119・お菓子と悪魔と取引と
ダイロードの女領主、アンジェさんとの取引から数日後。
納品はばっちり済ませているので、ありがたいことにかなりの大金が懐に転がり込んできています。
それだけでなく、最近はお店の売上もいいので金欠に悩まされることはなくなりそうですね。
まぁ……店の売上の殆どはアールのケーキなんですけどね。
「仕方ないですね、アールのケーキはおいしいですから」
ちょうどお客さんが少ない時間帯だったので、私も休憩がてらアールのケーキを頂くことにしました。
「あぁ……このりんごタルトも甘くておいしいですね!」
甘いイエローリリーの蜜で煮詰めたりんごのグラッセを花のように巻いて飾り付けてあり、それが赤い花束のように見えて綺麗です。さっくりと焼き上がったタルト生地も最高。
「うんうん。本当、ここのケーキは絶品よね~」
ふと隣を見ると子供の女の子が一人。
同じりんごタルトを小さく一口サイズにしては、フォークで頬張っていました。
「なっ……!?」
「あら、お姉ちゃんどうしたの? まるで幽霊を見たみたいな顔をして?」
幽霊も何も……今私の前にいるのはかつて小さな村にいた死んだはずの女の子でした。
「あなた……リリよね?」
「せいかーい!」
あの時と同じく、女の子に化けた魔族のリリがそこにいました。
「あー! 武器とか出さないでよね。今日はお客として来てるんだから」
「うちは魔族の入店を許可した覚えはありませんよ」
「禁止しているとも聞いた覚えはないし~。まぁいいじゃない。下手に騒ぐと他のお客さんの迷惑になっちゃうよ?」
本来店員が言うべきセリフをリリに言われてしまうとは。……でも見たところ、本当に何もしない様子で今もケーキをおいしそうに食べています。
「なんで……ここにいるんですか」
「今日はオフの日なのよ。あなたは休日にゆっくりとカフェでお茶をしたりしない人なのかしら? ここは評判だって聞いたから来てみたのだけど……噂通りでリリ、感激してるわ!」
それはどうもありがとうございます。……まさか領主だけでなく、魔族にまでうちのケーキの評判が言っているとは思いませんでした。
「ねぇねぇ、あのオークのパティシエいいわね。リリにくれたりしない?」
「あげるわけないでしょう」
「えー、ケチ!」
うちのアールはパティシエではなく私の従者ですから。
まぁ最近はパティシエ並どころか、色々なことができるようになってきていますが。
家具の製作に杖にお菓子の製作に……あら、うちのアールったらもしかしなくても天才じゃないですか?
「それにしても……本当に何も目的がないのですか?」
「やだー信用度ゼロね! まぁ一応の目的はあったわよ。でもそんなに疑われるならやめておこうかしら?」
「なんですか?」
「ねぇ、リリと取引しない?」
「やめておきましょう」
「ちょっと! 話も聞かずに断らないでよぉ~!」
「魔族との取引なんて碌でもないに決まってますよ。それがわかっていてやる時は本当に切羽詰まった時くらいでしょう」
「……そう見えるから話を持ちかけたのよ」
「誰が?」
「クロエお姉ちゃんに決まってるじゃない!」
今は人間の外見をしているリリちゃん。角も翼もない、ただの子供です。
だけどニタッとした笑みだけは魔族らしさがにじみ出た、小悪魔な笑みでした。
「言っとくけどね。リリにもメリットがあるから持ちかけるんだよ」
「リリにしかメリットがないの間違いではないですか?」
「じゃないよ。……ねぇ、クロエお姉ちゃんはあの赤フードの連中に悩まされているんだよね?」
「どうしてそう思うんです?」
「だってお姉ちゃん……赤フードの厄介な奴に目を付けられているみたいだったからね。狙われている理由があるんだろうなーって」
カラリと、リリちゃんがアイスティーのストローをかき回す。……リリちゃん視点、私が狙われている正確な理由は知らないはずです。でも噂は流れているから、ある程度の推測はできるでしょう。
「リリもね、あの赤フードの連中はぶっ潰したいのよ」
「共闘の持ちかけ……ですか?」
「そうそう! 悪くない話でしょ?」
……リリはどうやらあの赤フードの連中とは敵対しているみたいですね。敵の敵は味方ということですか。でも彼女と素直に協力すると言うのは難しいですね。
「あなたの企みが分からない以上、頷けませんね」
「……そう、残念だわ。でもあまり時間ないと思うよー?」
「時間がない……?」
「だってもうそろそろ――」
リリちゃんの言葉を遮るように、大きな物音がしました。物音は店のドアで、それが勢いよく開かれたからでした。そして同時に人がどさりと倒れた音。
「……ツバキ……さん?」
店先に倒れていたのは黒装束を着込んだ背の高い少女――ツバキさんでした。
「どうしたんですか!? 一体何が……」
「クロエ……どの」
見ればボロボロの状態……HPが低い状態でしょう。後少しで死んだかもしれない状態です。
「……シートリンクがラプタリカ王国軍の手に落ちたでござる……」
「……え? ラプタリカ……?」
「――あーあ。もう落ちちゃったんだ。はやーい」
リリの声は小さな声で、きっと他の人には聞こえていない。でも不思議とその声は聞き取れました。
「スワロ王国とラプタリカ王国の戦争、もう始まっちゃったみたいねぇ?」