121・戦争という遊び
「戦争状態……」
現れたウィンドウには両国が戦争状態に入ったことを伝えており、そしてどちらの陣営に付くかの選択ボタンがありました。今は戦争準備期間と書かれており、すぐに始まるというわけでもなさそうです。
「明確にチーム分けしろってことですか」
戦争というものは初めて経験しますが、ちゃんとルールがあったのですね。ゲームだから当たり前とはいえ、ロールプレイをしているとわりと抜け落ちてしまって、現実と同じ感じで捉えてしまう。
「二人とも、このゲームの戦争は初めてか?」
「ええ、初めてです」
「拙者……いえ、私も初めてですね」
「俺様も初めてだが……まっ大体知っているから教えてやろう」
ジョンさんがロールプレイをしていないからか、ツバキさんもしないことにしたようです。まぁこれから話す内容はメタまみれなのでいいでしょう。
「さて、これが小競り合いならこうならないが、国同士の喧嘩だからな。大量の人員が動く分、死者も多く出る。だが、これはゲームなんだから簡単には死なないだろう? それに星の石碑を中心にプレイヤーやNPCたちでさえ蘇るという設定がある。これは戦争でも同じだ。……だけどその地点が両軍ともに同じだったら混乱もいいところだ、そうだろう?」
……確かに以前のイルーの街での時。復活地点である星の石碑まわりでは、プレイヤーと赤フードの連中がかちあってひどい有様でした。
「だからチーム分けをする。復活地点をそれぞれ明確に定めておいて、選んだ軍の領地にある石碑からしか復活できないようにしておくんだ。ちなみに戦争中は星石の力をフルパワーで使うからデスペナルティもない、死にたい放題だ」
「へぇ、それはいいですね」
イルーの街での時もデスペナルティを受けたせいで動きづらかった時がありました。それがないとなると対人戦が思いっきりできますね。
「まっ無限に死に放題じゃないがな」
「というと?」
「星石の力は有限だ。あらかじめ復活できる力……ポイントが決められている。一人が復活するたびにそのポイントが一つ減っていくんだが、いわゆる残機だな。このポイントが徐々に減っていけばどうなる?」
「復活できなくなる……ということでございますか?」
「ニンジャちゃん、正解! そうなるとその星石がある地帯を守れなくなるから引くしかない。結果的にその地域は占領されてしまうってわけだ」
ツバキさんの言葉に頷くジョンさん。
つまりは……敵を大量に倒して先に星石の力を枯渇させていき、どんどん前線を伸ばして支配地域を伸ばしていくわけですね。
「――短期間に蘇生を繰り返せば、それだけ石碑の力を消費するからな。まぁ設定上は石碑の最低限の力を残して敵に渡しているそうだぞ。この世界の住人にとって星の石碑を失うことは敵味方共に避けたいことだからな。あとは石碑の管理者……つまりは領主などから管理権を奪い取ることでも、その地域を占領したとシステムに認識されるようだ」
「カーライルじゃん。来るのが遅かったな」
「カイルだって言ってるだろ」
世界観設定を補足しながら部屋に入ってきたのはカイルさんでした。彼の手にはティーセットが持たれている。……どうやらさっきジョンさんが頼んだ紅茶を運ぶ役をこちらに向かう途中で引き受けたようですね。
「ツバキもいるのか。一体どういう経緯だ?」
「今説明するとちょっと長くなりますが……聞きます?」
どうやら今ログインしてきた様子です。たぶんジョンさんが彼を呼んだのでしょう。
簡単にツバキさんがこちら側にいる経緯を教えたら「ツバキらしいな」って笑っていました。
もしここにライトくんがいたらすぐにでもツバキさんに突っかかっていたでしょうね。
「そういえばライトくんは?」
いつも影が薄いものだからついに彼の存在感がなくなってしまったのかと思いましたが、どうやら本当に存在がないようです。
「一応連絡入れたんだが……この時間帯だとあいつのところは朝方だから寝てそうだな」
「可能性としては十分にありますね」
視界端に表示された現実時間をちらりと見る。
地球の何処かでは朝を迎えている国があれば夜を迎えている国がある。
今日は休日ではありますが、休みの日の朝というものは惰眠を貪るものです。
きっとライトくんは今、この世界とは違う夢世界の中にいるでしょう。
「にしても……シートリンクがすでにラプタリカ領地とはな」
カイルさんが地図ウィンドウを見ているようでした。私も地図を見てみることに。
すでに戦争状態に入ったスワロとラプタリカ。両国の領土が分かりやすいように色分けされていました。
スワロが白色でラプタリカが紫色。ここダイロードとその周辺地域は白色でしたが、シートリンクだけは紫色に染まっていました。
「戦争直前に足がかりになりうる領地を押さえておく……南の修羅国でもたまにみる手だ」
戦争が始まってしまえば簡単には領地を押さえられませんからね。戦争システムの都合上、ポイントを削り取らないと領地を奪取できません。ですが、戦争を起こさずに領地を取れる手段をすればそういった面倒をかけずに領地を取れてしまいます。
「あの……どうしても疑問に思っているのですが……どうしてラプタリカはここからも攻めようと思ったのでしょうか? こっちに戦力を割けば主戦場が疎かになるっていうのに」
ツバキさんが不思議そうに言いました。確かにこんな辺境から攻め入るのにはそれ相応の理由がいるでしょう。しかもラプタリカ側はこちらにくるまで海路ですし。
「大体、予想はつきますけどね。大方ダイロードやイルーの街を掌握できてしまえば、あとはイルー鉱山を抜けて王都まで行ける。……つまりは敵の心臓部にわりと近いルートなんですよ」
「問題はラプタリカ側にこっちでも復活拠点になる場所がなかったことだが、それはシートリンクを押さえたことでクリアされているしな」
王都方面近くにも港がありますが、あちらは王都近くだからこそより防衛が強固なようですね。それに多少遠回りでも敵が来るはずがないと思える方向から攻めれば、敵の意表も突けますし。
「それにたとえ王都に攻め入れなくても、イルーの街さえ押さえてしまえばあちらとしても儲けものだろうな。あそこは鉱脈の山だから」
「俺様的にはむしろそっちが狙いな気がしてくる……」
資源を理由に隣国に攻め入るのはよくある話ですね。
「というか思った以上にシートリンクが重要なんだが?」
「しゃあないだろ。スワロの御上方はこっちにラプタリカが来るなんて思っちゃいなかっただろうよ。最近まで海路は魔物だ盗賊だと使えなかったのもあるしな。今頃てんわやんわだろうぜ? それにシートリンクは信頼できる伯爵家が守っていたんだが……息子がアレだったし」
ジョンさんはやれやれと言ったように肩をすくめて、紅茶を一口飲む。
「確か、海路の安全はガラドラ様が率先してやっていましたね」
「俺様も噂で知ってたからまさかとは思ったが、ラプタリカが来やすいように道を整えただけだったんだろうな」
今まで通り、海路の安全が保たれていなかったらラプタリカ軍は来なかったでしょうね。魔物の存在は驚異ではありましたが自然の防波堤としても機能していたことでしょうから。
「ガラドラの裏切りが重いですね……」
「まぁな。でも本人は軽い気持ちで裏切ってそうだけど」
「なんでそう思うのですか、ジョンさん?」
「だってガラドラ、プレイヤーぽいし。俺が同じ立場だったらやる。だってそのほうが面白いだろ?」
にやりと笑うジョンさん。その笑みは美女には似合いませんよ。
しかし、ガラドラがプレイヤーですか……。でもそれはありえますね。
王家の信頼を得るほどの伯爵家の息子が急に裏切るというのはそうとうな理由がありそうと思いましたが、意外とそうでもないのかもしれないです。
「そこのニンジャちゃんもそうだったんじゃないのか? だから連絡入れるのを直前にしたんだろ?」
「なっ! そ、そんなわけないじゃないですか!!」
ジョンさんに言われてビクッと体ごと跳ねるようにして驚くツバキさん。
「……本当ですか?」
ニルのようなジトーとした疑いの目をツバキさんに向けておく。
「ほ、本当に決まってるじゃないですか~! まさか戦争が起こったら活躍できるかもとか思ってませんって~!」
……この世から戦争がなくならない理由の一つを垣間見たかもしれません。少なくともこの世界では。
まぁ分からなくもないです。私も戦争と聞いてちょっとワクワクしたのは否定しません。これが現実の戦争だったら願い下げですけれど。
「と……連絡だ。――――ふむ、どうやら本当にラプタリカ軍がいたようだ。シートリンクの街に1000人もの軍勢がいるって話だ」
「1000人ってそんな人数が戦争前にシートリンクに流れ込んでいたら、誰か気付きそうなものでしょうに……」
「シートリンクはちょうど海路の安全が保たれたことで王都と船や人の往来が激しかっただろ? 商人として兵士や武器を紛れ込ましてもわからねぇだろうよ。しかも領主の息子が手引していりゃ、十分に可能だと思うぜ」
以前シートリンクの市場に行った時、確かに人が多いと感じました。そう思えば、そこに兵士が紛れ込んでいたのだと言われても分からなかったでしょう。
「なんというか……かなり用意周到ですね」
「誰の発案か知らねぇが確かにな。でもなぁ、実際に1000人もの兵力が動いていたようには考えられないんだよなぁ……。確かに魔女ちゃんが言うように何処かで誰かが気付くのにだろうに、誰も気づかないなんておかしい。そのへんのNPCにプレイヤーが混じっているような世界なのに。まるでラプタリカ軍が降って湧いたかのようだ」
人の口に戸は立てられません。下手に口の軽いプレイヤーが混ざればネットに書き込むでしょう。それだけで情報が流出して全てがパーになります。
NPCだったならなんの心配もないでしょう。問題なくNPCの軍隊は動いてくれそうです。設定通り、忠実に。
ですが、ここはロールプレイヤーがNPCに紛れ込んでいるようなVRMMOです。プレイヤーに知られずにNPCだけに指示を出して動かすなんてことが可能なのか。
『――この世界の仕組みなら可能だと思わないか?』
あぁ……まさか。本当にラプタリカ軍を降って湧かせたとでもいうんですか?
「ふふふ……あはははは!!」
「クロエ、どうしたんだ?」
「いえ、ちょっと……まさか本当になるとは思わなくて」
状況的に1000人のラプタリカ軍がシートリンクにいなくてはならない。そう、いなくてはならない状況なんです。
その状況設定の穴埋めをシステムがしたなら、純度100%のNPC軍隊が降って湧いて出てくるでしょう。
戦略ゲームで突如として敵軍が現れるなんてことと一緒ですよ。
これもハッタリだなんていうのでしょうか。彼は。だとしたらとんだ大嘘つきですよ。
でもシステムは真面目にその嘘を信じて、本当にしてしまった。
まぁ、どのような手段で呼び出したか本当のところは分からないでしょうが、1000人のラプタリカ軍がもう眼前にいるという事実は確かにあります。これはもう変えようのない現実です。
「さて、そろそろ時間でしょうか……とりあえず私も戦うことにしますよ」
私はスワロ王国軍に参加するボタンを押しておきました。
ジョンさんは当たり前として、カイルさんとツバキさんもスワロ王国軍に参加したようで、味方軍として表記さていました。
「ところで……こちらの戦力はどうなんですか?」
「領主様権限で教えてやろう。領主であるアンジェが今動かせる兵力は約500人しかいない!」
「たったの500人!? あ、相手は1000人もいるのにどうしてそんな数しかいないんですか!?」
ツバキさんが驚いていました。
主戦場が南ですし、ダイロードが戦線になるなんて誰も思わなかったスワロ王国が、事前に兵力をこちらに回すことをするわけなかったでしょう。
「一応、これでも可能性を考えて準備していたんだぞ? それでこの数だ。回復薬とか備品も貯蔵していたぐらいだし」
「あぁ、だから私からも回復薬を買い取ったのですね。……それにしてもジョンさん、なんだか手慣れていますね?」
戦争は初めてだと言っていたわりには色々と準備をしていたり、この絶望的な状況でも落ち着いていたりします。普通だったら慌てふためいてもおかしくないでしょうに。
「そうか? まぁ元マジックウォープレイヤーだったからかもしれないな」
「お前、あのゲームやっていたのか」
「あまり目立った行動はしてなかったけどな」
マジックウォー……前に掲示板で名前を見かけたことがありますね。
戦争ゲームとして人気だったVRMMOの一つで今は終了したゲーム。終了理由が運営の不手際が続いたことによるプレイヤー離れが理由らしいです。
マジックウォーの開発チームは今はNR社に在籍しているため、SSOの戦争システムはこのチームの開発だと囁かれていましたか。
「またあのゲームの戦争ができると思ってやってみたが、主な戦争地域は南部のほうでがっかりしていたんだ。この機会に巡り会えてよかった、ちゃんと真面目に領主業やっててよかったぜ……」
「へぇ、それならお前も前線に出るんだな?」
「はぁ? 俺様の天使が死ぬかもしれない前線に出るわけないだろ、キャロライン」
「もう原型も残ってないどころか、性別まで違うじゃねぇか!」
カイルさんのツッコミを笑って受け流すジョンさん。
まぁ、さっきの話を聞くに領主であるアンジェさんは狙われる立場ですからね。下手に前線に出てはいけません。
領主たるアンジェさんが敵の手に落ちれば、星の石碑の権利を取られてしまうので、このダイロードも同時に落ちてしまいます。
「そういうわけだから、死ぬ気で俺様のアンジェを守れよ」
「すげぇやる気が出ないんだが……」
「仕方ないなぁ……。――騎士カイルよ。スワロ王国の為にも。ダイロードの民の為にも。私を守り抜きなさい」
そういうとまたジョンさんの雰囲気ががらりと変わりました。
纏うオーラがチャラチャラした男性から、お淑やかな淑女のそれに変わる。
「もちろんでございます、アンジェ様。騎士として、あなたをお守りいたしましょう」
対するカイルさんもおっさんから見た目通りの爽やかな青年騎士に早変わりさせると、ビシッと騎士の礼で応えていました。
「……すごい……あんな一瞬に切り替えるなんて」
思わず感嘆の声を上げるツバキさん。確かにすごいですね。
演技のスイッチ一つ入れた途端に、このやりとりを自然にこなせてしまうとは。
直前までくだらない言い合いをしていた、男二人に見えません。
というかちゃんとカイルさんの名前を言えるじゃないですか……。
「クソッ、クソぉ……やっぱり釈然としねぇ……!」
「ははは! そのキャラの宿命を呪うがいい!! でも、いいロールだった。お前、こういうのもいけるんだな」
「お前もなんで女性ロールが完璧なんだよ……」
「ふっ……愛の力に決まってるだろ?」
腕を組んで自信満々に宣言するアンジェさん……の見た目を持つジョンさん。
自キャラへの愛が突き抜けているとこうなるのでしょうか。
「でも、どうするんですか? 敵は1000人の軍に対して、こちらは500人でしょう?」
ツバキさんが不安げにいいました。確かに戦力差がありすぎる。
「――スワロ側から連絡きた。一応援軍は寄越してくれるそうだ。だからそれまでここを死守すればいいが……到着まで早くて三時間と言われた」
「援軍が来るというのは吉報だが三時間後か……。下手に死にまくれば石碑の力は枯渇する。だからここを守るにはできるだけ死者を出さずに、援軍が来るまで耐え続けることだが……難しくないか?」
「まぁ籠城戦で頑張ればなんとか行けそうな気がするけど……どうだろうなぁ」
カイルさんの言葉にジョンさんが神妙に頷く。かなりこちらが不利な状況でしょう。
「バーっと先に敵を倒しちゃえれば楽なんだがなぁ……。そういう魔法とか用意しておけばよかった……」
「ありますよ、そういう魔法」
「えっ?」
三人が私のほうを振り向く。確かに状況は最悪です。
でもだからって、確実に負けが決まったわけじゃない。それに手はあります。
「先に敵をたくさん倒せばいいのでしょう? なら全員まとめて吹き飛ばしますよ」
振り向いた三人に安心させるように、にっこりとした黒い笑みを送っておきましょう。