127・若者の人間離れ(故意)
そんな何言ってんだこいつ? みたいな声で聞き返さないでくださいよ。
大体、あのレベルの人外なら別ゲーにいっぱいいるではありませんか。
反応速度が速い人の中にはもう一つの理由……サイキック・ソニックという速度特化の人外ゲーと呼ばれたゲームの猛者、もといプレイヤーだったというものもあります。
速度特化のゲームの中でも強者はいるものです。
その優劣を決めるのはやはり、プレイヤースキルでしょう。
『相手が化け物なら、こっちも人外レベルに動けばいいということですよ。その上で相手の意表を突く行動をすればいい』
『いや、理屈は分からないこともないけど、俺にその動きを期待されても無理だからな!?』
『だから私がサポートしますよ。見たところライトくんは動きは悪くないですし。私の指示にも付いてこれそうですから。その通りに動いてくれればいけますから』
『クロエの指示で……動く?』
『そうですよ。まぁこれはちょっと反則技なんですけどね』
カイルさん相手に剣を振り回すミーティアの姿を見る。
……うん、あの動きをするならいけますね。
『なぁ……本当に俺がやるの? ツバキじゃダメなの?』
『貴方は自分の剣を盗んだ相手に取り戻してくれることを期待するのですか?』
『いや……できれば取り戻したいけど……あれ相手に向かうの怖いんだけど……』
『大丈夫ですよ。失敗しても生き返りますし、ちょっとふっとばされるだけですから』
『他人事だからそう言えるんだろ! お前がやれって言われたらどうすんだよ』
『もちろん、やりませんよ』
私はきっぱりと答えます。するわけないじゃないですか、そんなこと。
尋常じゃない動きをする刃物を持った相手に立ち向かえなんて、私には無理ですね。
『てめぇ……自分にできないことを人にやらせるのかよ……!』
『ええ、だから私はやりません。その時は別の方法を探しますよ』
『別の方法があるなら言えよ!』
『話を聞いていましたか? 私の場合なら別の方法を探すのです。私の真似をするなら、貴方が別の方法を探すのですよ?』
例えば今のこの状況のように。
ライトくんをけしかけて、ミーティアをなんとかしてもらおうという感じのようにね。
『俺が探すのかよ……くそっ』
うんうんとライトくんが唸って考えているようですが、この様子だと別の方法は出てきそうにないですね。
『どうしてもと言うならツバキさんに頼みますが……まぁ成功率で言えばライトくんの方が高いですよ』
『えっ……なんで?』
『なぁ! まだか! 俺はもうそろそろ限界なんだが!!』
と、おしゃべりしている暇はありませんでしたね。そろそろカイルさんが限界のようです。
盾やスキルを用いてミーティアの攻撃を防いでいたようですが、スキルのクールタイムの感覚を掴まれたのでしょう。
スキルが使用できない隙を狙って攻撃を仕掛けられていました。
でも、カイルさんがなんとかその攻撃を回避できたのはプレイヤー経験の差でしょう。
しかし、あの様子だと次はないですね。カイルさんもそれが分かったから、限界だとこちらに伝えてきたのでしょう。
「あぁもう! 仕方ないな! それで俺はどうすればいいんだよ!」
通信を切ってライトくんが叫ぶ。
声自体はニルを通して拾えるので、現場で言われても問題ありません。
やる気を出してくれたようで良かったです。
ということでこちらも貴方を全力でサポートしましょう。
「……今度はあなたが相手?」
カイルさんと入れ替わるようにライトくんがミーティアの前に躍り出ました。
真正面からの特攻。これには少し驚いた様子。
ライトくんは手にした剣で斬りかかりに行く。
その剣はどこでも見るような一般的な剣。
彼女の持っている勇者の剣とは天と地ほども、性能も見た目も差があります。
そんな剣から繰り出される攻撃なんて、防ぐ必要もないでしょう。
ミーティアはシールドで守られ、けして傷つくことはないのですから。
『左方向からの袈裟斬り。身体を右にズラして回避してください』
ミーティアは棒立ちのまま、ライトくんに攻撃を繰り出しましたがその攻撃は回避されました。
『今度は水平斬り。しゃがんでください』
紙一重で避けたライトくんに追撃を入れるように水平斬りをしましたが、彼にしゃがまれてかわされた。
『真上からの斬り下ろし。バックステップで回避してください』
しゃがんだライトくんを白銀の剣が追うように真上から落ちてきますが、それもすぐに後ろに下がられてかわされる。
「すげぇ。なんでお前、攻撃を先読みできるんだよ!?」
『動きが速いだけで攻撃動作自体は単調なんですよ。次、真正面からの突き攻撃。左ステップで回避』
ライトくんが驚きながらも、こちらの指示に従って突き攻撃を回避していく。
傍から見れば超高速で振り回される攻撃を、これまた超高速でかわしているように見えるでしょう。
人間の動きとは思えない速度で。
攻撃が速いとは言え、ミーティアの攻撃はちょっと観察しただけでわかるぐらいに単調なんです。
数パターンしか攻撃方法がないのです。
一昔前のゲームで、攻撃ボタンを押したら同じ攻撃モーションしかしないキャラと同じ感じですよ。
だからツバキさんも、カイルさんも対応ができたんです。
まぁ、恐ろしく攻撃モーションが速いので、初撃を見切れなかったら終わりなんですけどね。
二人が相手の動きが分からない状態でも対応できていたのは、元々のプレイヤースキルが高かったお陰でしょう。
動きを見切ってからは二人とも難なく攻撃を回避できていましたし。
まぁカイルさんはちょっと回避するには速度が足りなかったので、防御や無敵のスキルなどで攻撃の無効化を狙っていたようでしたけど。
寸分の狂いもなく、同じ攻撃しかしてこないのでできたことでしょう。
ミーティアは初心者です。それもゲーム自体が初めてです。
そんな子が一ヶ月も満たない期間で、握ったこともなかった剣の腕が急に上達するわけがありません。
本当にただ剣を振り回しているだけです。
持っている剣が勇者の剣で、公式チート級の力を持っていたからちょっと倒す難易度が跳ね上がっていただけのこと。
「でも回避ばっかりでどうすんだよ!」
『あぁ、すみません。この先を考えていませんでした』
「はぁっ!?」
ライトくんが驚く声で返してくれる。予想通りの反応をありがとうございます。
確かに回避はできていますが、こちらに攻撃手段はありません。
相手は未だ、強固なシールドで守られているのですから。
そのバリアを解こうにも、ライトくんの剣じゃ破れないでしょう。
それにいつまでも回避し続けるのは無理です。
――だって動きを覚えるのは相手だって同じですから。
「……っ!? おい、今の攻撃あたりそうだったんだが!?」
『徐々にこちらの動きを学習してきているので当然ですね』
何回も同じ攻撃を同じように回避されれば、回避するパターンもわかるものです。
それでさっきツバキさんがやられたんですよ。回避パターンを読まれたから。
カイルさんも途中から気付いたのでしょう。
自分の動きを読んで攻撃を仕掛けるようになってきたのですから。
ミーティアの動きがたとえ単調な動きでも、相手の行動を先読みすれば攻撃を当てられるでしょう。
私たちが彼女の攻撃を回避してきたように。
こういったことは普通の人よりも彼女は得意でしょうね。
そういったデータマイニングはお手の物ですから。
『次の攻撃、たぶん回避できません。完全にこちらの攻撃を読まれています』
「諦めるのかよ……! 俺が死ぬじゃねぇか!」
『死にたくないなら、あなたが考えるべきです』
さて、彼女の攻撃が飛んできました。
振りかぶった大剣、それを私なら右に少し身体を捻って回避するところですが。
「クソが! お前の命令を聞いた俺が間違いだった!」
ライトくんはその剣の攻撃をなんと飛び上がって避けました。
ええ、避けてくれましたよ。回避はできないって言った攻撃を。
「俺の剣を返しやがれ!!」
「な、何をっ!?」
そのままなんと飛びかかるようにして大剣の刃を掴みました。まるで野猿のような身のこなしで。
この行動は予想外なようで、ミーティアも驚いていました。
今までのライトくんの行動パターンからこんなことをするなんて思っても見なかったはずです。
そうでしょうとも。だって今まで彼女が見てきた行動は、私の指示で動いていたライトくんだったのですから。
つまり、ミーティアは私の回避パターンを覚えていただけなんですよ。
そして行動を覚えたと思った矢先に、まったく予想もしてなかった行動をされれば混乱もするでしょう。
だって今まで覚えていたのは私という他人で、目の前の人物の行動ではなかったのですから。
彼女にとっては突然、別人と入れ替わったようなものでしょう。
この方法が成立するのに前提する条件が色々必要でしたけどね。
彼女の速度に付いていけて、さらに言われた指示を素早く理解し行動する、そのための反応速度の速さ。
加えて、まだ彼女に行動パターンがバレていない人物であること。
先程、ツバキさんよりライトくんのほうが成功する確率が高いと言ったのはこれが理由です。
ツバキさんはすでに行動を読まれてしまっていたので、この手が使えなかったのですよ。
それに――。
「あなたなら、予想もつかない別の方法をしてくれるって思っていましたよ」
まさか剣を掴んでくれるとは思いませんでした。触れるだけでHPが消し飛ぶような攻撃をしてくる剣をよく掴めたものです。
ちょうど攻撃が終わった状態の時に掴んだからダメージがなかったのでしょうね。
良いことに、武器が掴まれたせいでミーティアは【拘束】状態となりました。
この状態ではスキルの発動はできません。解除するには剣を掴んだライトくんをどうにかするか、剣から手を離さなければなりません。
「はっ! お前って意外と力がないんだな!」
ライトくんの言うように力の差はどうやら彼のほうが上のようです。
レベル差もあるのでしょうね。
ミーティアが高レベルだと思えないので、きっと素のステータスはライトくんより下でしょう。
「……この剣はあなたの物なのですか?」
「あぁ、そうだよ! だから返せってさっきから言って――」
「了解しました。では、お返しします」
「へっ?」
あっさりと。そう言ってミーティアは剣から手を放してしまいました。
剣を引っ張っていたライトくんはそのまま後ろに尻もちを搗くように倒れました。手にした大剣と共に。
「な、何をしているんだ貴様は……」
「この剣が彼の物とおっしゃっていたので、お返ししただけでございます。オズワルド様」
この行動にはオズワルドもびっくりした様子でした。
対してミーティアは何がいけないのだろうと首をかしげていました。
「何かおかしかったでしょうか?」
「……いいえ、ミーティア。あなたは正しいことをしました」
「そうですか、それはよかったです」
ミーティアは生まれたばかりのホムンクルスです。
言ってしまえば、まだ善悪もよく分かっていない子供なのでしょう。
それにあの剣の重要度のこともよく分かっていない様子。
だからライトくんに返せと言われ、素直に従ってしまったのでしょうね。
その時、味方の通信が入ってきました。
どうやらダイロードの街に入り込んでいた赤フードの連中は掃討できたようです。
オズワルドも連絡を貰ったようで、さらに顔色を悪くさせていました。
「間が悪いな……! 仕方ない、剣は諦めて行くぞ」
「待て! 逃がすか!」
「クロエ、僕たちは彼らを追うけど君は……」
「こちらは大丈夫です。追ってください」
逃げようとしていくオズワルドとミーティアをカイルさんたちが追っていく。
まぁなんであれ……厄介な相手は無力化できましたね。
一応、あのシールドを壊す手はあったのですが、その必要はなくなりました。
街の中に入り込んでいたネズミも掃討したので、これでこの戦場は大丈夫そうです。
「あははは! そういえばミーティアにあの剣を渡しちゃダメって言い聞かせてなかったなぁ」
……いえ。訂正します。一人まだ赤いネズミが残っています。
それも、一番面倒な奴です。
あのミーティアとの戦いの中、気付けば彼だけは姿を消していました。
「そろそろ来るんじゃないかって思っていましたよ、イグニス」
きっとミーティアが開けた亀裂から入ってきたのでしょう。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる彼の姿がありました。