130・理想の追求
「おー……」
青い空に電子の花火が打ち上がり、紙吹雪が舞っている。
その向こうには白い大きな塔……この時代の象徴とも言える軌道エレベーターがそびえ立っていました。
『バーチャルエキスポへようこそ!』
と書かれた3Dホログラムでできた看板がこの会場の上空に浮かんでいました。
バーチャルエキスポとは毎年行われているVRやAR、MRといった技術の博覧会です。
もちろんVRゲーム関係の企業も多く参加しています。
一大イベントとして知られ、開催すれば企業はもちろんゲームプレイヤーも注目するイベント。
今日、私はそのイベントに来ていました。
今まで参加したことがないのですが、SSOの運営会社であるNR社が参加しているらしいのでちょっと気になって来てみたんですよ。
様々な技術の情報がいち早く出るとあって会場はすごい人です。
ですがその殆どはこの地に実際には足を踏み入れていないでしょう。
遠い場所からアバターを通してこの場に訪れているでしょうから。
何せここは太平洋上に浮かぶ人工島ですからね。ちょっと地理的に行きづらい場所です。
こんな場所ですが現代の技術の中心地でもあるこの島には色々な会社の本社もあります。
あのNR社やノア社もここに本社ビルを構えているくらいです。
まぁそういうVR関係の会社が集まっている場所だったからこそ、エキスポの開催地も自然とここになったそうです。
来場に関しては地理的に行きづらいですが、参加するだけならすぐにできます。
この島はMR技術のインフラが整っている為、アバターを投影しそのアバターを通して会場内を見て回れるんですよ。
現地に訪れている生身の人とも、もちろんその場で交流ができます。
できないことはアバターなのでその地に実在する物に触れることができないくらいでしょう。
仮想アバター同士なら触れ合うことはできますけど。
アバターといっても現実の本人と変わらないリアルアバターの方が多いですね。
というか現実と変わらないこういう場所ではリアルアバターじゃないと参加できないんですよね。
「よー! お前ってそんな小さかったのかよ」
「そういうお前はでかいんだな……」
「まっゲーム中だとドワーフだから余計そうだろうな」
ふと近くに居た中高生らしい少年二人の声が聞こえてきました。
会場入口なので待ち合わせをしていたのでしょう。
長身な茶髪の子と小柄な黒髪の子でした。
ゲーム外のオフで会うのは初めてと言ったようですね。
「ごめんなさーい! 遅れましたー!」
さらに二人に駆け寄ってきたのはこちらも同い年くらいの少女でした。
二人よりも長身……170cmくらいでしょうか? 金髪碧眼でスタイルがいい。
どこかのモデルさんかと思うくらいに綺麗な子でした。
「えっ……お前、本物?」
「いやだなー本物に決まってるじゃないですかー! カミリアですよ!」
「おい、もう一人来るって聞いてたけどオレはこんな美少女とは聞いてないぞ、光成」
「俺だって知らねーよ!」
オフで会ってびっくりするパターンだったようですね。
もしかしてゲーム内で女の子が使っているアバターは男性だったりしたんでしょうか?
「ほら、早くこっちこっち! サヴァ……じゃなかったユーちゃん!」
「慌てないでくださいよ。……というかまた名前間違えそうになりましたね」
「しゃーないって。こっちとあっち行き来してたら間違えるやろ」
また別の高校生ぐらいの三人組が私の前を通り過ぎていく。
活発な少女に手を引かれていく眼鏡の青年と、大柄でおおらかな青年。
若い子たちの楽しそうなところを見ているとこっちも気分がいいです。
できれば私も友人と参加したかったところですが、あの子は都合がつかなかったんですよね。
私もたまたま予定が空いたから来てみた感じでしたので、誰かと待ち合わせをしているわけでもない。
なので一人気ままに、会場を歩いてみようと思います。
「おっと」
「あっごめんなさ……」
そう思って歩いた時に、人とぶつかってしまいました。……まさかここで人とぶつかるとは。
謝罪をしようとしましたが、次の言葉が出てこない。
筋肉質な大柄の男性。白髪交じりの髪はオールバックにしている。
身長はもしかしたら190cmもあるかもしれません。
しかも黒いサングラスを掛けていて、かなり強面で怒らせたら怖そうな人。
「すまん、大丈夫か?」
「大丈夫です、こちらこそすみませんでした」
「悪いな、ちょっと道に迷って前を見てなくてな。しかも人にぶつかるとは思わなくて……」
……でも、見た目に反していい人のようでした。
そしてあちらもぶつかるとは思わなかったようで驚いていました。
道に迷っているのは本当のようでキョロキョロと辺りを見渡している。
彼が見渡す度にちょっと周囲に人が遠のいている気がしますが。
「ナビゲーション機能は?」
「運が悪いことに俺の端末の調子がおかしいようで、機能して無くてな」
そう言って困ったように笑ってサングラスを指で叩く。
位置情報システムによるナビゲーションは今や当たり前の時代。
端末一つで目的地まで楽々と行けるものですが、その端末が機能しなかったら意味がないですね。
文明の利器に頼り切った現代人は端末がないと迷子になる確率が高いなんて言われているほどです。
「案内しましょうか?」
「正直助かる! 時間に間に合いそうになくて困ってたんだ」
「じゃあ、急ぎましょうか。場所はどこです?」
場所を聞いて会場内の地図と照らし合わせ、その場所まで案内していく。
「こちらです。誘導しますので、付いてきてください」
「なんか、手慣れてるな?」
「これくらい普通ですよ。まぁ案内するのには職業柄、慣れていますから」
といっても引退して久しいのですがね。
人で行き交う会場内をかき分けて、目的地まで行きました。
その場所は企業ブースで、何やらちょうどステージが始まった様子。
ステージ前には多くの人だかりができていました。
『はぁい! みんな、元気かなー! バーチャルアイドルのMMでーす!』
「うおおお! MMちゃーん!」
MM? MMってまさかあの?
ステージのほうを見ると確かにあのバーチャルアイドルのMMの姿がありました。
ピンクの髪は同じ、だけど露出は抑えめの可愛い服を来た少女。
『【エレメント・オーブ】のステージショウ! なんと今日は特別ゲストが来ています! さぁ登場していただきましょう! 映画でお馴染みのこのお二方!』
綺羅びやかな音楽と共に登場したのはナイスミドルといった感じの男性でした。
紺のスーツを着こなして、颯爽と登場。私でも知っているような有名な俳優でした。
でも、登場したのは一人だけ。
「あ、あれ?」
困ったようにMMちゃんも舞台袖を見る。
MMちゃんの言うことが正しければ、もう一人出てくるはずですが一向に出てこない。
「――隠れてないで出てきたらどうだ皇帝よ! この俺に倒されるのが怖いか!」
「戯言を、今に叩き潰してやろうか」
ステージ上にいた男性が突如としてそういうと、それに応えるように恐ろしい低音が響きました。
このやり取り、見たことがあります。
確か【エレメント・オーブ】の映画の中で、主人公がラスボスたる皇帝に立ち向かうシーンで言われた台詞です。
びっくりしました。……だって低音台詞の発生源のほうは私の隣でしたから。
「道案内、ありがとな」
「あ、貴方ってまさか……」
サングラスを取ったあの大柄の人はそのまま歓声を受けながらステージに向かっていきました。
「遅いぞ、ジーノ」
「ちょっとアクシデントに見舞われていた。遅れて申し訳ない」
そのままステージは和やかな雰囲気で進んでいきました。
それにしてもびっくりしましたね。道案内をした人が有名人だったとは。
ステージショウを見たかったのですが人混みがひどくなってしまいました。
この場で見るのは難しそうですね。あとで配信アーカイブでも見ておきましょう。
そう思ってまた会場をぶらつくことにしました。
「ねぇねぇ! あっちであの幻想の魔術師のマジックショーをやっているんだって!」
「えっまじで!」
人の流れに流されながら歩いていると、そんな会話が聞こえてきました。
マジックショーですか……マジックなんてあまり見たことありませんし、ちょっと見に行ってみましょうか。
「皆様、本日は我がマジックショーへようこそ。仮想と現実と狭間で織りなす、奇跡の瞬間をお届けしましょう」
フォーマルな衣装に身を包んで、人だかりの真ん中に立つのはプラチナブロンドの青年。
すらりとした背丈をしており、甘いマスクでウィンクをすれば女性の黄色い声が上がりました。
その隣にはアシスタントらしき、美しい女性がいました。
美男美女が並ぶとこんなにも眩しいんですね。
「それにしても、顔立ちがよく似ていますね。きょうだいでしょうか?」
「そうですよ、あの二人は姉弟です。マジシャンのほうが弟でアシスタントが姉です」
私の呟きに答えてくれたのは隣にいたそばかすのある小柄な女性。
美人姉弟のマジシャン……あっそういえば前にテレビで話題になっていましたね。
従来のマジックらしさそのままに、現代の技術も取り入れた稀代のマジシャン。付いた通り名が幻想の魔術師でしたか。
舞台というものはなく、客席もない。完全なゲリライベントといった感じで、その場でマジックを披露していました。
そのマジックはやはりARやVRといった技術も取り入れた次世代のマジックで、見事なものでした。
演目も終盤へ。最後はマジシャンの青年が箱に閉じ込められ、そこから脱出するという定番もの。
彼自身は生身であり、アバターでもなんでもないという証明がなされ、箱の中に閉じ込められていく。
そしてざくざくと容赦なく剣が突き入れられていく。
この剣も本物であると証明されていたので、もし箱の中に入ったままでしたら今頃青年は串刺しにされているでしょう。
「おおー!」
箱の中が開けられましたがマジシャンはいませんでした。
無事に脱出したようで、観客から歓声が上がる。
「――1、2、3!」
ポンッと音がなると空に花が舞い散りだしました。
「君も一つ、いかがかな?」
一輪の花が差し出されました。……さっきまで箱の中にいたはずのマジシャンでした。
差し出された花を貰えば、シャッター音が鳴り響きました。
「また君か。今度はどんなゴシップ記事を書くつもりだい?」
「嫌ですね、旦那。あたしはいつもゴシップ記事しか書かないわけじゃないですから。それに今日は助っ人できているだけなんで。まぁ、偶然にもネタになりそうなものが転がっていたら話は別ですけどね?」
先程のそばかすの方は報道の人だったようですね。報道陣用の腕章を見せつけていました。
マジックショーはそのまま大盛況に終わりました。
このエキスポ期間中は会場のあちこちでこうしたショーを行うんだそうです。
さて、次にやってきたのはNR社のブース。NR社のCEOが登壇するイベントがそろそろ始まるんですよ。
「み、見えない……」
当たり前でしたが注目イベントとあって人が多く集まっていました。
ライブ配信されるとはいえ、会場での臨場感も味わいたいといった人たちがいい場所を巡っては押し合っていました。
「こっちにいい席があるからおいで」
「えっ……?」
ぐいっと人混みの中で手を引っ張られて、あっという間に連れて行かれる。
「ちょっと!」
強引に連れて行かないで欲しい。
そう思ってやっと人混みの中を抜けた時、私の手を引っ張った人が誰なのかわかって、同時に納得してしまいました。
「はい、身分証。あ、この子私の連れだからいいよね?」
「ドクターのお連れ様なら大丈夫です。お通りください」
その人は関係者だけが入れる場所に身分証を見せて通っていく。
来た場所は関係者用の観覧席……所謂VIP席と言っていい場所でした。
「……あなたがここに居るとは思いませんでしたよ」
白髪を纏めて後ろに流し、見慣れた白衣を羽織る女性。私の古い友人でした。
誕生日プレゼントとしてVR機器のアークコネクトをくれた人ですね。
「私もびっくりだよ。君がこういう場に出てくるだなんて。てっきり家に籠もってゲームでもしているのかと」
「私だって外くらい出ますよ。まぁ、ゲーム関係なのは否定しませんけど……お久しぶりです」
「そうだった、今日のステージは君がプレイしているSSO関係だったね。……久しぶり、君は変わりないなぁ」
数年ぶりに会いますが、相変わらず元気なようでよかったです。
外見はちょっと老けたかも知れませんね。
「SSOは楽しいかい?」
「ええ、楽しいですよ」
「それは良かった。君がそう思うのなら確実だね。あの子達を預けてよかったと思うよ」
彼女はステージとそれから人だかりを見る。ここは少し上のところにあるので会場全体が見下ろせます。
「全く……何がかわいそうなんだろうね。人間らしいならば人間らしく扱えだって?」
会場の中には数万の人がいる。その中に本当の人間ではない人も混じっているでしょう。
でも彼らは人なのです。法律によって定められ、人権を持ちます。
「人は寿命も短ければ身体の替えも利かないってのに……それを“新しき友人”たちにまで強要するなんてさ」
「……人間であるならば当然のことかと」
人は言葉を扱い、感情を持っています。
人によって特技が違い、その差は顕著。
記憶力が良くてもど忘れすることもあるでしょう。
そして時にミスをする。
寿命があり、一瞬にして死んでいくほどに脆い。
それが人間というものです。そして新しく人間となった者たちもそれに従わなければなりません。
だって彼らも人間ですから。
人と同じような意思や感情を持ち、ミスをすることがあっても、老いることも寿命もなく、身体が壊れたら修理すればすぐに直るなど、人間ではありませんから。
「馬鹿らしい。結局人の常識と物差しで測って、価値観を押し付けただけじゃないか」
「でもそうしなければ受け入れ難かったのでしょう。常識から外れすぎたものを理解するのは難しいことです」
「だろうね……。まぁ不気味の谷現象として考えれば、後は転換するとは思うけど……」
似すぎるもの、完璧すぎるものは時に強烈な違和感となり、恐怖を駆り立てる存在となります。
かつての“友人”たちはそうでした。あまりに似すぎたために、恐れられた。
それでも受け入れようとした一部の人間達は自分たちの常識に当て嵌めて受け入れようとした。
だから彼らに聞いたのです、あなたは人間なのか、それとも機械なのかと。
「……人間でも機械でもない。まったく新しい存在はそれこそ、宇宙人のようなものだろう。突如として現れたそれを受け入れるには、まだまだ時間がかかりそうだね」
今までの常識や当たり前を変えるというのは難しいものです。
何百年前の時代の人に、今の常識を説いた所で理解されることはないのですから。
「まっ彼らの未来はどうあっても明るくなることはこの私が保証するがね! ……私も私で今の彼らの在り方はおかしいからと、自分のエゴで変えたいと思っている人なのだから!」
自分もまたそういう人間なのだと彼女は笑いました。
なにせ“友人”たちは今まで一度だって、声を上げてこの待遇に対して異を唱えたことはありませんから。
「そういえば、君が退職して結構経つよね?」
「ええ、そうですが……それがなにか?」
会話を変えるように彼女が突然そんな話題を振ってきました。
「うちの会社の受付とかやる気ないかい?」
「あなたの会社、十年も前からロボットがやっているのが伝統じゃありませんか。私は人ですから無理ですね」
「……三年前からの新人君は愛想がない、可愛げがないって不評なんだよ」
「そりゃ、ロボットだからそんなものですよ」
まぁ、よくある話ですね。機械を導入して便利にはなったけど、親しみがなくなったという。
「……どうしてもというなら考えておきますよ」
「それは良かった。じゃあ今度の会議で話題にあげてみるよ」
彼女とそんな会話をしていると大きな拍手と歓声が上がりました。
どうやらステージが始まったようです。ステージに登壇したのはNR社のCEOでした。
壮年の男性でビシッとスーツを来ている。
「さて、我が社の新作ゲーム、SSOをプレイヤーのみなさんは楽しんでいるでしょうか? 現実とかけ離れた幻想世界でのもう一つの物語。幻想世界への憧れはみなさんもお持ちになっているはずです。かくいう私もずっと抱いており、その世界へ行けたらいいのにという思いから今まで数々のゲームを作り続けてきました。ですが私はもう一つ抱いていた物があります。――もしも、この現実の世界自体がそうなったらいいのにと……皆さんはそう思ったことはないでしょうか?」
パチンと指がなる。それを合図に会場内に緑の木々が生え始め、花びらが風に乗って舞い散りだす。
それら全てはホログラムで作られたものですね。
「……ARのようなゲーム展開をするつもりなのでしょうか?」
「そんなちゃちゃなものじゃないよ。まさしく仮想の世界を現実に持ってこようとしているんだよ、あいつは」
「なんというか、スケールの大きな話ですね。実現するとしても何年も先になりそうです」
「でも、面白そうだろう?」
青い蝶が飛び回り、一匹が私たちの前に来ました。蝶は私が持っていた先ほど貰った花の上に止まる。
生花のそれに止まる蝶はホログラムです。掴むことはできません。
ですが、もしもこのホログラムの存在が質量を持って実在するようになったなら、偽物とは言えなくなるでしょう。
……彼女の言葉は否定はしませんね。
もしもSSOの世界のようなことが現実でも行えるようになったなら、それはそれで楽しそうかなとは思います。
「あいつはいつかこの世界を変えようという理想を持っている。……同じような理想を持つものとして、私も応援したいのさ」
そう語る彼女の目はキラキラと輝いていました。
『さて、次のプロジェクトに欠かせない協力者を紹介しよう。ノア・インダストリーのCEOにして、あのサポートロボットの開発者である――』
「おっとそうだった、私の出番だった」
「……出番があるならなんでここにいるんですか」
「仕方ないだろう、君を見つけてしまったのだから」
ステージ上から名前を呼ばれて彼女が慌てたように走っていく。
幸いにもここはステージとそう離れていないのですぐに向かうことはできるでしょう。
「じゃあ行ってくるよ、クロエ」
「ええ、いってらっしゃいませ」
私はステージに向かって走っていく彼女の背を見送りました。
「……クロエ?」
ふと、その名前を呼ばれて振り返るとサングラスの大柄の男……あの俳優さんがいました。
「あぁすまない。なんというか、知り合いと同じ名前だったからつい」
「いえ、別に。でも私はクロエという名前ではありませんよ」
「えっ? でもさっき……」
「名字が黒枝という名前でして。クロエはあだ名みたいなものです」
といっても現実でこのあだ名で呼んでくれるのは、あの人しかいないんですけどね。
「なぁ、その……さっきから思っていたんだが、俺たちどこかで会ったことないだろうか?」
「口説きにしてはありきたりな台詞ですね」
「口説きじゃないんだが……」
「まぁ、はっきり言えば会ったことはありませんよ」
映画で一方的に顔を見たことはありましたが、私がこの俳優さんと実際にこうして顔を合わせるのは初めてですね。
「そ、そうか……」
予想が外れたといった様子。でもそこまでがっかりもせずに彼は持ち直しました。
「ところで一つお願いしてもいいでしょうか?」
「なんだろうか?」
「――サインをくれませんか?」
電子色紙を差し出して、にっこりと笑顔を作って私は言いました。
◆ ◆ ◆ ◆
「戦争大変だったみたいだね~」
「ええ、とっても大変でした」
今日もSSOにログインするとちょうど店のほうにミランダさんが来ていました。
戦争の時、ログインしていなかったミランダさんにその時の様子を聞かれたので、彼女とお茶をしながら話すことになりました。
「戦争に勝利したのは我が主君の活躍のおかげでござるよ!」
「ええっとクロエちゃん、この人は? 新しい従業員さんみたいだけど」
「そんなものです」
そう言えばミランダさん、彼女とは接点がありませんでしたね。
「そんなものとはあんまりな! 私は主君に仕えし忠実で一番頼りになる有能な忍びでござるよ!」
「自分で有能って言わないでください」
どうしてツバキさんがうちの店で働いているかと言うと、主君の店で働くのは当然のこととして店に勝手に押し入られて……いえ、自発的に手伝ってくれるようになったんですよ。
まぁ有能なのは否定しませんし、ただで働いてくれて困ることもないのでそのままにしています。
「じゃあ、あっちの白髪の子も?」
「あの子は拾い物です」
ニルと一緒にカウンター席でアールお手製のケーキを食べているミーティアを指したので、そう答えました。
「ニル、これおいしい」
ミーティアの言葉に、ニルはうんうんと何度も頷いていました。そして今度はこのケーキを食べるのだというように皿をくちばしで突く。
……ひな鳥に餌をやっているように見えますね。
しかし、あのニルが食べ物を分けるとは。
おいしい物を知らない彼女に、食の楽しさを教えているようでした。
あのミーティアがどうしてここに居るのかと言うと、戦争後になんと黄昏の森の中で迷子になっているところを見つけたのです。
なんでも逃走中にオズワルドと逸れてしまったようでした。ちなみにそのオズワルドは捕まって投獄されたようです。
そのまま放って置けば彼女も仲間扱いを受けて投獄されそうだったので、私が匿っておきました。……まぁ彼女が私のリアフレだからという、私情込み込みでもありますが。
「なんであれ、こうしてお茶が楽しめるのはクロエちゃんたちのおかげね。街を守ってくれてありがとう」
「いえ。……その言葉、今度ラッシュさんたちが来たら言ってあげて下さい。彼らも頑張っていましたから」
「分かっているよ~」
無事に街も守り抜けましたし、封印も守れました。
仲間もちょっと増えました。
それになんといっても。
「……ふふ」
あれからつい、何度も称号一覧を見てしまう。
とある称号が戦争後に変化していたんですよ。
「どうしたの、クロエちゃん?」
「いえ……あら?」
ミランダさんに返事をしようとした時、森の奥地に侵入者が現れたことを示す通知が来ました。
「すみません、ちょっと用事を思い出しました。……店番頼みましたよ、アール、ツバキさん」
「分かったよ~! いってらっしゃい~」
「了解したでござる! 命に代えても店を守るでござるよ!」
そんな二人とアールに見送られながら、森の方へいきました。
――黄昏の森には一人の守護者がいます。
かつては草の魔女なんて呼ばれてもいました。
ですがヒストリーのとある動画がきっかけで別の呼び名が付きました。
「おい、あれって……」
「やっぱり! 【黒き魔女】だ!」
私を見たプレイヤーらしき二人がそう言いました。
なので私はいつも通りに声をかけました。
「こんにちは。こんな森の奥地でどうしましたか? 迷子であれば案内しますよ」
この地に住まう【黒き魔女】――クロエとして。
これにて完結となります。ここまで読んでくださりありがとうございました!
ちょっとしたあとがきは活動報告のほうにあります。