117・不名誉な称号
吹き抜ける風がログハウスの近くに広がる薬草畑を揺らしている。その畑の一つに咲き誇るブルーローズの一角は、まるで波の立つ海のようでした。その花を一つ一つ丁寧に採取しているのはゴーレムたちです。
「……暇ですね」
そんなのどかな風景を見てつい思ったことを口にしてしまう。畑のほとんどはもうゴーレムたちに任せてしまっているのでとくに仕事がない。薬の調合も今回の依頼分は終わらせてしまいました。
レベ上げとかでもしていこうか……そう思った時、警報音が鳴り響く。
この湖方面に侵入者とは久しいですね。というのも今の黄昏の森は人通りも少なくなってしまいました。
ダイロードを初期街に設定して始めた初心者が王都へ向けて移動する……その大移動の時期にはこの森も大賑わいしますが、今回はそうなりませんでした。
海路の安全が取れたため、船で王都方面に行けるようになったんですよ。厳しい森や山を越えて行くか、安全な船旅を楽しんでいくか……どちらか選べるようになった結果、こちらのルートを使う人が減ったんです。
それでもこの森を通る人はまったくいなくなったわけではないです。
無視してもいいのですが私はここの守護者でもあります。一応、顔出しに行きますか。暇つぶしにもなります。それに、たまに私目当てに来てくれる人もいるんですよ。ファンサービスは大事です。
「クロエ、行くのか?」
「ええ、ちょっと様子を見に」
「ならば私も行くとしよう」
「……そのままで行くんですか?」
魔法書を読んでいたルシールさんも付いてくることになりましたが、その姿を見てふと思いました。猫耳少女のルシールさんをこういう事に連れて行くのは初めてかもしれませんね。
「別に構わないだろう? それにもしもの時があっても、この状態なら本が使えるぞ?」
ポンポンと手にした魔法書を軽く叩いてルシールさんが笑う。……まぁいいでしょう。
「そこの方たち、どうされましたか?」
湖を守る結界を出て、しばらく歩けばこちらに向かって歩いてくるパーティと出会いました。
風体は初心者とはいえない……中級者、同レベル帯でしょうか。男三人、盾持ちと二刀流の前衛、魔術師の後衛という編成。森に迷ったという感じでもない。道を外れてこんな森の奥に一体何の御用でしょう。
「ああ、出会えてよかった! 私たちは貴女にお会いしに参りました!」
二刀流の男が私を見つけるなりニコニコと笑顔でそう言いました。……なるほどこの人がパーティのリーダーのようですね。
「私に会いに来た?」
「ええ、貴女は封印の守護者なのでしょう?」
「……さて、なんのことでしょうか?」
「おや、そんなはずはないでしょう? 貴女がこの黄昏の森の奥地にある混沌の封印を守る者……そういう役目を負っていると世間で噂されていますよ」
……正直言って私が守護者であるという情報は確かに出回っています。前回のイルーの街での一件もありますから。しかし、確証になるものがないため噂レベル。
「確かに、最近私に関してそのような噂がなされているようですね。あなた方のように噂の真相を確かめに来る方々が絶えずやってきていい迷惑です。私は守護者ではないというのに」
なので、しらを切る。
今までも守護者だなんだと聞いてきた人たちはいましたが、大抵は諦めて帰っていくか、無理やりお帰り頂くことがありますが……この人達はどうでしょうか?
「ならばご安心を、私たちは暇な野次馬ではありませんよ。私たちはビジネスに参りました」
「ビジネス……?」
「はい。貴女の封印の守護者というその役目、買い取らせていただけませんか?」
おっと……このパターンは初めてですね。でも、ありえなくもないことでしたね。重要なポストが欲しいなら金で買う……現実でもあることでしょう。
「ゲーム内通貨でもリアルマネーでも大丈夫です。必ず納得のいく金額をお支払いしますよ」
「そうですか。でも残念ながら私は守護者ではないのでこの商談は最初から無効ですよ」
別に立場を譲ることは否定しません。中にはやりたくない立場を貰ってしまったから譲りたい人だっているでしょうから。
「それは残念ですね。ですが、その立場を貴女は全うできますか? どうやらここの封印は狙われている。貴女一人でここを守れるというのですか? 力を持ったものに譲ったほうが、前任の守護者のためにもなるかと思いますよ」
もっと相応しい人が守護者になるべきだと、そう言いたいのでしょうか。確かに現状では、私はここを一人で守らなくてはいけません。相手も人数の多い組織、それを一人で相手するなんて無茶も良いところです。
もしも他の人ならば、話は違ったかもしれません。目の前の彼らなら、お金も出せるところを見るにそういう方法を使って森を守護したりもできるでしょう。ですが……。
「……たとえ私が本当に守護者だったとして、お金をいくら積まれても、自分に任された立場を譲るつもりはありませんよ」
この森をルシールさんに任されたのはクロエです。どうしようもない理由がない限り、私はこの森の守護者をやめるつもりはありません。封印だって必ず守ってみせます。
「貴女の意志にはお変わりがないようですね……。では今回は諦めるとしましょう」
「どうぞお帰りください。帰り道はあちらですよ」
「ご丁寧どうも……それではまた会いましょう、草の魔女さん」
「なっ……!」
「おや、貴女は守護者ではないのでしょう? であるならば、貴女のことを呼ぶならこの通り名が適切だとおもったのですが」
確かに……確かにそうかもしれませんが!
守護者疑惑と一緒に出回ってしまった私の通り名……。これはあまり喜べません。
「……私は草の魔女でもありません!」
しっかりと否定しておきます! そうでないとそのうち称号を与えられそうで嫌で――。
《おめでとうございます。あなたの行動により新たな称号【草の魔女】を獲得しました!》
…………。
………………運営は鬼ですか。称号の返却を請求します。
まさか巷で言われていただけなのに……本当に称号化するなんて思いませんでしたよ!
あぁ……またイグニスさんに怒られる……。
《メールを受信しました。『I'll get even.』》
………………。
これは今イグニスさんから来たメールの一文です。
今の時代、言葉は機械翻訳にかけて当たり前の時代です。
その中でわざと原文で言葉を伝えるというのは、それだけその言葉が持つ意味の重要度が高いということです。たとえばわざと原文で愛の告白をしたりすれば、深い愛を伝えているとされて効果が高いとか。
元は大昔、まだ機械翻訳も当たり前ではなかった時代。
バイリンガル者が咄嗟に出す言語はもっとも親しんだ母語であり、その言語の言葉こそ真に迫った言葉であるとされることから、深く意味を伝えたい言葉なら母語で伝えるほうがいいとされ、今の文化ができた……なんて諸説があるくらいです。
母語が同じ人同士だと一周回って伝わりづらいですが。
それでこの場合ですと――とてもお怒りのようですね。
というかなんてタイミングで送ってくるんですか! 怖いですよ!
しかし、ご安心ください。今に草の魔女と呼ばれぬほどの魔女らしい活躍をしてみせます。
……絶対にしてみせますって!
名前:クロエ
種族:人間
性別:女性
【生まれ:ブラッドリー子爵家】
【経歴:家出し旅に出た】
【経歴:封印の守護者を引き継いだ】
LV30 残りSP7
基本スキル 合計26個
【両手杖LV30】
【魔法知識LV30】【魔力LV30】
【闇魔法LV30】【風魔法LV30】【土魔法LV30】
【暗黒魔法LV25】【空間魔法LV20】
【月光LV25】【下克上LV25】【森の加護LV20】
【召喚:ファミリアLV30】【召喚:ゴーレムLV25】
【命令LV30】【暗視LV30】
【味覚LV30】【草食LV30】
【鑑定:植物LV30】【採取LV30】
【調合LV30】【料理LV30】【魔女術LV1】
【耐性[麻痺:睡眠:呪い:気絶] LV30】
【言語:デュオ地方語LV30】
【言語:ユニレイ語LV10】
【飛行:ホウキLV25】
ユニークスキル
【言語:ヘイス地方語】
【身分:エンテ公国・ブラッドリー子爵家】
【野宿】
【土地鑑】
【管理地域:黄昏の森】
称号
【ベリー村の救世主】
【封印の守護者】
【魔獣を倒した者たち】
【草の魔女】