122・ダイロード戦線
「目標はダイロードだ! ラプタリカ王国軍よ、恐れず進めー!」
「おおー!!」
青い空の下、広がる草原をおびただしい数の軍勢がシートリンク方面からこのダイロードに向けて進軍していました。ラプタリカ王国の国旗を掲げ、国色の紫が入った揃いの鎧の兵士たち。
「これはこれで、いい眺めですね」
これらの景色を私は上から眺めていました。正しくはニルの視界ですね。ニルは現在ダイロードの街の上空近くを飛んでいます。ファミリアのスキル【視界共有】によってこの光景を見ることができています。
「敵兵確認しました。ダイロードまであと五分かと」
『了解したよ、クロエ。でも本当に大丈夫なのかい? 君を信用していないわけじゃないんだけど……』
通信の向こう側、ロール越しにカイルさんの疑う声が聞こえてくる。
「今に分かります。そこで見ててください。あなたのその不安ごと、敵を吹き飛ばしますから」
ダイロードのスワロ王国軍側……つまり私達は籠城戦をすることになりました。ダイロードの四方の門を閉じて、攻め入られないようにしつつ、敵がイルーに行かないように足止めをする。
対してラプタリカ王国軍はこのダイロードを攻めるために包囲網をしかけることにしたようです。
ダイロードの街の城壁を囲むように部隊を分け、ダイロードを囲んでいく。
「まさか危惧しておった通りラプタリカと戦争とはのぉ……しかもダイロードが巻き込まれるなど思っておらんかった」
ピンっと猫耳を立てて張り詰めた表情をしているルシールさん。
ルシールさんは使い魔なので、同じ使い魔のニルの視界を共有できます。なのでダイロードの外の光景を見ているのでしょう。
住んでいた街が戦火に巻き込まれるとは思ってもみなかったでしょうね。
「人の娯楽とは時に野蛮なものと思えますね」
「……ん、何かいったかい?」
「コホン……いえ、なんでも」
この戦争の発端がただ遊びの戦争したいという人間の気持ちから起こったなんて言えるわけがありませんね。
「さぁて……そろそろやりましょうか。準備はいいですね? ルシールさんは状況サポートを。アールは私が死なないようにお願いします」
「うむ、任せてけ。存分にやるとよい」
ルシールさんの声にアールも力強く頷く。
アールが作ってくれた杖を手に詠唱を開始。足元に魔法陣が現れ、光り輝き始める。
「まずは東門からやるとよい」
「了解しました。――《次元の門》よ……開け!」
新しく習得した【空間魔法】の【ポータルゲート】。これは扉ほどの次元の門を開くことができます。術者の前に一つ、そして視界内の場所にもう一つ門を作り、その門を通して行き来できるというもの。
ちょっと限定的なワープ魔法ということですね。ダイロードの街にある店と黄昏の森のログハウスを繋ぐ扉はこの魔法の応用らしいですよ。
さて、私の目の前に一つの門ができました。そして対応するもう一つの門はダイロードの東門上空に設置しました。ニルと視界情報を共有しているおかげで離れた場所でも門を設置できるんですよ。
さぁこれで空から奇襲をしましょうか。あ、もちろん私が行くわけないじゃないですか。
行くのは魔法だけですよ。
「《闇の力よ》……敵を吹き飛ばしなさい!」
魔力を練り上げ、詠唱を終え、今か今かと杖の中で留まっていた力を門へ向けて解放する。
闇の塊は次元の門を抜けていき、遠くのダイロードの空に出現しました。
そして――地面に着弾したかと思えば数十人はいたラプタリカ軍の兵士を巻き上げて、大爆発を起こしました。直撃を食らった兵士たちがまるでボーリングの玉に倒されていくピンの如く、呆気なく倒れていく。
「な、なんだ!?」
「うわあああああ!?」
魔法が通り抜けた次元の門から、爆発の衝撃波と兵士たちの悲鳴と断末魔の叫びが通り抜けてくる。
「今ので30人くらいは死んだようだようだの」
「残念、結構門前に固まっていたので50人は巻き殺せたと思ったのに」
ストライクには程遠かったようです。
『クロエ……今、何をしたんだ? 東門の敵兵が吹き飛んだけど』
「何って、ダークバーストを撃ったんですよ」
『今のは本当にダークバーストなのか……?』
「カイルさんはよく見ているから知っているでしょう? 私のダークバースト」
『――やっぱ、お前のダークバーストはおかしい威力だな!!』
思わずロールを忘れて叫ぶカイルさん。お褒め頂きありがとうございます。
これでも命削って撃ってますからね。褒めてもらわないと死にかけ損です。
【万能の毒薬】で13個の状態異常を付け、【暗黒魔法】スキルの【闇の代償】を発動させ火力を上げている。
今回は【黒の紋章】も使って防御力を引き換えに攻撃力を上げています。
おかげで体力の減りが半端ない。撃った瞬間に死にかねない勢いですよ。
そうならないように、アールが【万能ポーション】を直前で投げてくれるので死なずにすんでいます。
しかも今回はもう一つ、火力を上げる効果が上乗せされています。
このダークバーストを素で受けて耐えることができるのは、きっとウィラメデスのような化け物級でしょう。
『あっはははは! 最高だよ、魔女ちゃん! この調子でよろしく!』
高くて綺麗な女性の笑い声を響かながら、ジョンさんがそう言ってくれました。
「ええ、もちろんです。では、第二射といきましょう!」
『えっ?』
これで終わりなわけないじゃないですか、カイルさん。
ダークバーストのクールタイムが終わればもう一度撃てるのだから、撃つに決まっているでしょう?
大体30秒間隔で撃てますよ。
ポーションや薬もまだまだ大量にありますからね。撃ちまくりましょう。
『なぁ、クロエ。俺たちは戦争をやってるんだよな』
「そのはずですけれど?」
『じゃあ……なんで20分足らずで敵兵が全滅しているんだよ!』
ダークバーストの雨を敵軍に降らせて約20分後。ダイロードの街周辺はひどい有様でした。
兵士の死体の山が築かれていました。倒れているのは全部紫の鎧を着込んだラプタリカの兵士たちです。
【ダークバースト】のクールタイムは30秒。一度の攻撃で約30人程倒せます。
つまり一分間に60人。十分で600人。二十分で1000オーバー。
ラプタリカ軍は約1000人。なのであの軍を倒すには二十分も掛からずに殲滅できます。訂正、今できました。
まぁこれはラプタリカ軍は四方の門を囲う為に軍が4分割に分かれていたので、一門につき約250人程しかいなかったこと。対してスワロ軍は一門につき約120人程。
人数差はあるけれど門を隔てた戦いだったので、あまり人数差による不利が顕著に出なかったことで、防衛が成り立ちました。
そのお陰で狭い門前にわらわらと集まるラプタリカ軍を【ポータルゲート】を使って上空からの【ダークバースト】による空爆で一網打尽にできたわけです。
できるだけ敵を一塊にしておいてとジョンさんやカイルさんに事前にお願いしておいたことも影響しています。
それに、これで敵軍の殆どがNPCだってわかりましたね。
NPCというのはプレイヤーより強くありません。ラプタリカ軍の兵士が強者揃いである、なんて設定でもない限り普通の兵士として設定されているでしょう。
ジョンさん曰く、こちらのスワロ兵士の平均がレベル20ぐらいらしいので、その程度でしょう。
実際、あちらにも数人プレイヤーらしき人がいたのですが、うまくスキルを使って避けられたりなんとか耐えられたりとしていましたから。
敵軍が全員プレイヤーだったらうまくいかなかったことでしょう。
『それにしてもお前、どこから撃ってんだよ?』
「それは秘密ですね」
ダイロードの上空に繋がる次元の門の後ろは見慣れた森の景色。
サラサラと流れる風が湖の水面に波を立たせている。
すぐそこで争いが起きているとは思えないほどに静かで平和な空間。
今回、さらに魔法の威力を上げるために私はある場所を射撃地点にしました。
――ダイロードから東、死者の森とも恐れられるこの【黄昏の森】です。
「守護者の力をこのように使いおって……」
「まぁまぁ。あの軍勢はこの森にも攻め入られるかもしれないんですよ。だったら倒さないと。それにルシールさんだってダイロードの街は守りたいでしょう?」
「まぁそうではあるがなぁ……」
ちょっと納得いかないようなルシールさん。そう、今回の私は今までよりさらに強化されているのです。封印の守護者の力によって。
この守護者の力は黄昏の森の中でしか発動しません。ですが次元の門を使えば守護者の力を発動しつつ、長距離から魔法が撃てます。
「それより……まだ終わりじゃないですからね」
敵を殲滅したからといって終わりじゃないです。だって彼らは生き返るんですから。
シートリンク方面からまた同じように紫の軍勢が迫ってきています。
シートリンクの星の石碑から復活したのでしょう。あの街の石碑の力を削らない限り、彼らはこちらにやってくる。
それに同じ手が通用するとも思えない……こうなることは敵も予想済みのはずです。
籠城戦と攻城戦、どちらがやりにくいかというと攻城戦のほうでしょう。
守りをがっちり固められていると攻め入るのは難しいものです。
ジョンさんがなんとかなるかもしれないと言っていたように、私の魔法の力がなくてもなんとかなったかもしれないんです。
さらに言えば、今回の場合はあまり時間をかけるとスワロ王国側の援軍が来てしまう。なので敵側はなるべく早く決着を付けたいことでしょう。
私の魔法の力はさておいて、やり辛い攻城戦を何の策もなしに仕掛けてくるとは思えないのです。
『な、なんだ!?』
『きゃああああー!』
ダイロードの街中から悲鳴が響く。
上空から街を見れば、逃げ回る人と暴れまわる赤いフードが至るところに見える。
「……ほら、やっぱり。こう来ると思いましたよ」
かつてイルーの街でも見た同じ光景がダイロードの街で起こっていました。