70・お久しぶりです、盗賊さん
雲の代わりに空を優雅に動くゴンドラの影が通り過ぎていく。その下にある左右を建物に挟まれた路地で、私達は対峙していました。
「あなた達は相変わらず、物を盗んだりしているわけですか……」
クロエは前回襲われているので、彼らに対して印象はよくありません。なのでちょっと侮蔑の視線を送っておきます。私としては変わらず仲良しで楽しそうな彼らに対して、微笑ましいものを見る視線を送っておきましょう。心の中から。
「うっこれはその……」
「だからなんだって? オレ達は盗賊なんだ。盗賊が物を盗むのは当然の行為だろ?」
「でもサヴァール――」
「アジー、おまえは口を挟むな。黙ってろ」
「う、うん分かったよ……」
サヴァールというエルフにそう強く言われて、アジーと呼ばれた猫耳の少女は口をつぐみました。若干しょんぼりしているようで、猫耳もしっぽも下がっています。
「まぁまぁ、サヴァールも落ち着きなよ。さっき君が言った通り、僕たちは逃亡中だからね? ……まぁ追いつかれちゃったみたいだけど」
先程ブルーイと呼ばれたドワーフらしき少年がサヴァールくんを宥めるように言い、後ろを振り返りました。
「てめぇら……よくもオレの鉱石を!」
息を切らしながら走ってきたのは、ドワーフと思われる人でした。先程、大声を叫びながら三人を追っていたのはこの人ですね。
「返せ、それはオレが手に入れた貴重なアイテムだ!」
「……そういうわけにはいかないんだ。この鉱石は私達、盗賊団【シオカゼ】が頂いていく!」
復活したらしい猫耳少女のアジーちゃんが胸を張って高らかに宣言しました。盗賊団【シオカゼ】……この三人組の盗賊団の名前のようですね。
「ねぇ、サヴァール! 今の演技よかったよね? ねっ?」
「……今の言葉がなければ完璧だったな」
「あっ……やっちゃった! わぁぁ、せっかくいいロールができたと思ったのにぃー!」
またしょんぼりと猫耳としっぽをさげて落ち込むアジーちゃん。でも前回よりはいい演技だったと私は思います。
「何が盗賊団だ! プレイヤーだがNPCだが知らんが、さっさとオレの物を返せ!」
おっと、被害者の人はプレイヤーのようですね。正確にはロールプレイヤーではないプレイヤーでしょう。ずいぶんとお怒りのようで、盗賊の三人組を睨んでいます。
「それはできない! これはどうしても必要なものなんだ!」
「……あなたがこちらの交渉を断った以上、僕らもこの手に出たということです。申し訳ありませんが、これは僕らがいただきます」
盗んだ鉱石はどうやらドワーフのブルーイくんが持っているようです。片手で持てる少し大きめの鉱石がチラリと見えました。
「……どんな理由があれ、人の物を盗むなんて許せる行為じゃないよ」
そんな中、ハンマーを片手に持ったミランダさんが一歩前に出ました。
「彼の物を盗んだあなた達を見逃すわけにはいかない。それを返して罪を償うか、それとも痛い目に遭ってから罪を償うか、選ぶといいよ」
いつものふんわりした雰囲気はどこへやら。いつにもまして、真剣な表情のミランダさんがそこにいました。
「……どっちを選んでも罪を償うのには変わりないんだな」
「あったりまえだよ~。あなた達がしたことはけして許されることじゃない。それ相応の罪を償わなければ許されないんだからね!」
そういえば、犯罪行為を行なったプレイヤーは指名手配されて、警備隊などに追われることになるんでしたっけ。捕まれば罪の重みによって投獄時間は変わりますが牢に投獄され、そうなった場合そのキャラクターは牢から出ない限りは何もできなくなります。
「ちょうど私達は警備隊の所に行くところでした。あなた達も引き連れていきましょうか。指名手配されていたら報酬金がもらえるかもしれませんからね」
私も杖を構えて前に出る。若干アジーちゃんが身を引いて、サヴァールくんの方に寄りました。そんなに私は怖いですか。
「そちらのあなたも、それでよろしいでしょうか?」
「あぁ、オレはアイテムさえ戻ってこれば何でもいい……捕まえるのを手伝ってくれてありがとうな!」
「お礼は後で、まだ捕まえていないでしょう?」
盗賊組を挟んで向こう側にいる青年が頷く。その合間に挟まれている三人組は互いに背中合わせで、囲んでいる私達を油断なく警戒しています。
「オレたちも簡単に捕まるわけにはいかないんだ……ブルーイ、アレは使えるな」
「もちろん。……僕たちは未だに盗みを一つも成功したことないんだ。だから今回ばかりは諦めが悪いんだよ……というわけでごめんね!」
杖を持っていたブルーイくんがそれを掲げたかと思うと、強い光がその場に広がりました。光魔法の【フラッシュ】……目くらましとは!
「本当にごめんね! でも、コレは悪いようには使わないから許して!」
「アジー何をやってるんだ。さっさと逃げるぞ!」
「うん、分かってるよ!」
真っ白になった視界の中、そんな声が聞こえてくる。視界が戻ったころにはもう彼らの姿はありませんでした。
「クソッ、スキルのクールタイムが終わっていたか!」
どうやら私達と出会う前にも目くらましをくらったのでしょう。その隙をつかれて物を取られたのかもしれません。
しかし、そうなると悪いことをしてしまった気がします。いえ、というより意図的にされたかもしれませんね。【フラッシュ】のクールタイムが終わるまで、私達は会話をしていたのですから。以前私も彼らに対して同じことをしましたが……まさか同じことをされるとは。
「ニル、上空から彼らの捜索をお願いします」
肩に止まっていたニルがコクリと頷いて、空に飛んでいきます。ニルからの視界共有で私も空から彼らの姿を探します。ですが、見当たりません。遠くには行っていないはずなのですが……。というのも、この街は高低差の激しい地形にあります。その高低差が作り出す建物の陰が多く、空からでは探しにくい。
「……すみません、上空から探しましたが手がかりが見つかりません……」
「そうか……あぁーちくしょう! せっかく掘り当てた鉱石が……!」
その場に勢いよくしゃがみ込んで頭を抱える青年くん。ドワーフなので、小さなその姿がさらに小さくなったように見えます。
「ねぇ、とりあえず警備隊のところに行かない? あそこに報告しておけば、捕まえてくれるかも知れないし……」
「そうだなぁ……そうするか」
顔を上げて立ち上がった青年くんはそういえば、と気づいたような表情をします。
「なんだか面倒事に巻き込んで悪いな……オレの名前はオリヴァー。このイルーの街を拠点にしている職人プレイヤー……といったところかな?」
オリヴァーくんはドワーフらしく背が低いので、私達を見上げながら自己紹介をしてくれました。やはりプレイヤーだったようです。
「ダイロードの街で商人をしているミランダよ。よろしくね~!」
「……魔術師見習いのクロエです。同じくダイロードの街からやってきました」
ミランダさんの自己紹介を見て、どう自己紹介をしたものか悩みました。相手は普通のプレイヤーとはいえ、こちらはロールプレイヤー。ミランダさんのように、自然にこの世界の住人らしい自己紹介をしなくてはなりませんでした。
いきなり黄昏の森の封印の守護者ですなんて名乗れるわけもないので、無難に魔術師見習いにしておきました。本当は魔女のって名乗りたかったのですが、まだそれを名乗れるほど実力はないので。
「あぁ、よろしくな」
そんな私たちの自己紹介を見て、オリヴァーくんは差し出した手に笑顔で握手を返してくれました。彼が私たちをどう見ているのか分かりかねますが、どうやら友好的に接してくれるようですね。




