112・港町シートリンク
ダイロードの街の東門から出てそのまま道なりに進んでいく。道中特に問題はなく、すぐにシートリンクに到着しました。
【デュオ地方/港町シートリンク】
「へぇ……ここがシートリンクですか」
門をくぐるとダイロードの街と似たような町並みが現れます。その町並みの奥には青い海と停泊する大きな船の姿が遠くに見えました。潮風が吹いて、磯の匂いが微かにしました。
船着き場近くに行くと目的の市場がありました。人と物で溢れ返っています。海が近いこともあり、魚や貝といった海産物が売られている。そして商船からの品らしい、ここのあたりではあまり見ない品々もありました。
「あー! あれちょっと気になる~! 見に行ってみよう、クリン!」
「店長、待ってください。また変なもの買ってはいけませんからね?」
到着早々にミランダさんが気になるものを見つけたようで、クリンくんの手を引いて行く。
「あれは……もしかして南の地方で採れる鉱石か?」
オリヴァーくんも気になったものを見つけたようでそちらに行こうとする。
「さて、私たちも見て回るとしましょう……ってあれ? ニルとルシ……ベルシーはどこに行きましたか?」
さっきまで周囲に居たニルとルシールさんがいない……。するとアールがあっちというように指を差しました。
二人は焼き魚を売る露天の前にいました。ニルはいつも眠たげな目をはっきりと開けて、きらきらとした目で焼けていく魚をじーと見ています。
「これは……おいしそうだのぉ」
ルシールさんもゆらゆらとしっぽを揺らしながら、背伸びをして露天の中を覗いている。じゅうじゅうと焼ける魚をニルと同じようなきらきらとした目で見ていました。
何やっているんですか、あなたたちは……。店員さんが困ったように二人を見ているじゃないですか。
「クロエークロエー! これを買ってくれんかのぉー!」
ルシールさんの言葉にニルもうんうんと高速で頷いています。それはもういますぐ食べたいというように。
食いしん坊なニルは分かるとして……なんでルシールさんまで。猫だからですか? 半分猫のベルだから魚につられたんですか?
「わかりましたから!」
露天の前でそんなふうにされては目立ってしまいます。仕方なくそれぞれに焼き魚を買ってあげることにしました。
「おいしい……おいしいのぉ!」
焼きたての魚をルシールさんが嬉しそうに頬張っていました。猫舌だからでしょうか? ふぅふぅと冷ましながら食べていますね。その隣でニルも啄ばむように食べている。
もちろん私とアールの分も買いました。魚はサンマのようで、適度に脂が乗っていておいしい。摩り下ろした大根やレモンをかけてさっぱりと頂くのもいいですね。
っていやいや。今日の目的は買い物です。食事目的ではありませんでした。
「ダメですよ、ニル。今日はこれでおしまいです!」
また他の店(もちろん食べ物系)に飛んで行こうとしたニルを捕まえつつ、食べ物屋台から遠ざかります。
「あっクロエちゃ~ん! こっちに木材を扱う店があったよ~」
屋台と物がひしめく通りの向こう、微かに見える人影の奥でミランダさんが手を振っていました。
「あっちに木材があるみたいですね。行きましょうか、ルシールさんって……」
あれ?またルシールさんがいない?
「ク、クロエー待つので……わぷっ、押すな! 潰れるッ!!」
振り向いたら人と人の間に押し潰されているルシールさんの姿がありました。
助けださないといけませんね。飛び出ていた手をアールと共に引っ張ると、すぽんっと抜けてきました。
「はーはー……ひどいめにあった……」
「大丈夫ですか、ルシールさん?」
「なんとか……子供の体というのはこういう時不便だのぉ」
あのまま人の波に飲まれていたら逸れていたかもしれません。ルシールさんがまた押し潰されたりしないように手を繋いでいくことにしました。
ミランダさんに案内で木材の屋台に着きました。色々な種類の角材が並んでいました。
「色々あるではないか……トレントの木材に鋼木の木材なかなか珍しいものがあるのぉ」
本当に色々とありますね。ルシールさんは知識があるようで、アールに木材の説明をしていました。トレントの木材を使えば、動く家具ができるだとか、鋼木は強度の高いものができるだとか。
「クロエの杖によさそうなのは……これがよさそうだね」
【黒曜樹の木材】という真っ黒な木材を差しました。炭みたいに黒く光をいっさい反射しない。
「【漆黒の森】と呼ばれる場所に生えている樹木だよ。地中深くを流れる魔力を吸って成長する樹木だから魔力が巡りやすく、杖の材料によく使われておる。だけど上手く扱わないと木に魔力を吸われてしまう。魔力の調整がまだできないような初心者向きではないものだね」
どうやらこの木材を使用して出来上がる杖は【両手杖】のスキルレベルが30以上じゃないとダメみたいです。私はすでにそのレベルに達しているので装備できますね。
「すみません、この【黒曜樹の木材】をください」
「はい、30万Gですよ」
「30万G……え、30万Gですか?」
ちょっと高くないですか? この木が30万G? まぁ原産地はここから遠いですからね……それだけ高くなっても仕方ないでしょう。一応ミランダさんにも聞いてみましたがそれくらいは適正価格だといわれました。
ここへ来る前にダンジョンで拾ったものを換金済み。家の購入で飛んでいった150万Gを再び手に入れたので払えます。
あとはアクセサリーとそれから防具も新調したいと考えていますが……これはまたすぐに飛んでいきそうですね。
「あら、クロエちゃんたちじゃないかい」
「ミランダの嬢ちゃんたちも来てたのか」
「あっおじちゃんたちだー、やっほー」
「サニーさんとテツさんじゃありませんか」
ダイロードの街で串焼き肉とサンドイッチなどの屋台を開いている料理人の二人も、ここに来ていたようですね。
「あっニックさんもいるじゃありませんか」
「……よぉ」
二人の後ろには無愛想なクマとも言える防具屋のニックさんもいました。まさかダイロードの職人がここまで集まるとは。
「テツさんたちも市場を見に来たんですね」
「まぁな。珍しい香辛料とかレシピ本がありそうだったからな」
「近いうちに祝賀祭があるからね。この市場に来れば祭りに出すための新商品のアイデアが見つかるかもしれないと思ってね」
「祝賀祭……?」
「嬢ちゃん、知らないのか? 今度新しい領主が就任したっていうから、それを祝う祭りをダイロードで開くんだとさ」
へぇ。ダイロードの領主って新しい人に代わっていたんですか。
「私たちも店を出すんだー。お店の宣伝にもなるし」
「いいこと聞いたぜ。面白そうだしオレも参加してみるかな」
ミランダさんもオリヴァーくんも店を出すようですね。……ふむ、私たちも出してみましょうか。ちょうど街で店を構えようとしていたところです。その祭りに屋台を出せば宣伝にもなります。
そうなると売り物を考えた方がよさそうですね。
「そうでした、ニックさん。あとでお店に伺おうと思っていました」
「……新調か?」
なんだかニックさんが嬉しそうに答えました。この人は感情が表に出にくい人ですが、なんとなく声のトーンがいつもより高い気がしたんです。
「そんなに依頼されるのが嬉しいのですか?」
「ちょうどいい素材が手に入ったから、そいつを使えそうだと思ってな」
そう言ってニックさんがアイテムボックスから取り出したのは一つの布生地でした。羊毛のようでさわり心地が柔らかい。
「ヘイス地方からの輸入品らしい。手触りの良くそれでいて通気性もいい。それから一つ一つの繊維がしっかりしているから他の生地に比べてより防御力も高く、また魔力を纏う性質から魔術を扱う職業の服にいいようだ。お前さんのような奴にはぴったりだろう?」
「ふふ、そうですね。じゃあこの生地で一つ防具を……ってあれ?」
丸められた布地には広がらないように止められた帯がありました。そこをじっと見ていたら、何やら情報ウィンドウが出てきました。
【ブラッドリー子爵家の紋章】
……ブラッドリー子爵家? なんだかどこかで見た覚えがあるような……?
あ……ああ! クロエの実家じゃないですか!?
「ニックさん、この紋章は……」
「生産元の印らしい。確か商人の話じゃどこそこの貴族が作ったとか言っていたような……」
じゃあこれは、クロエの実家が作った布生地だって言うんですか……?
まさか羊の織物産業をしているとは。その後これを売っていた商人にも聞いてみましたが、詳しくはわかりませんでした。
しかし、今まで接点はありませんでしたが、こんなところで縁があるとは。
家出したとはいえ実家のことは気になっていましたが、ますます気になってきました……。いつか里帰りしてみたいものですね。とりあえずこの布地は私も買っておくことにしました。
他にも何かあるか見て回ったところ、目を引くものがありました。それは【スモールビッグスネークの血液】という魔物素材。
「ルシールさん。もしかしてあの【魔女術】にあった【こどもになるくすり】の材料ってこれじゃないですか?」
「さぁて。どうだろうね?」
「……意地悪ですね」
「何でもかんでも聞いておったら、成長は見込めないものだろう? 自分で考えて、自分で調べて、そしてそれを自力で作れたなら、ワンランク上の魔女になれるかもしれない。これはそのための試験だと思っておくがよい」
そう言われてしまえば、しないわけにはいかないじゃないですか。
よし、いいでしょう。こどもになるくすりの一つや二つ作りますよ。これはその第一歩です!
「ありがとうございますー! お代は30万Gですー!」
そう、これは魔女への必要な一歩。必要経費なのです……。
なんだかこの一歩はとても短い一歩に感じてなりませんが、たとえ小さな一歩でもいずれはたどり着くものです。進行方向も間違ってないはずなので大丈夫でしょう……きっと!
さて、私の買い物はこれくらいでしょうか。正直まだここにいるとまた出費してしまうかもしれないので、ここらへんで切り上げたいところです。
「んーと……こういう形はどうだ、クリン」
「そうですね……いいかもしれません」
ふと何やら一つの屋台の前にクリンくんとオリヴァーくんがいました。あの二人が一緒にいるなんて珍しい。しかも二人がいるのはアクセサリー店じゃないですか。
「何しているんですか」
「わっ……なんだクロエさんか……」
クリンくんが私を見るなり驚きました。なんでしょう、ますます気になりますね。
「男二人でアクセサリー店の前にいるなんて怪しいですね……?」
「なにも怪しくねぇよ。クリンがミランダへの贈り物を探したいっていうから付き合ってんだよ」
「あの、深い意味はないですからね! イルーの時は心配をかけしまいましたし……日頃の感謝の気持ちも込めて贈りたくて……」
そういうことでしたか。なんとも微笑ましいものです。だからさっき話しかけた時、びっくりしたんですね。ミランダさんに話しかけられたと思ったから。
「正直オレなんかより女のクロエに聞いたほうがいいって言ったんだがな」
「いやでも……店長みたいな女性の人への贈り物だったので……」
「私だって女性の人なんですが、クリンくん?」
「あっいや! 違うんです! クロエさんは店長と仲がいいから言ってしまうかもしれないって思っただけで……! サニーさんたちは仕入れで忙しそうだし、頼れそうなのがオリヴァーさんだけだったんです! 職人さんでもありましたから!」
やっぱり私って女子力低いんでしょうか、カイルさん? もうちょっと女子力を鍛えておきませんと。
「話すわけないじゃないですか。まぁなんであれ、私も手伝いますよ」
というわけでオリヴァーくんと共にクリンくんの相談に乗りながら、贈り物選びを手伝いました。といっても、オリヴァーくんが物自体を作ってくれるという話なので、参考程度に屋台の物を見てどんな物にするか決めていくということになりました。
最終的にクリンくんはユリの花を象った髪飾りにすることにしました。なんでもユリはミランダさんが好きな花らしいです。ネックレスや指輪と違って意味があまり重たくなく、かつ仕事の邪魔にもなりにくいから、という理由で髪飾りになりました。
「きゃああぁあぁぁ!」
「おい、なにしやがる!!」
な、なんでしょうか? 突然通りの向こうから悲鳴が聞こえてきたかと思えば、そちらから人々が逃げてきました。
「あれは……」
逃げ迷う人々の間から、男性が一人暴れているのが見えました。焦点のあっていない目は血のような赤色。あぁこれはもしかして。
「クロエ!」
「ええ、分かっています!」
ルシールさんの声に答えて、私は湖の水入りポーションをぶん投げました。ポーションの掛かった男性は無事浄化されたようですぐにおとなしくなり、気を失うように倒れました。
「こやつ……やはり混沌化しておったようだの」
「そのようですね。でもどうしてでしょうか?」
すぐに警戒するように周りを見渡しますが、彼らの気配はない。でも混沌あるところに赤い影ありです。何かしら関わっていそうです。
「あれ……ここは……?」
「大丈夫ですか? 少し事情を聞いてもよろしいでしょうか?」
気が付いた男性はキョロキョロと慌てて周りを見渡していました。
「どうしてこうなったか、覚えはありますか?」
「ええっと……あぁそうだ、薬だよ。強くなれる薬があるっていうからさっき買ったんだ」
「……それで試したらああなったというわけですか。どこの誰に買いましたか?」
「よく覚えてない……そのへんにいるような普通の商人だったさ」
これ以上は情報を得られなさそうでした。ちょうど騒ぎを聞きつけた警備兵が来ていたのでその場を去ることにしました。
「ねえ、クロエちゃん。さっきのって……」
「混沌化による暴走のようです。どうやら商人から薬を買ってなったようですね」
「……許せない。その商人のこと探してみようよ!」
ミランダさんの怒りはもっともです。危険な薬を売り歩いている売人を放っておけはしないですね。それに捕まえれば、彼らに繋がる情報が出てくるかもしれません。
ということで市場を限定に薬の売人を探してみたのですが出てきませんでした。まぁ騒ぎがあった直後です。その場に留まるようなことをしないでしょう。
仕方ないので一旦、引き上げることに。調査はまた今度ですね。