126・そして勇者も後から来るものです
『おはようございます、ライトくん。よく眠っていたようですね?』
『あぁ、本当にいい眠りだった……じゃなくて! なんでこんな朝っぱらから戦争なんてしてんだよ!!』
『仕方ないじゃないですか。世界のどこもかしこもが朝というわけではないのですからね』
寝起きらしくてちょっと機嫌の悪いライトくん。私に言われても戦争を始めたのは向こう側ですからね? 文句なら敵側に言ってください。
「それより……そこのあいつが持ってるのは大剣レックスだろ! なんであいつが持ってんだよ。しかもなんで俺より使いこなしてんだよ!!」
彼女が大剣を所持していることに関してはツバキさんルートで手に渡ったと考えられます。
でも、確かに勇者の力がなければ扱えない剣を扱える理由については不明です。
彼女も勇者の力を持つものという理由が一番先に思いつく理由でしょうが……。
「……本当に謎です。全く分かりませんね」
――まぁなんとなく彼女があの剣を使える理由について、心当たりがないわけではないのです。
ですが……それは言えないんですよね。
だってそれらの情報を手に入れたのは全てゲーム外での会話からでしたから。
私が知っていてもクロエが知らないことを……ここで話せるわけないじゃないですか!
「フフフ……フハハハ!! それは私の最高傑作の力がそうしているのだよ!」
唐突にその場に高笑いが響く。また森に侵入者があったようで、木陰から一人の男が現れました。
ミーティアたちと揃いの赤ローブを外套のように羽織り、その下には【星の教会】の神官を示す紺色の神官服。
着ているものが宗教混在なら、着ている本人も種族が混じるハーフエルフの男。
赤き混沌の使徒団の一人、オズワルド。こっちで見るのは久しぶりですね。
「……最高傑作ですって?」
「そうだとも! あれは私が作ったホムンクルスだ。だが、ただのホムンクルスではない。【神の涙】をコアにした特別製……! その力を体に宿すあれは勇者と同等の能力を持つ……故に星の力を持つ大剣レックスを扱えるのだよ!」
なるほど、そういうことでしたか。
【神の涙】を動力源にした、人造人間。
ゴーレムもコアがあるのとないとでかなり能力差があり、コアとするものが良いものなら作られるゴーレムの性能も良くなります。
ホムンクルスもそうなのでしょう。しかし、【神の涙】をコアとするにはあまりにも破格級ではありませんか。
使っているコアはウィラメデスから出てきた、あの時の【神の涙】でしょうね。
しかしまぁ……【神の涙】に関係するホムンクルスだと聞いていましたが、ここまでとは。確かにこれだと全てなかったことにするなんて難しいですね。
でもこれで、クロエが知らない情報を口から滑らせる心配をしなくてよくなりました。
正体不明の力でピンチな時、悪役が律儀に理由を説明してくれるのはよくあること。
さすがオズワルドさん。あなたならやってくれるって思ってましたよ!
「教会の分からず屋のクソどもにも見せてやりたいものだ。貴様らが異端と否定した私の研究の成果を! 勇者計画はここに完成された!」
そういえば、オズワルドは確か教会から追放された神官でしたね。
追放された理由がこのホムンクルスの研究だったのでしょう。
実質これは勇者を人工的に作り出しているものですからね。
「よく分かんないけど……あいつがすげーやつなのは分かったよ。でも正直、そんなのどうでもいいから、とにかく俺の剣を取り戻したいんだが!」
「そうしたいのは山々だけど……簡単に倒せるような相手じゃなさそうだね。ツバキもやられたみたいだし」
「えっ、ツバキいるの?」
「今その話をするとややこしいので後にしてください、ライトくん」
そんな話をしている間に、ミーティアがまた動き始めました。カイルさんが前に出て対応する。
「イグニス、手を出すな。アレの性能を見たい」
「別に構わないけど……。というかオズワルド、どうしてキミがここにいるんだい? 指揮はどうしたんだよ」
「私の実験体の様子が気になってな。安心したまえ、指揮は他の者に任せてきた」
イグニスが援護に入ろうとしていましたが、オズワルドに止められていました。
よく分かりませんがこれはこちらにとって好都合ですね。
「カイルさん! しばらく足止め願えますか! ライトくんはちょっと待機で」
「了解した!」
「え、なんでだよ!?」
「強力なシールド持ちで勇者と同等の力を持つことで大剣レックスを扱えて、さらに反応速度が尋常じゃないあの化け物を倒せる自信があるならどうぞ」
「…………無理です」
無防備に突っ込んで倒せる相手じゃないですよ、あれは。
攻撃の殆どを打ち消すシールドについては……ウィラメデスの中にあった星石を持つホムンクルスなら納得です。ウィラメデスもシールドを使っていましたから。
となると攻略法も同じはずですが、図体がデカく動きの遅かったウィラメデスの時とは違う。
対象は小さく、そして動きも速い。大きな一撃を撃ち込んでシールドを破壊しようにも、動きを止めるのが難しい。
そしてできたとしても、あの大剣がある限り攻撃が打ち消されてしまいます。
――まぁ攻略がないわけではないですが。
『カイルさんにライトくん、ちょっとオフレコで聞きますが使っているVR機種について教えてもらえますか?』
『はぁ? 今その話必要なのか?』
『必要だから聞いているんですよ』
『俺はCG社製のVRヘットギアだが……ライトは?』
『ノア社製の生体チップと連動のやつ……でいいのか?』
VR機種は現在、様々な種類がありますが圧倒的に多いのはヘッドギア型。
脳内のあらゆる神経情報をヘッドギアが読み取り、電子情報へ変換し仮想空間と同期させる。
この技術を最初に作ったのはCG社でしたか。当時は夢の技術とされたものを実現したと持てはやされていましたね。
対して生体チップ。これは厳密にはVR機器とは言わないのですが似たようなものです。
昨今、あらゆる技術と情報がデータ化した結果、情報の取得にメガネ型のデバイスが必要になりました。
そうした技術の発展で、情報デバイスをチップにして生体に埋め込む方法が思いつかれるのも当然でしょう。
体に直接チップを埋め込むということに嫌悪感さえなければ恩恵は高いですよ。
いちいちメガネはしなくてすみますし、中枢神経と情報を直にやり取りをするのであらゆるデバイスを抜いて脳との情報伝達速度が速いのです。
小難しい話はこのあたりにしましょう。
要約すると普通のVR機器よりも、生体チップのほうがあらゆる速度が速いのです。脳からの運動神経や視覚や思考情報が仮想世界へ伝達する速度も、その情報を受け取る速度も。
それがどういうことかっていうと、情報の伝達速度が速いということはゲーム内での反応速度にも影響があるわけです。
例えば、通信速度の遅い環境でレースゲームをしてみましょうか。
その状況だとコントローラーのアクセルのボタンを押しても、ラグが発生しその情報がゲーム側に届くまで時間がかかる。
そして結果が数秒遅れで反映される。ゲーム側の情報も、そのラグ分が自分のプレイ画面に反映され数秒遅れで映ります。
速度が速ければ結果が伝わるのも、動きが反映されるのも、リアルタイム並に速くてラグはないでしょう。
『なんとなくそうだと思いましたよ』
『なんで分かったんだよ……』
『近頃の若者の多くはそういう子が多いって話でしたから』
たぶん、ツバキさんもそうじゃないかなって思います。戦闘での反応速度がすごいですからね。
『よくできるな……俺はちょっと無理だ』
『あら、カイルさんはナチュラリストでしたか?』
『そこまで過激派じゃないが……まぁそんなところだ』
機械を体に埋め込むという行為を受け入れられない人はいますからね。
まぁとにかく、VRゲームの中でとことん突き詰めてラグを無くしたかったら、ヘッドギア型ではなく生体チップがいいんですよ。
世の中には例外がいますけれど。
今、目の前で暴れているのとかまさにそれですね。
『あっ待て……おい! その話聞いてまさかと思ったけどよ……こいつの中身って“新友”か?』
『おや、カイルさん。どうしてそう思ったんですか?』
『チップだとしても速度が段違いすぎるんだよ!』
よく分かりましたね、カイルさん。彼女が“新友”であると。
“新友”というのは人にとっての“新しき友人”たる彼らの別称です。
彼らは法律上は人間なのでこういう表現がされています。
表立ってあの存在であると明言できないんですよ。なので私も友人の正体については明言しません。
VRゲームにおいて反応速度が段違いに速い人の理由はいくつか通説があります。
生体チップか、新友か。
生体チップはさっき言った通りです。
新友については言わずもがな。元々の作りが違いますからね。
『なぁ……あいつ倒せるのかよ』
『おや、ずいぶんと弱気ですね。剣を取り戻すんじゃなかったんですか?』
『そうだけどよ……』
『私がなんのためにあなたのVR機器を確認したと思いますか?』
『まさか俺に倒せっていうのか!? 確かに俺はチップ使ってるけど……』
ゲームに置いてマシンスペックで優位に立つことはできるでしょう。でもその差なんて微々たるものですよ。覆そうと思えばできます。
その証拠に今はカイルさんが相手していますが、まだ落ちていない。
プレイヤースキルでカバーできる範囲です。
ただアレを倒そうとするなら両方いりますね。速度とプレイヤースキルの両方が。
『大丈夫ですよ。とりあえずライトくんには一回人間をやめてもらいますね』
『は…………?』