3・言葉が通じません
白かった視界が徐々に色味を乗せていく。
少しずつ聞こえてくる人々の声。
それらがはっきりと意識できるようになった時、私は大きな広場にポツリといた。
あたりを見渡すと青い澄んだ空に、茶屋根に白塗りの壁を持つ家々が並んでいる。歴史を感じさせる昔ながらの街並みですね。
と、そんなことよりここはどこでしょうか。経歴によるランダムで飛ばされた初期位置だというのは分かるけど。場所の確認の為に事前に操作説明のされたやり方でメニューを呼び出し、地図を呼び出した。
【デュオ地方/ダイロードの街・はじまりの広場】
デュオ地方の東地域にこのダイロードの街はあるみたいです。
ちなみに子爵家のあるヘイス地方はここから西の方角で山を越えた場所にあるみたい。
故郷遠いですね……まさか山を越えてきたというのですかクロエ?
思わず西の方角を見る。雪をかぶった山が見えた。
いつか故郷の方に行ってみたいですね。家出してるから実家の対応は良くなさそうですけど。
さてと、家出したこの子――いや私は何をしようか。
ふと周りを見渡していると広場の端に兵士が立っていた。何か言葉を発しているがよく分からない。
その人の周りには何人か初心者プレイヤーらしき人々が集まっている。
えーと……あぁそうか。確か初心者向けの討伐依頼が受けられるんでしたっけ?
多分あの兵士はクエストを出すNPCなんでしょう。
しかしNPCとプレイヤーの見分けがつきません。
他のゲームだと見分けの付く印があったりして分かりやすいらしいけど、このSSOではそれは採用されていないようです。
まぁそれでも見分けはつけようと思えばつく。兵士一人に初心者プレイヤーが群がっている今の光景のようにですね。
私もクエストを受けようか。ということでその兵士に近づいていく。
「……すみません」
あぁ普段の口調で話しかけていまいました……。そうです、私はロールプレイヤーでした。忘れっぽいのは私の癖ですが、これだけは忘れてはならない。だからこれから魔女ロールをきちんとしなくては。
さて、私は私の考える魔女の演技をしながら兵士の人に声をかけた……のですが兵士はもちろんの事、何故かそこにいたプレイヤー全員も驚いた表情をする。そんなにこの演技は変だった?
そんな中、兵士の人が私に話しかけてきた。
「□□□□?」
……今なんて? まだ耳は遠くはなっていないはずですが……。その前にこれはVRゲームなのでVR機器が直接脳に情報を送り込むのでそんなことはありえないことです。
「すみません、もう一度言ってください……」
「△△△?」
「○○○○○?」
どうしましょうか。辺りにいるプレイヤーらしき人の言葉も分からない。
その前に私と同じ初心者プレイヤーだと思っていた人達は全員私より、装備があまり良くないのはなぜですか?
なんだかどんどん注目が集まっていく。……よしここは逃げます!
出来かかっていた包囲網を抜けて、私は全力疾走で広場から逃げた。
どういうこと? なんで言葉が通じないのですか……あっまさか!?
広場から逃げて建物の陰に逃げ込んだ後、思い当たる事があったのでまたメニューを呼び出して、今度はスキル一覧を呼び出す。
あった、【言語:ヘイス地方語】。
ヘイス地方で使われる言語をマスターした場合に取得できるスキル、らしい。
……さていきなりですが、問題。
今、私がいるここはどこでしょう?
正解はデュオ地方。ヘイス地方ではない。
そして私が――いえ、クロエが使える言語スキルはヘイス地方語のみ。
つまり……
「言葉が通じない……」
まさかこんな事態になるとは……。子爵家のせいで生まれが固定になっていた上で、経歴家出を引いたのがダメだった?
貴族を選んだのは失敗だったかもしれない。
ここはデュオ地方だから遠い地方の子爵家なんて地位も意味なしです。宝の持ち腐れである。
そしてクロエ、あなたはどうやって言葉が通じない中、この街までやって来たんですか?
しかしよく考えると些細な問題です。
言葉が通じなくてもいいですよ。私がすることはただ一つですから。
魔女になる。この一点に尽きます。だから言葉が通じなくても問題ありません……うん。
とりあえず外に出よう。この街に居ても言葉は通じないし。
大通りを歩いて開けっ放しの門を潜り、私は街の外へと出た。
平坦な草原が広がっていて、私と同じ第二期プレイヤー達がモンスターを狩っている様子が見える。
みんなクエスト受けたんだろうなーいいなー言葉が通じるっていいなー……。
……羨みも程々にします。
私もモンスターを狩らなければ。たとえクエストを受けていなくても、レベ上げにはなりますから。
しかし、今日は第二期にとっての初日とあって平原にはプレイヤーがたくさんいる。
プレイヤーによって選ぶ初期位置がバラけるハズなのに、この光景を見ると結構初心者がこの街にいるようです。だからそこかしこでモンスターの奪い合いが起きていた。
仕方ないので少し遠くに行こう。街をあまり離れない程度に。
と、その前に外に出たからには戦闘の準備をしておかないと。私は持ち物を確かめる。
あれ……なんかおかしい。自分の付けている装備品を眺めていて気がついた。
アイテム欄には装備一式が並んでいる。
【初心者の服:防御力+1:初心者が着る服装。裸よりマシな性能】
【初心者の杖:魔法攻撃力+1:初心者魔法使いが基本的な動作を覚える為の杖】
名前的に見て初心者が最初から装備している服とか武器とかでしょう。ですがこれらはアイテム欄にある。今装備されているものではありません。私の今着ている装備はまったく違う。
【貴族令嬢のドレス:防御力+5・魔法防御力+5:令嬢の為に作られた一点物。魔法の布を用いて作られており、戦闘用を想定して作られていないが並の甲冑よりも性能は良い】
【旅人の杖:魔法攻撃力+3:放浪する旅人の持つ杖。杖としての役割はもちろん、魔法の補助もできる】
……生まれと経歴ボーナス、お前らか! まさか持ち物にまで影響するとは。
確かに子爵令嬢が安っぽい布の服を着ているわけありませんね。だけどクロエ、そこは旅人の服にしときましょうよ。この辺は生まれと経歴のボーナスがかち合った結果、こんな装備になったのでしょうけど。
だけどこれで他の初心者達と装備が違うことに納得。私以外にもこういうことが起こってるプレイヤーはいるでしょうね。
さっきは選ばないほうが良かったとか思ったけど、こんなボーナスがあるならいいかもしれない?
いや、やっぱり言葉が話せないのは……。早めにこの地域の言語スキル取得を目指しましょう。
とりあえず装備の確認は終わった。杖、私の場合は両手杖を選択しているのでとても長い杖。それを構えてとあるスキルを発動しようと思う。
そう、召喚スキル。私の覚えている召喚スキルは【ファミリア】です。ファミリアは他の召喚方法と比べると召喚者のサポートに徹したスキル。だから召喚できる使い魔の殆どは戦闘できないのが多い。
魔女が扱うに相応しい魔法でしょ? こんなぴったりな魔法を覚えないわけがないし、唱えないわけがない。
「来なさい、我が使い魔よ」
魔女っぽいロールを忘れてはならない。私は一応ロールプレイヤーですから。一応……ほんのりスパイス風味で。
……そんな私の魔女ロールに対する努力を知ってか知らずか、使い魔は来ません。なぜ。
まさか使い魔、あなたも言葉が通じないからとかじゃありませんよね?
そう思ったけどどうやら原因は別だった。システムメッセージで『現在契約している使い魔がいません』という表示が出ていた。どうやらこの召喚はまずは使い魔と契約しないと使えないらしい。くっ。
当面の目標が決まった気がする。
・使い魔を探し契約すること。
・この地域の言葉を覚えること。
魔女と関係あるようでない気がしますね。特に言語。私の理想の魔女への道は長いようです……。