44・お礼は言いませんよ
力の抜けた私の体が下に落ちていく。もう死体なので落下ダメージは気になりませんね。いや、よくもありません。頭から落下するのは結構怖いです。
「クロエ! 大丈夫……ではなさそうだね」
「カイルさん……」
死んでもまだ喋ることができます。……この場合だと、死んだという表現はあまり似合いませんね。HPがゼロになったからと言ってまだキャラが死んだわけではないので、正確には瀕死の重症を負ったという表現の方が正しいかもしれません。
「少し無理をしすぎました……。すみませんが私は先に戻っています……後のことは頼みましたよ」
ゲームのシステムとしてHPがゼロになったら、蘇生されたりしない場合は登録した復活地点に戻されます。一応この世界での設定としては、【星の石碑】の力によって瀕死になったらその場所に転移されるという理由付けがされています。
【星の石碑】は復活地点にある石碑のこと。神が流した涙とも呼ばれ、勇者の力と根源を同じにする物だとか。……まぁようは神の力が働いていると思えばいいんですよ。実際にこの世界の神がしているわけですからね。
ふぅ……この設定を思い出せて良かったです。だって今ロールプレイに必要な設定ではありませんか。知らずにやるのと知った状態でやるのでは違いますから。……また使いそうな設定は覚え直さないといけませんね。忘れっぽい私の脳が憎い。
「クロエ、そのことだが今登録している石碑は街かい?」
「ええ、そうですけど……」
どうしたんでしょうか、カイルさん。気がついたら呼び捨てになっていますし、その事にもツッコミたいですよ。
「やはりか。その、とても言いづらいのだが、街に戻ったら彼らと出会うんじゃないか?」
――あっ。
気がついてしまった。今、死に戻ったらあの金ピカの集団と鉢合わせしませんか? えっどうしよう。このまま私一人、死に戻りするのは危険ではありませんか!?
ああ! このまま戻ったら確実に奴らにフルボッコにされます! 街には兵士がいるとはいえ、完全な安全地帯ではありません。PKが出来てしまうんですよ!
困った。非情に困りました。カイルさんは私を蘇生できません。できていたら今やっているでしょう。
十秒が経ち、復活地点に戻ることができるようになりましたが戻れない。戻りたくてもできません。あと三分ほどで強制的に戻されてしまいます。
「おやおや……キミ、死にかけなの?」
「お前は!?」
声が聞こえてきた。あの耳障りなくらいに軽い声。顔を動かせないので、視線だけでそちらを見る。そこには予想通り、今は灰色にしか見えませんがあの赤いフードを被った男がいました。
「こんな時に!」
「あぁ、落ち着いてよ。今更キミたちに危害を加えたりしないって」
剣を構えるカイルさんを宥める赤いフードの男。相変わらずヘラヘラと笑っています。
「一体何のようですか?」
「そんな警戒しないでよ。キミ、クロエって名前だったよね? さっきの魔法キミのでしょ? 凄かったよ! とくにあの破壊力……ボクらの仲間として引き入れたいくらいだぁ!」
「仲間……?」
「そうそう! ボクたちの組織はキミみたいな破壊が得意な子は大歓迎なんだ!」
ニコリと赤いフードの男は子供のように笑う。するとローブの内側から何かを取り出した。それは赤い鳥の羽根のような物。それをこちらに投げてきた。ヒラヒラと風に舞うようにゆっくりとこちらに向かってくる羽根。それは私に触れた瞬間、暖かな光を発して私を包み込む。
《アイテム:不死鳥の羽根が使用されました。復活しますか?》
どうやらそれは蘇生アイテムだったようです。そのアイテムを寄越してきた相手を警戒しつつも、私はYESを押す。するとゼロだった体力ゲージが戻り、視界も灰色から徐々に色味が戻る。
「一体……何の真似ですか?」
「まずはお礼を言うものじゃないの? まぁいいよ、これはボクからのお礼みたいなもんだし。お礼の言葉は別にいいかな」
「お礼? 私はあなたにお礼を言われるような事をしたつもりはありませんよ」
まったく持って身に覚えがありません。だって私とこの男は敵対しているではありませんか。
「それがあるんだよね。一つはさっきの素晴らしい魔法だよ。あんな破壊力を持った魔法をボクに見せてくれたお礼。ボク、ああいうの好きだから」
あの魔法ですか? 確かに今の私が出せる全力を持って撃ち出しましたけど……ちょっとその感覚は分かるかもしれません。凄い魔法ってそれだけ綺麗に見えませんか? 現に私は自分の魔法でしたが、あの時の魔法は格別綺麗に見えました。
「それにボクもあの金ピカの連中は好きじゃなかったからね」
「お前の仲間じゃないのか?」
「まさか! あの連中は使えそうな奴らだったから利用したまでさ。あんな連中と一緒にしないでくれるかな?」
カイルさんの言葉にムッとした態度と声で怒る赤いフードの男。そんなに金ピカの人達と一緒にされるのは嫌だったんですか。
「もう一つはね……」
またニコニコした笑みで話を続ける。それにしても、前にも思いましたがこの赤いフードの男には見覚えがあります。さっきの灰色の時に見た姿は特に……
「この森の結界を壊してくれたことだよ!」
……思い出しました。あの時、私が赤い獣に倒された瞬間にいたあの人影! というかなぜその事を知っているんですか? まさか現場を見られていたんでしょうか。
「結界を破壊した? 一体何のことでしょうか?」
「白々しいね。キミがあの結界に裂け目を入れるまで、あの結界には出入り口が一つもなかった。なのにあの時キミは結界内に居たじゃないか。結界を壊して中に入ったんじゃなきゃ、キミはどうやってこの結界内に入ったって言うのかな?」
あぁまったく。現場を見られてなかったのに気づかれてしまいました。それにしても、今の発言には一つ気になることがありますね。
「……そういうあなたこそ、出入り口がなかった結界内にどうやって入り込んだのですか?」
あの時、確かに私は結界に裂け目を入れてここに無理やり侵入しました。でもこの男は口ぶりからして、私よりも前にこの結界内に入り込んでいます。
「キミと同じさ。無理やり壊して入り込んだ。ただ、ボクの時はその入口をルシールに塞がれちゃったけどね」
なるほど。だから結界に綻びがあったんですね。ルシールさんもこの男の相手をしていたから、きちんと直せなかったのでしょう。
「おかげでボクはこの白い森の中をしばらく漂うことになったよ……。邪魔者だったルシールを赤い獣に変えたところまでは良かったんだけど、脱出手段がまったくなくてね。あの封印を解けばなんとかなるかなって思ったけど、アレはなかなか壊せるシロモノじゃなかったし……。そんな手詰まりな中、キミの姿を見たわけさ!」
聞いてもいないことをべらべらと喋ってくれました。そのお陰で色々と分かりました。こう言われると、確かに私は彼にお礼を言われるような行動をしていましたね。
と、それよりも。今また聞きたいことが増えました。
「そうですか。それよりも封印とは一体何の事ですか?」
あの湖に浮かんでいた魔法陣のことでしょうか?
「えー教えて欲しい?」
「教えなさい」
杖を構えて脅すように赤いフードの男に詰め寄る。両手を上げていますが、表情は笑ったままなのでふざけているのでしょう。
「ボクはキミの命の恩人なんだけど?」
「助けて欲しいと言った覚えはありませんね」
「あははっ確かにそうだね」
パチンッと赤いフードの男が指を鳴らした。その瞬間、私と彼の間で閃光が瞬く。
「どうしても知りたいなら、ルシールにでも聞いてみるといいよ。教えてくれるかは分からないだろうけどね!」
目眩ましをされていた間に距離を取られてしまいました。
「クロエ、ボクはキミのことが気に入ったみたいだよ」
「そうですか。残念ですが、私はあなたの事が気に食いません」
今までの態度を見ていると……クロエは彼の事は嫌いになるしかありませんね。
「あははっ嫌われちゃったなぁ。まっいいか。……さて、ボクはこれで失礼するよ。もちろん、キミが開けてくれた入り口を使うことにするよ!」
嫌味ったらしく言わないでくれませんか。私はあなたの為に開けたわけではないのですよ。
「待ちなさい! あなたは一体何者ですか!」
「ボクの事が気になるの? それなら次に会う時までのお楽しみにしておこうか。それじゃまたね、クロエ!」
そう言い残して赤いフードの男は消えた。あぁ……逃げられてしまいました。
「色々と聞きたいことがあるけど、今は聞かないでおくよ」
「そうしてくれるとありがたいです」
カイルさんが複雑そうな表情をしていました。聞かなくても、今の会話を聞いていたら分かるでしょうけど。
それにしてもあの男は一体何者だったのでしょうか。名前も分からずじまいです。
ただ分かるのは、この森の何かの封印を壊しに来ていたこと。それを守るルシールさんと敵対していたこと。何らかの組織に所属していること。ルシールさんを赤い獣に変えたこと……。
「そうでした! ルシールさんは!?」
ガサリと草木をかき分ける音が聞こえてきた。そちらを見れば黒いフードを被った大きな人影。先程別れたアールの姿がありました。どうやら戦闘が終わったと見て私達を探していたようですね。
「アール、ルシールさんは?」
アールの腕には黒猫がいました。ですが話しかけてもニャーとしか鳴かない、普通の黒猫に戻っていました。
「ライト達の元に合流しよう」
「そうですね」
あの二人は赤い獣を相手しているはず。私達も合流しに向かいましょう。




