43・十秒で倒してみせましょう
赤い獣が体を引きずってまた移動を開始する。湖の辺りを出て森側に移動する獣を追いかけるように、満月の光を反射して光る金ピカの集団も移動しようとしていた。
「なんだお前ら!」
「……申し訳ありませんが、赤い獣はこちらで処理させていただきます」
赤い獣と金ピカ集団の間に割り込むように、私たちは飛び込みました。背後に逃げようとする赤い獣。目の前には殺気立った連中。その二つに挟まれています。
「ライト、君は赤い獣を追うんだ!」
「で、でも俺一人じゃ……」
カイルさんの言葉に困惑するライトさん。なるほど、カイルさんは彼らを足止めするつもりのようですね。
「ならツバキさんと行きなさい。ここは私達が食い止めます」
カイルさんの隣に私も立つ。足止めなら一人より二人です。それに丁度二手に分かれます。
「……了解したでござる」
「えっちょっと待ってて!」
慌てるライトさんをツバキさんが肩に担いで強引に連れていく。どこにそんな力があるのか分かりませんが、素早い動きで赤い獣を追っていきます。
さてと……赤い獣は二人に任せて、私たちは私たちの仕事をしましょう。赤い獣と二人を追わないように、牽制するように彼らを睨みます。
「てめーら、俺らの獲物を横取りするつもりか!」
「赤い獣は混沌の力に汚染された人だったんだ。勇者の力なくそのまま倒すのはダメなんだ!」
「そんなこと知るか!」
リーダーらしき男に同調するように周りのメンバーも声を上げる。カイルさんはそれでも止めるのを止めなかった。
「人命がかかっているんだ! 分かってくれ!」
「何が人命だ、どうせ死んだってNPCだろうが。それよりそこをどけ! 俺たちの邪魔をするな!」
NPC……確かにそうですね。でも、私たちは退くわけには行かないんですよ。私たちはロールプレイヤーです。この世界に生きる人として、行動しなければならない。クロエがここを通したくないと思えば、その通りに動くのが私でしょう。
それに私も彼女を、ルシールさんを助けたいと思います。それが他人の利益を横取りする形であっても。これが私たちの遊びからなる、迷惑行為だとしても。
「人の命を軽んじるのはよくありませんよ」
「たかがゲームのNPCに命なんかあるかよ」
NPCの命はそれだけ軽い物でしょう。でも、私たちはそう思う訳にはいかない。
これはただのゲームです。ゲームだからこそ、私たちはこうやって遊んでいるんです。キャラになりきって遊んでいるからこそ、本気で遊んでいるからこそ、ここを通すわけにはいかない。
あなた達とは違う意味でゲームに本気になっているだけ。
「どうやら話し合いは無理みたいですね……」
「お前らみたいなのと話し合いなんかするかよ。邪魔するんだったらぶっ潰す、それだけだ」
リーダーの男が笑う。八人に対して私たちはたったの二人。この人数差ならさっさと私達を片付けて、赤い獣を追えると考えているのでしょう。だからライトさん達を追わない。
「戦いたくはないが仕方ない」
『……なんか策はないか?』
険しい表情をしながら剣と盾を構えたかと思えば、カイルさんの声が二重に聞こえてくる。いえ、二重というよりはロールしながらこちらにすぐ個別チャットを飛ばしてきているから、そんな風に聞こえてしまうのでしょう。
「この人数差で勝てると思うな!」
「さぁ、それはどうでしょうか!」
『そんなのある訳ないじゃないですか』
煽る相手の言葉に余裕な笑みをしつつ返します。そして個別チャットで本音を言う。だってまさか二人で八人を足止めするなんて思いませんでした! やっぱりツバキさんに残ってもらったほうが良かったでしょうか。
「赤い獣を追いたくば、私達を倒してからにしなさい!」
「ああ、その通りだ! ライト達の所には行かせない。僕たちはここを絶対に通さない!」
ビシっと二人で決める。これは最高に格好いい場面ではありませんか!
でも……
『十秒! 十秒間だけでいいので一人で八人相手に耐えてください!』
『はぁ!? 無茶言うな! できても五秒だけしか無理だ!!』
『なら死ぬ気であと五秒伸ばしなさい! はい、じゅうッ! きゅうッ!!』
『もう詠唱開始しやがった! 無理だってバカヤロウ!』
個別チャットでこんなやり取りをしているとは相手も思わないでしょう。でも……一つ勝てるとしたら、これしかないんです。……相手の油断をつくしか無い。八人相手に長期戦は無理、超短期決戦をします。
だから十秒間私を守ってくださいね、カイルさん。
私が魔法を詠唱開始した事によって相手も動く。八人のパーティは前衛と後衛、それぞれ四人ずつに分かれています。
前衛組、リーダーらしき男が片手剣。ほかに大剣、それから槍。カイルさんと同じく盾持ちが一人。後衛組は回復職らしき者が二人。魔法職一人。弓持ちが一人。
――あと八秒。
カイルさんの周りに前衛組が来る。盾持ちにカイルさんがシールドバッシュをしながら突っ込む。そのまま彼らの真ん中に無理やり突っ込んだカイルさん。そこで挑発スキルを使ったようです。これによって前衛組四人はカイルさんしか攻撃できません。
――あと七秒
問題は後衛組。彼らはカイルさんの挑発を受けていないから自由に攻撃できる。魔法職が詠唱中の中、弓使いがこちらに撃ってくる。それは読んでいたので詠唱中の傍ら、二重詠唱で【ウィンドシールド】を発動して防御。
さらに強力な攻撃が飛んでくる前に、ニルが【ダークミスト】を展開してくれました。回復職がいるので解除されるでしょうけど、それでも数秒は稼げます。ニルもそのまま妨害をお願いしますね。
――あと六秒
カイルさんが中央で四人相手に奮闘している。大きな盾を軽々と扱って敵の攻撃を防いだかと思うと、すぐに後ろに下がってもう一人の攻撃を避けました。強力な攻撃は交わし、時に攻撃を受けつつも反撃する。
カイルさんってこんなに強かったでしょうか。いや、プレイヤースキルが以前パーティを組んだ時より上達したのでしょう。たった数秒間の間に繰り広げられた戦闘でしたが、それだけで分かります。
ですがそんな彼でもさすがに四人相手です。体力が危ないので、回復ポーションを取り出して投げておきます。鞄から素早く取り出せたので、すぐに投げることができました。
――あと五秒
「誰が通すと言いましたか!」
「悪あがきしやがって!」
カイルさんの体が青く光り輝いていた。ログを確認したら【ブレイブアーマー】というスキル名。どうやらそのスキルがダメージ軽減をしているようで、極端に受けるダメージが減っていました。なるほど、五秒間だけなら大丈夫というのはこういうことですか。
ダメージを気にしなくなったカイルさんがなりふり構わずといった感じで、前衛の四人を足止めしている。カイルさんが彼らを倒すことは無理でしょうが、彼らは挑発スキルの影響でカイルさんを倒さない限り、私に攻撃することも先に進むこともできません。今この瞬間だけは、カイルさんは彼らにとって越えられない壁となったでしょう。
ですが、挑発スキルの影響を受けているのは前衛組だけ。
――あと四秒
後衛組が復活してしまった。復活して早々に私に対して攻撃を仕掛けてきた。
弓と魔法の攻撃をなんとか【アースシールド】を使って防御。すぐに壊れてしまいましたが、私に被害はありません。
――あと三秒
「諦めろ! どんなに頑張っても俺たちには勝てないぞ!」
前衛組が後方からの支援により体力を回復。元々そんなに傷ついていませんでしたが、こちらに見せつけたかったのでしょう。勝てないということを。
でも、それはまだ分からないことですよ。私は鞄からこの前作り出してしまった【暗黒スープ】を取り出す。それを一気にあおる。むせ返る悪臭に涙を出しつつも飲み込んだ。
手が震え出して器を落としてしまい、残っていたスープが地面に溢れていく。それに構うこと無く詠唱中だった魔法が失敗にならないよう杖に力を込めた。
――あと二秒
グニャリと歪んだ視界の端。私の体力ゲージが勢いよく減っていく下には、状態異常を示すアイコンが十個。その内三つは耐性があるから効果は薄いでしょうが、それを抜きにしても七個も異常状態が付いた。
「クロエ!」
カイルさんが驚いた表情でこちらを見ていた。大丈夫、これは私がしたこと。まだ私は死んでは――
「何を詠唱しているか知らんがこれで終わりだ!」
「――ッ!?」
後方から光が爆発したかと思えば、それがこちらに向かって飛んでくる。光の正体は稲妻。高火力の魔法であることが見た目だけで分かります。これを食らったら私は死ぬ。
――あと一秒
眩しい青白い光に思わず目を閉じてしまう。直後にその魔法が起こした爆音が響いた。
「クロエ!!」
カイルさんの声が遠くから聞こえてくる。先程よりも切羽詰った声。
「どうやらあいつは死んじまったみたいだな。あとはお前だけだ!」
リーダーの男が勝利を確信したようにニヤリと笑う。効果が切れたのでしょう、カイルさんを守っていた青白い光が消え去っていく。ただでさえもう体力も少ないという状況です。これはカイルさんはどうにもなりませんね。
まぁ、それは私が死んでいた場合ですけど。
「なんだこれは!!」
金ピカの集団の足元に紫の魔法陣が浮かび上がる。これくらいの距離なら全員範囲内だったのは不幸中の幸いでしょう。あと、ニルからの視界を頼りに魔法を展開しました。上空からだったのでやりやすかったです。
「闇に飲まれて消えなさい! ダークバースト!」
十秒間の詠唱を完了し、繰り出された【ダークバースト】。闇による爆発が金色の者達を飲み込みました。暗闇の中でキラキラと舞うのは彼ら自身と、割れた金色の鎧かもしれない。
「クククッ……アーハッハッハッ! 存分に思い知りなさい、私の闇の力を!」
ニルの視界には巻き起こった突風に飛ばされないように木を掴みながら、木の上で高笑いする黒魔女の姿がありました。もちろん私ですよ。
こんな所にいるのは、さっきの稲妻を【シャドウムーブ】で避けたからです。その避けた先がこの木の上だったわけですよ。
「う、うそだろ……」
地上の爆発が収まりました。爆発の威力を物語るように地面が抉れ、辺りに八人の人間が倒れていた。たぶん全員、体力がないのでしょう。動く気配がまったくありません。
それもそうでしょう。今回の【ダークバースト】は威力が桁違いですから。
闇魔法の特性である夜間使用による威力上昇。【月光】【下克上】【闇の知恵】などを始めとしたスキルによる威力上昇。
さらに、今回は【闇の代償】の効果も発動しています。異常状態中に攻撃力と魔法攻撃力が上昇。異常状態の数が多ければ多いほど上昇値が上がっていく仕様。
今回の私は【暗黒スープ】で異常状態が十個付いていました。実質七個だったわけですが、どうやら七個でも、その効果は十分すぎるほどに発揮できたようです。一部の異常状態でステータスが下がっていてもそれを打ち消すほどの高威力でした。
ふふふふ……我ながら恐ろしい魔法を繰り出してしまいましたね!
「アーハハハハッハ、ハッ、ゴホッゴホッ!」
あー! せっかく高笑いを決めていたというのにむせました! うわっむせた拍子にさっきのスープの味が戻ってきました……。お陰で咳が止まらない、苦しい、気持ち悪いです……。
さっきから視界がグニャリとぐるぐるしたままなので、視界的にも気持ち悪さは拍車をかけている。それになんだか色もぼやけてきて、徐々に灰色になって……灰色? 灰色!?
「ガハッ……忘れ、てた……」
そうでした。【暗黒スープ】が付けた状態異常。継続ダメージを与える物がありましたね……。そのせいで、私はたった数秒で死亡しました。




