38・黒猫の願い事
平屋の小さな家。玄関から入ってすぐの部屋には、木でできたテーブルやイスなどの家具が一通り置いてありました。その部屋の様子から一人暮らしだろうと分かります。
ただ、窓などは締め切っているため、薄暗く家具にはホコリが積もっていました。まるで何年も使われていない部屋のようです。
その薄暗い部屋の真ん中。テーブルの上に黒猫が待っていました。
『どうやら私の願いを聞いてくれるようだね。さてと……とりあえず掃除でもしてもらおうかの』
「掃除ですか?」
『見ての通り、この部屋はホコリだらけだろう』
どこからともなく箒が飛んできました。思わず手に取った箒。他の人を見れば、皆同じように手には掃除道具。アールは塵取り。カイルさんには雑巾とバケツ。ツバキさんはハタキ。
『では頼んだよ。できるだけ早めに終わらせておくれ』
《クエスト:黒猫の願い事:黒猫の願いを叶えましょう》
クエストの表示と共に黒猫はニャーと鳴きました。まるで本来の猫に戻ったかのように顔を洗っています。たぶん今話しかけても、言葉は通じなさそうですね。
『……思い出した。ここってあのクエストの場所だ』
『何か知っているのですか?』
思わずカイルさんの方を見ます。
『ここはとあるクエストの依頼主の家だ。部屋の掃除を頼まれて掃除をするっていう内容のな。初心者には丁度いい金稼ぎのクエで一期組には人気だったんだ』
『初耳ですね』
『まぁ二期組の開始前あたりからこのクエは受けられなくなっていたからな。原因は不明。俺も一回来たんだがその時は受けられなかったし……』
『ですが今受けたクエストはそれではありませんか?』
『いや、ちょっと違うな。以前のクエストの依頼主は老婆だ。黒猫なんかじゃない』
『なるほど』
ベリー村でも同じような事がありましたね。まぁあちらは依頼主は同じでしたが。
「とりあえずなぜ掃除をさせるかは置いておいて、さっさと掃除をしましょうか。追いかけ回した事もありますし」
「拙者も異論はないでござる」
「もちろん、僕も手伝うよ」
アールも手伝うと言うように頷きます。ニルは手伝うつもりはないようで邪魔にならない所で寝るつもりのようです。ツバキさんのハクは手伝うようですけど。
「あっそうだ。アール、あなたはこの箒を使いなさい」
手に持っていた箒をアールに渡します。塵取りだけでは掃除ができませんからね。私は心配無用です。
「マイ箒がありますから」
持っててよかったマイ箒。これは飛行用(予定)ですけど。
さて、みんなで分担して部屋の掃除です。ツバキさんはハクさんと一緒にハタキで本棚の上などに溜まったホコリを落としていきます。カイルさんは雑巾でテーブルの上などを拭いていきます。
「ごめんよ。今は君の相手をしていられないんだ」
そんなカイルさんの足元にはあの黒猫。少しだけしょんぼりしたようにカイルさんの元を離れました。でも、すぐにとある場所に向かっていきました。
ニルはというと邪魔にならない場所で寝ています。ですがカイルさんの元を離れた黒猫が今度はニルに付きまとうようになっていました。寝れないというような不満そうな顔でこちらを見ないでください。
私とアールは箒を使って床の掃除。アールはなんだか楽しそうに掃除をしていました。掃除が好きなんでしょうか?
そんなアールの様子を眺めつつ、床に落ちていた本を本棚に戻そうとした時でした。
「あ、これって……」
その本には見覚えがありました。以前スキルマスターの元で魔法のスキルを習っていた時に、使っていたあの魔術書です。これは火魔法の見習いの書みたいですね。
よく見れば本棚には全種類の見習いの書が収まっていました。それ以外の本も魔法関係の本みたいです。製作者も同じ、ルシールという人。
『なに手を止めている』
「わっ」
後ろを振り向くとあの黒猫がいました。びっくりさせないでください。
『そんなにその本が気になるのか?』
「ええ。……まぁ正確には本ではなく、あなたに興味があるのですが」
この家の持ち主は老婆とカイルさんは言っていました。そしてこの棚には魔術書が複数。このことからこの家の住人は老婆の魔術師だと思われます。
となるとこの黒猫は使い魔。視界を共有することができるんです。使い魔を通して喋ることもできましょう。
さらにこのルシールという人が書いた本。まぁこれはただ持っている本が共通しているだけという可能性もありますけど。
まぁ何にせよ。この黒猫の正体がだいたい分かりました。
『かっかっか。なんだもう気づいたのか。さてと、掃除はこれくらいで良い。こっちに来るといい』
黒猫はピョンと飛び上がると、本棚にある一つの本を触りました。すると本棚が動きだす。本棚の後ろの壁に隠れていた扉が出てきました。
『おいおい、これはまたイレギュラーな事になったなぁ……』
『あっやっぱりそうなんですか。ということは……』
『ああ。また巻き込まれているな、アレに』
カイルさんと目を合わせてしまいます。今回で二回目ですね。
ニャーと黒猫が鳴きます。まるで開けろと言うかのように。この向こうにあなたの飼い主がいるんですね。
二人の方に振り返る。カイルさんもツバキさんも無言で頷く。私はその隠し扉をゆっくりと開けた。




