39・信用ならない魔女
「掃除ありがとうね。ほら、取って食ったりはしないから早くお入り」
先程の部屋と同じく少しホコリぽい部屋。そしてイスに座って手招きする老婆の姿がありました。黒いローブを着た、まさしく魔女のような老婆の側にあの黒猫が寄って行く。
「試すようなことをして悪かったよ。だけど私にも事情があってね。おいそれと君たちを信用するわけにはいかなかったんだ。だから少し様子を見させてもらったよ」
「失礼ながらお主は何者でござるか?」
「あぁ、そうだね。まずは自己紹介をしなくてはね」
警戒するツバキさんに老婆は優しく笑う。
「私の名前はルシール。しがない魔術師さ。君たちはクロエとカイルとツバキだったかの。あぁ、あと連れのニルとアールとハクだね」
ルシールさんは私達一人ひとりを指差しながら名前を言う。
「僕たちは名前を名乗った覚えはないのですが……」
「かっかっか。そう怖い顔をするな青年。使い魔のこの子を通じて君らの会話を聞いていたまでのことよ」
撫でられた黒猫がニャーと鳴く。やっぱりあの黒猫はルシールさんの使い魔だったようです。……ちょっと残念ですね。
「それよりもルシールさん。どうして私達をここへ招き入れたのか説明をして欲しいところですね。掃除をさせる為でなく、別の頼み事があるのでしょう?」
「かっかっか。その通り。話が早くて助かる。私は君たちに頼み事があるんだ。もちろん部屋の掃除ではない。まぁある意味では掃除とも呼べなくはないがの」
優しい笑みをしていたルシールさんが真剣な表情になる。
「君たちは黄昏の森に現れる赤い獣を知っておるか?」
「……僕は噂程度です」
「私は直に見ましたね。襲われもしました」
「ツバキとやらは?」
ツバキさんも知っていると言うように頷きます。
「うむ、なら説明はいらんな。あの赤い獣は脅威だ。だからアレを倒して欲しい。それが私の願いだ。受けてくれるかの?」
その言葉に誰も返さない。場は静かになる。まぁなんとなく分かります。確かに彼女の言う事は正しいことかもしれません。ただそう安々と頷けない。
「脅威なのは分かりますが、あなたはなぜあの獣を倒して欲しいのですか」
「それはもちろんあの森を通る者達の平和のためさ」
「あの森が危険なのは今に始まったことではありませんよ。それに森の平和の望むのはなぜですか?」
「……面倒な子だねぇ。これ以上にそんなに理由が必要かの? 名前は名乗ったし依頼する理由も話したのにね」
「頷けるほどあなたが信用できません」
私達にあの獣を倒させる理由が見えてこない。ただ平和を願うならこんな回りくどい方法で私達を連れてくるのでしょうか? すっごく胡散臭いんですよ。
「まぁまぁ落ち着いてください。クロエさん」
「カイルさん」
「僕は信じていいと思います。この人は本当に人々の平和を思って言っていると思いますから。それにあの獣は放っておけませんよ」
確かにその通りですね。この人の目的はどうあれ、あの獣を放っておくのは危険でしょう。
「言っておくけどねぇ、私も君たちを信用していないよ」
「……なら、信用できる人に依頼をしたらどうですか?」
「そうも言ってられなくてね。ただ、頼めそうなのが君たちだけなのさ。まぁ私はそこのカイルの人柄に免じて信用しているよ」
つまり私とツバキさんの方は信用していないと。
「……依頼を受けるかは置いておいて、一ついいですか。あの獣はもう倒されているかもしれませんよ」
前に見かけた時にあの金ピカの連中に追いかけられていました。もしかしたらあの人達が倒してしまったかもしれません。
「あぁ、それが残念な事にまだ倒されておらんよ」
「なぜそんな事が分かるんですか」
「なにせアレは混沌に汚染された奴だからの。そう簡単にはやられんよ」
苦々しくルシールさんは言いました。
それにしても……混沌? それってなんですか。うーん、その言葉はどこかで聞いた覚えがあるんですが、いまいち思い出せない……。
「昔話でよく出てくる混沌竜のことでしょうか?」
「そうだ。混沌竜はまぁ規模が違うけど、基本はアレと同じだの。混沌の欠片に汚染された者さ」
あっ思い出した。確かこのゲームの歴史にそんな話がありましたね。カイルさん達の会話でちょっと思い出しました。
封印された混沌という存在。それは封印された今でも脅威としてこの世界に残っています。
なんでも混沌の欠片なる小さな物がまだ世界のあちこちに残っていて、それに汚染されると自我を失い見境なく辺りを破壊する者になってしまうようです。
混沌竜という存在も大きな欠片に影響されたから、世界に多大な被害を与えていたそうです。
「そうなると拙者たちでは無理な話でござる。あれは勇者の力でしか倒せんだろう」
そう、そうでした。混沌の力を浄化するのは勇者たちの力が必要なんです。
「何かと思えば無駄な話だ。すまぬが拙者はこれで失礼するでござる」
「ま、待ってください、ツバキさん」
出ていこうとするツバキさんをカイルさんが止めました。
「確かに僕達じゃ無理かもしれない。でも、何もしないとあの獣が暴れたままだ。それでいいわけないだろう」
「じゃあどうするというのでござるか?」
「それは……」
カイルさんの言うことももっともですが、手段がなければ何もできません。
「まぁ待たんか。ツバキ、君は私の願いを叶える義理があるはずだろう」
「だとしても、叶えられない願いは無理でござる」
「それについては問題ない。勇者なら心当たりがあるからの」
「勇者がいるんですか!?」
「ああ。だから、まずはその者を探すのだ」
赤い獣を倒すために勇者を探すんですね。そういえば。
「勇者になら私にも心当たりがありますね」
「ほう、クロエもあの者に会ったのか」
「たぶん勇者でしょうか? その人に会ったというか……うーんとりあえず、これを見てください」
あの時拾ったあの剣を取り出す。確か名前は……
「大剣レックスではないか。クロエ殿これをどこで手に入れたのでござるか?」
「拾いました」
嘘は言っていませんよ。嘘は。ちょっと事故って拾ってしまっただけですから。返さないといけないと思っていたのでちょうどいい機会です。
それにしてもツバキさんはこの剣にやたらと興味があるんですね。勇者になりたいんですか? これは選ばれし者でないと抜けませんよ。
「かっかっか。これは私も知らなんだ」
「……クロエさんは勇者だったのかい?」
「違う違う。そうだろう、クロエ」
「ええ、そうですよ。私はコレを拾っただけですから」
勇者になりかけた事もありますけど、勇者ではありませんね。私が勇者だったらこの剣を使えるはずですから。
「しかし……てっきりあの少年が持っておると思ったがの。まぁよい。どの道その剣の使い手を探さねばならん。さて、改めて聞くが私の願いを君たちは叶えてくれるかの?」
《クエスト:赤い獣の討伐:黄昏の森に突如現れた赤い獣の討伐》
「僕はもちろん受けますよ」
「……拙者も受けるでござる」
二人はこちらを見ます。ニルとアール、それにハクもこちらを見ていますね。
「まぁ獣を放っておくわけには行きませんからね。それに……あの獣には借りがありますし」
私としては受ける気はありました。だって魔女仲間ですからね。断る訳ありません。それに黒猫を追いかけ回した事もありますから。
……そういえばこういう時。大体ニルが反応してそうなのですが、ニルは彼女を疑うような目で見ていません。嘘は言っていないってことでしょうか。いろいろと気になる事はありますけど。




