64・読めない知識の山
「ダメですね、全然読めません……」
開けていた本を閉じてため息を吐く。今のクロエはきっとがっかりしているでしょうから。もちろん私もちょっとがっかりしています。
空を飛ぶスキルを手に入れた時、ルシールさんが言っていました。そのスキルを手に入れることのできる魔術書が家にあると。
なので気になってルシールさんの本棚を見てみることにしてみたんです。本棚には実に様々な本が収まっており、魔術書や絵本や物語といった本までもありました。でも、喜んだのもそこまでです。様々なのは種類だけでなく、書かれた言語も様々でした。
つまり、読めない本ばかりなのです。まったく、魔法として習得してしまえば、言語は関係なくなるのに……。習得する方法が書かれた本が読めないという所でつまずくとは……。
「そこら辺の本は全てテッセラ地方にある魔法都市ユニレイのものじゃの。魔法使いが集う都市ゆえ、出版される魔術書もユニレイ語が多い」
「……そうですか」
テッセラ地方ってどこですか……。
調べてみると今いるデュオ地方に隣接する地域のようです。神都があったり魔法都市があったりと、重要な場所が集中している地域みたいですね。まぁ今の私にはあまり関係ない場所でしょう。このデュオ地方だってまだまだ行っていない場所だってありますから。
それに行けるかも分かりませんね。今は守護者としてこの森を離れるのは難しい。……プレイヤーとしての本音では行ってみたいです。サブキャラが作れるようになったら、違う地方を観光してこようか悩みますね。
読めなかった本を戻して、次の本を手にします。この本はスワロ王国語で書かれているので読めます。ただ、まだまだレベル不足なので所々読めない箇所があり、この本も全てを理解するまでには至りませんでした。
ちなみにスワロ王国語はデュオ地方語の一つで、全部で四種類ほど言語があるそうです。それらを全部覚えるとスキルが統合されて【言語:デュオ地方語】となるみたい。
「……ヘイス地方語だったらいいのに」
【言語:ヘイス地方語】を持っているので、ヘイス地方で使われるどの民族言語でも対応可能です。ちなみにこちらも四種類。ヘイス地方はクロエの生まれ故郷がある地方ですからね。ですが、ここの本棚にはありませんでした。
「すまんのぉ。ヘイス地方に関する書籍も全部翻訳されておる物ばかりで、原文の物はないんじゃ」
ヘイス地方語は読めそうにありませんもんね。でも、ルシールさんってなにげに【言語:デュオ地方語】と【言語:テッセラ地方語】を覚えているんですよ。二つの地域の言葉をマスターしてるとは……。
「ルシールさん、言葉が分かるならこの魔術書を読んでくれませんか?」
先程読むのを諦めた本を手にとってルシールさんに見せる。私はこの本を読めませんが、ルシールさんなら読むことが出来る。なので、彼女に翻訳してもらうことが可能だと気が付きました。
「ふむ、よいぞ。その本は召喚魔法に関する本、お主も会得しておるファミリアの契約魔法に関するものじゃ。まず第一章にはファミリアとして契約できる存在に関して纏められておる。基本的に契約できる者は魂を持つ者のみに限定されておる。これはファミリアという契約魔法の仕組みが、契約者との魂同士の契約になるからして、魂を持たぬ物には無理なのだ。もう一つ例外として精霊種などは人よりも魂が上位の存在であり、人の魂の位では釣り合わん。だから、彼らとも魂による対等の契約を結ぶファミリアの契約魔法を結ぶのは無理だ。まぁ対等とはいえ、どちらかといえば契約者の方が立場は上ではあるから、プライドの高い彼らが応じることがないという理由もありそうじゃ。彼らと契約したかったら、素直にスピリットの契約魔法を用いた方が良いだろう。契約自体を断られたらどちらだろうとダメであるがの。それでの――」
「……すみません、やっぱりいいです」
……翻訳だけでなく、ルシールさんなりの解説も付きました。これを真面目に聞いたら数時間は拘束されそうだったので。
「うむ、そうか……」
残念そうに口を閉じるルシールさん。喋っている時は嬉しそうに振っていた尻尾も下がっている。なんだが悪い事をしてしまった感じがあります。……どうしましょう?
そういえば、この本はファミリアに関する本です。クロエも【召喚:ファミリア】のスキルを持っています。クロエは独学で魔法を会得したという感じですが、その方法はこうやって魔術書を読んでいたのかもしれません。いえ、そうでしょう。そういうことに今しました。
「その……先程の説明は私が読んでいたファミリアの召喚魔法に関する魔術書と同じだったような気がしまして……エンテ公国語で書かれた本でしたけど」
「そうなのか? ……ふむ、確かに私の著書のいくつかは他国の言語に翻訳されておったの。もしかしたらお前さんが読んだ本は私が書いた本かもしれん」
「えっ、この本もルシールさんの本だったんですか?」
思わず、手に取った本を改めて見る。……言語が分からないから著者の部分が分かりませんが、きっとルシールと書いてあるのでしょう。私にとっては初めて見る本の表紙ですが、クロエにとっては懐かしく感じる表紙かもしれません。そこでもう一つ聞いてみることにしました。
「……闇魔法に関する魔術書と風魔法に関する魔術書も出版しましたか?」
「うむ、基本魔法の初歩的な魔術書は一通り出したの。分かりやすく初心者にも読みやすいとのことで、これらは結構売れたのぉ……」
昔を思い出すように言うルシールさん。確かにスキルを習いに行った時に貸してもらった見習いの書は全部ルシールさんの名前でしたね。
……借り受けた見習いの書はスワロ王国語だったのでしょうか? あの時の本は問題なく読めていた記憶があります。なのでスワロ王国語でしょう。
正直言って何語で書かれていたかは分からない。私が読めるように日本語で自動翻訳されていましたし、原文そのままを見てもスワロ王国語なのかは私には判断が付きません。スキルマスターから借り受けた物なので、もしかしたら言語は関係なく読める特別仕様だったのかもしれませんね。
さて、何にせよ、ルシールさんは魔術書を複数出版していたという事が知れました。となると……
「……ルシールさんは初めから私の師匠だったのですね。私はこの本で初めて魔法を学んだんです。この本がなかったら、今の私はありません」
貴族だったクロエが、家出をしてまで目指した魔法使い。その最初の一歩を与えてくれたのは、きっと初めて触れたこの魔術書だったでしょう。そういうクロエの過去を思いながら私は演技をします。
「ありがとうございます、ルシールさん」
「……かっかっか、面と向かって礼を言われると照れるのぉ。しかし、私の本がきっかけでお前さんのような子が、魔術師の道を目指してくれた事はとても嬉しい。そうでなかったら、こうして出会う事もなかったからのぉ……」
ちょっと感慨深そうにルシールさんは言いました。
「気分が良い。その本にサインをして、お前さんにやろうかのぉ?」
「嬉しいですけど、サインできるんですか?」
「ベルの肉球サインでも良いというのであればの」
ということで肉球サインで貰いました。本人のサインはいつか貰う約束をしておきましたよ。サイン本は大事にインベントリにしまっておきます。……落とさないといいな。
「それにしても……お前さんはヘイス地方のエンテ公国出身か。随分と遠い所から来たのぉ」
「ええ、まぁ……色々ありまして」
どことなく訳ありだから聞くなというオーラを出しておきます。実際、貴族だった彼女がこんな所にいるのは十分訳ありです。
まぁ、あまりその辺はツッコまれたくないだけなのですけど。実家の設定なんて喋れませんから。クロエの父親とか母親はどんな人なのでしょうね。兄弟姉妹とかは……家出ができたなら下にはいそう? あぁ長男がいたら問題なく出ていけますね。
……ダメですね、自分のキャラなのに知らないことが多すぎます。これは一度実家の情報を仕入れたほうがいい気がしました。
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【ヘイス地方総合情報Part210】
こちらはヘイス地方での総合情報板です。
ヘイス地方での情報のやり取りなどにお使いください。
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150://ななしの二人目さん
公女様マジ可愛い! 結婚したい!
152://ななしの二人目さん
>150おまえは貴族か? 貴族じゃないなら諦めろ。身分が釣り合わん
155://ななしの二人目さん
ロドロ街道で狼の群れによる被害が発見されたよ。最近騒がれてるあの狼集団だ。通る人や商人たちは気をつけて
156://ななしの二人目さん
またか。狼による被害の報告多くないか?
157://150
>152英雄になれば身分はいらんな
158://ななしの二人目さん
>157やめろ。俺も公女は狙ってんだ。手を出すな
160://ななしの二人目さん
>155俺の羊牧場荒らしてた集団かもしれん。追い出したんだがそんなとこに行ったのか……
161://ななしの二人目さん
公女様はGMの公式キャラだから手出ししづらいんだけど、良く手を出すなぁ
162://ななしの二人目さん
>157英雄になろうにも戦争起きる気配ないから無理だな
164://150
>162戦争は起きるのを待つんじゃない。起こすものだ
166://ななしの二人目さん
>164やめろー! 俺の国を巻き込むなー!
167://ななしの二人目さん
>160なんで全滅させなかった! 私の畑返して!
168://ななしの二人目さん
このスレ悲鳴ばっかりなんだけど……
169://ななしの二人目さん
第二次嫁戦争……起きそうだなぁ。ちょっと武器の在庫確認してこよ
170://ななしの二人目さん
アリアの嫁戦争は酷かったな……
171://ななしの二人目さん
狼がいるロドロ街道はもう別地方との境目だな。そのまま別地方行ってくんないかなー
172://ななしの二人目さん
>170嫁戦争ってなんだよ
173://ななしの二人目さん
>172ついこの間の話。アリアっていうNPCに求婚した二人のプレイヤーが起こした戦争だよ。そのプレイヤーが二人共クランマスターでそこそこ大きかったのが問題だったね。しかもクラン同士のいざこざだったのに、貴族プレイヤーまで参戦した結果、国同士まで巻き込んで大きな戦争になったよ。
174://ななしの二人目さん
アリアの嫁戦争 #112
ネタバレだけどアリアは戦争の混乱の中、別のプレイヤーと駆け落ちした模様
175://ななしの二人目さん
>174二人のクランマスター報われねぇな
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……何か情報がないかと思って覗いてみたけど、何もありませんでしたね。その代わりになんだかすごい事を知りましたけど。
まぁいいでしょう。実家に関することは追々で。
さて、一つなんとかして読めた本があったのですが、それはレシピ本でした。なんでも薬草などを使ったハーブティーについてのレシピです。……これくらいなら攻略サイトで調べたら簡単にでてきそうなレシピでしたね。
せっかくなので作ってみることにしました。本のレシピで習得した扱いだからでしょうか、スキル一覧のレシピに追加されていました。
今回作るのはフレッシュのグリーンハーブティー。なので乾燥などはさせないでグリーンハーブを沸かしたお湯に入れて五分ほど蒸らすだけ。実に簡単です。ゲームだからということもありますけど。
ちょうど空腹度も減ってきたのでお茶にしましょう。街で買ってきたサンドイッチがあります。あの屋台のお姉さんの所のですね。
出来たお茶の入ったポットとカップなどをテーブルに並べていく。アールが作ったテーブルクロスと一輪挿しのブルーローズと並べると、とても絵になっていました。写真を一枚撮ってSNSに上げたいくらいです。
「ちょっと遅めのお茶をしましょう」
そう周りに声を掛けると皆が集まって来ました。アールは真向かいの席に腰を掛けると、その隣にルシールさんがテーブルの上に乗って座る。
ニルはすでにテーブルの上で、まだかと言うようにこちらを見ていました。
「はいはい、食べていいですから」
その言葉に待ってましたと言わんばりに、サンドイッチをくちばしで突きながら食べ始めました。長い羽角と尾羽が嬉しそうに揺れ動いています。
そんなに美味しいのですか。なら私も食べましょう。
スモークサーモンのような赤身魚とレタスが挟まれたサンドイッチを一口。おぉ、確かにこれは美味しいですね。見た目では分かりませんがレモン汁がかかっていて魚の旨みを引き出していました。
そして作ったグリーンハーブティーを飲む。こちらもハーブティーらしいすっきりとした味わいが良い。
「美味しいですね」
アールも同意するように頷きました。あぁ……こうやってみんなでお茶会というのも良いですね。私の友達のあの子も、ここに呼びたいくらいです。彼女もゲームを始めたら誘ってみるのもいいですね。
『羨ましいのぉ』
耳元にルシールさんの声が聞こえてきました。憑依状態を解除したようで、憑依されていた黒猫のベルはテーブルの上で食事をしています。食べているのは猫用のエサです。
ベルは普通の猫なので、使い魔のニルのようになんでも食べられるわけではありません。ルシールさんも今は使い魔ですが体がないので食べられませんね。
「その内、一緒に食べたいですね」
『そうじゃの。まぁ無理はせんで良いからの』
また一つ、ルシールさんの体を持たせる理由ができましたね。
「……ん?」
楽しくお茶会をしていた時でした。何やら通知が来ていたので確認。この通知は白い森の入り口に近づく怪しい輩がいたら鳴るアラームだったはず……。
また誰か来てしまったようです。一体誰でしょうか。せっかくのお茶の時間を邪魔するなんてどこの不届き者……
「――赤いフード!」
映し出された森の中の映像には、あの時見かけた赤いフードの男と、そっくりな格好をした人がいました。……それも二人も。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV24 残りSP8
基本スキル 合計27個
【両手杖LV23】
【魔法知識LV22】【魔力LV23】
【闇魔法LV23】【風魔法LV22】【土魔法LV16】
【暗黒魔法LV8】【空間魔法LV1】
【月光LV17】【下克上LV17】【森の加護LV6】
【召喚:ファミリアLV24】【召喚:ゴーレムLV2】
【命令LV20】【暗視LV23】【味覚LV24】【草食LV1】
【鑑定:植物LV22】
【採取LV22】【調合LV24】【料理LV14】【魔女術LV1】
【毒耐性LV15】【麻痺耐性LV15】【睡眠耐性LV14】
【言語:スワロ王国語LV18】
【飛行:ホウキLV3】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】




