113・装備新調
「全然ダメ……やっぱり上手く足がつかないようにしているみたいで探せない……」
カウンター越しのミランダさんが残念そうに報告してくれました。先日港町シートリンクであった一件から、赤き混沌の使徒団についての情報がないか探していました。ミランダさんは商人としてのツテを利用して情報を探していたようですがダメだったそうです。
「でもあんな薬をばら撒いて何が目的なんでしょうか?」
クリンくんが不思議そうに言いました。彼はあの事件の被害者です。自分と同じような被害者が出てしまうのを危惧しているのでしょう。
「話では一種のドーピング剤と称して売っていたようですね。資金源にもなりますし、実験の目的もありそうです。なんであれ危険な薬をばら撒かれるというのは困ったものです」
港町での被害者は軽度なものだったので、ポーションでなんとかできましたが……クリンくんの時のように重度な混沌化された人が出てしまったら私達では助けられません。
「それに関してなんだけど……最近、どうにもその薬関係の事件が増えているみたいでね。クロエちゃんできればでいいんだけどあの例のポーション、うちに卸してくれないかな?」
港町で起こった同様のことが最近周りの地域でも起こっているようです。薬の回収はされているようですが、それでも使ってしまう人がいるようで混沌化して暴れる人が絶えないのだとか。今のところはポーションで治せる程度の被害のようなので、ポーションさえあれば誰でもすぐに被害者を元に戻せます。
しかし、困りました。あのポーションはあまり表には出したくない品。ですが流通させておけば、住人の安全も守れるというもの。
「お願いだよ~クロエちゃん! 人助けだと思ってさ!」
「……わかりました、売りましょう。ちゃんと買い取って頂けるようですしね。ただし、私のことはどうか内密に」
「ありがとうクロエちゃん~! もちろんだよ~良い得意先のことを誰にも言うわけないじゃない~」
もちろん善意もあるでしょうが、なんとなくこんな時でもミランダさんは商売っ気があるような気がしました。ということで通常ポーションに加えて、聖水と同等の性能がある湖の水ポーションも売ることにしました。収入が増えますね。
そうと決まれば早速、量産しないといけませんね。そう思ってダイロードの街にある家の前まで戻ってきたのですが、家の前に誰かいました。背の小さなドワーフと大柄で無愛想な男性の二人。
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
「オリヴァーくん、それにニックさんまで……もしかしてもうできたんですか?」
「ああ」
「もちろんこっちもな」
まさかもう頼んでいた物が出来上がっているとは……。するとトントンと肩を叩かれる。振り向けばアールがこくりと頷きました。……武器も出来上がっていたんですね、さすがです。
ということでまずは出来上がった装備を受け取って着替えました。
【宵闇のドレス】
ニックさんにオーダーメイドで頼んでいた装備です。
黒を基調としたフレアドレスはまるでレディブラックのようでした。夜会に現れた黒の貴婦人とはこのことでしょうか。合わせたとんがり帽子を被っているとちゃんと魔女らしくなります。
【紫水晶の杖】
アールが作ってくれた杖。黒曜樹が素材なので黒くて長い杖です。そして杖先は丸っこく中心に宝玉に加工されたアメジストが輝いていました。杖先が丸いのでニルも止まり木として使えるように作ってあるのがアールらしいですね。
【月の涙】
オリヴァーくんに頼んでいたムーンライトストーンを使ったアクセサリー。ネックレスで大粒の白くて綺麗な石が首元で揺れています。名前の通り、月の涙のようです。一日に一回、【月光】効果をもたらすほどの月の光を出すことができます。
「おおー……!」
全部合わせて着てみましたがすごく良いではありませんか!
「似合うようにデザインした甲斐があったな」
「やっぱりこのドレスにはこの形のネックレスだよな、聞いといてよかったぜ」
「あれ……もしかしてデザインの打ち合わせしてました?」
「防具の新調話が耳に入っていたからな。どうせならそれに合わせて作ろうと思って。合わねぇもん作ったり、アクセサリーだけ浮いちまうなんてことはしたくなかったからな」
「アールとも共同したな」
アールまで? 振り向くと彼は肯定するように頷きました。
道理でそれぞれのデザインの意匠が似ていて、合わせるとしっくりくると思いましたよ。
「みなさん、ありがとうございます」
「職人らしく中途半端を許したくなかっただけだ」
「まっ喜んでもらえてよかったぜ。……でも払うものは払えよ」
「もちろんですよ」
これだけの仕事をしてもらったのですから、報酬はちょっと上乗せしておきました。
オリヴァーくんからは追加で頼んでいた大釜も修理されて戻ってきました。こちらの仕事も完璧ですね。
そしてもう一つ。あの【魔防の双玉】を使った装備品も作ってくれました。
【双玉のアミュレット:攻撃を防ぐ赤の守護石と魔法を防ぐ青の守護石を用いたアミュレット。使用者をあらゆる攻撃から守る。一度使用すると壊れる】
「はい、アール。これはあなたが持っていてください」
そういってアミュレットをアールに渡しておきます。私が持っているより、アールに持たせたほうがいいと思いましたから。アールはオークのNPCです。プレイヤーの私たちより死にやすいでしょう。それに私がログアウト中に何かあったら大変です。彼の安全のためにもこれはアールが持つべきなのです。
アールはこんな良いものを貰っていいのかというように戸惑っていました。
「最近はよく私のために働いてくれましたから、これはその報酬です。それに私にはあなたが大切ですから」
だから貰っておいてください、と物を返そうとしたその大きな手を優しく押し返しました。
アールはしばし手の中にあったアミュレットを見つめていましたが、やがて嬉しそうに笑った後に受け取ってくれました。
「私の服は買い替えましたし……ルシールさんやアールの服も買い替えましょうか」
帰り道でふと気づく。ルシールさんには今は私のドレスを貸していますが、ちゃんとした彼女の服を用意してあげたほうが良いでしょう。それにアールの装備も買えなくては。
「それならアールに任せてやるといい。ニックに作り方を教わったようだからな」
ルシールさんの言葉にアールが頷きました。どうやら私の装備の共同製作の時に教わってきたようですね。本人もやる気ですし、材料だけ渡して頼んでみることにしました。材料はこの前買った実家の布地があるのでそれを使ってもらいましょう。手製の染色剤があるので色変えもし放題です。
「ふふ……クロエ! 見るがよいこのうら若き乙女の姿を!」
白と黒の髪と同じような色合いをした可愛らしいドレスの裾をひらひらとさせながら喜ぶ少女がそこにいました。ダイロードの街から黄昏の森のログハウスに帰ってすぐに、アールはルシールさんの服を作ってくれました。
「すごいですね、アール! 私も作って欲しいくらいです」
ちょっとだけ照れたように、だけど嬉しそうにアールは笑いました。そんなアールの服装も新しくなっています。目立たない地味な色合いでオークらしさを隠しつつも、彼に似合っている服装です。
次に防具を製作する必要があったら彼に頼んでみるのもいいかもしれません。その時にはきっと今より腕も上がっているでしょうから。