41・赤いフードの男
赤い獣が出る場所は黄昏の森。というわけで準備を済ませて、黄昏の森の入り口にやってきました。さて、問題はどう探すかですね。
『獣の居場所なら知っておる』
「……それは本当ですか、ルシールさん?」
アールに抱えられている黒猫を見ます。
『……西側だ。――ッ!? この気配、少し急いだほうがよさそうだの……』
西側……西側っていうともしかしてあそこでしょうか。
とりあえず急げと言われたので、森に詳しい私が道案内しつつ西に移動を開始します。
「一体何を急いでいるんですか?」
『あやつが動いておる。……それに、悪いがちょいと赤い獣以外とも相手することになりそうだの……』
走りながら聞くカイルさんにルシールさんが答えた。
考える暇もなく、西側に到着。私が以前、白い森に入ったあたりですね。
「あれは……」
そこには見覚えのある集団がいました。金色の物を身にまとった八人。
いえ、今日は九人ですね。一人だけ赤いローブとフードを被っているので目立っている集団の中で、さらに目立っていました。
『……こんな所で何をしておる』
アールの腕からするりと抜け出して、前に出たルシールさん。
その声で近づいてきた私達に気がついた彼ら。
「チッ……もう他のプレイヤーが来やがったか。つーかなんだ、この猫は」
『質問に答えろ。お前たちはここで何をしておる』
集団から出てきたのはあの時のリーダーらしき男。
私達を見て、そして話しかけてくる黒猫を睨む。フンッと鼻を鳴らしながらも口を開きました。
「俺たちは赤い獣を討伐しにきた。まさかお前達も赤い獣狙いか?」
「はい、僕達も赤い獣を討伐しに来たんですよ。目的も同じ事だし、一緒に協力して倒しませんか?」
笑顔を向けて男に手を差し出すカイルさん。だけどパシンッとその手が叩かれてしまいます。
「はぁ? ふざけんな。アレを倒すのは俺たちだ。邪魔すんじゃねぇよ」
「なっ何を言っているんだい。赤い獣は手強い。ここは一緒に協力して……」
「うるさいな! てめぇらのごっご遊びになんか付き合うつもりはねぇって言ってんだよ!」
カイルさんが困惑した表情で男を見る。ごっご遊び、ですか。その言葉に私たちに対する侮蔑の言葉も含まれているようでした。
「ねぇねぇ、彼らには構う必要ないって。それよりもボクの依頼の方を優先して欲しいなぁ。彼らよりも早く赤い獣を倒してくれないと報酬は払わないよ」
「それもそうだな……行くぞお前ら!」
赤いフードの男がリーダーらしき男に話しかけた。呼ばれた男は少し苛ついた様子で赤いフードの男に頷くと、彼らは森の奥、あの白い森に続く入り口に向かいました。
『待て! 待たんか!』
追いかけようとしたルシールさんの前に、あの赤いフードの男が立ちふさがりました。
『貴様……』
「やぁ、その声はルシールかな? キミもしぶといねぇ~まさかそんな姿になってまで、動いてるなんて思わなかったよ」
『ふん、全て貴様の思惑通りにはならんという訳だ。今も手こずっておるようだの』
「あははっその通りだよ。でも、今夜こそアレを壊してみせるからね。楽しみにしててよ!」
とても軽い口調で話す赤いフードの男。唯一見える口元が楽しそうにニタリと笑っていました。
『そんな事はさせない!』
「さっすがルシールさ~ん。でもでも、いいのかな~? ボクに構ってたらさぁ……あはっ!」
口元に手を当ててあざ笑う。その手には指輪をいくつもしており、笑って動くたびにキラキラと光っていました。まるでこちらを煽るように。そんな赤いフードの男の態度に、黒猫の毛が逆立っていた。
「そこのキミたちもなんで彼女に従うの? ルシールはキミたちを騙してるってのにさぁ」
「騙してる……それはどういう事ですか?」
「本人に聞いてみれば? まぁ教えてくれないだろうけどね!」
赤いフードの男が炎に包まれたかと思うと、笑い声を残して姿を消しました。一体彼は何者なのでしょうか。
『何をしておる! さっさと奴を追うのだ!』
「……ですが私達の目的は赤い獣を討伐することでは? それに彼が言っていた事は本当の事ですか?」
『……それは……』
ぐっと言葉に詰まるルシールさん。だけどルシールさんはすぐに私達を見る。
『……私は君たちを騙してはおらん。とにかく、あの赤いフードの男を止めてくれ。赤い獣は後回しで良いから』
「私たちは赤い獣を討伐すると、あなたから依頼を受けました。それ以外をしろというのですか?」
『赤い獣も奴も放っておけばいずれ大惨事になる。今は優先度が赤い獣よりも、あの男だ。……アレをそう易々と壊すなど無理だろうが放っておく訳にはいかんのだ』
「だから、私たちは赤い獣討伐以外にあなたから依頼を受けていません。どうしてもというなら事情を教えていただけますか? そうでないとあなたが信用できません」
「クロエさん落ち着いてください。ここで言い合いをしている暇はありませんよ」
黒猫のルシールさんに詰め寄った私を、カイルさんが宥めるように間に割り込む。
「僕はあの男を止めておいた方がいいと思う。僕自身はあの男の方が信用できないからかな? それに彼女の言うことを信用するなら放っておいたら危険だ。それなら依頼内容と違ってもやるべきだよ」
まっすぐとルシールさんを見つめてカイルさんは言う。正義感が強くてお人好し。そんなカイルさんだからこそ、ルシールさんの言うことは聞いてあげたいのかもしれません。
「あの赤い獣は彼らが相手をするようだし、男の方を終わらせてから向かってもいいと思うんだ。みんなはどう思う?」
カイルさんが意見を聞くようにそれぞれを見渡す。
「俺は……よく分からねぇけど、勇者の力を発揮できる赤い獣の方に行きたいかなぁ。それにあの金ピカの奴らに先越されるのはなんか嫌だし」
ライトさんは赤い獣の方を優先するらしいです。確かに勇者としての力を必要とされたライトさん。混沌という物を浄化させる事が、自分にとっての役割だと自覚しているから赤い獣を優先したいのでしょう。
『……赤い獣よりもあの男を止めてくれ。今はそれしか言えん』
相変わらず事情を話さないルシールさん。だけど声が震えている。言いたくても言えない苦しさで震えているようでした。……さて、どうしましょうか。
「信用できない、事情も話してくれない。でも、どうしてでしょうね……」
最初にルシールさんの名前を知ったのはあの見習いの書。初心者を導くために作られたあの本。その製作者としてルシールさんの名前があった。
「魔術師を志す者として、私はあなたの本には世話になりました。だからでしょうか。そんな本の著者であるあなたを、信用できないけど尊敬に値する人物であることは確かです」
まだまだ魔術師としても、魔女としても半人前のクロエです。そんな彼女だからこそ、自分よりも優れた魔術師であるルシールさんの事は一目置いていると思います。
ふと、ニルと目があった。目があったニルはルシールさんを見てからこくりと頷く。まるで大丈夫と言っているかのようでした。
「……赤い獣には大きな借りがありますが、今はあなたの言う通りあの男を止めに行きましょう」
ルシールさんの言葉には必死さがありましたからね。
「……拙者はどちらでもよい。依頼の元は彼女の願いを叶えるものだったでござる。多少内容が変わっただけにすぎん。報酬さえ貰えれば彼女自身がどうだろうと関係ないでござる」
ツバキさんはあくまでドライに言います。依頼を達成するのに、雇い主の事情は気にしないようですね。――……となると。
「あー分かった、分かった。合わせればいいんだろ。俺も男の方でいいよ。あの野郎も気に食わねぇ奴だったし」
視線の集まったライトさんが少し不貞腐れながらも答える。これで意見は一致しました。
『……ありがとう。では道案内は私がする。あやつの居場所は分かっておるからの』
走り出したルシールさんを追って私達も行きます。行き先はもちろん、あの白い森の中。




