27・透明な壁の捉え方
この前は盗賊に襲われて災難でした。まぁこんな人気のない所を一人で歩いていたら、狙ってくれと言っているものです。
ですがその心配も無くなりそうですよ。最近は森を出入りする人も少なくなってきました。どうやら大半のプレイヤーが森の攻略を終えて、次の場所に移動して行っているようです。森の入り口前にあったキャンプ地もだんだんと寂しくなってきています。人がいない、つまり獲物がいなくなった盗賊たちもここから離れていくことでしょう。
私は……そうですね、まだここに残っているつもりですよ。次の場所にさして目的があるわけではありません。それに、まだここにだって気になる場所や行っていない場所だってあるのですから。
「どうかしましたか、ニル?」
肩にいるニルがこちらを見ています。ジトーと見ているので、なんだかいい視線ではありません。
「あなたが言いたいことを当てましょうか。どうしてまたここにいると言いたいのでしょう?」
相変わらず空を覆う程の森の中。薄暗い獣道を歩いているのはもちろん私達。そしてここは西の外れ、つまりこの前あの盗賊さん方に襲われた現場に近い場所です。というかその場所ですね。
「この前は邪魔が入ってしまいましたからね、この西の先にはまだ行っていませんから」
そう、この前はこの先に行こうとして行けなかったんです。今日はその為にこの森に来ました。また盗賊に襲われるのではないかと思いましたが、少しずつ人が少なくなっている影響でしょうか、いや、たまたまあの時は運が悪かったのでしょう。今日は何の邪魔もなくここまでたどり着けました。
ニルは相変わらずこちらを見ています。先程よりも険しい視線です。
「この先に何があるというのですか」
と、聞いてもニルが答えられるわけがありません。ただただ、行くなと言うように首を振るだけです。でも、気になります。だからこそ、気になるんですよ。
行くなと言われると行きたくなる。ダメだと言われるとやりたくなる。現実ではできません。ルールを破ることは簡単にできることではありません。ですがここはどこですか、ゲームの中です。これはゲームです。そしてさらに加えて言えば……
「この私が気になって仕方ないんです」
クロエがこのことを放っておくわけがないんです。興味が出てしまったので止められません。……私自身も気になりますからね。
「だから何と言われようが行きますから――わっ!?」
歩いていたら何かにぶつかってしまいました。ゴンッと鈍い音が響きます。おでこを打った気がしますが痛覚は和らげられているのであまり痛くありません。これが現実だったらきっと痛いでしょうね。今みたいに痛覚を和らげない限りは。
「……壁?」
当たった場所に手を伸ばす。すると見えない壁のような物があることが分かりました。どうやらこのあたり一帯を覆うようにあるようで、少なくとも回り込んで避けることはできそうにありません。
この壁は何なのでしょうか? ……もしかしてこの先はフィールド外なのでしょうか。先程も言いましたがこれはゲームです。今私達がいるこの森は3Dのモデルが作り出した仮想空間です。つまりは作られていない場所には行けませんし何もないでしょう。これはゲーム上の世界の端、この先には何もないのかもしれません。
昔のゲームからありますよね、この先にも行けるかと思えば見えない壁にぶつかって行けない。そしてそういう時にいつも思うのです。
「……がっかりですね」
先は見えています。西に続く薄暗い森の道。ですがあるように見えて、実際はない。この先には何もないんでしょう。
「帰りましょうか……」
私がそうニルに言うと、ニルはなんだか安堵したように目をつぶりました。
――どうして安堵をしているのでしょうか?
ニルはこの先に何かあるから先程から行くなと言っていました。ですが、実際には何もないはずです。この透明な壁の先はフィールドの端で作られていないエリア。プレイヤーが行ってはいけない場所でしょう。
そんな何もない場所をわざわざ行くなと言いますでしょうか? 別に言わなくても透明な壁が遮ります。第一、ニルはゲーム上のNPCのような存在でしょう。
NPCであるニルがこのゲーム上の仕様を知り得ているのでしょうか? 知り得ていたとして、壁があるので止める必要はありません。
では、ニルはなぜ止めたのでしょうか。
「ニル、あなたはこの森を住処とする魔物でした。……この先に何があると言うのですか?」
――使い魔でありながら、あなたは何を知り得ているのでしょうか。
ニルが知っている。それはつまりこの世界にある物を、存在する物を知っているはずです。もしそうならこの先はフィールド外ではなく作られていない場所でもない、存在する場所ということになります。
それにクロエがそんなこと知るはずもありません。この世界の住人である彼女が、ゲームの仕様など知るはずもありませんでした。
彼女にとってこの先は、存在するんです。たとえ本当になかったとしても。ならばそのようにロールプレイをしなくてはなりませんね。
「やっぱり。何かあるのですね、この先に」
なんだかニルの羽が逆立ちました。今の笑みは怖かったですか? ならば上々です。ニヤリとした笑みを作るのは中々大変ですね。
もう一度あの見えない壁に触れます。これが本当に運営の作り出した世界の壁なのか調べる必要があります。もしもこれがそういう類の物ではないなら、ここに存在する理由や意味があるのでしょう。
「まずはこの壁はどういったものであるか、調べなければなりません」
ですがどうしましょうか。私は現実で壁を調べたことなんてありませんよ。しかも透明な壁を、です。ガラスの壁なら見たこともありますけど……見た感じこれはガラスの壁とは言えません。
……ってこんなところで現実を持ち出してはダメですね。ここはこの世界風に考えてみましょうか。透明な壁を作り出すなんて事ができるのはきっと魔法の類でしょう。そう考えるならこれは結界でしょうか?
「魔法の結界っぽいですが一体何でしょうね……えっ何?」
結界を調べていたら急にウィンドウが出てきました。何やら情報の文字列が並んでいたのでその文を読んでみます。
『???の魔法結界:人払いと守護の魔法が掛けられており、何かを隠すように西側の森全域に張り巡らされているようだ。古い術式であり高度な結界のようで、これが結界であると理解しさらに魔法に関する心得がないものには認知できない。若干の綻びがあるように感じる』
……なるほど。どうやら本当に魔法の結界だったようですね。この情報はどうやら【魔法知識】スキルによる情報判定で得たようです。まだレベルも低いので情報も全てが開示された訳ではありませんが、とりあえず知りたいことは分かりました。
このような結界が張ってあるのです。この先に何かあるのは確実でしょう。問題はどうやってこの先に行くかですね。この結界を壊すことは出来ないでしょう。
分かった情報からこの結界は高度なものです。しかもこの先の西側を覆うほどなので、私のレベルでは無理ですね。ですが、若干の綻びがあると書いてありました。
「壊すことが出来なくても綻びがあるのでしたら、それをさらに広げることはできるでしょう」
黒い杖を構え、魔法を詠唱します。繰り出すのは今私が使える魔法の中で一番の強力な魔法【ダークバースト】。闇の爆発が巻き起こり、衝撃の振動が近くの木々を揺らします。
肝心の結界はというと、迸る火花を撒き散らすほどに崩れた裂け目が出来ていました。けして大きくはありませんが、人が通れるサイズです。
「では、行きましょうか」
私は臆すること無くその結界の先に足を踏み入れました。ニルは止めるのは諦めたのか、ただ進む先を鋭い目で見ています。




