37・妖怪と悪霊と挑む黒猫捕獲作戦
「つまり、僕が呼び出されたのは猫を捕まえるため……ですか」
「そういうことです。すみません、こんなことで呼び出してしまって」
「こんな事だなんてとんでもない。僕にできることならなんでもお手伝いしますよ」
事情を聞き終えた青年騎士が爽やかな笑顔で答えます。
『――なわけあるか! わざわざ個別チャット飛ばしてくるからなんだと思えば……こんな事で呼び出すなんて』
……すぐに個別チャットが飛んできます。先程のセリフを爽やかに言った同じ声とは思えない、ドスの利いた不満に満ちた声。まぁこう言われるのは分かっていましたよ。
『ふふ、すみません。知り合いにイケメンなキャラがあなたしかいなくて。まぁ一番の理由はカイルさんなら断らないと思ったもので』
『あぁそうだ。カイルが断るわけないからな』
私だけに見えるように一瞬だけ睨みつける。そんなカイルさんのあるまじき姿が私の前にありました。
『あぁカイルさんに悪霊が取り憑いている……』
『誰が悪霊だ!』
そんな顔をしてはいけませんよ、カイルさんのキャラが崩れてしまいますから。
彼を呼んだのは他でもない。あの黒猫を捕獲するためにです。連絡を取った後、カイルさんはすぐにこちらに来てくれました。女性を待たせないその紳士な所は好きですよ。
『まぁいい。ところでそっちの可愛いニンジャガールとでかいのはなんだ』
カイルさんは少し離れた所で待っている二人を指して言います。文句を言いつつも手伝ってくれるようですね。軽く二人の説明をしておきましょう。
「驚きました、彼はオークなのですね」
「オークですがいい子なんですよ。なので攻撃はしないでください」
「もちろん、そんな事はしませんよ」
さすがカイルさん。オークと分かっても攻撃しない所がどこぞの少年くんとは違いますね。
『……お前オークを仲間にしたのかよ』
『なりゆきで思わず』
……まぁ悪霊さんにはアールについてツッコまれてしまいましたけど。
『まぁ俺は攻撃しないが他の奴には気をつけておけよ』
『ありがとうございます、悪霊さん』
『その呼び方やめろよ』
『では背後霊と』
『霊から離れろよ!』
霊会話もこの辺にしておきましょう。そろそろツバキさんを紹介しなくては。
「ツバキさん。こちらカイルさんです。猫を捕獲するのを手伝ってくれることになりました」
「初めまして、僕はカイルという。どうぞよろしく」
先程私を睨みつけていたカイルさんは何処へやら。キラリと輝く笑顔を浮かべて、ツバキさんに挨拶をしつつ握手を求めるように手を差し出していました。
「……ツバキでござる」
ツバキさんは簡素に名前だけを名乗ります。握手に応える様子はありません。握手を断られても、カイルさんは笑顔のままで対応していました。
さて、カイルさんを加えて捕獲作戦再開です。ニル達のお陰で今現在の猫の居場所は分かっています。次に黒猫が来る場所を予測してその場所に移動しました。
「もうすぐ黒猫が来ますのでお願いしますね、カイルさん!」
家が立ち並ぶ路地。その道の真ん中にカイルさん。私はすぐ近くの路地裏の陰に隠れています。ツバキさんは屋根の上。それぞれがポジションに付いて黒猫が来るのを待っています。
「黒猫が来たらどうすればいい? 捕まえればいいのかい?」
「下手にそういう行動をすると怪しまれます。そうですね、怪しまれないように相手して抱き上げてください」
カイルさんは私達の仲間だと知られていないので、きっと黒猫も油断すると思いますからね。
「相手ね……頑張ってみるよ」
「黒猫が来ました。では頑張って黒猫を口説いてくださいね!」
カイルさんとの会話を終わらせると、道の先から黒い尻尾を揺らして猫が歩いてきました。
「ニャー?」
カイルさんに近づいた辺りで足を止めて、見上げるように首を傾げます。カイルさんはそこでやっと黒猫に気がついたかのように、黒猫を見ました。
「やぁ、黒猫のお嬢さん。散歩の途中かい?」
爽やかな笑顔をカイルさんは黒猫に向けて挨拶をしました。
「ニャー?」
「僕かい? 僕はここで人を待っているんだ」
自然な動作でカイルさんはしゃがみ込む。そして黒猫の頭をなで始めました。
「……いや待っていたの間違いかな? 結局彼女は来てくれなかったよ」
悲しそうな表情を浮かべるカイルさん。黒猫は心配をするようにカイルさんの手に擦り寄ります。
「ニャー」
「励ましてくれるのかい? ありがとう」
笑顔になったカイルさんが黒猫を優しく抱き上げる。
「もしかしたら僕が待っていたのは、君だったのかもしれないね」
『フッと目尻を下げて青年が笑う。その笑みは悲しみも含まれた儚い笑顔。
その悲しみは一体誰に対して? あの笑顔を見てしまったら、彼を放っておけないと思えてしまう。
心に傷を負い、まるで捨てられた子猫のような彼を……』
『……実況するな! 恥ずかしいだろ!』
表情そのままに怒る声だけが私の耳に届きました。
怒られてしまいました。私は背後霊さんの悪ふざけに乗っかっただけですよ。
「何をやっているんですか、カイルさん?」
「クロエさんが口説けって言ったから、ついね」
路地裏から出てこちらでもツッコんでしまいました。確かに冗談で口説けと言いましたが、本当に口説くとは思いませんでしたよ。
「……まさかこのような手で捕まえるとは」
屋根から飛び降りてきたツバキさんが合流。そんなツバキさんはカイルさんに抱っこされている黒猫をジッと見ています。
「それで、これからこの子をどうするんだい?」
「それはもちろん、使い魔として契約を!」
「もふもふが先でござる!」
二人の声が重なる。そして隣のツバキさんと目が合う。
「ツバキさん。先に契約をさせてください。今のところは大人しくしていますが、いつ逃げるか分かったものではありませんよ。契約をした後で、もふもふをさせてあげますから!」
「その契約が失敗した場合はどうするでござる。確かペットと違って使い魔にするためには、その対象の同意が必要だったはず。黒猫に逃げられているようでは契約が失敗するのは目に見えていますよ」
ツバキさんはどうしても譲らないらしい。その証拠にまた妖怪もふもふさんに取り憑かれている。今日はみんな何かに取り憑かれる日なんでしょうか。
一緒に黒猫を捕まえるために協力した同士ですが、ここは私だって譲れません。
「……あの二人共。あの――お前ら話を聞け!」
ツバキさんとどちらが先かを言い合っていたら、カイルさんが割って入ってきました。
「まったく、なんなんだ揃いも揃って。猫を何だと思ってるんだ。さわり心地のいいぬいぐるみでも、魔女らしく見せるアクセサリーでもないぞ!」
うっ確かにカイルさんの言う通りです。黒猫が欲しいという思いから、暴走していましたね……。私もまた取り憑かれていたみたいですね。
ツバキさんも反省するように顔を下げていました。
「すみません、カイルさん。魔女に固執するあまり大人げない行動をしてしまいました」
「ごめんなさい。現実だと無理だったから……ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」
二人して謝ります。ロールはしていないけど、みんなしていないのでいいでしょう。こんな時ですし。
「はぁまったく……」
『まぁまぁそう怒らずに。反省もしておるし、ここまででよいと思うぞ』
「いやでもな……って猫が喋った!?」
突然聞こえてきた声。その声はカイルさんが抱えている猫から聞こえてきました。皆が驚く中、カイルさんの腕から黒猫は地面に降りました。
『かっかっか、そう驚くでない。それよりも私を執拗に追いかけた。本当に反省しているのなら私の願いくらいは叶えて欲しい所だの』
喋る黒猫の真後ろにある家の扉がゆっくりと開きました。黒猫はその家の中に入っていきます。まるで付いてこいと言うかのように、しっぽを揺らしながら。
「……どうしますか?」
「どうするも……あの猫の言う通りですよ」
元に戻ったカイルさんにそう返して私は家に入ります。私に付いてくるようにアールも続く。その後に続いてツバキさんも無言で入ってきます。
「僕にも責任の一端はありますからね」
最後にカイルさんが家に入りました。




