40・勇者さん、聖剣をあげるから手伝って下さい
ルシールさんの家を出て、とりあえずはじまりの広場にやって来ました。あたりには人が結構いますね。ただ、プレイヤーらしき人達は以前と比べると減ったかのように思います。見た目から分かりやすいプレイヤーが減っただけで、紛れ込んでいる人もいそうですけど。
この中から以前出会ったあの少年くんを探さないといけません。
「探すにしても、僕らは顔を知らないので頼りになるのは知っているクロエさんとルシールさんだけですよ」
「そうですね……もっと簡単な方法はないでしょうか。例えばこの剣に見覚えがある人って叫べば出てくるかもしれませんよ?」
きっとこの剣を探しているでしょうからね。
「それは止めておいたほうがいいでござる」
「あら、なぜですかツバキさん」
ツバキさんがこの作戦には否定ぎみのようです。この場所にいなくてもやってみて損はなさそうですけど。
『……その作戦には私からも反対するよ』
「ルシールさんまで? なぜですか?」
使い魔の黒猫を通してルシールさんの声が聞こえてきます。彼女は事情があってあの家から出られないそうです。また理由は話してくれませんでした。
『とにかくダメだの。やったらちょっと面倒事に巻き込まれる。面倒事に巻き込まれるほど、時間はないんだ』
有無を言わさず、と言った感じです。理由を聞いてもどうせ教えてくれないでしょう。
「まぁこの場所にいない場合はいくら叫んでも無駄ですからね。冗談はこのくらいにして……ニル、お願いします」
ニルはコクリと頷いて空に飛び上がりました。視界を共有することで街全体から探し出すことができます。手分けして探す手間はいりませんよ。
問題はあの少年くんがいるかどうか。この街どころか、ゲームにログインしていなかったらどうにもなりません。
「見つけました!」
良かった。ログインしていたみたいです。東門から外に出ていく姿が見えました。
「ツバキさん、追ってください。ニルが案内します!」
「了解したでござる」
サッと一瞬にして姿を消したツバキさん。ここは足の早いツバキさんに追跡を任せます。私達も後を追いましょう。
ツバキさんを追って東門から外へ。草原が広がる場所に、あの時の少年くんとツバキさんの姿が見えました。
「ツバキさん! 足止めありがとうございます!」
「うわってめーこの前の!?」
私の姿を見た瞬間に敵意全開でこちらを見る少年くん。まぁ仕方ありませんね。
「……お久しぶりですね」
「何が久しぶりだ! 俺の剣奪っておいて、返せよ!!」
そういって少年くんは剣を抜き、いきなり切りかかってくる。
「待ってくれ、とりあえずこっちの話を聞いてくれないか!」
すぐにカイルさんが間に入り、盾を使って守ってくれました。
「てめーもこいつらの仲間か。揃いも揃って勇者の俺をキルしに来たんだな!」
「確かに仲間ではあるけど、君を襲いに来たんじゃない。とにかく落ち着いてくれ。僕達は戦いに来たんじゃないんだ」
「信用ならねーよ」
相変わらず話を聞いてくれない少年くん。まぁ原因の一端は私にもありますけど。
「……この間の事は謝ります。その証拠に私はあなたに剣を返しに来ました」
「あっ俺の剣!」
剣を取り出して少年くんに見せる。すぐに投げて渡す。
慌てて受け取った少年くんはこちらを訝しむように見る。
「これで少しは信用してくれるでしょうか?」
「……一体何のつもりだ」
とりあえず少年くんが大人しくなった。これでやっと話ができる。
「僕たちは赤い獣を討伐したいんだ。その為には君の勇者としての力が必要なんだ。手を貸してくれないだろうか?」
「いっいきなりなんだよ」
少年くんの両肩に手を置き、必死に頼むカイルさん。その必死さに若干困惑する少年くん。
「確かに急な話だったね。見ず知らずの僕達からこんな事を言われても飲み込めないのも分かる。でも、あの赤い獣は混沌に汚染されていて危険だ。被害が大きくなる前に手を打たないといけない。混沌を浄化できるのは勇者の力だけ……だから君の力が必要なんだ」
「分かった、分かったから! 協力するから!」
「本当かい?」
「本当だよ、少なくともお前は信じてやる! だから手を放してくれ!」
「ありがとう! 助かるよ!」
少年くんから手を放して嬉しそうに笑うカイルさん。
「……事情は大体分かった。俺の力が必要なら仕方ないなぁ!」
勇者としての存在を求められた事が嬉しいのか、少年くんは胸を張っていいました。ちょっと調子良すぎではありませんか。
「だが、手を貸す前に……そこの二人には謝罪してもらおう!」
そう言って私とツバキさんをビシッと指差す。あれ? ツバキさんも?
「謝罪って……」
「そいつらは俺をキルしたんだよ。そこの魔女はオークから助けようとしたのに俺を殺しやがったんだ」
困惑した表情でカイルさんが私達を見る。私達はこれから一緒に依頼を受ける仲間同士です。このままの状態では依頼をこなせそうにありませんね。疑いは晴らしておくに限ります。
「……まず第一にあなたは誤解しています。私は襲われていたのではなく、連れと話していただけに過ぎません。いきなり攻撃を仕掛けてきたあなたに対して、正当防衛しただけにすぎませんよ。それで誤って倒してしまった事については謝ります」
「じゃ、じゃあ俺の剣を奪ったのはなんでだよ!?」
「剣も落ちていたのを拾っただけです。それに今、あなたにお返ししたではありませんか。……むしろ拾ってもらった事を感謝をして、誤解して攻撃をした事を謝っていただきたいのはこちらですよ。ねぇ、アール?」
後ろにいるアールに微笑みます。アールは先程からこの少年くんが怖いのか、私の後ろに立っていました。少年くんもアールの存在に気がついたのか、びっくりしていました。
「……ふむ。話を聞く限り先に攻撃した君も悪いね」
「な、なんだよ! 俺が悪いってのか!? 仕方ねえだろ。オークが仲間なんて思わねぇって」
「誤解だったとしても、攻撃した事は変わりないよ。クロエさんも正当防衛にしてはやりすぎだと思うけど、先に謝っている。だったら君も謝っておいたほうがいいんじゃないかい?」
「ぐっ……でも俺は……」
「間違いを認めているなら今謝るべきだ。後回しにしたらどんどん謝れなくなるよ」
「……わ、分かったよ! 謝ればいいんだろ!」
苛立ちを抑えるように深呼吸した少年くん。そして私とアールに向き直ります。
「……悪かったよ。攻撃しちまって……。それから俺の剣も返してくれてあ、ありがとう……これでいいか?」
「少し反省が足りませんが、まぁいいでしょう」
「せっかく人が謝ったのにその上から目線はなんだよ!!」
言い方が悪いのは分かってますよ。ロールプレイしていますから仕方ないんです。
きちんと謝ってくれた少年くん、意外に素直な子ですね。もう少し素直ならいいんですけど。
「なんだよ、頭下げるようなことじゃないだろ」
アールが少年くん近づいてお礼と私の態度を詫びるように頭を下げました。
ちょっと恥ずかしいのかプイッとアールから顔を逸らす。
「……さて、次はツバキさんかな。ツバキさんも彼とは一度会ったことがあるようだね?」
皆の視線がツバキさんに集まる。彼女は腕を組んですました表情で視線を受けていました。
「こいつは俺を背後からいきなりキルしてきた。抵抗する間もなかったよ」
「ツバキさん、何か理由があるなら言ってくれないかな?」
カイルさんの言葉に、今まで閉じられていた口がゆっくりと開く。
「……理由は言えないでござる」
「なっなんだよそれは!」
「待って、落ち着いて!」
ツバキさんの態度に思わず掴みかかろうとする少年くん。慌てて間に入ったカイルさんに止められる。
「言えない理由があるのですね」
私の言葉には何も返さない。それが答えってことでしょう。
「だが、今は危害は加えない。それは信じて欲しいでござる」
「理由も謝罪もしてくれない奴の事なんか信じられるか!」
確かにそうですね。今のツバキさんはちょっと信用できない。今までのツバキさんを見ていると大丈夫だとか思ってしまいます。ですがアレは妖怪に取り憑かれていただけ。今の『ツバキ』さんこそが、本来の彼女でしょう。その部分だけを見ると、私も彼女を信用できません。
「僕は信じるよ。君の事を」
「ハァ!? お前本気で言ってんのかよ!」
「もちろん、本気だよ」
何の疑いもなくカイルさんがツバキさんに笑いかける。
「そこまで言う根拠は?」
「はっきり言えば、ないよ。ただ、僕は彼女の信じて欲しいって言葉を信じたい」
ちょっとカイルさんが眩しく見えた。これはきっと裏切られたりしても、彼女に怒ることはなさそうですね。本当、なんでカイルさんが勇者じゃないんでしょう。
「俺はまだ信じねぇから!」
「……私もですね。まぁ今の所はカイルさんに免じて信じましょう」
「お前もかよ……。あぁもういいや。だがいつかお前には謝ってもらうからな!」
ビシッとツバキさんを指差して言う少年くん。それをクールに流すツバキさんでした。
『話はまとまったようだの』
「うわっ猫が喋った!?」
『そう驚くな。私はルシールという。彼らに赤い獣の討伐するよう頼んだ依頼者だ。改めて君にも、赤い獣を討伐することを頼むよ。ところで君の名前を教えてくれないかの?』
そういえばこの少年くんの名前を知りませんでした。名前を聞かれた少年くんはよく聞いてくれましたとばかりに胸を張って答えます。
「俺の名前はライトだ! そう、この世界を救う勇者に選ばれし者……いつか歴史に名を残す偉大な存在だ。よく覚えておけ!」
見せつけるように返した大剣レックスを引き抜いた。何の抵抗もなく鞘から抜かれた剣が光を浴びてキラキラと輝く。あぁ、勇者ってのは本当だったんですね。鞘から剣を抜いた瞬間に、否応もなくそう思えてしまいます。
『まったくなんだって俺がこんなことを……』
『まぁまぁ。間に入ってくれてありがとうございました。カイルさんのお陰でライトさんを仲間にできましたよ』
疲れたような声が聞こえてきて、思わずカイルさんを見る。相変わらず絵本にでも出てきそうな爽やかな青年。その顔の下に少しだけ疲労の表情が見えたように思えます。
『そう言うがまだ不安な所は残ったままだ』
カイルさんがチラリと目線をずらす。つられてそちらを見れば、思った通りツバキさんの姿。
『アイツが何考えているのか分からんが……まぁ今は置いておこう』
『そうですね。もし何か行動を起こせば、魔法を撃ち込んでおくのでご安心を』
『ハハッ本当、クロエさんは頼りになるねぇ』
若干引きつった笑みでそう言う。一通り愚痴った彼はこの会話を終わらせて『いつも』のカイルさんに戻ろうとした時、眠そうにあくびをしました。
『眠いですか?』
『ちょっとな。まぁ寝落ちはしねーよ。それよりあんたも大丈夫か。このまま依頼を続けると多分数時間は拘束されるぞ』
『私もまだ大丈夫ですし、時間も大丈夫です』
『ならあとはあの二人か……』
カイルさんが二人のほうにもロールプレイでそれとなく聞いていました。あの二人もプレイヤー。現実のことがあります。ずっとはプレイできません。
「俺は大丈夫だ」
「拙者は……問題ないでござる」
ツバキさんが答えるのに若干間がありましたが、二人とも大丈夫そうですね。
「ライトさん、どうかしましたか?」
ふと視線を感じてそちらを見る。ジーと私を見ているライトさんの姿。
「いや、なんかクロエの言葉だけ上手く翻訳できてなくて、たまに変に聞こえる……翻訳システムの故障かな?」
メニューを開いて操作でもしているのか、手が宙を動いていました。たぶん故障じゃないですよ。
「……少しあなたの言葉は理解できませんが、私の言葉に違和感があるということですね。こちらの言葉は最近覚えたばかりなので、違和感があるように聞こえるかもしれません」
「あーそうなの? なら言語スキルってやつの関係か……。本当に故障だったら笑えねぇけど、クロエだけだし故障じゃないのか……?」
途中から独り言のようにぶつぶつ呟くライトさん。普通に言語スキルが原因だと私は思いますけどね。私もまだ他の人の言葉が上手く聞こえなかったりします。最近は随分と減ったのですが、まだまだ完璧ではないようですね。
それにしてもライトさん。ロールプレイヤーみたいですが、わりと普通のプレイヤーよりですね。決める時だけロールプレイをする人なのでしょう。




