36・妖怪もふもふは恐ろしや
さて今日は何をしましょうか。ログインした後、宿屋を出てとりあえずご飯でも作ろうかと考えながら歩いている時でした。
「えっ?」
上から何かが降ってきました。黒い何かが私の顔面に激突。少しの痛みともふりとした感触がした。
「ニャー!」
猫の鳴き声が聞こえてきて、さらに黒い何かに顔面を蹴り飛ばされた。そのキックは痛みと柔らかさがありましたね。視界が戻った頃には走り去る黒い猫の姿がありました。
って今の黒猫じゃないですか! 早く追いかけましょう!
「待ってよ~黒猫ちゃ~ん!」
と、追いかけようとした時に私の目の前にまたしても黒い何かが落ちてきた。それは人でした。あぁ、今回は顔面には落ちてきませんでしたよ。
「ああ、また黒猫ちゃんに逃げられちゃったよ! もふもふしたかったのにー!!」
そう叫ぶのは黒い忍びの姿の女の子。その隣にニルよりも大きなフクロウが降り立ちました。
「ツバキさん?」
「えっあっクロエさん!? なんでここに」
「あのツバキさん。なんだかいつもと様子が違いますね」
いつものようなクールさが今のツバキさんから感じられません。そしてござると言わない。
「……あっ違うの! これはその……あっ違う、違うでござる!」
真っ赤な顔でバタバタと手を振って誤魔化すツバキさん。とりあえず落ち着きましょう。
「……すまないでござる。少し取り乱してしまったようだ」
「落ち着きましたか?」
「うむ……。クロエ殿、先のは妖怪のせいでござる。できれば見なかったことにして欲しいでござる」
「まぁなんて恐ろしい。妖怪とは怖いものですね」
クールじゃないさっきのツバキさんは、きっと妖怪もふもふに取り憑かれていたのでしょう。それでもふもふを求めて、なりふり構わず黒猫を追っかけることをしていたと……。
冗談はさておき、先程は完全にロールプレイが外れていました。ツバキさんの為にも、今のは見なかったことにしましょう。
……ですが黒猫のことは諦めきれないようです。だって先程から黒猫が逃げていった方向を見ていますから。まだ妖怪もふもふの影響が残っているようですね。
まぁ、その気持ち分かりますよ。私も何度も逃げられていますが諦めがつきません。何かしらあの黒猫を諦める物があれば諦めるのでしょうけど。
もしかしたら、そんな理由も探しているのかもしれません。あの猫が野良なのか、飼い猫なのかまだ知りませんからね。
「では拙者はこれで失礼するでござる」
「待ってください。ツバキさん。実は私、あの黒猫に興味があるんです。なので捕まえる手伝いをしてもらえませんか?」
「拙者は……う、うむ。手伝うでござる」
なんだかぷるぷる体を震わせながら迷っていたようでしたが、頷いてくれました。黒猫、好きなんですね。
*****
さて、黒猫捕獲作戦を開始しましょうか。今回は強い味方のツバキさんがいますよ。しかもハクというペットを連れていて、ハクとニルが上空から探してくれます。
「ツバキさん、あなたの位置から西方向に猫の姿を確認しました」
「了解したでござる」
ニルの視界情報が私にも分かります。ちょうどニルが飛んでいる辺りに猫がいるようですね。その事をツバキさんに伝える。すると彼女は忍者らしく素早い動きで屋根をヒョイヒョイ飛びながら、その場所に移動していきます。流石ですね。
「さぁアール。私達も行きますよ」
アールと共に私たちは地上から行きます。細い路地が入り組んだ場所なのでこちらの到着は遅れそうですね。
一足先にニルとハク、それからツバキさんが到着。現場の状況はニルの視界から見ていますので、分かります。猫はどうやら男性二人と共にいて、なんだか男性には気を許しているのか、頭を撫でられたりしていました。……私が近づくと大体逃げられますね。やっぱり嫌われたんでしょうか。
「到着しました。では、ツバキさん。少しずつ近づいてみてください」
パーティチャットでツバキさんに連絡。ツバキさんは気配を消して黒猫に近づいていきます。ですが、あと少しの所で黒猫は何かを察して逃げていく。
あのツバキさんの気配を察したということでしょうか。だとしたらあの黒猫の危険察知能力はすごいですね。
「アール! そちらを頼みます!」
物陰に隠れていた私たちは黒猫の逃げ道を塞ぐように立ちはだかります。
「アイタッ!」
ヒョイと飛んだかと思うとまた顔面を猫に踏まれました。痛みと肉球の柔らかさを喰らいながら、また猫の逃げる姿を目にする。
「またでござるな……」
「ええ、そうですね」
猫に蹴られた顔を擦りながら、ツバキさんと合流します。ニルとハクには上空から追跡をさせていますから、見失うことはありません。
ふと猫と遊んでいた男性を見ます。二人とも女子が黙っていなさそうなイケメンですね。そういえば、以前猫に魚をあげていたあの釣り人も、渋くて格好いいナイスミドルでした。
……いやまさか。しかし、私達からはすぐ逃げる猫が男性相手だと逃げていません。
あの人って今ログインしているでしょうか。思い立ってフレンドリストを開きます。このゲーム、フレンドのログイン状況は分からない仕様なので、直接確認する必要があるんですよね。
『お久しぶりです、今大丈夫でしょうか。少し頼みたい事があるのですが』
話し相手を思い浮かべながら、一対一用の個人チャットを送ります。
『あぁ、これはお久しぶりです、先日のベリー村以来ですね。頼み事ならお任せを、困っている人を助けるのは騎士の役目ですから』
すぐに凛々しい声が聞こえてきました。どうやらログインしていたようですね。




