61・運営の罠とゴーレム
「ニャー」
死に戻りをした私を出迎えたのは黒猫のベルでした。死に戻りの地点はこのログハウスのようです。
窓の外を見るともう夜が明けていました。夜が明けるのがもう少し早かったら、幽霊は消えて死に戻ることはなかったでしょうね……。
ニルを召喚して、ベルも起きているのでついでにルシールさんも召喚してみました。
『うむ、快調のようじゃの』
ルシールさんはベルの体を確かめるように動いていました。
『お主はそうでもなさそうだの』
あぁ分かりますか。デスペナルティが付いているから分かったのかもしれませんね。
「さっきゴウロ山道で亡霊にやられて来ました」
『かっかっかっ! それは災難だったのぉ。どうせ、魔法を封じられたのだろう?』
「ええ、まったくその通りですよ」
『あの感覚は嫌であったじゃろう? 我々魔術師にとって得意の魔法を封じられるのは最大の屈辱じゃからのぉ』
ちょっとだけ真面目に頷くルシールさん。あそこの亡霊の特性を知っていたようですね。
確かに魔法が使えないと何もできなくなるのが魔術師です。他の職業であれば、魔法が使えなくてもなんとかなりそうですね。あっ同じ魔法職の回復職はまた別かもしれません。
『そういえば、お前さん。自慢の帽子はどうしたかの?』
「えっ」
……ない。さっきまで被っていたとんがり帽子がなくなっている!? さっき死んだ時に落としてきてしまったみたいです。森の中だったら守護者の効果で落ちなかったのに……。
多分まだあの場所に落ちているはずでしょう。今すぐに取りに戻らなくては。
そんな風に焦っていると玄関のドアが開きました。入ってきたのはアールです。そういえばその場に残していました。
「あっその帽子は!」
その手には見覚えのある帽子がありました。アールが拾ってきてくれたようです。
「ありがとうございます、アール!」
本当に良かった。拾ってきてくれたアールには感謝しきれません。
それにしても……低確率でドロップすると知っていたとはいえ、実際にその被害に遭うとは。今ならあのライトくんの気持ちがもの凄く分かります。しかも誰かに拾われた時の気持ちは……私に強く当たっていた時の気持ちが分かりました。
「はぁ……もう落としたくないですね……」
今回は戻ってきたのでいいですが、次回はどうか分かりません。何か対策はないのでしょうか。……あれ、そんな感じのアイテムがあったような気がします。どこで見たんでしょうか?
『そういう物を落とさぬようにするお守りはあるぞ』
「本当ですか?」
何やら知っているらしいルシールさん。私の記憶からは出てこなかったので、こちらに聞きましょう。
『ただあれはスターコインなる天の通貨で交換できるものじゃ。そうそう手に入る品物ではないぞ』
スターコイン……スターコインって確か課金で買うと使える特殊なゲーム内通貨のことじゃありませんでしたっけ? あっ今やっと思い出しました。
メニュー一覧を開いて項目を見る。そこから普段は使うことのない公式ショップへ行く。
ありましたよ、【落とさぬのお守り】。 一個、50スターコイン!
くっこんな所で金稼ぎですか、運営。しかもこれ消耗品じゃありませんか、運営。
ですがこれもビジネス。ゲームを提供するにはやはり、お金が必要というもの。運営もボランティアでやっているわけではありませんからね。
そんな運営の事情は置いておいて。これを買うべきかどうか。別に無くてもゲームに支障はないでしょう。ただ物を落とすだけですからね。ライトくんのように大切な物を落とした場合が一番致命的ですが。
あの人は結局さらに盗まれてしまいましたね……。ちなみにお守りは盗みには効かないそうです。
ふむ……まぁこれから先、またこういうことがあっても困ります。それに先程高いとは言いましたが、子供のお小遣いレベルなので買えないこともありません。この前の【クロエ】のアバターデータの利用料の方が高かったですよ。
というか、その時に買ったスターコインが残ってましたね……。今残高を見て気が付きました。次に使う時は衣装データ料を支払う時くらいだと思っていたので忘れてました。
残っていたスターコインを使ってお守りを購入。これでもう落とし物の心配はありませんね。
それにしても、こうして落とし物防止アイテムが課金アイテムとして売られている状況で、私の管理者としての力はちょっと優遇されていますね。
【黄昏の森】での地域限定ですが、課金アイテムと同じ効果のある能力として死亡時のアイテムランダムドロップ無効があります。前に管理者の能力としては弱いとはいいましたが、ゲームのバランス的な面でみれば強くはないでしょうけど優遇されているほうです。他のプレイヤーに不公平だと言われかねないレベルですね。
この課金アイテムは消費ものですがこちらにはそう言った回数制限はありません。一応、課金アイテムの消費タイミングは死亡時にランダムドロップが確定した時点での消費なので、死ぬ度に消費するものではないようですけど……。
それだけこの封印の守護者という地位は、重要だということなのでしょうか。確かに封印が解かれたら何が起こるか分かりませんが、確実にプレイヤーにとって喜ばしい事態にはなりそうにありません。ここは初心者プレイヤーが多く集まる地でもありますし。
……運営からの圧力を感じます。下手にここを落とすなよという感じの圧力が。
そう思うのは、あの結界の存在があります。あれは強化されたからというよりシステム的に無理な状況になっている気がします。プレイヤーが何人もここにやってきて結界の向こう側にある白い森を探しています。今も何人か森の中にいるようでどうも目的は同じようです。中には私よりもレベルの高いプレイヤーもいました。
なのにまだ誰ひとりとして入り口に当たる結界すら探し出せていない。今よりレベルの低かった私が一人で探し出せていたというのに。
やっぱりフラグを起こして、エピッククエストになるような事にしないとあの結界は探せない状態なのかもしれません。フラグを起こさないと絶対に先に進めない所がゲーム的ですね。
なので今はシステム的にも守られた強固な壁でしょう。逆にエピッククエスト時は何かしらのフラグが揃ったら、簡単に壊れてしまう弱い壁となる可能性もありましょう。
そのフラグに一番なるのは守護者の私でしょう。出入りできるのは今の所私だけですから。私が誰かをあそこに招き入れたりしたりできますし、私自身があの封印を解くことだってできるでしょう。
運営としてはあまりそうされたくないのでしょう。最初から運営が管理すればいい話なのですけど、運営としてはこういった事もプレイヤーにさせてみたいのかもしれません。
運営側にとってはしてほしくないという理由と矛盾していますが、たとえ私が本当に封印を解いたとしても運営側は何も言わないでしょうね。それもまたプレイヤーの自由でしょうから。本当にされたくないなら、最初から私に権限なんて渡さないでしょう。
勇者や魔王、貴族に王族、そんな重要ポストに収まったプレイヤーもいるみたいです。初期の生まれや経歴からでなく、私のようにゲーム内での行動による追加経歴でなったという人もいるそうです。そういった重要な地位に就けるのが、このゲームの魅力でもありますから。
まぁこれは全て私の推測です。運営側の思惑なんて分かりませんから。
さてと……もう一回戦闘に行きたいところですが、もう朝になってしまっています。戦えないこともありませんが、本気が出せるのは夜だけですし、デスペナルティがありますね。今日はもうやめておきましょう。
そういえば、新しくスキルを習得可能になっていましたね。スキルメニューを開いてみる。ルシールさんの影響で覚えられるようになったスキルの中に、それはありました。
【召喚:ゴーレム】 習得SP4
【召喚:ファミリア】と同じ召喚系スキルの一つですね。ゴーレムという名前から分かる通り、土塊の人形を召喚できるようになるみたいです。派生先扱いになるようで習得に必要なSPが上がっています。
習得するか少し迷います。ゴーレムって魔女らしくあるのでしょうか? でも覚えたら便利そうですね。使い魔と違ってゴーレムは戦闘ができます。さっきのような事もあまりなくなるかもしれません。
というわけで習得。習得したスキル一覧に新たに【召喚:ゴーレム】が加わりました。さっそく使って見ることにします。
「さぁ出てきなさい。新しい私の下僕よ!」
《ゴーレムを製作する材料がありません》
「…………あれ?」
せっかくノリノリでロールしたのに……またですか。以前も同じことをした覚えがありますよ。
『材料を用意していないのはまだいいとして……土もない場所でゴーレムを呼び出してどうするのだ。ここのどこに土があるのかのぉ?』
「ちょっと黙って下さい」
さっきの場面はもちろんルシールさんに見られていたわけで……ちょっと恥ずかしいですね。
気を取り直して土のある外で召喚することにします。ルシールさん曰く、手持ちの材料がない場合はその辺の土を使うとのこと。使う材料の違いで製作されるゴーレムに変化があるらしいです。
「今度こそ……新しい下僕よ、現れなさい!」
私の目の前に現れた魔法陣が光り輝いた。周囲の土が渦を巻いて舞い上がり、魔法陣に集まっていく。そして徐々に人型のような形になっていった。
「おぉ~」
舞い上がった土煙が引くとそこには茶色の土の体を持つゴーレムが一体いました。私より背が高いですが、アールよりは小柄です。土を固めて作ったような上半身は大きく腕も大きい。全体のシルエットとしてはゴリラに近いでしょう。そして頭がありますが顔の形はなく、のっぺらぼうです。
あとは少し落ち葉も混じってしまったようで、この白い森特有の灰色の葉が体のあちこちに埋もれていました。名称としては【土のゴーレム】という名前です。そのままですね。
「初めまして。私があなたの主人ですよ」
そう言ってゴーレムに近づいてみました。……返事はまったくありません。というか召喚されてからというもの、微動だにしません。まるで意思がないかのようです。
『クロエ、そのゴーレムには意思なぞないぞ』
「本当にないんですか……?」
『あるわけがなかろう。ただ土を集めて人の形にしただけだからの。その証拠に……』
その時でした。しっかり作られていたはずのゴーレムの体が崩れていまいました。あとに残ったのは灰色の落ち葉が混じった土の山。
『時間が過ぎればそのようにただの土に戻るの』
まさかのインスタントゴーレム。どうやら五分ほどで元の土の状態に戻ってしまうようです。
「……てっきり意思のあるものだと思っていました」
『そういうのはコアを持つ個体だの。そういうゴーレムが欲しかったらコアを材料に入れて作ると良い』
コアを持つゴーレムなら制限時間もないそうです。ですがなかなか手に入らない物らしいので、ちゃんとしたゴーレムを作れるようになるのは先になりそうですね。
*****
畑のほうに戻ってきました。以前は小さかった薬草達も十分伸びており、収穫にはぴったりでしょう。アールと共に収穫をしていきます。私はスキル【採取】を持っているのでボーナスを貰いつつ収穫。
「いっぱい取れましたね」
コクコクとアールが頷く。心なしか嬉しそうです。
持ってきたカゴに山ができるほど収穫できました。それにその辺で拾ってきた薬草と比べると状態はとてもいい。薬草だとランクの平均が星四つでした。良い薬ができそうですね。
それら全てをインベントリにしまっていく。山盛りの薬草でも重いものです。こうやってインベントリに収納してしまえば、持ち上げて運ぶ必要がなくなるので楽でいいですね。
あとに残ったのは綺麗サッパリと刈り取られた畑が残りました。とりあえず次に使いそうな薬草や魔力草などの各種の種を植えておきます。面積に対して種類が多いので一つ一つの収穫量は少ないでしょう。将来的にはもう少し畑を大きくしたい所ですね。
家に戻って今度は薬作りをしましょう。今回頼まれたのは風邪薬百個。中級調合キットを取り出して、さぁレッツ調合。この前ミランダさんの店でしたように材料である薬草とレッドグラスとホワイトハーブをすり潰して、煮込んでいく。
今回の水は湖の水を使ってみました。湖の水はご利益が高そうなので大量に汲んでおり、インベントリにストックしてあります。
グツグツと煮込む。煮込む。風邪薬の煮込み時間は他のポーションより長いです。煮込みすぎないように、そして材料にした三つの薬草が上手く混ざりあうように混ぜて味を見つつ火加減を変えていく。味はやっぱり苦い。
【風邪薬:☆☆☆☆☆】
やっと風邪薬ができました。おぉ、ランク5ですよ。おまけ効果でHPが少し回復する効果も付きました。
さて、このまま量産に移ってもいいのですが味をなんとかしたい所ですね。回復ポーションと違って飲むことでしか効果が得られないようです。なので苦い風味を消したい。
インベントリとにらめっこ。何か使えそうなものはないでしょうか。
『何を悩んでおるのだ?』
ジッと考え込んでいる私を不思議に思ったのでしょう。ルシールさんに話しかけられました。
「薬の苦さをどうにかできないかと思いまして」
『ふむ、それならイエローリリーの蜜を入れてみるとよいぞ』
そんなアドバイスを貰いました。イエローリリーは……あった。数は少ないですが持っていたようです。最近までは名称不明の草だったので、持っていたことにも気づけませんでしたからね。
「クリンくんに作ってあげた時も教えてくれればよかったのに」
『そう思ったが蜜を入れると少し難易度が高くなるんじゃ。失敗されても困るから言わなかったのだよ』
なるほどそんな理由でしたか。とりあえず試しに作ってみましょう。
インベントリから取り出したイエローリリーを手に取る。蜜が入っているのか、花の下辺りがふっくらと膨れ上がっていました。
それをすり潰して鍋で煮込んでいる時に蜜を入れていく。入れるタイミングを間違えると、失敗するらしいです。ちなみに蜜がなくなった花は萎んだ状態でアイテムとしてはまだ残っていました。
なんでも、麻痺を治す力が花びらには宿っているそうです。ホワイトハーブに代わって麻痺草と一緒に作ると麻痺消しができるみたい。
ルシールさんの言う通り、先程より煮込み時間は長い。それにかき混ぜていく作業の難易度も上がっている。早くかき混ぜたり、逆にゆっくり動かしたりと忙しないので腕が疲れてきた気がします。
【おいしい風邪薬:☆☆☆】
やっとの思いで完成。出来栄えは少し落ちてしまいましたが、味の良い風邪薬ができました。
『ふむ、初めてにしては悪くないの』
ルシールさんにも褒められました。
さて、これを量産……したい所ですが手間がかかります。それにイエローリリーは量がないので百個分は無理ですね。
ということで普通の風邪薬を量産することにしました。そんな普通の風邪薬でさえ、煮込み時間が多いです。順調に行って百個作るのに三時間はかかる。これが早いのか遅いほうなのかは、ゲームなので分かりませんね。
まぁそんな三時間もずっと製作するのは難しいです。現実もありますからね。少しだけ作った後、あとは次の日に回して今日はログアウトすることにしました。
「せめてもうちょっと大きい鍋で煮込めれば量も作れるのに……」
『私の大鍋は壊してしまったからのぉ。買い換えようと思ってそのままじゃった』
ルシールさんの家には上級の調合鍋がありました。ですが壊れてしまったようで、直すか新品を買うかしないと上級の物は使えそうにありませんね。
「それじゃ、私は……ちょっと出かけてきますね」
『うむ、行ってくると良い』
ログアウトの言い訳がこれでいいのか分かりませんが、ルシールさんは特に止めることなくそういいました。アールも見送るように手を振っています。ニルもいつもの止まり木からチラリと見て、また眠りました。この後ニルだけは召喚が切れて消えるでしょう。
そんな風に見送られながら、この世界を後にしました。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV24 残りSP13
基本スキル 合計26個
【両手杖LV23】
【魔法知識LV22】【魔力LV23】
【闇魔法LV23】【風魔法LV22】【土魔法LV16】
【暗黒魔法LV8】【空間魔法LV1】
【月光LV17】【下克上LV17】【森の加護LV4】
【召喚:ファミリアLV23】【召喚:ゴーレムLV2】
【命令LV20】【暗視LV23】【味覚LV22】【草食LV1】
【鑑定:植物LV22】
【採取LV22】【調合LV23】【料理LV12】【魔女術LV1】
【毒耐性LV15】【麻痺耐性LV15】【睡眠耐性LV14】
【言語:スワロ王国語LV15】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】
 




