123・敵の敵は味方
SSOの戦争においては【星の石碑】の力を削るのがルールとなります。そのために敵軍を倒していき、蘇生させる【星の石碑】の力を一定量まで減らすのです。
そして石碑が蘇生するのは何も前線で戦う兵士だけではありません。戦闘に参加しない一般人だって含まれています。
なので、敵兵を倒さず敵国側の一般人を倒しまくることでも石碑の力を減らせるのです。しかも兵士と違って非戦闘員が多いですから、実に簡単に倒しやすいのでお手軽です。
「だからって本当にするとは思いませんでしたけど……」
ダイロードの街に現れた赤いフードの一団は容赦なく住人たちを襲っていました。現に結構な人がやられてしまったようで、自軍の石碑の力がどんどん減っていっています。
いくら死なないとはいえ、戦う力もない人を一方的に殺すなんて見ていて気分のいいものではありません。まぁ彼らは悪の組織ですから、こういった非道な手段でも容赦なく持ち出せるのでしょう。
『聞いていたとはいえ、まさか本当に出てくるとはね』
「被害の多いところはすでにピックアップしてあるので対応してください。手が足りなさそうな所はこちらのゴーレムも出しておきますから」
ルシールさんが街の状況を整理した情報をアンジェさんに渡しながら、次元の門を使ってゴーレムを街に投下しておく。ゴーレム落としの応用をここで活用させてみました。
『了解したわ。でもいつの間に入り込まれたのかしら……?』
「入り込んだんじゃなくて、最初から潜んでいたんですよ」
アンジェさんモードのジョンさんにそう答える。
――赤き混沌の使徒団。
彼らはこの世に混沌をもたらすためにあらゆる場所に潜んでおり、その機会が来た時のみに鮮血に濡れたような赤いフードを被って出てくる。
彼らはラプタリカ軍と繋がっており、前回のあれがハッタリではなかったとしたら……こうして出てくることは予想できました。
「被害が増えるごとに星の石碑に人が集まります。そこを襲撃されたらまた石碑の力が減ってしまいます」
『分かっているわ。石碑がある広場周辺を守るように指示は飛ばしたから。でも、敵を倒してしまえば叩き出せるから鎮圧優先でいいわね?』
「……そうですね、そのほうがいいと思います」
戦争地域にいる場合はいずれかの勢力に付くことがシステム的に定められています。
なので赤フードの連中はラプタリカ側でしょう。そうでないと味方同士は傷つけられないので、スワロ側に所属する住人たちを攻撃できません。
そして倒してしまえば、彼らの復活地点はダイロードの石碑ではなく、シートリンクの石碑です。一度叩き出してしまえば、もう街中には現れません。
なのでさっさと鎮圧したいところですが……。
「ラプタリカ軍が再進撃してきましたが……かなり散開していますね」
ニルの目を通して見える軍勢はさっきは一塊の紫だったのに今はバラけており、ドット柄のようです。
ダークバーストの対策はしてくると思いましたよ。でも門を攻撃する際はそこに集中せざるを得ないのでそこを狙えばいいでしょう。
問題は兵力差。今は街中の鎮圧にも兵力が回されています。この状態でさらに門を守らなくてはならないとなると正直厳しい。
「クロエ……街の面倒な奴ら、さらに面倒なことになっておるよ」
「どうせ赤い薬でしょう?」
嫌な予想ほどよく当たるものですね。
街を見れば赤い薬がばら撒かれているようでそれによって混沌化した住人が暴れだしたことで被害が増えている。
さらに今回は赤いフードの一部も混沌化している。こちらは理性を保った状態なところを見るに、改良した薬を使ったのでしょう。混沌化は異常なほどのステータスアップ効果があります。
今まではその力を得ても理性を失うのでうまく使いこなせなかったでしょうが、改良したことでデメリットがなくなっていました。
最近起こっていた一連の赤い薬事件はこのためにきっと実験でもしていたのでしょう。意味もなく貴重な薬をばら撒くわけありませんから。
幸いどちらも聖水の力で打ち消せるようです。その力をもったポーションはすでにアンジェさん側に売った分もありますし、それを用いれば大丈夫でしょうが……。
……どうにも、赤フード側の動きが良すぎるんですよ。数としてはそうではないのですが、良い動きをするものだから厄介この上ない。たぶん中身がNPCじゃなくてプレイヤーが多いからでしょう。
少数精鋭の伏兵をここに仕込んでくるとはね。
プレイヤーが多いというのは予想外でしたが、悪役をやるようなプレイヤーです。情報を下手に漏らさない人が多そうですし、こういった役にはぴったりですね。
敵の手に感心している暇なんてありませんでした。それにまだまだ不安要素が残っている。
まぁ、まずは目の前の現状をどうするかです。正直街側はアンジェさんやカイルさんなど自軍の味方に任せるしかありません。
人手に関してはもう手は打ちましたが……できればもう少しだけ人手が欲しいところです。
ひとまず、外の敵はこちらでできるだけ倒して……中に入り込まれないようにだけはして……。
「――クロエ!!」
次の魔法を唱えようとした瞬間、ヒュンっとした音と共に何かが飛んできた。それは私の胸を容赦なく貫通して突き刺さりました。
胸を見れば胸から細長い棒と矢羽が生えていました。――やられた。弓で狙撃されましたね。
この矢が何処から飛んできたかなんて明白です。私が開いた【ポータルゲート】です。
こちらの攻撃を通してくれるものでしたが、今回はあちらの攻撃も通してしまったのです。
さらに最悪なことに今の私はちょっとでも触れられても一撃で死ぬ程度に弱いです。なんでかって全力級の弾を打ち出すために十以上もの状態異常を付けたりしていますから、防御力はゼロ以下。紙装甲もいいところです。
私が死んだことでニルとルシールさんの召喚が解除され、一人残ったアールが私の近くでおろおろと慌てている。そんなに慌てないでください。どうせ生き返るのですから。今はそれよりも――。
「――ツバキさん、今の狙撃者、誰だったか分かりますね?」
『もう片付けたでござるよ』
「あら早い。さすがですね」
ツバキさんは今、戦場の上空にハクとともにいるでしょう。彼女は何をしているかというと、敵軍の中で驚異になりうる兵士を迅速に排除する役目をしてもらっています。早い話が厄介なプレイヤー殺しです。
プレイヤーというのはNPCよりも優秀ですからね。さっきみたいに狙撃でこちらに反撃してきたり、飛んでいるニルに気づいて撃ち落とそうとしてきたり、魔法自体を無力化してきたりするわけです。
なので事前にそういった者は彼女に排除してもらっていました。
『クロエ殿、大丈夫でござるか!」
「大丈夫です。もう復活しました。すぐに攻撃も再開できますよ」
私は【封印の星石】を復活地点にもできますからね。この場で即復活ができます。
しかもダイロードの石碑の力を消費しないので戦況に影響を与えません。
復活したのでニルとルシールさんを再召喚させて、立て直します。
再召喚されたニルはちょっと疲れている様子でした。これが終わったら好きなものを食べさせてあげますから、頑張ってください。
ニルはやれやれといった様子で次元の門から空に飛び立っていってくれました。
『クロエ殿……すまないでござる……。拙者がしっかりしていれば……』
「いいえ、こちらが油断していただけですから気にしないでください」
『そうはいかないでござる!!』
今の声はちょっと大きかったですね……。必死の声だったようで大声でした。
『拙者のことを信用してくれた友人を死なせてしまうとは……かくなる上は拙者の命を持って償いまする』
「そんな償いいりません。命を無駄にしないでください」
『なんと……このような拙者に慈悲を与えてくれるとは……』
いや、今死なれたら石碑の力を無駄に消費するだけですからやめてください。
それにあなたもクロエを殺したことがあるでしょうに。
と、思いましたが今はそれを言い出せる雰囲気ではないので黙っていましょう。
『やはり、クロエ殿は拙者が仕えるべき主に相応しい。……主君とお呼びしてもよいでござるか?』
「友人関係に主従関係は必要ですか? まぁお好きにどうぞ」
『……! ありがたき幸せにござる! 拙者、主君のため、この命をかけて頑張るでござるよ!』
だから命はかけないでください。いのちだいじに。
「それにしてもずいぶんと嬉しそうですね、ツバキさん。あ、これは純粋なプレイヤーとしての発言ですよ」
『えっ!? なんで分かるんですか?』
え、むしろあれでなんで分からないと思ったんですか? 嬉しさが溢れんばかりでしたよ。
『えへへ……やっと主君と呼べる人に出会えて、その人の為に忍びとして動けるんだって思ったらすごく嬉しくなっちゃって!』
そういえば前にそういう忍者になりたいって言っていましたか。クロエが主でいいのか分かりませんが、彼女の理想とするものに少しでも近づけたようで良かったです。
……あと、これは言わないでおきましょう。ハクの上で嬉しさに転がっているツバキさんの姿をニルを通して見えたなんて。
まぁこれでツバキさんが裏切る可能性は極めて低いことが分かりましたね。
さて、不安要素が少なくなったからといって状況が変わったままではありません。このままだとちょっとまずいかもしれない……。
「あら、ずいぶんとお困りのようね」
「ええ、本当に困ったもので――!?」
幼い声が聞こえてきたかと思えば、そこにはなんとリリちゃんがいました。お店で見かけた時と違って今回はちゃんとした小悪魔スタイルです。
「な、なんでここにいるんですか!?」
「なんでって入り口が開いていたからに決まってるでしょ~」
ちょいちょいと指す方向を見れば開けっ放しの次元の扉が見える。……魔法や敵の弓矢も通すくらいですから、人だって通ります。本来の使い方は移動用なので正しい使い方でもありますけれど。
上空に設置していたから油断しましたが、飛べるプレイヤーなら入り込めてしまえますね。とりあえず急いでスキルを解除して門を閉めておく。
「わぁ! すっごく綺麗な湖~! あの噂本当だったんだ~!」
湖を見て大はしゃぎするリリちゃん。面倒な子に入り込まれてしまいました……。
普段であればこの場所に踏み込めるのは守護者である私とルシールさんやアールなど限られた者だけ。
それ以外であれば結界がこの場所を隠すように守っているので誰も入れません。
ですが今回は内側に作った私の門のせいで、侵入を許してしまいました。
「お前さん……なぜここに」
「そんなに警戒しないでよ、ベルシーちゃん? 私は封印とか混沌には興味ないし~。あっあれが封印の星石なの? 綺麗ね!」
「興味がないなら、なぜここに来たのですか?」
ここを見られてしまった以上、守護者であると隠しても無駄なので隠しませんが、封印を害するものであれば話は別です。
「本当に興味ないんだってば! 封印が解かれたらこっちだって困るもん! それよりここ来たのはさっきの取引の話だよ」
「あぁ、あの共闘しないかということでしたか。でも正直、共闘することに意味がありませんし、それに赤フードの連中を倒したいなら勝手にやればいいではありませんか。こちらは止めませんよ」
「そりゃそうなんだけど……」
はぁと少しため息をついた後、仕方ないといった様子でまた話し始めました。
「リリは魔族だから……こっちの【星の石碑】からは弾かれちゃうのよ。死んだから魔界送り。正直ここまで戻ってくるのはすごーく時間がかかるの」
「はぁ、なるほど」
魔族側は星の石碑が使えない。蘇生はされるようですが魔界まで死に戻りしなくてはいけないのですね。今まで彼女が死んだところを見たことはありません、というか大抵ギリギリで逃げられている。
逃げていた理由がちょっとわかったかもしれません。できるだけ死なないようにしていたのでしょうね。
星の石碑に弾かれるということはつまり、この戦争どちらの陣営にも参加できないので、無所属として放り出されているようでした。
「正直戻ってくるのすっごく面倒なの。だから……ここの石碑使わさせてくれないかなぁって」
「ここの星石は封印用なので蘇生に使えません」
「嘘つき、今お姉ちゃんが復活してたじゃん! お願いだよぉ~! 使えるようになったら赤フードを遠慮なくぶっ倒せるし~お姉ちゃんにだって悪くない話でしょ?」
確かに人手がほしいのでメリットはありますが、この悪魔と手を結ぶのはできれば遠慮したい。
「それに、今回ラプタリカ軍側に他の魔族が協力しているみたいでねぇ。その派閥は現魔王とは対立している派閥なの。……あまりあっち側に勢いづかれちゃ困るから、私はスワロ側に付こうと思ったのよ」
「……そういう話は先に言ってくださいよ」
今の話でちょっとだけハードルが下がりました。なるほど、悪魔側には悪魔側の事情というのがあったのですね。
「できる限り言わなくていいなら、言わないほうがいいでしょう?」
目的がはっきりしないと何をされるか分かったものではないので、共闘もできませんよ。
「そういうことなら、特別に使えるようにしておきますよ」
「本当に!? やったー! ありがとうお姉ちゃん!」
「ただしこの戦争の間だけ、一時的にですよ」
「それでオッケーだよー!」
守護者権限で【封印の星石】から復活できるようにリリちゃんを登録してあげました。これでリリちゃんは死んでもここを復活地点に選んで蘇生することができます。
「クロエ、まさか本当に悪魔と契約するとは」
「何かあれば即に登録抹消しますよ。それに悪いことばかりじゃないです」
【封印の星石】はこの戦争とは関係ないんですよ。なのでここから復活しても街の【星の石碑】の力が削られないので、勝敗に左右されない。
その上リリちゃんは個人としても強いほうですからね。ほぼ無尽蔵に復活できて、強いキャラがここにできてしまいました。
「そういえば、さっき街でうさぎを見かけましたね」
「まぁ、そうなの? いいこと聞いたわぁ……ちょうどうさぎ狩りがしたかったんだ」
「うさぎ狙いもいいですが、他のも狩ってくださいね?」
「はーい! 分かってまーす!」
次元の門をダイロードの街の上空に開けて、リリちゃんを街へ送っておきました。
魔族のリリちゃんを信用はしていませんが、あの殺意だけは信用できるので大丈夫でしょう。
(10/23)今週は更新をお休みします。来週までお待ち下さい。