髪で子供の悪魔……?」
……それってまさか、ベリー村の村長を誑かして村人たちを殺そうとしていたあの悪魔の子?




