56・風邪薬の依頼
次に来たのは雑貨店。いつもの如くあのミランダさんが店主をしている店ですね。
「閉まってる……」
その店のピンク色の扉には閉店中と表すだろう看板がかけられていました。スワロ王国語の判定に失敗して文字が読めなかったんですよ……。しかし珍しい。こんな昼間(ゲーム内時間)に閉まっているのは珍しい事です。いつも開いているイメージなんですよ、ここのお店。店主が居なくてもバイトのクリンくんがいつもいるからでしょうけど。
「あっクロエちゃん」
出直そうと思ったその時に、ピンクの扉が開かれました。中から出てきたのはこの店の店主、ミランダさんです。
「こんにちは、ミランダさん。これから出かけるのですか?」
ただいつもと服装が違いました。いつもはエプロンドレスを着ている彼女ですが、今は動きやすいような服とズボンです。ゆるふわな髪も邪魔にならないように纏めています。まるでどこかに行こうとしているようでした。
「あぁ~クロエちゃん、ちょうどいいタイミングだよ~! ちょっとお願いしたい事があるんだ」
「お願い?」
いつもと違ってちょっと青い顔のミランダさん。気になるので聞きましょう。
「クリンがね、風邪引いちゃったんだ……。でも風邪薬がなくて困ってたの。クロエちゃんなら薬を作れるよね?」
「風邪薬ですか……」
風邪薬……ってどうやって作るんですか? 今までポーションとかは作ったことありますけど、風邪薬はないですね。調合スキルは持っているから作ることはできると思うのですが、肝心のレシピが分からない。まさか風邪薬が作れない事実にこんな所で気がつくとは。
「クロエちゃん……もしかして作れない?」
ミランダさんが涙目で見てくるのが辛い。待ってください、きっと攻略ページに書いてありますから……。
『何を黙っておる、お前さんなら作れるだろう』
見かねたのかルシールさんからそんな声が聞こえてくる。足元に来た黒猫がはよ作ったれと言うように、ペシペシとさっき買ったばかりの新品の靴を叩いていました。
「いえ、その、風邪薬のレシピを知らなくて……今思いだそうとしています」
私の脳内にはないので、今攻略ページを開いた所です。これから検索するので待ってください。
『……なんだ、知らないのか』
やれやれと首を振るルシールさん。風邪薬の需要が今までなかったのですよ。なんでも治療魔法でちゃちゃっと治せてしまうそうですが、私はそれを使えません。そういう事をするのはヒーラー職の神官や僧侶の仕事ですからね。私は薬で代用しますけど。
『風邪薬は薬草とレッドグラス、それからホワイトハーブで出来るの』
検索結果と同じ事をルシールさんが言いました。……なんと優秀な猫型検索機がこんな所に。冗談です。
『ほれ、材料は持っておるだろ、お前さんの腕前ならできるからさっさと作るがよかろう!』
「分かりましたから!」
心の中の冗談を読まれたのか知りませんが、急かすようにペシペシと私の足を叩いてくる。やめてください。先程から猫に話しかける私をミランダさんが不思議がって見ていますから。
ミランダさんの店のカウンターを借りて調合開始。中級調合キットと材料を机に置いていく。作り方はポーションと同じらしい。必要な材料をすり潰して、鍋で煮詰めていく。水はミランダさんの店の井戸水を使用しているので味は問題ないはず……。
試しに味を確認してみます。すると苦いままでした。ふむ……風邪薬の味は簡単には行かないようですね。
「おぉ~!」
クリンくんの様子を見てきたミランダさんが戻ってきました。
調合中の煮詰めている鍋の中はキラキラと光りながら色を変えていく演出があります。それが物珍しいのか、ミランダさんが鍋を覗き込んできました。
「そういえば、ミランダさん。どこかへ行こうとしていましたがよろしいのですか?」
「あぁ~それなら大丈夫だよ。ちょっと前まで薬を卸してくれていた薬剤師さんのとこに行こうとしてたんだ。最近見なくなっちゃったけど……」
「そうだったんですか」
だからちょうどいいタイミングだったわけですか。するとはぁ、とため息をついてミランダさんが呟きました。
「どこ行っちゃたんだろ……ルシールお婆ちゃん」
「その人ならいたいけな少女を騙すくらいには元気でしたよ」
彼女の心配を取り除くように笑顔で言いました。何か言いたげな視線がアールの手元から来ているのは気のせいでしょう。それに本当のことじゃありませんか。
それともそこの黒猫がルシールさんと言えばよろしかったでしょうか? 確かに、ちょっとだけ私の地が出たかもしれませんけどね。
「よく分からないけどお婆ちゃん元気なんだね!」
ミランダさんが笑顔になったので良しとしましょう。それに風邪薬も完成しました。ポーションとは違う形の瓶に入った液状の薬。色は半透明な緑色でちょっと回復ポーションに近いかも。
「クリン! クロエちゃんが風邪薬作ってくれたよ~!」
パタパタと嬉しそうに店の奥に続く部屋に入っていくミランダさん。その後に付いていくと、小さな部屋に一通りの家具が置かれた部屋に辿り着きました。ベッドにはクリンくんが額にタオルを乗せて寝ています。私達が入ってきたのに気がついたのか、のそりと起き上がります。
「あ、ありがとうございます」
熱でボーとしているのか、瞼が下がっています。それでも私に礼を言ってから、ミランダさんから風邪薬を受け取りました。ですがすぐに飲もうとしません。
「クリン、どうしたの? 飲みづらいなら瓶を持とうか?」
「飲むだけですから、別に手伝いは入りませんよ……」
見た目はまだ若そうなクリンくんです。だからでしょうか、子供扱いはされたくないようでした。
「……苦いのが苦手なだけです」
飲むのをためらっていたのは薬の苦さが嫌いだっただけでしたか。……案外、見た目通りなのかもしれませんね。
なんとか薬を飲んだクリンくんを寝かしつけた後、私たちはまた店のほうに戻ってきました。ルシールさんの見立てではすぐに良くなると言う話です。
「風邪薬、ありがとうね~!」
「いいえ。また困ったことがありましたら言ってくださいね」
「うん、本当にありがとうね! そういえば、うちのお店に何か用があったんじゃない?」
そうでした。この店に来た目的を忘れる所でした。これから入用になりそうな物を買いに来たのです。
「肥料などありましたら見せてもらえますか? それから箒を……」
必要な物をミランダさんに言っていきます。肥料はちょっとやってみたいことがありまして。箒は掃除用です。飛行用とは別です。武器が延期になってしまった分、こちらの予算に少し余裕ができたのでいいでしょう。
「あとここは服も売っていますか?」
チラッとアールの方を見ました。アールは棚に飾られた商品をジッと見ています。その大きな体を覆っている黒いローブと初期装備一式です。
「そっちの大きいお兄さん用の服だね~ちょっと待っててね~」
ミランダさんが奥の方にまた引っ込んでいきました。
「アール、何か気になるものがありました?」
アールが見ていたのは裁縫道具セットでした。確か、これを使ってクッションなどはもちろん布系の防具も作ることが出来るんでしたっけ? 初級や中級と分かれていますし。
「欲しいのでしたら、買えばいいと思いますよ。あなたはお金を持っているでしょう?」
そう言うと、思い出したようにアールは肩掛けカバンからお金を出しました。良い機会です、ここでアールに初めての買い物をさせてみるのもいいでしょう。
棚の前でお金を手に悩みだすアール。あれこれと私が言っては邪魔でしょうから少し離れます。まだミランダさんは戻ってこないので私も商品を見て回ることにしました。
商品の中に一つ面白いものがありました。【依頼書】というものです。【依頼書】はその名の通り、誰かに何かを依頼をしたい時に使用すればシステム上のクエスト扱いで依頼を発注できるみたいです。
プレイヤーも独自のクエスト作って誰かに依頼することができるんですよ。面白いと思いませんか。まぁ私は今の所、使う機会はなさそうですけど。
「ごめん、お待たせ~!」
ミランダさんが戻ってきたので買い物を再開。持ってきた服は旅人シリーズと呼ばれる装備一式でした。なんでも、初期装備の次はこの装備という程のものだとか。確かにこれによく似た服装をよく見かけましたね。
安めの値段ですが性能はそこそこ良いのが始めたてのプレイヤーにも人気の理由。過酷な旅に最適な動きやすさと着心地の良さは、普段着にしても問題ないとフレーバーテキストに書いてありました。
「悪くありませんね」
藍色の服はオークの緑肌には合わないと思いましたが、それほどではありませんでした。それに茶色のフードマントは以前の黒色の物より不審者感がありません。以前の格好よりも町中に溶け込みやすく、通りすがりの大柄な旅人ぽく見えます。
「お会計は全部で三千Gだね。服は風邪薬代としておまけしておくよ~」
「どうせなら全部まけません?」
「それはムリかな~」
にっこりと微笑まれてしまいました。さすがミランダさん、商人してますね。
私が買い物を終えるとアールがやってきました。持っていた商品をカウンターに置いていきます。どうやらそれを買うようです。
内容は初級と中級の裁縫セットと布や糸などの材料も。
「これも買うんですか?」
それから木工道具……これも初級と中級の2つ。ダメだったと言うようにアールがこちらを見てきました。
「いいえ。あなたが買うものなので私は何も言いませんよ」
そういえば、ニルの止まり木を作っていましたね。その時は道具もないのに器用に作っていましたけど、確かに道具があればより良いものが作れるでしょう。
「ありがとうございます~。いやぁ~オークのお客さんはあなたが初めてだよ~」
あっミランダさんにアールの事がバレてしまいました。まぁこれだけ近くに見ていれば分かりますよね……。バレてしまいましたが、誰にも言わないと言ってくれました。
「だって大切なお客さんだもん~。また来ていいからね~」
ふわふわっとした優しい笑みをアールに向けてくれました。お客さんならモンスターだろうが誰でも歓迎らしいです。
「あっそうだ。クロエちゃん、もう一つ頼まれてくれるかな?」
「なんでしょうか?」
「風邪薬の事なんだけど……良かったら百個ほど作ってくれないかな? 七万Gで買い取るから!」
《クエスト:風邪薬の製作願い:風邪薬を百個、納品してください》
お願いと手を合わせてこちらに頼み込んでくるミランダさん。それと同時にクエストが現れました。
なんでも、少し前に風邪がこの街で流行っていたそうです。住人のほとんどは薬で風邪を治すので、その時に風邪薬は売れたそうです。だからクリンくんに使う薬がなかったとか。
「分かりました」
「ありがとう、クロエちゃん! 納品はいつでもいいからね。あっでも次の風邪が流行る前には届けて欲しいな」
クエストを受けるとミランダさんが嬉しそうに笑いました。……そういえばミランダさんってプレイヤーなのでしょうか? 今の所それっぽい行動がないので分かりません。
まぁいいでしょう。ミランダさんが何であれ、良い店主なのは変わりありません。それに、相手も私のことをNPCだと思っているかもしれませんからね。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV22 残りSP13
基本スキル 合計25個
【両手杖LV21】
【魔法知識LV21】【魔力LV21】
【闇魔法LV21】【風魔法LV20】【土魔法LV12】
【暗黒魔法LV8】【空間魔法LV1】
【月光LV16】【下克上LV15】【森の加護LV1】
【召喚:ファミリアLV21】
【命令LV18】【暗視LV21】【味覚LV21】【草食LV1】
【鑑定:植物LV20】
【採取LV18】【調合LV21】【料理LV11】【魔女術LV1】
【毒耐性LV15】【麻痺耐性LV15】【睡眠耐性LV14】
【言語:スワロ王国語LV15】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】




