129・またどこかで
ラプタリカ王国とスワロ王国の戦争は終了しました。
主戦場となった両国の国境付近ではスワロ王国側の勝利だったようです。
そしてこのダイロードの戦場もスワロ側の勝利でした。
あの後、スワロ王国の援軍が到着するとラプタリカ軍を退け、占領されていたシートリンクの奪還を行いました。
ラプタリカ軍は諦めて撤退を始めていたので、奪還は簡単だったようです。
シートリンクは無事に取り戻せました。
裏切り者であるシートリンク領主の息子ガラドラは捕まり、ラプタリカ王国とは一先ず停戦協定を結んだようです。
これから両国がどうなるか分からない所ですが、しばらくは平和が続きそうですね。
「あー魔女ちゃん! 本当に助かったよ! あんたがいなかったらダイロードの街は取られてたかも知れないからね!」
「いえいえ、私もダイロードの街は守りたかったものですから」
ダイロード領主のアンジェさん……いえ、ジョンさんが私を見つけるなりそう声をかけてきました。
またロールをしていない……と思いましたが、ここならあまり心配がありませんでしたね。
私たちが今いる場所は【幻影の街】ですから。
スワロ王国は今回の勝利を記念して、一足早めにこちらで戦勝パーティをするという話を聞いたのでやってきたのです。運営が企画したものではなく、ユーザー主催のものなので規模としては小さいですよ。
「スワロ王国の奴らめ! 次はこうはいかないからな!」
「何度来たって返り討ちにしてやるよ!」
ちなみに同時開催でラプタリカ王国による戦争反省会パーティなるものも開催しているそうです。
そんな感じなので、街のあちらこちらからは今回互いに戦ったであろうプレイヤー同士の言い合いが飛び交っていました。
「いやぁ……それにしても凄かったなぁ。あんないっぺんに敵をなぎ倒していくなんて」
「あれはやりすぎとも言えそうだけどな」
やれやれと肩を竦めながら現れたのはカイルさんでした。
「でもあれ、本当に凄かったですよ! 見ていて気持ちがいいくらいでしたし」
「俺は見てないけど、見なくてよかったかも……」
そしてその後ろにはツバキさんとライトくんの姿もありました。
「おや、二人が並んでいるとは……。仲直りでもしたのですか?」
「はい! そうなんですよ!」
「いや、俺は許した覚えはないけど!?」
「え……そんな……。確かに悪かったとは思っているけど……これからは仲間として気兼ねなく一緒に遊んだりできると思ったのに……やっぱり許されないですか……」
「うっ……。いやまぁ、剣はもう戻ってきたけど……けど……」
しゅんとした表情をしてツバキさんが言うと、ライトくんは明らかに困ったようにどもっていました。
「それならツバキさんはこれから償いとして、ライトくんのお手伝いをすればいいのではないでしょうか?」
「それだ! ……いや、コホン。クロエの言う通りだ、悪いと思うなら俺の手伝いをしてくれ」
「……手伝いって何を?」
「その、ダンジョンとかの攻略だな」
「――! はい、もちろんです! ではこれから何か困っていることがありましたら、いつでも呼んでください!」
何事も建前は必要ですからね。手伝いということにしておけば、これで一緒に遊べるでしょう。
「あっ! もちろん主君のことは忘れておりません! そちらも何かご用命があれば、ツバキは馳せ参じます!」
「……ええ」
ツバキさんが私に向かって跪いて頭を下げる。……そういえばそんなことになっていましたね。
「ほら飲め飲め! 勝利を祝おうじゃないかのぉ!」
幻影の街もアップデートがされ、現在では町中で飲食も可能になりました。
なのでビールジョッキを片手に騒いでいる人もいたのですが……。
「あなたたちも来ていたんですか……」
「当たり前だ。私たちだって戦争に参加したのだからこのパーティにも参加する権利がある。仲間はずれはよくないであろう?」
機嫌良く返事をしながらビールを飲むルシールさん。隣にはアールと……。
「今回はあなたもですか、ニル」
食べ物あるところにニルありとは本当のことだったようです。
もうすでに料理を食べ始めているニルがいました。
どうやらこの街でパーティをするという噂を聞きつけたのはプレイヤーだけではなかったようですね。
よく周りを見ればルシールさんたち以外にもNPCがおり、彼らもプレイヤーに混じってどんちゃん騒ぎをしていました。……ちゃっかりしていますね。
「ずいぶんと飲みますね、ルシールさん」
「あっちじゃ酒は飲めないからのぉ」
ゲーム内では飲食が可能になったとはいえ、幼女姿では酒は止められるでしょうからね。
こちらでは老婆姿なので誰に止められる心配もないでしょう。
「唯一残念なのはあっちに戻ったら飲んだ記憶は忘れることだけど!」
そうルシールさんが言った時、アールがそうだったというようにがっくりと肩を落としました。
……あぁ、もしかして。今食べた料理を自分で再現できないか、考えていましたね?
さっきから妙に熱心に料理を食べているなぁって思っていたんですよ。
ニルみたいに大食いというわけでもないアールがそうしていたので不思議に思っていました。
向こうに戻ったらそれとなく、この料理について教えておきましょう。
そんな感じで飲めや歌えやな集まりに私も興じることになりました。
「それにしても……」
さっきから周囲の目線が突き刺さる。どうしてこんなにも注目を浴びているのでしょうか?
はっ! もしやついにクロエがアイドル的な人気をもつようになったのでしょうか!
そう思って、周囲を見渡しているとこちらを見ていた一人と目が合いました。
微笑みかけると、その人は慌てて目を逸らして逃げていく。
恥ずかしがっている……いや、なんというか、怖がっているような感じでした。
「なんですか、あの怖がりようは。こんなにも可愛い少女に対して失礼ではありませんか」
「いくら外見が可愛くても、千人もの兵士を一人でぶっ飛ばしたんだから怖がられて当然だろ。お前、巷でなんて言われているか知っているか?」
「……草の魔女ですか」
「今は違うぞ」
やれやれと言った風に肩を竦めて、近くで飲んでいたカイルさんがウィンドウを開いてこちらに見せてきました。
「【姿の見えない殺戮者】【火力お化け】【黒い死神】……なんですか、これ?」
「今回の戦争でクロエに付いたあだ名だよ」
「……もうちょっと可愛くて格好いいものがいいです」
草の魔女よりはマシですが、なんというかあまり好きじゃないです。
「お前に可愛いあだ名なんて付くわけないだろう、諦めろ」
「そうだとしても魔女という要素を入れてほしかったですよ!」
しかもあんなに恐れられるなんて……。これではアイドル人気は無理じゃありませんか!
「くっ……せっかくサインの練習をしたというのに!」
「してたのかよ」
「――なら、僕にサインをくれるかい?」
「もちろんですよ!」
私にサインを求めてくれる人が現れたと思ったら、赤いフードを来た赤髪の少年がそこにいました。
「なんだ、イグニスさんじゃありませんか……」
「そこで露骨にがっかりしないでくれない? わりと傷つくんだけど」
イグニスさんには何の罪もないのですが、仕方ないじゃありませんか。
さっきまで殺し合いをしていた相手と同じ容姿をした人からそう言われるのですから。
「クロエ、先程ぶりですね。戦争お疲れさまでした」
「お疲れ様だ。今回は素晴らしい動きだったな。我々もここまでこっぴどくやられるとは思わなかったよ」
「ミーティアにオズワルドさんも、そちらもお疲れさまでした」
イグニスと連れたって現れたのは親友のミーティアとオズワルドさんでした。
「そちらも色々とやってくれましたね。しかもミーティアは勇者の力に匹敵する力を持っていただなんて……」
「わたくしもまさかそんな力を持つキャラをすることになるなんて思いませんでしたわ。でもわたくしではまだまだ使いこなせず、宝の持ち腐れでした」
次はもっと練習して使いこなしてみせます! とやる気を見せるミーティア。
……ゲームに慣れていったら彼女は強くなりそうで、次にもし戦うことになったら勝てるか分からないですね。
「くっ……しかしイグニスが死ぬだなんて……最低でもクロエに負ける程度だと予想していたのに」
オズワルドさんがちょっと悔しそうにつぶやく。
平然とこの場にいますが、イグニスはさっきの戦いで死にました。ここは幻影の街なので死亡したキャラがいても不自然ではありませんが、ゲームでは死亡しているのでもう出会うこともできないキャラです。
「私もびっくりしましたね……。あんなあっさり死んでくれるとは思わなくて」
「そう?」
「できればもっと醜く命乞いとかして欲しかったですよ」
「あはは。まぁそのほうが悪役らしいかもしれないけど……イグニスはそんな悪役キャラじゃないからね」
まぁ……わからないわけではありませんね。
使い魔になって延命し生きるルシールさんを否定していた“イグニス”なら、自身の死に対しても同じ想いを抱くでしょうから。
「にしても結局、草を食べられるとは思わなかったよ。でも最後の感じは悪くなかった。あのレディブラックのような黒の貴婦人――いや魔女らしかったよ」
「それは本当ですか!」
魔女らしいと言われました。あぁ、嬉しいですね!
以前と同じように草を食べたのですが、確かにちょっと見せ方は変えてみましたから。
「最後にいい演技ができたよ。これもクロエのお陰だ。ありがとう」
「こちらこそ。とても憎らしいキャラでした。できればもう二度と出てきてこないでくださいね」
「ふふ、悪役冥利に尽きる言葉だ」
そう言ってイグニスさんと握手を交わす。
これでイグニスとして出会うのも最後かと思うと、ちょっと寂しくはありますね。
「うむむ……ここで死なすのは惜しいキャラだ。なぁ、実は生きていたという設定でやらないか? それもまた悪役らしくないか?」
「イグニスが生き返るとか解釈違いだからダメだね」
「むぅ……ダメか。せっかくまだ後少しは稼げそうかと思いったというのに」
ちょっと諦めの悪いオズワルドさん。まだ稼ぎたかったのですね……。
「こいつはこう言っているけど、次会う時は違うキャラだろうから。もし会ったらその時はまたよろしく」
イグニスというキャラは死にましたが、中の人まで死んではいませんからね。
次に出会う時はどんな人でしょうか、ちょっと楽しみです。できれば敵でないといいですね。
「そうだった。サインくれるんでしょ?」
「……本当に欲しかったんですか」
「当たり前でしょ。僕は結構、キミのファンだよ?」
冗談とも本当も分からない笑顔で、イグニスが手を差し出してくる。
まぁ欲しいと言ってくれる分には嬉しいので書きますよ。
「はい、どうぞ」
「へぇ、綺麗な字だね。……人間味がないくらいに」
「……それは褒め言葉なのですか?」
じーとこちらを見つめたままでしたが、彼はまたにっこりと笑いました。
「言い方が悪かったね。バランスの取れた美しい字で、お手本のような字だよ。美しく整っているものほど、人間味が薄れていくものだからね」
よくわからない褒め言葉を言われてしまいました。
まぁ、喜んでいるのでいいでしょう。