116・運命の出会い?
「……ええ」
小さく返事はしたものの、彼女はじーと私の手を見たままで、手を掴もうとも立ち上がろうともしません。どうしたのでしょう? もしかして今ので怪我とかしてしまったのでしょうか。
「どうして手を伸ばしているの?」
「どうしてって……あなたが立ち上がりやすいように手を貸そうと思いまして」
「そう……じゃあ必要ないわ」
どこか素っ気なくそう言うと彼女は自力で立ち上がりました。まぁ怪我がないようでよかったです。
「…………」
立ち上がってすぐに何処かへ行くだろうと思っていた彼女はキョロキョロと周囲を見渡していました。
「誰かを探しているのですか?」
「さっきまで一緒だった。今はいない」
どうやら人と逸れてしまったようですね。その人を探しながら歩いていたから私とぶつかってしまったのでしょう。
「じゃあ、一緒に探しましょうか?」
「大丈夫。そのうち見つけてくれるわ」
見つけてくれると本気で思っているのでしょう。彼女からは焦りもありません。……というより、さっきから無表情なんですよね。だから表情もわかりにくいのですが……。
「あの、ホットドッグ食べますか?」
先程ニルが優勝して手に入れたホットドッグ。一つアールが貰って食べていたんです。
そのアールの手にあるホットドッグが気になっていたようで、さっきからじーと見つめているんですよ。
「はい、どうぞ」
その子を連れて、近くのベンチに座りました。差し出したホットドッグを陶器のように白い手が受け取りました。彼女は受け取ってからまたじーと見つめたまま、食べようとしません。
「……もしかして食べ方がわからないとか?」
「食べたことがない」
予想は当たっていたようですね。
「こうやって食べるんですよ」
私もホットドッグを手にするとかぶりつきました。パンに挟まれたソーセージは噛めば皮がパリッとするしジューシーでおいしい。マスタードとケチャップの甘辛さもいいですね。
「……!」
私が食べている様子を見て彼女も恐る恐ると一口。それからは小さな一口ながら、早いペースで食べていました。まるでリスが木の実を食べている時みたいですね。
「おいしいですね」
「……おいしい?」
「一口だけじゃ足りない、もっと食べたいからそうやって今食べているでしょう? それはそのホットドッグがおいしかったからですよ」
「そう……これがおいしい」
「ふふ。口にケチャップが付いてますよ」
食べることに夢中なようで気がついてないようです。アールが作ってくれたハンカチを取り出して拭いてあげましょう。
不思議……というか世間知らずな子といいますか。ホットドッグを食べたことがなければ、おいしいということもわからない。地味な外套を羽織っていて旅人といった感じなのにものを知らないようです。
見た目はクロエと変わらないくらいなのに、どこか生まれたばかりの子供のような感じさえしますね。
「あなたはどこから来たんですか?」
「……わからない。どこでもないわ」
「では連れの人とこの祭りを見に?」
「違う」
目的は祭りじゃなかったんですね。うーん、たまたま連れの人とこの街を訪れた感じなのでしょうか。 それにしてもまったく……この子の保護者は何をしているのでしょうか。こんな子を一人にしてしまうなんて危ないではありませんか。
「なぁ、あれ! 新領主様じゃないか!」
「ちょっと見に行こうぜ!」
がやがやと通りが騒がしくなる。どうやら広場のほうに新領主がいるようですね。この祭りの主役ですか。ちょっと気になるので見に行ってみたい。それに広場のほうも気になっていたんですよね。
しかし……この子をどうしたものか。そうですね……。
「あなたの保護者が現れるまでせっかくの祭りですし、一緒に楽しみませんか?」
この子を一人にしておけません。それに保護者の方を探す目的もあります。広場のほうは場所も広くて今は大勢の人が集まっています。そこに彼女の保護者もいるかもしれません。
真っ白で無表情な彼女はしばらく私を見つめたまま動かずにいましたが、ゆっくりと口を開きました。
「……いいよ」
「よかった。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はクロエ」
握手を求めて手を差し出すと、また手を見つめられました。
「……わたしは転んでいないわ」
「それとは違います。自己紹介の時は手を握り合うんですよ」
そう受け取られるとは思わなかったですね。ちょっとクスりと笑ってから説明すれば、彼女は私の手にそっと自分の手を重ねました。
「わたしはミーティア」
「ミーティアさんね、どうぞよろしく」
「よろしくお願いします……クロエ様」
重ねただけの手をちゃんと握ってあげれば、彼女の握り返してくれました。
広場のほうへ進んでいくと軽快な音楽が聞こえてくる。近くに楽団がいて生演奏していました。その音楽に合わせて広場ではフォークダンスが踊られている。
「さぁさぁ、この晴やかな日を存分に楽しんでくれ! 住人の喜びが私の喜びなのだから!」
「新領主様ばんざーい!」
「ひゅー!」
あれがこのダイロードの新領主のようですね。艷やかなプラチナブロンドを編みこんだ女性。スタイルの良い体を強調させる真紅のドレスは、彼女の魅力を上品に引き立たせており、この人の多い場所でも存在感を出していました。
確か、前領主の一人娘でしたか。父親の後を継いで領主となったようです。
さてしばらく周囲を見ていましたが……他に目につくものはありません。ミーティアさんのお連れさんも出てきませんね。
「せっかくですし、私たちも踊りませんか?」
ちょうど流れていた一曲が終わり、また次の曲が流れようとしています。それに中央で踊っていたら目立つので探している人も見つけやすいかもしれません。
「……踊り方を知らないわ」
「リードしてあげますから大丈夫ですよ。これは踊りを誘う手です。オーケーでしたら手を重ねてくださいね?」
そういってミーティアさんに手を差し伸べる。じーと見つめていましたが、ゆっくりと手を重ねてくれました。それを壊れ物でも扱うように握り返す。
「じゃあアール、私たち踊ってきます。次はあなたと踊りますから予習しておいてくださいね」
うん、と頷くアールから離れ、ミーティアの手を引いて広場の中央に出る。流れてきた音楽に合わせて、ステップを踏み出します。
正直言って私もダンスは得意じゃないのですが、さっきみた人たちの動きである程度は予習できました。それに元貴族令嬢です。スキル効果の補正が掛かったようで動きは問題なしですね。
「はい、次は右に……次は左ですよ」
「右……左……」
ミーティアさんも最初はぎこちない動きでしたが徐々に慣れてきました。
「ふふ、楽しいですね」
「楽しい……」
私の言葉を最初は意味がわからないと言ったように繰り返しました。
「……うん、楽しいわ」
くるりとターンを回った後の表情は今までの無表情のようでいて、でも口元だけは少し微笑んでいるような気がしました。
「――こんなところにいたんだね、ミーティア」
「あっ……」
すっと現れた別の手が、繋いでいたミーティアさんの手を攫っていく。
ミーティアさんの後ろにいつの間にか彼女と同じ黒い外套とフードを着た人が立っており、彼女の手をとっていました。この人がミーティアさんが探していた連れの人でしょう。
「ボクの連れが世話になったようだね。ありがとう……って……」
フードを被っていて顔は見えない。けれどわかります。誰かわかってしまいましたよ。
「これはこれは……ずいぶんと綺麗なお嬢様だと思ったらクロエじゃないか。この前と格好が変わっていて気づかなかったよ」
「そういう貴方は地味な格好ですね。いつもの派手な格好はどうしたんですか、イグニス」
ちらりと見えたフードの下で憎たらしい笑みを浮かべていました。イグニス……行方を探していた人物とこんな形で出会うなんて。
「……その子、どうするつもりですか?」
「どうするも何もこの子はボクらの仲間だよ。迷子になっていたのを迎えに来ただけ」
「ミーティアさん、それは本当ですか?」
「はい。イグニス様と共に行動するように言われていましたので」
どうやら本当のようですね。ミーティアさんから表情は読み取れませんが、嫌がっている様子もありません。
「それじゃミーティア、行こうか」
「待ちなさい!」
「おっと手を出すって言うならこっちも容赦はしないよ? ボクたちの仲間は至るところに潜んでいる。合図を出せばどうなるか……分かるよね?」
武器を取り出そうとしてた手が止まる。周囲は相変わらず音楽が鳴り響いていて、楽しそうな人たちの声が聞こえていくる。……この中に彼らの仲間が潜んでいる? 赤いフードを被っていなければ、ただの人と区別が付きません。
隣を踊っている人がそうかもしれない。もしくは遠くで見物をしている人がそうかもしれない。
「……しまった!」
周囲に気を取られていた内に二人の姿は人混みの中に消えてしまいました。今の地味な服装の二人ではこの人混みから探し出すのは難しそうです。
彼の口ぶりからして祭りを狙いに来たわけではなさそうですね。ではここに来たのは本当にたまたまだったと。
しかし……あのミーティアという少女が気になります。仲間だと言っていましたが、一体何者なのでしょうか。
◇ ◇ ◇
「実はミーティアはわたくしのキャラだったのでした!」
あっさりと。実にあっさりと正体をバラしてくれたのは私の友人でした。
ここは幻影の街です。あの後友人から連絡を受けてやってくれば、さっきまで一緒にいたミーティアのアバターをした友人がいたのです。それからイグニス……さんもこの幻影の街へ来てくれていました。
「イグニスさんが出てきた時点で……なんとなくそうじゃないかなって思っていましたが、まさか本当に貴女だったとは」
「ふふふ。騙すつもりはなかったのですが、何も言わずにごめんなさいね?」
クスクスと楽しそうに笑う友人ことミーティア。さっきの表情筋が死んだような彼女はどこへやら……まぁあれはきっとロールプレイなのでしょう。
「あなただとわかっていたら、余計に無理矢理にでも引き離すべきだったかもしれないと思ってしまいましたね……。あぁ、敵に囲まれていなければ……」
「実はイグニスさん以外に仲間なんていませんでしたので、連れて行こうと思ったらできたかもしれませんわね?」
「えっ、それって本当ですか!」
思わずイグニスさんを見る。「余計なことを言って……」というような表情でした。
「仲間がいるなんてハッタリだったんですね……」
「……確かに、明確なのは僕たちだけだったよ。でもね、あながちハッタリとも言い切れないね。僕たちの組織には、組織員は平時、フードを外して市井に混じって過ごすという設定がある。日常に溶け込み、混沌へ誘う機会を虎視眈々と狙っているわけさ。だから――」
「……いると思えばそこにいる、というわけですか。でも、本当にそんなこと可能ですか?」
「――この世界の仕組みなら可能だと思わないか?」
……そう言われてしまえば、できるかもと思ってしまう。
その組織の設定ならあの街にもいてもおかしくはないでしょう。しかも、最近は薬の事件もありましたし……現れてもおかしくないという条件が整っている。たぶん、もし本当に出てきたとしたらNPCの組織員だったでしょうね。
「それにしても……何か目的があってあの街に来ていたんですか?」
「あはは、さすがにそれを僕らが言うわけな――」
「わたくしのレベル上げのためですわ。イグニスさんはそれに付き合ってくれていたんです」
「ああー!! それ、一番言っちゃいけないやつだって!!!」
はっとして口を塞いだイグニスさんでしたが時すでに遅し。
「まぁ! そうだったんですか。私の友人のためにわざわざありがとうございます」
「やめてよ……頭を下げて礼をしないでくれよ!!」
なんてひどい。こちらはそちらの善意に礼を言っているだけだというのに。
冗談はさておいて。まぁ私の友人は始めたばかりですからね。レベ上げをしようと思ったら、低レベルのモンスターがいる場所がいい。そうなるとダイロード周辺を狩場にする必要があります。
でも彼らは悪役組織のキャラです。堂々とするわけにもいかず、あのようにコソコソとする必要があったのでしょう。それに悪役が努力している姿は……なんだか滑稽に見えてしまう。
少なくとも悪役を徹底するイグニスさんならそう思うでしょうし、彼自身もそういった行動は隠していそうです。
「まぁ、これで彼女がどういうキャラでプレイしているかわかったでしょ」
「……もしかして、私たちの出会いもわざわざ用意してくれたんですか?」
「なわけないでしょ。たまたまだよ!」
あの街で迷子になっていたミーティアを見つけたことでクロエは彼女と出会うことが出来ました。普通に出会っていたら言葉を交わさずに敵対していたかもしれません。
「本当にありがとうございますね」
「だから悪役に礼を言わないでくれ!」
イグニスさんは腕を組んでむすっとした表情をしたまま、顔を反らしてしまいました。
本当のところはわかりませんが、友人を預けていても大丈夫そうですね。
……まぁミーティアのほうは不安しかありませんが!