55・新しい服
十分経ったので体が元の大きさに戻りました。これでやっと出かけられます。あの子供のままの姿で出ていくというのはクロエにとってはあまり気の進まない事でしたでしょうから。
「さぁアール、買い物に行きましょう」
そろそろ装備の新調をしなければと考えていたんです。ちょうどルシールさんからの報酬という名の収入がありましたし。それに強くなるためにも必要なことです。
ついでにアールの服を買いに行ったほうが良いですね。今のアールは初期装備一式なので。アールはお金の使い方がイマイチ分かっていませんから、その勉強にもなるでしょう。
アールはもちろんのこと、ニルとルシールさんも連れてみんなでダイロードの街にやってきました。プレイヤーらしき人達の減ったこの街は初期の人混みや賑わいはありませんが、代わりにのどかな田舎街という雰囲気が出ていて私は好きです。
「えっと……こんにちは」
扉を開けて店内に入ればカランカランとベルが鳴りました。この防具屋は慣れません……というよりここの店主はクロエ的に苦手な人です。
「なんだ、また来たのか」
なんと返事が返ってきました。きっとこの間来た時みたいにあいさつもないと思っていたのでびっくりです。いや、それよりもまた来たのかと言われてしまいました。
「来てはダメだったのですか?」
「いいや」
相変わらず無愛想な店主はそれだけ言って黙ってしまいました。クロエとしても苦手なのであまり話が続くのは避けたかったのでいいでしょう。それはそうと新しい防具を探しに来たのでした。とりあえずスカートは長めで魔女らしい物を探しましょう。
今のミニスカ魔女姿も気に入ってはいるのですが、ほらスカートが短いとダメでしょう。色々と。
ちなみに今この店にいる客は私一人です。ルシールさん達は外で待たせています。
「ない……」
一通り店にある商品を見てみましたが、良さそうな品が見つかりません。というのも、置かれている物の殆どが初心者用ばかりです。
「おい」
「ひっ」
また背後から声をかけられました。ちょっとびっくりするから背後から声をかけないで欲しいです。振り返るとあの大柄の店主が私を見下ろしていました。なんだか、前にもありましたね。
「ここはお前のような者が来る場所じゃないだろう」
ええっ……やっぱり来てはダメだったのですか。もしかしてこの店主もクロエの事が嫌いなのでしょうか。
「何か気に障るような事をしてしまいましたか……?」
「そうじゃない」
ガシガシと困ったように店主は頭をかきました。嫌われているわけではないようです。
「お前、初心者じゃあないだろう?」
「ええ、まぁ初心者といえば違いますが……もしかしてここは初心者や駆け出しの方専門の店でしたか?」
「専門店ではない。専門店ではないが……客層はそうだ」
ここはスタート地点にもなる街なので、確かに客層はゲームを始めたような人達ばかりになるでしょうね。だから自然と置いてある商品が初心者用ばかりになるのも納得です。
あぁだから私が来るような場所じゃないと店主は言ったのでしょう。以前この店に来た時の私は、この店の客層でした。ですが今はその客層とは外れるのでしょう。最初の言葉がなぜまた来たのかと言ったのも分かりました。
「ちょっと待ってろ」
そう言って店主は店の中に引っ込んでいく。そしてすぐにいくつかの服を抱えて戻ってきた。
「お前さんに合いそうなのはこの辺だ。これより性能がいいのは在庫がない」
店主はカウンターの机の上に持ってきた服を並べていく。表にある装備品は初心者レベルの物ばかりでしたが、裏から持ってきたこれらは私に合うレベルの物なのでしょう。
「ありがとうございます」
一言礼を言って並べられた服を見ていきます。中には私のレベルでは装備できない物もありますので、装備できそうなもので予算内の物を選びましょう。
「それではこの装備一式を」
さて、私が選んだのは深緑色のローブ服です。足元まで裾のあるローブで、袖部分はとても袖口が広いです。それに合うように作られたポンチョのような短めのマントと靴など。
この中でなら見た目もよく、性能もいい。そしてなによりも、それに合わせて作られたとんがり帽子があるのです。黄色のリボンが揺れていてかわいい。もうこれ一択じゃありませんか。
「それか」
私がこれを選ぶのを店主も分かっていたのでしょう。表情は無愛想なのは変わりませんけど。
店主のすすめで試着してみました。黒のゴスロリ魔女から一転、ちょっと怪しげな緑の魔女がそこにいました。深緑というのも悪くありませんね。クロエの目の色は緑ですから色味は合っています。差し色の黄色というのもの悪くありません。ただ……
「黒だな」
「黒ですね……」
しっくりこないんですよ、この色は。黒色だったらなーって少し思ってしまいました。これはこれで雰囲気があって好きですけど、地味な方の魔女ですね。
「オーダーメイドもできるが……時間が掛かる。どうする?」
「今回はこれで。そちらはまた今度にしますね」
オーダーメイドというのも惹かれますが今回はやめておきます。今回の装備一式は五万Gほどでした。なかなかの出費ですが仕方ありません。これは武器の方は買えないかもしれませんね。
「前の装備はどうする。買い取る事もできるが……」
「いいえ、しません。あの服はデザインが気に入っていますから」
気に入っているので手放すのは惜しいと思います。性能が落ちてしまうので、着ることはあまりなくなりそうですけど。
「そうか。ならいい」
店主はぶっきらぼうにそう言って、カウンターの奥の席に戻っていきました。……心なしか照れくさそうにしていた気がします。
さて、そんな防具屋を後にして、武器屋の方にも行ってみました。
お金の心配をしていましたが、それ以前の問題に当たりました。どうやら私に合う装備はないようです。防具屋同様、初心者用の物しかありません。
「作ってあげたいけど……お客さんが求めるレベルの物は作れないかな。必要な材料である魔法鉱石が、まだイルー鉱山から届かなくてね。ほら、つい最近まで赤い獣のせいで商人が森を通り抜けられなかったからさ」
店主にそう言われました。赤い獣の問題がこんな所まで影響していたとは……。イルー鉱山って確か黄昏の森の先にある場所ですね。確かにそうなっても仕方ありません。
そういうわけで武器の新調は当分先になりました。まぁ手持ちも心許なかったのでいいでしょう。とりあえず今使っている杖の修理だけしておきました。




