63・空を飛びましょう
一つ、大事なことを忘れていたようです。いえ、常にそれを忘れることなく立ち回って来たつもりでした。
今以上にそれを求めるべきだと私は思います。
そう、それは魔女らしさです。
私がこのゲームを始めた理由なのだから、それを極めなくてはならない。不覚にも先ほど購入したこのドクロのガラス玉が、それを教えてくれました。
そして、今の私に足りない魔女らしさはもちろん――
「ホウキで空を飛ぶことです!」
木の上で息巻くそんな私を、いくつかの見上げるような視線がありました。
一つは相変わらず残念そうなものを見る視線。もう一つは心配そうにオロオロと見る視線。
「かっかっか。何やら面白いことをするつもりじゃの」
それから好奇に満ちた視線。
三つの視線に晒されながら、私はホウキを握る。【ウィンドステップ】で体は風を纏っている。【エアショック】も準備よし。
さぁ後はこの身を空に向かって投げるだけ。上手く行けば飛ぶかもしれない。上手く行かなければ、落ちるだけ。
たったそれだけ。答えは二つしかない。実に簡単な結末が二つあるだけです。
それにクロエは恐怖もなく、飛びたいと言っている。怖がっているのは私だけ。だったら私はそれを体現しなければいけません。クロエをロールするプレイヤーとして。
この前やった時も何回も落ちました。その後も暇があれば飛んでいたので、これで通算100回目のトライ。これでできないようなら方法を変えるしかありませんね。
「行きます!」
ギュッと掴んだホウキを持ち上げるように、身を投げました。息を飲む。高度を取るように【エアショック】を打つ。宙を舞う体を風が真上へ押し出した。さらに上へ。
そのまま、そのまま空へ。地面を見てはなりません。怖くなる。だから真上を見たまま、大空を目指して、ホウキを持ち上げました。
「あっ……」
その瞬間に、ふわりとした感覚を感じました。とっくに【エアショック】の作った勢いはなく、落ちているはず。
頼りないですが浮遊感を感じました。ホウキに跨った足は遠い地面から離れて風に揺れる。
空が近く見えた。足元には【黄昏の森】の緑が広がっている。遠くを見れば、草原の真ん中にあるダイロードの街並み。点々と見える小さな村。東に広がるのは日の光を反射する雄大な海。
これは……これは!?
《一定の行動により取得可能スキルが増えました》
「成功したああああーー!」
年甲斐もなく喜んだ私の体は、忘れていた重力を取り戻したように落ちていった。硬い地面に落ちても、たいして痛くはないでしょう。この高さなので、HPはゼロになるでしょうけど。
「わっ……?」
背中に地面の感触……ではないちょっと硬いようで柔らかくて、暖かい何かの感触。見上げれば、強面な顔が心配そうにこちらを覗き込んでいました。
「受け止めてくれてありがとうございます。アール」
地面に落ちる寸前でアールが受け止めてくれたようです。牙を見せてホッとしたように笑ったアールは地面に下ろしてくれました。
さてと……確認をしましょうか。急いでスキル画面を開いてみる。沢山ある取得可能スキル一覧から、目当ての物を探す。
【飛行:ホウキ】 SP5
特殊スキル扱いで通常スキルよりちょっとSPが高めでした。ですが迷わず取得。
……やっとです。やっと私はホウキで空を飛ぶ術を手に入れました! これで理想の魔女にまた一歩近づきましたね!
「力技でその術を得たものを初めてみたのぉ」
「……力技?」
「飛行術ぐらいの魔導書だったら家にあるぞ。それを読めば覚えられる」
えっじゃあ、あんな怖い思いをしなくても、スキルを覚えられたってことですか? 私の努力は一体何だったのですか……。
「家にあるならなんで言ってくれなかったんですか」
「先人の知恵ばかりを当てにしてはダメじゃ。たまには己の力のみで力を得るというのも、良い経験だろうと思っての」
「実にもっともらしい言い訳ですね。どうせ、面白そうだから言わなかっただけでしょう」
「かっかっか。まぁお主の欲しかった力は得られたから良かっただろう?」
そう笑って誤魔化す黒猫のルシールさん。クロエの師匠……という立場だったはずなのに、あまり教えてくれない師匠です。師匠選びを間違えた気がします。
とりあえず手に入れたスキルを使ってみましょう。地面に立ったまま、ホウキに乗る。今の衣装は裾が長いので、ホウキの柄に座るように乗っています。そのままスキルを発動すると、ふわっとホウキが持ち上がりました。
「どれ、私も乗ってみようかの」
ホウキの柄にルシールさんがひょんと飛び乗りました。
「初めてなので途中で墜落するかもしれませんよ」
「そうならんように導いてやろうと思っての。ニル、先導を頼むぞ。アール、お主は万が一に備えて地上で待機じゃ」
指示通りにニルは上空へ。アールもコクリと頷いて離れていく。
「徐々に高度を上げてみると良い。最初だからの、ゆっくりとな」
チラリとこちらを振り向いて、優しくルシールさんは言います。……師匠らしいこともできるのですね。
上昇の仕方はホウキの枝を上に持ち上げるとできました。徐々に上へ、上へ登っていく。木々の隙間を抜ける為にホウキを左右に倒して上昇していきました。
「おぉ……」
森の上空にまたやってきました。今回は落ちたりしないで、上空に留まっていられます。なのでゆっくりとこの景色を楽しむことができました。
周囲に広がる世界はどこまでも続いているようで、とてもキラキラと輝いて見える。これですよ、これが見たかった!
「おっと!」
景色を楽しんでいたら風が吹いてきました。ホウキの柄にしっかりと捕まってやり過ごす。
「景色は楽しんだかの? なら次は空の散歩をしようか」
「はい」
「うむ。先程のように上空は風が吹いておる。上手く風に乗らんと落ちるから気をつけるのじゃ。お主はまだ初心者ゆえ、風の動きは読めんだろう。だから、ニルに先導してもらうとよい」
バサリと羽音を響かせて近くにニルが現れました。日が落ちてきて夕方とはいえ、まだ若干眠そう。
「よろしくお願いしますね、ニル」
面倒そうにジーと見ながらも、こくりと頷いてくれました。そして先導するように、飛んでいく。私もニルの後を追うようにホウキを動かした。
歩くよりも少し速いスピードで空を飛んでいます。周りの景色が後ろへと流れていく。風で私の髪や衣服が揺れて音がなる。ちょっと横に座った形なので操作が難しいですが、ゆっくりなら大丈夫です。
楽しい。空を飛ぶことがこんなにも楽しいとは思いませんでした。今では恐怖もどこかへ消えています。
「空を飛ぶのは良いものだろう?」
「ええ。長年の夢が叶いました」
徐々に暗くなりつつある夜景を背景に、ホウキで飛んでいます。さらに目の前には黒猫がいる。あぁ……今の私、最高に魔女らしくありませんか? ふふふ……ふふふ……。
「クロエッ! スピードを出しすぎじゃ!」
「えっ!?」
ニルが慌てて避ける姿が後ろに高速で流れていく景色に混じっていました。いけません、感激のあまり操作を疎かにしていたようです。
「ブ、ブレーキはどこですか!?」
「ホウキごと体を後ろに引くのじゃ!」
グッと体を後ろへ引くと急ブレーキが掛かったようにスピードが落ちました。ほっとしたのもつかの間。急に止まった影響で、ホウキの柄は垂直に近い形です。私はなんとかバランスを崩さないように必死でホウキを掴んでいたので、落ちることはありませんでした。
「ルシールさん!」
ですが、目の前の小さな黒猫は空に投げ出されてしまっていたのです。落ちてしまう……そう思った刹那にバサリと白い影が飛び込んできました。
「はぁ……なんとか助かったのぉ」
「良かった……ニル、ありがとうございます」
ニルがやれやれと言ったように首を振りました。すみません、少し調子に乗ってしまいました。今度からは安全運転をしますから。
その後はすぐに地面に降りました。というのも、飛行時間に限界がきてしまったのです。飛行中はMPが徐々に減っていく。今の私のMP量ですと最大で五分が限界です。
本当はいつまでも飛んでいたい気分ですが、このあたりは仕様なので仕方ないでしょう。あとは同乗者はスキルレベルが上がらないと乗せられないそうです。ルシールさんのように、小さな動物あたりなら大丈夫のようでした。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV24 残りSP8
基本スキル 合計27個
【両手杖LV23】
【魔法知識LV22】【魔力LV23】
【闇魔法LV23】【風魔法LV22】【土魔法LV16】
【暗黒魔法LV8】【空間魔法LV1】
【月光LV17】【下克上LV17】【森の加護LV5】
【召喚:ファミリアLV24】【召喚:ゴーレムLV2】
【命令LV20】【暗視LV23】【味覚LV23】【草食LV1】
【鑑定:植物LV22】
【採取LV22】【調合LV24】【料理LV13】【魔女術LV1】
【毒耐性LV15】【麻痺耐性LV15】【睡眠耐性LV14】
【言語:スワロ王国語LV16】
【飛行:ホウキLV3】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】




