26・持つべきものはなんとやら
「この私からは逃げられないよ!」
うまく走っていたんですけどね……追いつかれてしまいました。立ち止まって振り向くと、光のない陰から彼女が姿を現します。猫の獣人である彼女はとても動きが俊敏ですから、彼女からは逃げられないでしょう。
「なんで走ってたのよ。不利になったから逃げようと思った?」
そんな事はしません。私は場所を選んでいたんです。それに……追いかけっこをしていたからちょうどいい時間になりました。
「何も答えないか……えっとこういう時は――あんたをた、倒して金を頂きます! それでよろし、よろしゅうございま……ええい、盗賊口調難しい!」
……意識して盗賊ぽい事を言わないほうがいいと思いますよ。
さて、そんな彼女には申し訳ありませんが詠唱させておいた【ダークバインド】を放ちます。【ダークバースト】ほど詠唱時間はないので少しくらいの時間稼ぎで発動できるのでいいですね。
「くッ拘束状態なんて……」
闇の鎖が絡みついて動けない彼女。さっさとしないとあの神官に解除されてしまうので次の魔法を詠唱させます。
そうそう、疑問に答えましょうか。私があの場所から移動した理由。あの場所は空が見えなくて、戦うなら空が……月が見える場所がいいなって思っただけですから。
「なっ……」
真っ暗だったこの場所に光が差し始めます。この場所は森の中でも空を覆い隠す葉がありません。星々が輝く空、そして月が見えます。
「なんで……ブルーイ! ――――! ――――!? どうなってるの!?」
彼女の目が右側を見ています。彼女からだと左側のほうですか。彼女を拘束していた鎖が効果時間を過ぎた為に消えていきます。
それと同じくしてきっかり詠唱時間を終わらせた【シャドウアロー】。それが彼女に当たります。夜になったこと。そして【月光】効果と【下克上】効果が働いたようですが、まだ彼女は倒れません。
「……よく分かんないけど、今は目の前の敵!」
シャドウアローを食らっていくら削られたのか分かりませんが、彼女がこちらに向けて攻撃をします。
「【ダブルスラッシュ】!」
強烈な連続攻撃が私の体に当たる。HPが残り僅か。少しでも攻撃が当たればゼロになるでしょう。ツバをも飲み込んだ私に向けて次の攻撃が間髪入れずに入ります。これでもう私のHPは尽きる……はずですね。
「……【エアショック】!」
圧縮された空気の塊が彼女を直撃。私を攻撃するために密着していた彼女が避けられるはずもありません。
「そんな、なんで……死んでないの!」
まだHPが残っているようですね。私から距離を取った彼女は驚いた表情でこちらを見ます。
「ポーションを使用したからですよ。当たり前ではありませんか」
残り僅かだったHP。ですが次の攻撃を受ける前にHPを回復した為、なんとかゼロにならずにすみました。
「ポーションなんてどこから出したのよ。それを振りかけてはいなかったのに」
「飲みました。口に含んでいたんです」
走っている最中にね。
「あんなまずい物を……」
「あら、世の中にはおいしいポーションだってあるんですよ」
まずい味のままだったら口に含んだ瞬間に吐き出すか、すぐに飲み込みます。あの味では耐えられません。
ですが味が良ければ口に含んだままでいられる。そして使いたい時に、先程のように戦闘中に飲むことで回復が行なえます。
そんな使い方でポーションを使えるのか若干不安でした。一度まずい味を飲んだ時に少し効果が出るのに時間を要していた事を思い出し、先程一度使った時に試してみたんです。その結果、どうやら飲みこまなければ効果が発揮しないようだと分かりました。
「さて、せめてあなただけでも倒しましょうか。……ここまで私を追い詰めてくれたお礼ですよ」
魔法を発動させて――えっ。
「……矢」
目の前の猫耳の少女。彼女の胸元から鏃が見えた。瞬く間にその矢は彼女を通り過ぎて、今度は私の胸元に刺さります。
……HPが減りました。まだ猫耳の少女からの攻撃を回復していないので、HPはもう瀕死の状態。あと一撃でも喰らえば死にます。
「サヴァール!」
彼女の後ろ。先程から中々姿を表さないと思っていた彼女の仲間である、エルフの青年がいました。
あぁまったく。パーティメンバーの攻撃は受けない、特に遠距離攻撃や魔法などはすり抜けるからって、よくまぁ仲間越しに撃ちますね。しかも彼女の真後ろなので、狙撃手が見えません。お陰で油断してしまいました。
「引くぞ、アジー! こいつはオレらじゃ……ックソ!」
その瞬間、彼の頭上から急降下する物体が見えました。白い鳥。その鳥はフクロウのようで長い羽角を持っています。ただ私の相棒よりもやたらと大きい。
その途中で煙に包まれたかと思うと代わりに黒い影がエルフの青年に向けて落ちていきます。落ちてきた黒い影から攻撃を喰らったようで、死亡した彼の体は光のエフェクトを纏い消えていきました。
「……ユ――」
「驚いている所すみませんが、次はあなたの番ですよ」
振り向いた少女のその額に杖先を突き立てる。というかそれ以上言わせません。彼の頭痛が増えてしまいます。この間に詠唱完了させた【シャドウアロー】を放てば彼女は今度こそ、HPがなくなったようでエルフの青年を追うように消えていきました。
さてと、これでこの場に残ったのは私一人……ではありませんね。正確には二人と一匹ですか。
「お久しぶりですね。このような時に出会うとは思いませんでしたよ、ツバキさん」
月の光に照らし出された彼女の顔を見るのは二度目ですね。私のあいさつに彼女がコクリと頷く形で返事をします。ツバキさんの隣にハクが空から降りてきました。先程のはハクとツバキさんの位置を入れ替えるスキルでも使ったのでしょうか。
「他の人はツバキさんが?」
コクリと彼女はまた頷きます。どうやら私と猫耳の少女と追いかけっこをしていた時に、他の二人を相手していたのでしょう。彼女が左側を見ていた理由が分かりました。パーティメンバーがいきなり死んだから驚いていたのでしょうね。
「助けて頂きありがとうございます」
「……助けたわけではないでござる」
私のお礼を拒むように彼女は首を左右に振ります。
「拙者は任務を遂行した。ただそれだけでござる」
「それでも助けてくれたことには変わりありません」
「そのつもりがあれば最初から手を出していた、そうでござろう」
「…………つまり最初から居たというわけですか」
どうやらあの場でコソコソとしていたのは彼ら三人だけではなかったようですね。それを見つけられなかったのは探知する範囲外にいたか、それかツバキさんのレベルが高いくらいでしょうか。
いくらレベルの高そうなツバキさんでも、三人を相手にするのは難しかったのでしょう。つまり私は知らず知らずに囮をやっていたわけですね。
「でも、お礼は言っておきますね」
「……好きにするでござる」
そう言うなり彼女は背を向ける。
「しかし、お主もとんでもない者でござる。消え失せろと言い放ち、三人相手に戦いを挑むとは……」
……待ってください。私は消え失せろなんて言った覚えは……まさかあの時ですか。退いてくださいって言った時ですか。……ありえますね。
もしかしたらこちらは退いてくださいと言ったつもりでも、まだまだ不安定な言語スキル、あれのせいで別の言葉になるということはありえます。
「残念ながら倒せたのは一人だけでしたが、次こそはやり遂げてみせましょう」
……まぁいいでしょう。クロエ的には問題ありません。むしろ彼女らしいかもしれませんからね。
「末恐ろしい者だな、お主は」
そう呟いてツバキさんは闇夜に消えていきます。ハクもさっと飛び去って消えてしまいました。やはりツバキさんはクールさが似合いますね。それにしてもハクがまた一段と大きくなっていました。
「あ、ニルのこと忘れていました!」
慌てて使い魔の画面を呼び出して再召喚。あくびをして眠そうなニルが何事も無かったかのように出てきます。大きさは相変わらず小さい。
「大丈夫そうですね」
そんな姿を見てやっと心が落ち着いた気がしました。
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
LV19 残りSP25
基本スキル
【両手杖LV19】
【闇魔法LV18】【風魔法LV18】
【魔法知識LV18】【魔力LV19】
【月光LV10】【下克上LV11】
【召喚:ファミリアLV19】
【命令LV13】
【味覚LV17】【暗視LV19】
【鑑定:植物LV19】
【採取LV18】【調合LV19】
【毒耐性LV9】【麻痺耐性LV9】【睡眠耐性LV8】
【言語:スワロ王国語LV10】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】【土地鑑】
称号
【ベリー村の救世主】
名前:ニル
種族:使い魔
性別:オス
LV18
基本スキル
【闇の知恵LV18】【ダークミストLV11】
【看破LV10】【冷たい視線LV9】
ユニークスキル
【森の賢者】【夜行性】




