69・鉱山の街
「目障りよ!」
目の前に迫ってきていたホタルのような虫に向けて、【シャドウアロー】を放つ。残りHPが低かったホタルのモンスターは、その一撃を以てして倒れていきます。
「そっちも終わったみたいだね~」
もう一匹を相手していたミランダさんが戻ってくる。先程渡したポーションで回復している所を見ると、少し攻撃を食らってしまったみたいですね。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと油断しちゃって……でも、クロエちゃんのポーションのお陰でもう大丈夫だよ! ……相変わらずポーションの性能がいいけど、何か特別な製法でも使ってるの~?」
「……いえいえ、特別だなんてとんでもない。至って普通の製法ですよ」
……材料に湖の水という特別な物を使ってますけどね。本当、ミランダさんが商人の顔になると油断できません。
そんな彼女の武器は意外なことにハンマーでした。この【イルー坑道】には【ゴウロ山道】にもいた【ストーンローラー】がいます。その岩肌で覆われたストーンローラーをハンマーで砕いていく姿は、普段のミランダさんからは想像しえない姿でした。
やはり旅商人をしていたというのは本当のことらしいですね。ですが、本人曰く戦闘はあまり得意ではないそうです。
「クロエちゃんが敵を止めていてくれたから、攻撃が当てられたんだよ~。一人でやってたら全然当てられないよ~」
そう最初の戦闘の時に言っていました。攻撃が当てにくいハンマーを使っているからという理由もありそうですが……。本人が言うにはこれが一番火力が出るから使ってるらしいです。火力を重視するなら仕方ないですね。当たらなければ意味がないと思いますけど、火力は大事です。ええ。
普段はできるだけ敵は避けていくそうです。【聖水】や【魔除けのお守り】ももちろん持っていくそうですが、今はクリンくんが持っています。だから、今回一人で行くのは不安だったようですね。
そんなミランダさんと共に、鉱山街に向けてまた歩き始めます。【イルー鉱山】地域にあるこの【イルー坑道】は天然の洞窟と人の手で整備された道が交わる場所。薄暗いですが所々にある空気中の魔力に反応して発光する光石の光が、この坑道の中を照らしているので松明などの光を確保する必要はありません。
もっとも、私は【暗視】があるので光を必要としませんけど。……ただ、先程戦ったホタルのモンスターは【フラッシュ】を用いてきました。【暗視】持ちは効果が増幅するようで、目潰し以外に追加ダメージまで食らって驚きました。
先程フラッシュをくらったニルが地面に落ちそうになったところを、危うくアールが受け止めていました。……よく受け止める子ですね。
それにしても、あの暗い【黄昏の森】を抜けてきたプレイヤーの中には、私のように暗視を取得したプレイヤーがいたでしょう。それを狙う罠のようで、まったく見事引っかかってしまいましたよ。
そんなことはさておき。この坑道は確かに薄暗いですが黄昏の森のようにただ暗いだけでなく、光石の淡い光もあるので幻想的な雰囲気があります。そんな景色を眺めつつ、ふと思う。
「鉱山というからには、どこかに鉱石があったりするんでしょうか?」
「ん~ここにはないかな~? ここはイルーの鉱山街とダイロードの街を繋ぐ、連絡路みたいな所だし」
少し残念です。ですが、そう簡単には見つかりませんよね。
『原石を見つけたとして、それだけでは使えんのぉ』
『それはそうですけど……でも、見つけてみたいロマンがありませんか?』
隣を歩くアールの肩に乗るルシールさんにそう言います。
『まぁ分からなくもないの。……あぁ、そうだった。そんなに欲しいのなら、背が綺麗なストーンローラーを倒してみるという手もあるぞ。あの魔物の主食は石や岩なのだが、その中でも鉱石は大好物での。食べた鉱石は体を守る甲羅岩になるんじゃが、食べた鉱石が宝石になるような物だったらそれはそれは綺麗な甲羅岩になるんじゃ。もし背が綺麗なストーンローラーを見つけたら倒してみるとよいぞ』
それはぜひとも見てみたいですね。甲羅が食べた鉱石のようになるなら、きっと綺麗だと思いませんか? それに倒せばその鉱石が手に入るかも知れませんし。
『まぁそういった個体は大体鉱石の持つ力の影響を受けておるから、簡単には倒せんだろうがの』
『そうでしょうか? 倒せるかどうかは、試してみないと分からないでしょう?』
『かっかっか、言うのぉ。ならその時を楽しみにしておくかの』
私の強気な発言に、ちょっと楽しそうにルシールさんは言いました。
「ほらっ出口が見えてきたよ!」
ルシールさんとそんな会話をしていると、出口が見えてきたようです。
遠くに見えてきた光が差し込む出口に向かって、ミランダさんが走っていく。急いで追いかけ、私は薄暗かった坑道から出ました。
「わぁ……」
光に馴れてきた目を明けると、そこには初めて見る風景が広がっていました。
山岳地帯の合間に、突如としてクレーターのように丸い穴が開いた場所。その中心に向かって階段のように下に続く階層には、頑丈そうな家々が立ち並び人々の往来も見えます。
その街の上空をゴンドラリフトが雲のように通過していく。人が乗っているゴンドラもあれば、採掘された石が満載のゴンドラが地下から上がってくる様子も見えました。
「ここがイルー鉱山ですか」
「うん、そうだよ~。クロエちゃんは見るのは初めてなんだね! ここはすごいでしょ~」
ミランダさんもこの風景を楽しむように見ていました。その隣では私達以上に目を輝かせているアールの姿もあります。
『うむ、久々にこの景色を見たが相変わらず壮観じゃの』
ルシールさんもアールの肩の上から、この景色を楽しんでいました。唯一、この景色を楽しんでいないのはニルくらいでしょう。楽しんでいないというより興味がないようで、光を避けるように私の肩に止まったまま寝ていました。
先程の坑道内は暗かったため、日中にもかかわらず元気でしたが外に出た瞬間にこれです。本当、ニルらしいですね。
「この風景を見るのもいいですが……そろそろ行きましょうか」
「そうだね~。早くクリンを探しに行かないと!」
道中ですれ違うかもしれないと思っていましたが、結局出会えませんでした。なら、まだ彼は街にいるかもしれません。
今いる場所は街から少し離れた高台です。そこまでいくには少し離れた場所にあるゴンドラ乗り場に行って、ゴンドラで移動するのがいいらしい。
そこに通じる道を歩いてすぐ、アールが付いて来ていないことに気づく。
「アール、行きますよ!」
私の呼びかけにやっと気がついたアールが、慌てて駆け寄ってくる。帰りにゆっくり見ましょうか。
◇ ◇ ◇
【デュオ地方/イルーの鉱山街】
やってきましたイルーの鉱山街。ここはダイロードの街から始めたプレイヤーが、新たに目にする第二都市です。ダイロードの街は草原の真ん中にドンとある感じでしたが、ここは山間の谷のようなクレーターの中に作られた街です。周囲を山に囲まれているので、見上げると切り取られたように丸い空が見えました。
鉱山街だからか採掘された鉱石の加工を行う職人が多く住んでいるそうです。職人プレイヤーの中にはこの街を拠点にしている人もいるようですね。
さて、そんな街の一角。職人街に私達は来ています。それはもちろん、クリンくんを探しにです。クリンくんの目的は急ぎの商品を取りに来ること。その商品を扱う商人さんのところを訪れてみたのですが……
「クリン……? あぁ、昨日うちにあの商品を取りに来ましたとも」
「本当に? クリンはここに取りに来たの!?」
「えぇ、本当ですよ。すぐにダイロードの街に戻るとも言っていました。あなたが心配するからって」
「そうですか……」
どうやらクリンくんは無事にこの街にたどり着いて、店を訪れていたようです。ミランダさんは不安なのか、表情が優れません。
「クリンくんの行方に心当たりはありませんか?」
「すみません、私もそこまでは……ただ、その、とても言いづらいのですが」
「何か、知っているんですか?」
言うか言わざるべきか悩んでいたらしい商人は少し間を置いてから、その重い口を開きました。
「その……クリンくんが私の店を訪れた日なのですが……その日に裏通りのほうで刃物を持った人が暴れたっていう事件が起きたんですよ。最近多いんですよ……こういう事件が。幸いけが人が出たくらいですが、もしかしたらそのけが人はクリンくんだったのかもしれません」
「そう……分かったわ。そのけが人がクリンかどうか、確かめに行ってくる」
商人の元を後にして、私達はそのけが人の元に行ってみることにしました。
「本当にクリンくんでしょうか?」
「……クリンはああ見えて結構強いの。だから、もしかしたら違うかもしれないけど……」
そう話すミランダさんですが、歯切れが悪いです。確かにそうじゃないかもしれませんが、そうだった場合は迎えに行かなくてはなりません。そうでない場合も、商人の話が本当ならもしかしたら別の事件に巻き込まれている、なんてこともあるかもしれません。
これから行く場所はこの街の警備隊のところです。その場所でけが人の情報を得ることはもちろんですが、クリンくんの行方を探すための手がかりがあるかもしれません。
「待ちやがれえええ、この泥棒どもおおお!」
警備隊のところに向けて歩いていると、突然背後から人の叫び声が聞こえてきました。驚いて振り返ると、こちら向けて走る三人組とそれを追うように走る一人の男の子の姿が。
「クロエちゃん! 泥棒なんて放っておけないよ、捕まえなきゃ!」
物を取り扱う商人らしく物を取る泥棒が許せないのか、ミランダさんがこちらに向けて走ってくる彼らを指さします。
「ええ、そうですね」
クロエとしても見過ごせません。私は【ウィンドカッター】を足止めのために放ちました。
「うわっ!」
先頭を走っていた猫耳の少女が私の魔法に驚いて、急停止。そのままバランスを崩して尻もちをついてしまいました。その後ろの仲間らしき二人も足を止めます。
「なにするの! 危ないじゃない!」
「まぁ、ごめんなさい。泥棒が出たなんて声を聞いて、うっかり魔法が出てしまいました。お怪我はありませんか?」
「えっ? うん、まぁ当たらなかったから大丈夫だよ……ってあんたは!?」
尻もちをついたまま、こちらの言葉にきょとんとした表情で返す猫耳の少女でしたが、急に表情を変えます。その顔を見て、私も思い出しました。
「あら、あなたはこの前の……」
「うわあああ、この前のおっそろしい魔女さん!? なんでここにいるの!?」
猫耳の少女は慌てて立ち上がって、後ろにいた仲間……長身のエルフの男の陰に隠れました。
「ユ――じゃなかった、サヴァール! サヴァール! 大変だよ、この前の魔女さんがいるよ!」
「分かったから落ち着け、アジー。オレたちは一応逃亡中なんだぞ?」
「そうだけど、この前みたいになったらどうするの! ねぇ、ブルーイ?」
「確かに、その通りだね。いやぁ~まさかこんなところで出会うなんて思ってもみなかったなぁ~」
「のんきに言ってる場合かよ……」
猫耳の少女と長身のエルフと小柄なドワーフという三人組の盗賊。彼らと出会うのは初めてではありません。以前、【黄昏の森】の中で私を襲ってきた、あの盗賊の三人組でした。




