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115・祝賀祭

「新領主様にー!」

「かんぱーい!!」


 乾杯の掛け声と共にあちこちからジョッキを打ち合わす音が聞こえてくる。

 ダイロードの街では初めて大きな祭りが開かれていました。新領主を祝う祝賀祭。新規プレイヤーが増えるたびにこの街は活気づきますが、その時と同じくらいに賑わっている感じがします。

 それも初心者だらけというわけでもなく、すでにここを離れたような中級者プレイヤーなども見受けられますね。


「すごい賑わいですね……」

「ホントだね~。だからこそこういう時に売り込みを頑張らないと~!」


 隣に出店しているミランダさんがさっそく通行人に呼び込みをしていました。


「それにしてもクロエちゃん、今日は綺麗なドレス着てるね~! 装備新しくしたの?」

「ええ、そうなんですよ」


 そういって新しくした装備を見せるようにくるりとその場で回ってみました。


「わぁ! クロエちゃんにとても似合ってて可愛いよ~!」

「ありがとうございます。ミランダさんもその髪飾り、似合ってますね」

「えへへ、ありがと~。これ、クリンに貰ったんだ~」


 ふわりとした彼女の髪を留めているユリの髪飾りはよく似合っていました。この前相談したあの髪飾り、無事にミランダさんに贈られたようですね。


「いや~祭りはいいものだなぁ!」

「テツさん。また豪快に飲んでますね」


 斜め前の店には串焼き屋のテツさんの屋台がありました。その店主は今は通りに置かれたテーブル前で酒を片手に飲んでいる。


「当たり前だろ、祭りのときは飲んで食って騒ぐもんだ! いやぁ、ゲームの中はいいな。いくらでも酒を飲んでもいいし、食ってもいい」


 樽ジョッキに注がれた酒を飲んだかと思えば、手にした串焼き肉を食べていく。……あれ、そのお肉売り物なのでは……?


「酔えねぇのがちょっと惜しいがな」


 確かにここはゲームの中です。酒と呼ばれる飲み物を飲んだところで、同じ味を楽しめますが酔うことはありません。

 いくらでも飲めるけれども、泥酔になることはない。それは良いことかも知れませんが、酔いたい時には向かないでしょう。酔う時に得られる高揚感は現実の本物でしか味わえない。


 だけど……今のテツさんはまるで酔っているかのようです。人間は場の雰囲気に酔うということもありますからきっとそれなのでしょう。


「だからって飲んで食べてばっかりはダメよ。ちゃんと仕事しなさい」

「わかってるよ。俺の串焼きは酒にも合うからな! さぁそこの兄ちゃんもどうだい! この祭りのために新しい味付けも用意してあるぜ!」


 ちょっぴりサニーさんに怒られながらも、テツさんは屋台に戻って串焼きを焼いていく。……お酒は飲みませんがこの匂いは本当においしそうで食べたくなってしまいますね。


「ダメですよ、ニル。私達だって店番があるのですから」


 食べたそうなニルを抑えておく。後で買ってあげますから。

 不満げなニルを宥めつつ、私もまた自分の店の商品に不備がないかチェックしていく。よし、問題はなさそうですね。


「ダイロードの街に新規開店、その名も【黄昏の家】! どうぞよろしくお願いしますー!」


 ドレスの裾を翻して、看板猫娘が私の屋台の前で呼び込みをしている。……ルシールさんですね。

 ルシールさん、あの可愛らしい容姿を存分に利用しています。おかげさまで集客率が高いのですよ。意外と私達の店は繁盛していました。まぁこれにはもう一つ理由があるのですが……。


「あったあった、黄昏の家! ここに出してたんだな」

「あら、オリヴァーくん。いらっしゃい」


 よっ! といって手を振るオリヴァーくん。ちなみに店の名前は黄昏の森にちなんで【黄昏の家】にしておきました。オリヴァーくんも出店しているのですが、私達の店からはちょっと離れているんですよね。どうやらこちらの店の状況が気になって見に来たようです。


「売れ行きはどうだい?」

「あいにくと薬の売れ行きはまちまちですね」


 並べている薬はまぁよくあるものばかりなので、飛ぶように売れていくことはないだろうと思っていました。でも性能が一般的に比べて良いものなので、評判はいいみたいです。……万能ポーションを売り出せば違ったかも知れませんがちょっと出しづらいですね、あれは。


 私の答えたことを聞いたオリヴァーくんはきょとんとした驚いた表情をしました。


「えっここケーキ屋じゃなかったのか?」

「ここは薬屋です……確かにケーキも売ってますが」


 オリヴァーくん、あなたの勘違いもわかりますよ。だってここの売上トップは薬ではなくケーキです。

 アールが作ったあのブルーローズケーキなら飛ぶように売れていきました。

 今も必死で裏でアールが新しいケーキを作っているほどです。なのでここに来る客の殆どはケーキを買い求めに来ます。ケーキ屋だと思われても仕方ないくらいに。


「掲示板で話題のおいしいケーキ屋って言われてたから来たんだが……薬屋だったのか」

「ちょっと笑わないでくれませんか?」


 掲示板で話題になってるって本当ですか?? 笑いを噛み殺しているオリヴァーくんを今は見逃してあげつつ、ちょっと気になったので調べてみました。


 《祝賀祭おすすめのお店! ブルーローズケーキは写真映えもバッチリ! ケーキ屋【黄昏の家】。可愛い看板猫娘、ベルシーちゃんが目印!》


 確かにウチの店の名前が載ってました。ケーキ屋として。いやというか、ルシールさんのことまで載っているんですが! ということは私の事も……?


 《店主はあの草の魔女》


「誰が草の魔女ですって? 誰が!!!!」


 どこの誰ですか、この書き込みをしたのは。名誉毀損で訴えていいですか?

 思わず声をあげてしまったのでオリヴァーくんや周囲の人に驚かれてしまいました。


「おいおい、どうしたんだよそんな大声出して……」

「失礼しました……ってラッシュさんじゃありませんか」


 振り向けばこの人混みの中でもよく目立つ金の鎧を着たラッシュさんがいました。


「ラッシュさんも祭りが気になってきたんですか?」

「ま、まぁな。オリヴァーが店出してるっていうから来たんだ」

「へぇーオレの店にわざわざお前が?」

「なんだよ、来ちゃ悪いかよ」


 なんでしょうか? ちょっとラッシュさんの落ち着きがないですね。オリヴァーくんの言う通り、一人なのも珍しい。フライデーさんやコガネさんとはもちろん、ギルドメンバーの誰一人とも一緒じゃないとは。


「あー! ラッシュくんじゃないの~! やっほ~!」


 隣の店のミランダさんが彼に気がついたようで、手を振りながら来ました。


「よぉミランダ。お前のとこも店出してたんだな」

「そうだよ~せっかくだから見ていく?」

「あぁ」


 ラッシュさんはミランダさんの案内で店の方へ行こうとしましたが、あっと気がついたような声をして足を止めました。


「ミランダ……その髪飾りどうしたんだ?」

「これはクリンに貰ったんだ~」

「そうか……よく似合ってるな」

「ありがとー」


 どこかホッとしたような表情を見せるラッシュさん。おやおや?


「これはこれは、ラッシュさんではありませんか。いらっしゃいませ」


 ミランダさんとラッシュさんが話をしていたら店番をしていたはずのクリンくんがやってきました。


「店長、彼のことは僕に任せてください。それよりあちらのお客様のお相手をお願いしてもいいですか」

「そう? それじゃクリン頼んだよ~」

「え、いや、ちょっとまっ――」


 慌てた様子のラッシュさんを置いて、ミランダさんは別のお客さんのところに行ってしまいました。


「てめぇ、今のわざとだろ」

「さてなんのことでしょう?」


 ラッシュさんのひと睨みに怯むことなく、クリンは愛想のいい笑顔を向けていました。その二人の視線の間にはバチバチと火花が飛んでいそうでした。


「あーなるほどな。あいつの目的はこれかぁ」

「そのようですね」


 にやにやと面白そうな笑みを浮かべるオリヴァーくんと共に、がっかりしているラッシュさんの背を見る。彼の恋の行方はどうなるかわからないですが、少なくともクリンくんが認めない限り難しそうですね。



「アール、ケーキばかり売るのもいいですがお祭りを楽しみに行きませんか?」


 何回目かのケーキの補充をしにきたアールにそう声をかけました。

 出店者として参加しているとはいえ、私たちだってこの祭りを楽しむ権利があります。それにアールもそろそろ疲れたことでしょう。休憩も兼ねて誘いました。


「それに、そろそろニルが限界なんです」


 ニルはどこか死んだ目をして店の裏に蹲っていました。目の前ではテツさんの串焼き屋もあるしケーキもあるというのに食べられない状況は彼にとっては地獄だったようです。


「なら店番は私に任せておくがよい」

「じゃあ、お願いします。一時間くらいしたら戻ってきますので」


 通りで呼び込みをしていたルシールさんが戻ってきてくれたので、彼女に任せていくことにしました。戻ってきたら今度はルシールさんに休憩をあげましょう。

 見慣れたダイロードの街もこれだけの人と店が連なると、まるで別の街のように見えました。街の至るところは魔法照明でイルミネーションのように彩られているので、その光景を見るだけでも楽しいですね。


「待ってくださいってニル!」


 早速と言いますか……ニルは目に付いた食べ物の屋台に一目散に飛んでいく。まったく今度はなんですか、アメリカンドッグにピザにりんご飴にチュロスに焼きとうもろこしにポップコーンにアイスクリームに――。


「多すぎですって!!」


 そんなに食べたら太って飛べなくなりますよ! あっでもまるっと太ったニルはそれはそれで可愛いかもしれない……いえなんでもありません。

 大体そんなに食べられるのか……いや、ニルならありえますね。


「ダメです。そんなに買えません!」


 お願いと言うようにウルウルとした目でこちらを見るんじゃありません。どうしたものでしょうか……ん? どうしましたか、アール?


「さぁこれよりホットドッグ早食い大会を始めるぞ! 我こそはという挑戦者よ! 今こそ名乗り出よ!!」

「……ニル、喜びなさい。今からお腹いっぱいになれますよ?」


 にっこりとニルに微笑むと、そうじゃないと言いたげなジト目で睨まれました。

 グルメなニルとしては色々な料理をゆっくりと食べたかったのでしょう。ですがホットドッグをたらふく早く食べるというのも悪くはなかったようです。


「しょ、勝者はニル選手!! 驚きです! まさかファミリアとはいえモンスターが優勝してしまうとは!!!!」

「おかしいだろ、あのくちばしでなんて早さだ……! フクロウじゃなくてキツツキの間違いじゃないのか!!」

「小さいのにあんな量を食っただと!?」


 ……まさか優勝するとは思いませんでしたよ。他の挑戦者を圧倒して食べまくったニルは、今は表彰台の上でどや顔で陣取っています。ちなみに優勝商品はホットドッグ一年分でした。しばらくはニルの食事代に悩む必要がなさそうですね。


「さてこれからどこに……きゃ!」

「……っ!」


 人通りが激しかったせいか人とぶつかってしまいました。慌てて相手のほうを見るとその人は尻餅をついてしまっていました。


「すみません、大丈夫でしたか?」


 手を伸ばして声をかける。見た目はクロエと同じくらいの、髪も瞳も真っ白な少女でした。



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Gzブレイン様より出版しました!
大筋は変えず色々加筆修正やエピソードを追加してあります。
kaworuさんの超綺麗で可愛いイラストも必見ですので、どうぞよろしくお願いします!
i328604
― 新着の感想 ―
[一言] ニルは食事に特化したファミリアと勘違いされそう。
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