45・決着をつけましょうか
なぎ倒された木々を追っていくとすぐにライトさんとツバキさん、それから赤い獣の姿が見えてきました。
「二人とも、待たせました!」
赤い獣の攻撃を受けそうになっていたライトさんの前に、カイルさんが颯爽と飛び込んでいき彼を守りました。
「遅い! 俺も死ぬかと思ったぞ!」
そういうライトさんは汗だくでHPの半分が減っているという状態でした。
「こちらは八人も相手にしていたんですよ。これでも早いほうだと思いませんか?」
ライトさんに回復ポーションを投げ与えつつ、状況を把握します。赤い獣のHPが見えている。ニルでは情報の開示ができなかったので、きっとパーティ内の誰かが得ている情報が共有されているのでしょう。その情報を見るに、もうあと少しで倒せるといった所ですね。
「クロエ殿、一度瀕死の状態になっていたようでござるが……」
「ちょっと色々ありまして……今は大丈夫です」
パーティ情報で仲間の状態が確認できますからね。私がHPをゼロにした事も知っているんでしょう。それにしてもツバキさんも随分とダメージを受けています。
「アール、ツバキさんにポーションをお願いします」
コクリと頷いて鞄から取り出したポーションをツバキさんに使用する。他人にポーションを使用する場合はクールタイムが使用者持ち。ライトさんにすでに使用した私ではもう使えないので、アールに頼んだわけです。
「さて……体力的にあと一撃といったところですか」
「とどめはライト殿でなければ混沌は浄化はされん。問題はどうやってライト殿に攻撃させるかでござる」
赤い獣は今はカイルさんが引きつけている。ライトさんは攻撃を試みようとしていますが、暴れる赤い獣にうまく近づいていけない。はっきり言ってライトさんは戦い慣れていない、まだまだ実力不足なんですよね。未だに死なずに立ち回ることができているのは、ツバキさんのおかげかもしれません。
「赤い獣には胸のあたりに弱点がある。それをライト殿に狙わせたい。奴の動きを止められるでござるか?」
「……こちらの魔法がどれだけ効くか分かりませんが一応出来ます」
「合図をしたら止めてくれ。では頼んだでござる」
サッと走り出したツバキさん。隣りにいたハクもバサッと翼を広げて飛び去っていく。
「ライト殿、カイル殿。言ったとおりでござる。奴が動きを止めたら決めるでござるよ」
「了解したよ!」
「えっ! まじかよ!」
ツバキさんの方を見れば、彼女の姿は煙と共に姿を消しました。代わりに現れたのはハク。ハクは先程まで上空を飛んでいました。もしかしてと思い、上を見上げると煙とともに現れる彼女の姿。
彼女が上空から落ちながら刀を抜いた。キンッと澄んだ金属音が鳴り響く。その音が注意を引きつけたのでしょう。赤い獣が上を見上げ、前足を上げて立ち上がる。
赤い獣は落ちてくるツバキさんに向けて前足の爪を振りかぶって攻撃します。ですがツバキさんは刀で弾いて、器用に赤い獣の前足を足場にまた宙を飛ぶ。屋根の上を素早く飛んだりと、ツバキさんの身体能力の高さは分かっていましたが、こんなこともできるんですね。
「クロエ殿!」
「分かっていますよ!」
ツバキさんの動きに見とれている場合ではありませんね。ツバキさんの合図を受けて、詠唱して待機させていた【ダークバインド】を発動。闇で出来た鎖が赤い獣の四肢に巻き付いて動きを止めていく。持続ダメージは効果が薄いようでダメージはあまり入りません。同じく拘束効果も通常より効きが薄いですね。
その縛られた赤い獣の胸のあたり、爛れた皮膚の間に赤黒い石のようなものが見えました。あれが弱点なのでしょう。ですがこのままだと、あの高さでは剣が届きません。
「ライト! 飛ぶんだ!」
まるで自分の盾を踏み台にしろと言うように、カイルさんは盾を構えた。
「と、届くのか!?」
「届かせるさ! それよりも早く! 動きを止めている間にやらないと」
「あぁもう分かったよ! やればいいんだろ!」
ライトさんがカイルさんを足場に飛んだ。下から盾で押し出したカイルさんの勢いも加わり、ライトさんは勢い良く飛びました。
「これで終わりだ!」
「ガアアアアア!!」
ライトさんが大剣レックスで赤い獣を斬った。胸に埋め込まれていた石のようなものは砕け、赤い獣は雄叫びを上げる。その瞬間に赤い獣を光が包み込む。ドロドロだった赤黒い肌が光の粒子となって消えていき、獣の大きな体が徐々に小さくなっていく。
光が収まった頃。その場所に赤い獣はなく、一人の人間が倒れていました。
「ルシールさん!!」
それは街で見かけたあの時のルシールさんとそっくり。いえ、これがルシールさん本人なのでしょう。カイルさんが優しく抱き起こすと、目を覚ましました。
「……私は助かったのかの?」
「ええ、そうです。本当に良かった……」
自分の体を確かめるように見渡すルシールさん。その姿にホッとするように笑顔を向けるカイルさん。
「これも俺の勇者の力のおかげだな!」
腕を組んで偉そうにしているのはもちろんライトさんです。
「……これで依頼は達成でござるな」
「ええ、そうですね」
ツバキさんの言葉に頷きます。ルシールさんから依頼されていた赤い獣の討伐。これは達成できたと言えるでしょう。それにルシールさん本人も助けることができました。
「一件落着と言ったところでしょう」
夜が明けたのでしょう。朝日が私達を労うように登ってきました。
「かっかっか。まずは私の依頼を達成してくれた事に感謝しようかの」
場所を移してここはルシールさんの家です。ちなみに街に戻った時はあの金ピカの集団のことが気がかりでしたが、幸運なことに出会いませんでした。
「あの赤いフードの男の目論見も止めて、赤い獣を倒すだけでなく私を助けてくれた。本当に感謝しかないのぉ!」
椅子に座ったルシールさんは黒猫を撫でつつ、私達を見渡しにっこりと笑う。色々とありましたがなんとかなったので良かったです。
「……依頼は完了した。報酬はあるのでござろう?」
「ツバキさん、いきなりそれは……」
さっそく報酬の話をしだすツバキさんをカイルさんが止める。というかカイルさん、私やライトさんは呼び捨てでツバキさんはそうではないんですね。
「かっかっか。正直で構わんさ。今だから言うが、私の方も事によっては君らに報酬を渡せなかっただろうからの」
「なっそれまじかよ!」
「そう怒るな。報酬を渡せるようになったのはライト、君の力があったからこそだよ」
ルシールさん、相変わらず食えない人ですね。ライトさんが居なかったら混沌の浄化ができません。だから彼が居なかったら、もしくはそのまま赤い獣を倒していたりしたら、私たちはタダ働きだったわけですか。
「では報酬は十万Gと、このルシール印のブレスレットをやろう。大切にするのだぞ?」
《ルシールより報酬を受け取りました》
《エピッククエスト:【赤い獣の討伐】を達成:評価ランクS:おめでとうございます。ボーナススキルポイントを5P獲得しました》
《今回のエピッククエストの動画をヒストリーにアップロードしますか?》
あーやっぱりこれはエピッククエストだったのですか……。
「はあっエピック!? えっなにこれどうすればいいんだよ……えっ後で話すって……」
ライトさんが驚いた声を出していました。どうやら、知らなかったようですね。途中から誰かに返事をするように頷いています。視線はカイルさんの方を向いている……個人チャット送ったんですね。
「では、拙者はこれにて失礼するでござる」
報酬を受け取ったからか、サッと身を翻してクールに去っていくツバキさん。今回は始まりがアレでしたが本来ならツバキさんのキャラ的には関わらないような依頼だったのかもしれませんね。
「あっ待てよ! おめーにはまだ謝罪されてねーぞ!」
慌ててツバキさんの後を追っていくライトさん。
「それじゃ、僕もこれで失礼します。また何かあれば言ってくださいね」
「あぁ、達者でな」
ルシールさんに一礼してカイルさんも出ていく。さて、残ったのは私達だけですか。
「どうかしたかの? これ以上の報酬は払えんよ」
「いいえ、そういう訳ではありません。ただあなたには色々と聞きたいことがまだ残っています」
「そんな事、あったかのぉ?」
にっこりと笑うルシールさん。本当にあなたは秘密主義者ですね。
「謎を残したままなのは嫌なだけですよ」
「やれやれ……さっさとこの事件で知り得たことを忘れて、何も聞かずに立ち去ればいいものを。そうすれば余計な事も知らずに、面倒事にも巻き込まれたりしなくて済むというのに……」
「望むところです。余計な事を知り得てでも、私は私が納得が行くまで巻き込まれますよ。その面倒事とやらにね」
そろそろこの腹の探り合いというのにも、決着をつけましょうか。ルシールさん?
「かっかっか。まったくもって面倒な子だねぇ。――でも、私はそういうお前さんの事は嫌いじゃないの」
すると今までにこにこしていたルシールさんの笑みが消える。何か、別の仮面を被ったかのように、冷たく鋭い表情をしていました。
「知る覚悟があるなら来なさい。クロエ……私はお前さんが来るのを待っているからの」
突如として突風が吹き荒れる。その風に飛ばされて私やニル、それからアールもルシールさんの部屋から追い出された。
「これは……」
気がつけば皆で掃除をした部屋にいました。本棚の裏にあったあの隠し扉。その扉は閉じた瞬間に綺麗さっぱり消えてしまいました。いえ、隠し扉だけではありません。気がつけば辺りにあった家具も全て消え去っていました。テーブルもイスも本棚も。まるで最初から空き家だったかのように……。




