57・倉庫を利用しましょう
さて、まだ街には用があります。今まで利用をしたことはありませんでしたが、今日はそこに用があります。
それは倉庫です。プレイヤー一人に対して与えられる無料の倉庫。何か大事な物を得た場合、倉庫に預けるのが一番だと言われています。このゲームの中で唯一安全な場所は倉庫の中だと言われるほどです。
有名な盗賊プレイヤーでも金庫破りができないそうですよ。まぁシステム的に守られているからでしょうけど。
そんなわけで世界一安全な倉庫を利用できる施設にやってきました。ちなみに倉庫に預けた品は預けた場所とは、別の場所からでも取り出せるとか。さすがゲームですね。
倉庫に来たのは最近、所持品が多くなってきたのが原因。このゲームには所持品の数量制限というものがあります。結構余裕があったので今まで気にしていませんでしたが、そろそろ制限に引っかかりそうです。なのでこうして要らない物は売って、そして今は使わないけど必要になりそうな物をここに預けに来ました。
とりあえず使いそうな素材などは手持ちに……あぁ初期衣装だった【貴族令嬢のドレス】は売るのが惜しかったですよね。これは倉庫行きでいいでしょう。前のゴスロリ装備も。それから、お金も少し預けておきましょう。
そんな感じで倉庫に預ける物を入れていったのですが……
「申し訳ありません。こちらの物品は預けられません」
システムメッセージと同じような事を受付のお姉さんが言いました。何がダメだったのでしょうか?
「あぁ、コレですか」
拒否された物は【謎の毒薬】でした。なぜか私が取得していたこの毒薬。調べようにもまったく訳が分からなくて、手に余っていた物ですね。
「あのぉ……」
「なんでしょうか?」
どことなく受付のお姉さんの顔が険しい。そして目線は私の手に持つ毒薬。
『クロエ、今すぐそれをしまってこの場から離れるのだ。もちろん怪しまれんようにの』
奇遇ですね、ルシールさん。私もそうしようと思っていた所でした。
「あぁ、これは友人にあげる物でした。珍しい色でしょう? とても貴重で年代物のお酒だと商人が言っていました」
その場しのぎの嘘を吐いてそっと腰に付けている鞄からインベントリにしまいます。
「まぁそうでしたか。お預かりできない代物の多くは特殊な代物が多いんですよ。その中には禁止されているような禁忌の代物もあったりするので……失礼しました」
禁忌の代物だなんて嫌ですね、聞いただけでも物騒ではありませんか。これは毒薬なのでそうなのかもしれませんけど。
そのまま愛想笑いをしつつ、施設を出ました。
『まったく、お前さんがそんな物を持っておるとは思わなかったぞ』
施設から離れるとひょんと私の左肩に乗ったルシールさん。ちなみにニルは右肩にいます。ちょっと重い。
『しかもそれをあんな堂々と取り出すとはのぉ……』
「まぁ確かに毒薬ですものね……」
よく考えたら毒薬を人目につく場所に出していたんですよね。何かを疑われても仕方ない行動ですよ、これは。
『クロエ、この毒薬が何か知らんのか?』
「これが何か知っているんですか?」
私はこれを偶然手に入れたことをルシールさんに言いました。ルシールさんはどうやらこの毒薬の事を知っているようです。そうでなかったら、あの時警告なんてしません。
『【呪術の毒薬】かの……私も実物を見るのは初めてだ。生き物の血と怨念を吸って成長した植物と、術者の血を用いて作られる儀式用の特殊な薬での。これを飲んだ者を死なせるのはもちろんの事、その魂を捕らえ、術に組み込むことのできる恐ろしい毒薬じゃ。その製法は禁術とされておるほどだの』
本当に物騒な代物でした。こんな物を私はずっと持ち歩いていたとは……。
「これって所持していただけでも捕まりますよね?」
『もちろんそうだの。だからさっきは危なかったのぉ』
守護者としての仕事をする前に捕まる所でした。それにしても、持っていただけでも捕まるとは。
「製作者も捕まるだけではありませんね」
『そうだの。その村長を突き出すか? きっと謝礼金くらいは出るかもしれんぞ?』
「このことを話せばずっと隠し持っていた私も疑われるではありませんか」
知らなかったとは言え、物騒な物をずっと持っていた訳ですから疑われそうですよね。それにそんなことをしたら、あの村長を助けた意味がありません。
『まぁ、そうだの。ならさっさとそれを処分するといい』
「……ちょっと勿体無いと思いませんか?」
『その気持ちは分かるが、それは製作者しか使えん代物だの。変な疑いを掛けられる前にさっさと捨てるとよい』
残念ですがそうしましょう。これと言って使い道があるわけではありませんからね。
『それにしても、そのそそのかした悪魔とやらの目的が分からんのぉ』
「目的は死者蘇生だったみたいですが……確かに分かりませんね」
この毒薬の製法を教えたのはきっとあの時の悪魔ちゃんでしょう。先程ルシールさんの話にもありましたが、この毒薬の製法は禁術扱いです。なので村長ではこの製法を知る機会はなかったはずでしょう。
それを村長に教えて娘さんの復活を促したわけですが……あの悪魔の目的って結局なんだったのでしょうか?
『悪魔と言っても色々だからのぉ。まぁその多くは我々に害をなす存在であることは確かだの。その悪魔の目的が何であれ、この毒薬といい村長にさせようとした目的といい、あまり良い事ではないの』
「そうですね……。そういえば、あの悪魔はあの赤いフードの男と何か関係があったりするんでしょうか?」
あの赤いフードの男の目的は混沌絡みなのは分かります。もしかしたら、悪魔ちゃんもそれ関係なのでしょうか?
『現時点では分からんの。彼らが我々人と敵対しているというのは確かだが』
「悪魔は混沌を狙わないのですか?」
『さぁそれは分からん』
あっけらかんに言われました。
「……ルシールさんでも知らないことはあるんですね」
『クロエ。いくら私がお前さんより年寄りとはいえ、なんでも知っていると思ってもらっては困るのぉ』
まぁその言葉には同意しましょう。私もそうですからね。
よくよく考えればこの人は守護者として森の中にずっと一人で居たわけですし。
「そうですね、今まで森の中で一人ぼっちで引きこもっていたわけですから、知らなくても無理ありませんね」
『……お前さん、そんなにこどもにしたことを根に持っておるのか?』
謝罪の言葉はありませんでしたから。
『これでも猫の目を以てして森に居ながら情報は得ていたわ』
「あぁベルさんの目で見ていたんですね」
今はルシールさんの体になっている黒猫のベルさん。元々は彼女の使い魔でした。そう考えると街中で時々見かけていた時は情報を集めていたのでしょう。あの時ならたぶん、赤い獣関係で役に立つ人を探していたのでしょうね。
「今思い出したのですが、私ベルさんを見かけていました。追いかけたりしましたし」
『あーあの時追いかけてきたのはお前さんだったの。子供以外に追いかけてきたのはお前さんとツバキぐらいじゃったの』
「その時は追いかけてすみません。……いえ、そうではなくて。一つ聞きたいんですけど」
『なんだの』
一つ思い出したことがありました。というのも、そのせいでカイルさんも巻き込んだことになりましたし。
「なんでイケメンばかりに寄っていったんですか、ルシールさん? まさかルシールさん――」
『……誤解じゃ。断じてそんなことはないぞ!』
慌てた様子で私の頬をテシテシ殴ってきます。ちょっと痛いではありませんか。
「じゃあ、なんだというんですか?」
『ベルだ! ベルは昔から綺麗な物が好きでの。それに寄って行く習性があったんじゃ! お前さんも知っての通り使い魔は指示をすれば動いてくれるが体や意思は自由だ。自在に操れる術でも使わん限り、使い魔の動きを全て制御できん』
残念、私の予想は外れていたようでした。まぁ確かに今の黒猫のベルさんに憑依しているルシールさんなら分かりますが、まだ使い魔だった頃のベルさんはルシールさんの指示を受けて動いていました。
指示の範囲内ならある程度、自分の思うままに行動していたと思うので、あの時のイケメンに寄って行く行動は黒猫のベルさんが起こしたことでしょう。
『さて何の話を……あぁ悪魔じゃったか。数百年前に勇者の力を持つ英雄に倒されたあの黒き混沌の竜は元は魔王の一人だったと言われておる。じゃから混沌を狙う悪魔は居ないとは言えんの』
「何が分からないですか、知っているではありませんか」
『昔の話だ。今は違うかもしれんじゃろ。それを裏付けるように昨今の悪魔、いや魔族と言えば人間に害をなす者達で幾度と勇者達と争っておるが……混沌そのものに手を出したという話は聞かんの。人に善も悪もあるように、彼ら魔族とて千差万別だ。だから私としての結論は――』
「分からない、というわけですか」
世界を破滅できそうな力なのに、悪魔……いえ魔族が狙わないとはこれまた不思議。狙いそうなのに。
いや、そもそもあの子は本当に魔族だったのでしょうか? 見た目が悪魔ぽいだけで実は人間だっただけで、こちらが勝手に勘違いをしているかもしれないなんてこともありえそうですね。
「はぁ、世の中分からないことだらけですね……」
『まったくだのぉ』
とりあえず、今分かっているのはこの毒薬を処分したほうがいいって事くらいですか。
『あっ毒薬をここで捨てるでないぞ。きちんとした手順で処分せんと大変なことになるからの!』
「そういうのは早く言って下さい! 捨てるところでしたよ!」
捨てるのも特殊なんですかこれ……。本当に面倒な拾い物をしてしまいましたね。
これを拾ってきた奴はクワァ~と眠そうにあくびをしていました。




