47・打ち上げをしましょう、蕎麦で
「……えーそれでは依頼達成の打ち上げを始めたいと思います」
カイルさんが湯呑みを片手に畏まる。パーティチャットなのでロールはしていませんが、仕草などはカイルさんのままです。なのでちょっとだけ違和感がありますね。
「皆さん、エピッククエスト達成お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
皆がグラス代わりに湯呑みを使って静かに乾杯する。中に入れられた蕎麦茶のような風味を持つお茶が風味を漂わせながら揺れました。
「なんで打ち上げ会場が蕎麦屋なんだよ……」
ライトさんが湯呑みとテーブルの上を見て、ため息する。
みんなが囲むテーブルの上には日本料理の一つ、ざる蕎麦があります。でもここは日本ではありません。ここはダイロードの街にある蕎麦屋です。なぜこんな所に蕎麦屋があるのか不思議ですが、あります。きっと店長の趣味でしょう。
「もっとこう、パーってできる場所を選ぼうよ! 肉とか出てくる所とかさ! なんでこんな地味な場所なの!?」
「ライトさん、他のお客さんに迷惑ですのでお静かに」
「静かも何もパーティチャットだから誰も聞いてないって!」
ライトさんの叫びに混じって、チリンと遠くで風鈴が鳴りました。古風な店内には似合わない容姿のお客さんがたくさんいます。この中で唯一溶け込んでいるのはツバキさんくらいでしょう。
「私の要望だったけど……嫌だった?」
ツバキさんが少ししょんぼりしたような声で聞いてきます。ちなみにその風貌はいつものクールなツバキさんです。そのクールなツバキさんは、何度も箸で蕎麦を掴もうとしては落としていました。何度も何度も、仏頂面で蕎麦を掴もうと試みています。……外見的には一番、箸が使えても大丈夫そうなのに。
「別に嫌とかじゃなくて……あぁもういいよ」
ライトさんはもうどうでもいいというかのように、箸で乱暴に蕎麦を掴んでめんつゆにつけた後、ズルズルと啜り始めました。そしてぼそりとうまいと呟く。
それをツバキさんが羨ましそうに見ていました。その後ライトさんの箸の持ち方を参考にしつつ、慎重に蕎麦を持ち上げていた。
「俺が蕎麦好きだから別にいいと思って採用した」
そう言うカイルさんはフォークでくるくるとパスタのように蕎麦を巻いて食べています。この店の半分くらいはカイルさんと同じような食べ方をしていますね。
「私も反対はしなかったので。それから場所についてはここでいいのか聞きましたよ」
私もまたフォークで蕎麦を食べています。私は箸を使えるんですが、クロエ的には使えないので。ちなみにですが、ニルとアールやハクもいます。
ニルはすでに食べ終わってアールの肩の上で寝ています。そうそう、同じ種族ですがペットのハクはペット専用の餌しか食べられないとツバキさんが言っていました。ニルはなんでも食べられるのは、使い魔だからでしょうか?
アールも蕎麦を興味津々といった様子で食べています。アール自身、人間の食べ物自体がどれも新鮮なのでしょう。ちなみに箸の使い方は最初は分からなかった様子でしたが、今は使いこなしています。大きくてゴツい手をしていますが、器用なのですね。
「そうだっけ? まぁ寝起きだったしなぁ……」
頭をかきつつ目をそらすライトさん。昨日の解散後、このメンバーが揃うまで結構時間が開きました。
私自身、午前中は用事があったのでログインできず、午後にログインしました。その時点でいたのはカイルさんだけ。続けてツバキさん、最後にライトさんが揃いました。
「そうでした、昨日は寝落ちしてしまってすみませんでしたっ――あいたっ!」
勢い良く頭を下げてしまった影響で、机の角におでこをぶつけてしまったツバキさん。痛覚システムの設定は人それぞれですが、そこまで痛くはないはずです。ただ、ちょっと強めに設定していたのでしょう。はっとしてクールなツバキさんに戻りつつも、目には涙と額に赤い傷を付けたツバキさんの姿がありました。
「別に迷惑をかけたわけじゃないから謝らなくていい」
カイルさんの言葉に私も頷きます。これがクエスト中であったりしたら、まぁ色々と困った状況だったでしょうけど私達も人です。現実の事はどうしようもありません。それに、このゲームのサーバーは世界共通、時差などを考慮するともうお手上げです。
いくら時代が進んでこうやって言語の壁すら越えられるようになっても、まだまだ立ちふさがる問題というのもあるんですね。ええ、今の世界じゃ言語はリアルタイムで翻訳可能ですよ。だから私達は意思疎通ができるのです。まぁ最初はゲームの言語の方のせいで意思疎通ができませんでしたけど……。ある意味でリアリティがありましたね。
「ああぁーー!!?」
「なんだいきなり!」
大声を上げたライトさんにびっくりしてしまいます。一体どうしたということでしょうか。
「昨日の! ほらエピッククエストの動画がヒストリーにアップされてるぞ!」
「嘘だろ!?」
「本当だって! 見てみろよ!」
ライトさんが自分の画面ウィンドウを私たちに見えるように可視化して見せてきます。そこには公式サイトにあるヒストリー一覧。そこには確かに昨日私達が出くわしたあの出来事が文章はもちろん、動画としても残されていました。
「……記録は必ずされるがまさか動画までアップされるとはな」
「ということは彼らは許可を出したというわけですか?」
試しに動画を再生して見ます。私達がルシールさんの家で依頼を受ける所から動画は始まっていて、そしてあの金ピカの連中が倒された場面も記録されていました。私が言うことではありませんが、彼らはこんな場面を晒して大丈夫なのでしょうか。
「分からん。だがあいつらはロールプレイヤーじゃなかったからな。もしかしたらこのシステムの事を知らなかった可能性もある。だから許可したというより……」
「投票しなかった……というわけですね?」
それならありますね。彼ら八人の票が無効票ならこの動画がアップされたことにも頷けます。私も説明を受けるまでエピッククエストの事も、ヒストリーという物が存在していることも知りませんでしたから。
「このゲームの目玉とも言えるシステム部分だが、人によってはどうでもいいのかもしれんな」
まぁその部分がプレイヤーが増えない訳でもあるけど……と、カイルさんが続けました。確かにこのゲームはわりと運営がロールプレイヤーを優遇している感じがします。だからこそ、ロールプレイヤーが他のゲームより多いですが、人が増えにくい原因でもあるというわけですね。
「俺らからしたらまだまだサービスは続けて欲しいところだけどな」
「まだ始まって一ヶ月しか経っていませんよ」
……ちょっとだけ不安ですね。このゲームの将来が心配です。過去にこれは大作になると言われたような幾多ものゲームがサービス終了しているのが現状。プレイヤーが少なければそれだけ、ゲームの寿命が短くなっていきます。
オフラインゲームと違ってオンラインゲームは運営がサービスを終了したら、もう二度とそのゲームでは遊べません。
「おい、そんな話題はやめろよ。蕎麦がまずくなるだろ! 第一、そういうことは運営が考えることだろ」
ライトさんが怒っています。だけどこれは彼なりの場の変え方なのでしょう。
「私は大丈夫だと思うけどな~。運営はあのNR社だし、何かしらやってきそうだよ。ほら去年行われたVR映画のイベントとか凄かったし!」
「あぁ、あれは凄かったですね」
そういえばそんなのがありましたね。あれはニュースに取り上げられるほどでした。現実の街を舞台にVRによる演出を加えた映画……というよりは演劇に近い形の上映イベント。その映画はNR社が開発したゲームを原作とした物で、元々映画シリーズが作られていた作品です。それのスペシャルイベントのことをツバキさんは言っているのでしょう。
「チケットが取れなかったので私はリアルタイムで見れなかったです」
「クロエさんも? 私もですよ。結局デバイス通して見る事にはかわらないけどやっぱり、リアルタイムで見たかったですよね。特に俳優さんの演技とか!」
「そうです、そうなんですよ!」
最近の俳優さんは顔出ししない人もいるんですよ。ほら、私達が今やっている事が映像業界でも出来る事は当然なことです。なのでCGで作られたキャラクターのアバターを専門に演技するような俳優もいます。私達が遊びでやっていることを、彼らは仕事にしているわけですね。
そんな人達の演技がリアルタイムで見れるイベントだったのですが……チケット戦争には負けてしまったので見れませんでした。仕方なく、後でレンタルして見ましたよ。
「私もいつかあんな風に演技が上手くなるといいなって思ってます」
ツバキさんはロールが上手だと思いますよ。確かにたまに崩れることもありますけど。
そんな会話をしつつ打ち上げは終了となりました。こうやって色んな人達とこんな会話できるとは思ってもいませんでした。本当、もっと早くゲームを始めておくべきでした。……でもそれがSSOではなかったらと思うと、きっとこの出会いはなかったと思うのでこの機会で良かったのでしょう。
「今日は本当にありがとうございました。ツバキ、ライト、クロエ」
別れ際。キャラ同士の別れもしておこうということで、いつものカイルさんが別れを言う。
「……カイルさん、みんなの事呼び捨てなんですね」
「あっすみません。嫌でしたか?」
「いいえ、別にかまいませんよ」
私はかわらずにさん付けしますけどね。
実際にカイルさんがどの言語を使っているかは知りませんが、敬称を辞めたようです。この翻訳システム、AIによる意訳が当たり前にあるのでその辺がよく分かりませんね。
「何か困ったことがありましたら、呼んでください」
「お、俺も勇者としての力が欲しかったらいつでも言えよ!」
「そうですね。手が必要になったら呼ぶかもしれませんよ、カイルさんにライトくん」
カイルさんに負けないようにライトくんが鞘に収まった剣を持ちながら言う。そんな彼の姿を見て、思わずライトくんと呼んでしまいました。でもこちらの方がしっくりときたのでこれからそう呼びますね。
「拙者もこれで失礼……と言いたいところでござるが拙者にはやらねばならんことがある」
「ツバキさん?」
「へっ?」
その瞬間、ツバキさんが動いた。サッと突風を吹かせ、一瞬の内に通りの向こうにある屋根の上にいました。
「……悪いがこの大剣レックスは頂いていくでござる」
そしてその手には綺麗な装飾が施された大剣レックスが陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。その隣にハクが並んで飛んでいる。
「お、俺の剣!? なんでだよ返せよぉぉぉぉ!!」
ライトくんの声に答えるつもりはないのか、またも一瞬にしてツバキさんとハクの姿が消えていった。
「なんでツバキが俺の剣を……なんでだよ!? 待ってよこのおおお!」
「ライト!」
ツバキさんの後を追うようにライトくんが走り出していく。思わずと言ったようにカイルさんも体が半歩前に出ていた。
「僕はライトを追いかけるよ。ツバキの事も気になるし……君は――」
「私は追いかけるつもりはありませんよ。他にやるべき事があるので」
はっきり言えばなぜツバキさんがライトくんの剣を盗んだのか、気になります。
「そうか、それじゃ僕はライトを追うから!」
「ええ、あの二人の事は任せました」
私はライトくんの背を追って走っていくカイルさんを、見送りました。
翻訳の設定まわりはあまり深く考えすぎないといいです。考えすぎると一人称問題とかござる問題とかに頭を悩まされます。




