29・スキルを教えてください
目の前に並ぶ料理はコンソメスープとパン。それからミートボールがゴロゴロと入ったパスタ。メニューのほとんどが肉料理の中でこれはまだ控えめなほうです。
「ちょっとボリュームがありすぎると思いますけど……」
パスタの山にマグマのように流れるトマトソース。噴石のように転がるとても一口では食べられないミートボール。そのバランスは私の普段の食事のボリュームを超えています。コンソメスープとパンだけで良かったかもしれませんが、それではこの店に来た意味がありません。
先日評判だと聞いて来てみたレストランです。確か名前はDXミート。ちなみにダイロード支店だそうですけど、本店が何処にあるのか知りません。
もう少し店の情報を手に入れてから来たほうが良かった……。しかし味は良いらしいのです。私はゆっくりとフォークを構える。現実だと無理でしょうけど、今ならこの量は食べられます。
「追加注文はしませんからね」
そんな私をテーブルの上からニルが見ていました。せっかくの綺麗な羽を肉汁で汚した姿で。
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「ありがとうございましたー」
そんな店員の声を聞きながら、私は重くなったようなお腹を抱えて店を出ます。ゲームの世界での食事なので満腹感はありません。ただアレだけの量の物を食べてしまえば気分的に満腹になってしまいます。
「ですがとてもおいしかったですね」
私の言葉にニルがうんうんと頷くように首を振ります。味はとてもおいしいと思えるものでした。味わい深いトマトソースをパスタに絡めて食べれば最高。さらにスパイスが効いて肉汁がじゅわりと出るミートボール。それらを野菜の旨味が溶け出したコンソメスープで流し込む。焼きたてのパンにミートボールを挟んで食べても良かった。
味はそうですね、少し現実と違うと言えるでしょう。近いんだけど少し違うみたいな。それでもおいしい味だと思えます。前から思っていましたがこんな味を作ったり、そしてそれを味わえる味覚システムはすごいですね。
そういえば三十分間HPの最大量が増える効果と自然回復量増加効果が付きました。料理の中には食べるとこういう効果が貰えるものもあるみたいですね。
しかしいくら仮想とはいえ食べすぎました。その前に現実でこんなにたくさん食べたことがない気がします。……なるほど、ここの食べ物は仮想ではありますが、けして偽物ではないからでしょう。電子プログラムのデータが産んだ味でしたが、そこに嘘偽りのないものでしたから。
そんな事を考えながら歩いていたら大通りのほうまで来てしまいました。
「これから何をしましょうか」
せっかく効果のある料理を食べたので外に出るというのも考えてみました。盗賊に襲われたりよく分からないモンスターに殺されたりしたので、しばらくは外に出たくないですね。ですが、外に出ないとレベ上げなどが出来ません。危険な目にあったので、もう少しレベルを上げるか強くなりたいのですが……。
あぁ、そういえば。ずっと行こうと思っていた所がありました。今日はそちらに向かいましょう。この前は機能しなかった【土地鑑】スキルを頼りに目的地の場所まで歩きます。
大通りから離れいくつかの小道を歩いていくと大きな建物が見えてきました。建物の陰に隠れていますがここはあのはじまりの広場に近い場所です。あたりを見渡すと初心者ぽいプレイヤー達がおり、何人か目の前の建物へと入っていく姿が見えました。
訓練所と呼ばれる施設で、主要な都市や初期開始地点となる街には必ずある施設です。初心者プレイヤーはまずここに案内されて戦闘の基本などを学ぶことができるそうですよ。私の場合は今日初めてこの施設を利用することになりますね。
建物に入ると受付があり、その奥には広い運動場が広がっていました。みんな、カカシ相手に剣を振り回したり、魔法や矢を撃っています。中には少しレベルの高そうな人も混じっており、彼らも何らかの練習をしているようです。
「いらっしゃいませ、ご用件はなんでしょうか?」
私の探している人はどこでしょうか。この受付の人でしょうか?
「スキルマスターはあなたでしょうか?」
強くなるのにレベルを上げるというのも必要ですが、新しいスキルを習得するのもその一歩となることでしょう。というわけで私は新しいスキルを習いに行きました。最初の頃は言語スキルがなかったために、習いに行きたくても行けなかったので。
「いいえ。あなたはスキルマスターをお探しのようですね? 何のスキルを習いたいのでしょうか?」
「そうですね……土魔法と料理が習いたいですね」
【料理】スキルは以前から欲しいと思っていました。【土魔法】は今までの戦闘を振り返った結果、私に敵の攻撃に対する防御が足りないと感じます。魔法職なので打たれ弱いのはどうしようもないと思いますが、だからと言って何もしないよりはマシでしょう。【土魔法】はそういった敵の攻撃に対してのサポート魔法がありますから。
「料理スキルはこちらの食堂の方が教えてくれますよ。土魔法でしたらこちらのスキルマスターが教えてくれます」
受付の人がそう案内をしてくれます。どうやら料理スキルはこちらでは習えないみたいです。そちらは後回しにしてまずは土魔法を修得しましょう。
「やぁ歓迎しよう。魔法使いを志す見習い……ではなさそうだな」
魔法のスキルマスターさんはやたらと熱血そうな人でした。
「いいえ、私もまだまだ見習いですよ」
確かに見習いとは言えないかもしれませんが、まだそのレベルだと思います。
「そうか、まぁ魔法を習いに来た者だ。たとえ見習いでなくても、あの英雄級の魔法使いであったとしても俺は魔法を教えるだけだ」
少し暑苦しい笑顔とともにスキルマスターさんから、見習いの書という魔術書を渡されました。
「そいつには土魔法の初期魔法である【サンドスピア】が書かれている。土魔法を習得していなくてもそれを装備していれば使うことができるぞ。まずは試してからスキルを覚えるか決めるといい」
なるほど、これがあればスキルを習得していなくても使えるんですね。便利ですね、これは貰えないのでしょうか?
「要返却だ。欲しかったら買いに行け」
だそうです。仕方ありませんね。とりあえず、試しにそれを装備してみる。すると確かにスキル欄に【サンドスピア】が現れました。しかし……。
「他の魔法が使えなくなってる……」
代わりにスキルスロットにセットしていた全ての魔法が使えなくなりました。【闇魔法】の【シャドウアロー】も【風魔法】の【ウィンドカッター】も、その全てが。
「そりゃ魔術書を装備すりゃそうなるだろ。魔術書は書かれた魔法しか唱えられなくなるのは当たり前のことだぞ」
あぁそうなんですか……。便利だなって思いましたが意外と使えませんでしたね。
気を取り直して私は【サンドスピア】を使ってみることにしました。運動場に移動し、木でできたカカシの前に立ちます。ちなみにニルは興味がないのか、近くの空いていたカカシの頭に乗っかって寝ていますね。
【サンドスピア】の詠唱時間は三秒。ちなみに再使用時間も同じ三秒です。【闇魔法】は詠唱が遅く【風魔法】は逆に速い。なのでその間の平均的な詠唱時間を持つ【土魔法】を選んだのには、このあたりも影響しています。
詠唱完了をするとターゲットしていたカカシの足元から、砂で出来た槍がいくつか出現します。それに貫かれたカカシはバラバラと崩れながら消えていきました。
「あっ悪い、見習い用のカカシだからすぐ壊れやすくてな」
どうやらカカシのHPは低く設定されているようですね。ニルが目を開けていないのでステータスが見られなくて分かりませんけど。
「もう十分です」
「えっまだ一回しかしてないぞ? いいのか?」
「この魔術書には【サンドスピア】しか書かれていないのでしょう? それしか使えないのにそれを繰り返し使う意味もない、そんな時間があればさっさと土魔法を習得したほうがいいと思いますから」
他の【土魔法】を扱いたくても出来ませんし、試しに使うくらいなら一回で十分です。
「まぁお前さんがそう言うならいいか。んじゃ土魔法を習得するのか?」
「ええ。ただその前に、他の魔法の見習いの書も見せてもらえませんか?」
どうせなので全部体験しておきましょう。スキルマスターさんから全種類の魔術書を借り受けて見ました。どの魔術書も初期魔法しか使えないのは一緒ですが、製作者も同じのようでルシールという名前が書いてありました。もちろん使い終わった後は魔術書は返却しましたよ。
「これでお前さんは基本魔法全てを覚えることができるようになったぞ。全てを覚えてもいいだろうが、器用貧乏にはなるなよ」
「そのつもりはありませんよ」
基本的には【闇魔法】主軸で行くことを考えていきますから、たぶん全てを覚えることはないでしょうね。
《一定の行動により取得可能スキルが増えました》
そんなシステムメッセージが流れたので、取得可能スキル一覧を開いてみます。今回の行動で基本魔法である【火魔法】【水魔法】【土魔法】【光魔法】を覚えることができるようになりました。その中から【土魔法】を選択。SP2を払って取得します。
これで私は土魔法を扱えるようになりました。さてと、次は料理スキルでも習いに行きましょうか。
訓練所を後にしました。料理スキルを教えてくれるスキルマスターさんは近くの食堂にいるらしいです。
その食堂は小川を橋で渡った先にありました。この街には西側の山から流れてくる川が通っています。至る所に橋があり、今渡っているのはそんな橋のひとつ。
この先には重要な施設があまりないからか、人通りは少ないです。とくにプレイヤーらしき人影はありません。住民がちらほら歩く中を魔女姿の私も歩いていました。ちょっと目立ちますね。
そんな中に同じく目立つ人がもう一人。その人の服装はつばの広い帽子をかぶっているだけで、あまり目立ってはいません。ただし、橋の上から釣り竿の糸を垂らしていました。
「なんだ、ジロジロと見て」
私の目線に気がついたのか、その釣り人から声がかかりました。釣り人は白髪交じりの髪に髭のある男性です。
あれ、この言葉。一瞬普段と変わらない言葉に聞こえてきましたが、なんだかこの人の喋る言葉は他の人達とは違って聞こえました。もしかして――。
「すみません。こんな所で釣りをしている人を見るのが珍しくて」
「お前、その言葉……エンテ公国語じゃないか。喋れるのか?」
「はい、そういうあなたも話せるのですね」
どうやらこの人は【エンテ公国語】を話せる人のようです。エンテ公国語はヘイス地方で使われる言語の一つらしいですよ。なので【言語:ヘイス地方語】を持つ私はエンテ公国語を話せるのです。生まれがエンテ公国の子爵家なので話せないほうがおかしいですね。
「まさかこんな所で話せる人に出会うとは」
「それはこっちのセリフだ。嬉しいな、この地方の言葉はまだ覚えてないんだ。だから久々に人と話した気がする」
落ち着いた印象を受ける男性はニッと笑います。
「言葉を覚えるのは難しいですね」
「あぁ違いねぇ。俺は旅をしているんだが、つくづくそう思うよ。それにしても上品な喋り方をするな。どこかのご令嬢さんだったのか?」
「そうでしょうか。気のせいではありませんか?」
まぁ間違いではありませんけど。
それにしても、この人が今私が話す言葉をどんな風に聞いているのか分かりませんが、上品な話し方だと言われました。
エンテ公国の貴族だったクロエです。エンテ公国語で上品な話し方もできると思いますけど……この人にはそのように感じたのでしょうか。
なるほど、言語スキルによる情報判定ができるようですね。私もこの人の話し方は平民の使う言葉遣いであるとの情報が出てきました。
そんな釣り人は旅人のようでした。聞けば数日前にこの街にたどり着いたそうです。きっと今までの道中も大変だったのでしょう。言葉が通じない大変さを分かち合えるとは思えませんでした。しかもゲームの中で。
「最近喋ったのは猫くらいなもんだった……あぁ噂をすれば」
どこからともなくニャーという鳴き声が聞こえてきます。それは橋の欄干の上をまるで自分専用の道のように、ゆらゆらとしっぽを揺らしながら歩いてきました。
「また魚を貰いに来たのか」
ゴツゴツとした釣り人の手がふわふわの黒い毛のある頭を撫でます。撫でられて嬉しそうに甘い声を出すのは――
「く、黒猫」
そんな私の声を聞いてあの黒猫はさっと身をひるがえして逃げていきました。散々追いかけ回したから逃げられても仕方ありませんね……。
「……あれ?」
でも、一瞬だけその黒猫が振り返りました。ちゃっかり頂いた魚を咥えた猫の目。その目と目があった気がしました。
その後は何事もなく食堂に到着し、料理スキルを習得することが出来ました。これで覚えたスキルの数は二十個になりましたね。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
LV19 残りSP21
基本スキル
【両手杖LV19】
【魔法知識LV19】【魔力LV19】
【闇魔法LV18】【風魔法LV18】
【土魔法LV1】
【月光LV10】【下克上LV11】
【召喚:ファミリアLV19】【命令LV13】
【暗視LV19】【味覚LV17】
【鑑定:植物LV19】
【採取LV18】【調合LV19】【料理LV1】
【毒耐性LV9】【麻痺耐性LV9】【睡眠耐性LV8】
【言語:スワロ王国語LV11】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】
【土地鑑】
称号
【ベリー村の救世主】
名前:ニル
種族:使い魔
性別:オス
LV18
基本スキル
【闇の知恵LV18】【ダークミストLV11】
【看破LV10】【冷たい視線LV9】
ユニークスキル
【森の賢者】
【夜行性】




