52・守護者として雇い主として
『このバカ者!』
「いだっ!?」
黒猫inルシールさんによる肉球パンチならぬ肉球チョップが私の頭に直撃。痛覚を和らげているとはいえ、そこそこ痛いです。
『何を考えておる! 封印の守護者としての力をあんな事で使いおって!』
私にチョップをした後、テーブルに着地したルシールさん。怒っているので、感情を表すように黒猫の尻尾がピンと立っていました。
ログインしてすぐ呼ばれたので行ってみれば、このルシールさんが待っていました。
ルシールさんのお怒りはもちろん分かっています。白い森の入り口あたりをウロウロとしていたプレイヤーに対して力を使用した事でしょう。ちなみにあの後プレイヤー達は無事に死に戻りしたようです。
「アレくらいならばあなたもやっていいと仰っていませんでしたか?」
『時と場合による。あの場合は使うべきではなかったの』
「ですが、あの者達は白い森の事を探し出そうとしていました。目的がなんであれ、放っておけば私のように入り口を探られてこの場所に入り込まれてしまう可能性がありましたので……」
『結界は補強しておる。並の者ではもう壊せん。だからあやつらは放っておいて良かった。どうせたどり着けぬ、そうして諦めればこの場所の事も忘れると言うもの。だというのにお前さんは……下手にこちらが行動をしては、この場所の存在を知らしめているようではないか!!』
ガツンッとルシールさんのお怒りの声が私だけに響く。確かにルシールさんの言い分も分かります。白い森の存在は動画などで知れ渡ってしまいました。ですが結界は補強されていて、きっと最初に結界を破った赤いフードの男でも無理でしょう。この白い森に入れる者は誰も居ません。ただ一人を除いて。
『クロエ、お前さんがあのような行動を起こせば守護者だとバレてしまうであろう』
この森の管理者でもある封印の守護者。その存在は今の所知っているのは私達だけ。いえ、あの動画を見ていればルシールさんの言動などである程度分かるかもしれません。ですが、その役割を私が引き継いだ所までは知られていないはずです。
ルシールさんはどうやらその事を隠していたいようでした。
『あまり守護者としての力を使うな。守護者居る所に封印ありだ。お前さんが守護者だとバレればよからぬ連中がこの場所に入るために守護者のお前さんを狙うかもしれんだろう?』
はぁとルシールさんはそこでため息をついてさらに言う。
『そして、お前さんはただ力を試したかっただけではないかの?』
バレてしまいましたか。正直に言いましょう。その通りですよ、ルシールさん。つい守護者の力を使いたくなってしまいました。クロエが試さない訳がなさそうだったので。でも人知れず森の迷宮に人を迷わすのは彼女らしくなかったですね。まぁ今回限りということで。
「……すみません。守護者の力という物がどういう物か見極めるために興味本位で使ってしまいました。確かにルシールさんの言う通りでしょう。これからはなるべく人前では使わないようにします」
そう言って笑っておきましょう。ほらこの笑みに免じて今日は折れてください、ルシールさん!
『まぁ仕方ないの。こちらもきちんと説明をしていなかったからの』
どうやらルシールさんのお怒りは収まったようです。良かった。
私達のやり取りを遠くで見ていたアールがほっとしたような表情をしました。ルシールさんの声は聞こえていないけど、私が怒られているのを感じ取ってかアールは今まで距離を置いていたようです。ちなみにニルは我関せずといったように窓際で今も寝ています。
「……あれ? 掃除が終わっていますね?」
そこで初めて気が付きました。部屋を見渡すとどこも綺麗で片付いているではありませんか。ホコリ一つない。
『お前さんが遊んでおる内にアールが終わらせたの』
嫌味を言うようにルシールさんが理由を教えてくれました。遊んでいたのではありません、ログインできなかったんです! 公式によればプレイヤーがログインできないメンテナンス中はゲームの世界の時間は止まっています。ただ私はメンテが終わってから数時間後にログインしました。その間にアールがしてくれたのでしょう。
そしてルシールさんもアールの側にいたようですね。使い魔は基本的に召喚者であるプレイヤーがログアウト中は未召喚状態だと思ったのですが……、どうやらルシールさんは特別みたいです。
「一人で大変だったでしょう。手伝えなくてごめんなさい。そしてありがとうございました」
アールは気にしないでと言うように頷きました。このオークは本当にいい子です。
「そうでした、すっかり忘れていました!」
私は重要な事を忘れていました。メニューを操作してインベントリからとあるアイテムを取り出す。
「はい、お給金です。とりあえず今までの分を入れておきました」
本当は契約内容を変更して定期的に払ったほうがいいのでしょう。けれど今のクロエは収入が不安定です。だからといってこのまま給料もなしに働かせる訳にはいきません。という訳で今までの労働分、とりあえず二万Gほど渡しておきました。
お金を貰ったアールはきょとんとしていました。お金の入った袋を開けて中に入った金貨を眺めて、首をかしげる。あぁそうでした。アールはオークでした。人間のお金という物を知らないのかもしれません。
「えっと、アール。それはお金です。何か欲しい物があったらそれと交換するんですよ。ほら、この前私が買い物をしていたでしょう?」
何度か街で買い物をしている私をアールは見たことがあるはずです。その時の話をしつつ教えると、なるほどと言うようにアールは頷きました。アールって世間知らずなだけで知能は高そうですね。
「アール?」
アールがお金の入った袋をこちらに差し出しました。そしていらないと言うように首を振ります。
『人間が使うお金じゃ。使い道が分からないから、オークの自分には必要ないと思ったんじゃないかの』
私達のやり取りを見ていたルシールさんが言いました。人間に関わり始めたのはつい最近ですから、お金を貰っても使い道が分からないのは仕方ないですね。ですが困りました。お金以外の報酬というものを考えていませんでした。
「お金以外の報酬がいいのですか?」
そう聞いたら首を振りました。あれ? もしかして……
「まさか報酬がいらないんですか?」
コクリと頷く。えぇ……。
『かっかっかっ。なんとまぁ、奇特なやつもいたものじゃのぉ!』
「笑い事ではありませんよ」
これは困りました。まさか無報酬で働いていいというではありませんか。全くもってなんて都合のいい従者なのでしょう。いやいや、ダメです。アールがよくても従者として雇っている以上、雇い主であるこちらは許しません。うちはブラック企業ではなく、ホワイト企業を目指してます。だから無報酬なんて許しません。
「無報酬で働かせるというのは嫌ですので報酬は貰ってください。お金が嫌だと言うなら他の物をあげますから!」
アールにお金の袋を押し返すのですが、イヤイヤと首を振りながらこちらにまたお金を押し返してくる。
「あなたは助けられた事に対するお礼のために従者になりましたね。確かに私はお礼をするまで逃げるなといいました。ですが、あなたは私の従者であり、働きをした者に報酬を払うのは当然のこと。あなたが要らないと言っても雇い主であるこちらには払う義務があるのです!」
そう言うと困ったように固まるアール。ここまでして報酬を受け取らない理由は一つしかありません。アールを従者として迎え入れた事でしょう。
「報酬に関してはまた考えておきます。……とりあえずそのお金は渡しておきますよ。もしかしたら使い道がこの先あるかもしれませんからね」
アールは困ったようにお金を持ったままでしたが、諦めたようにカバンにしまいました。
『無報酬で良いというのであればそのままで良かったというものを……』
「雇い主としての義務を果たしたまでです」
ただただこちらの気が収まらなかっただけとも言えますね。




