106・落ちたその先で
朽ちた食堂で一休みした後、私達は再び迷宮を進みました。同じような通路が続く中、敵を倒して六層目。
特にこれといった事故に遭うこともなく進められたのは休憩をしたこともあるでしょう。皆、動きが良い。これも部屋を見つけてくれたサザンカさんのおかげですね。さっきスープで死にかけてましたけど。
「……またそこに罠があるでござる」
本日何度も聞いた言葉に、私達は自然と足を止めました。目の前に広がる廊下は私達から見て何もないように見えます。
「どうやら今度の罠は落とし穴のようでござる」
「まっどっちみち私が解除しちゃうんだけどね!」
「待て、アジー! まだ解除するな!」
罠を解除しようとしたアジーちゃんを止めたのはサヴァールくんでした。
「なによ、罠を解除しないとこの先に進めないでしょ?」
「いや、そうとも限らないだろ? この迷宮は地下に進んでいくタイプだ。なら落とし穴にハマればそのまま下のフロアに行けるだろ」
「あっ、そっか! 確かにそうだね!」
確かに階段を使わずとも、落とし穴に落ちればそのまま下に行くこともできますね。サヴァールくんの話だと一階分だけでなく二階分以上も落ちる場合があるので、ショートカットとしても使えます。
「でも、落ちたら落下ダメージを受けるんじゃ……」
「それも問題ない、【シルフの加護】があるだろ?」
ライトくんの心配にサヴァールくんが答える。そういえば加護の効果の中に落下ダメージの軽減がありましたね。なら高所から落ちてもある程度なら大丈夫でしょう。
「そうだが、どれくらいの高さかもわからんだろ……」
「そんなに心配なら私が試しに落ちて高さをみてみましょうか? 私、飛べますし」
そう言って私は箒を手に取る。この狭い迷宮内では特に出番はないだろうと思っていましたが、思わぬ所で出番があるものですね。
「落ちた先が安全かも確かめてきますよ。ダメそうなら飛んで戻ってきます」
「ならクロエに任せるよ。無理はしないでね」
カイルさんにそんな言葉を掛けられながら、私は罠に近づいていく。その後をニルとルシールさんが追ってくる。ニルに行かせる手も考えたんですが、どうやら使い魔には罠は反応しないようです。同様にペットにも。残念。
――ガタンッ!
罠に一歩踏み込むとその場の地面が一瞬にして消え去りました。足元は先の見えない暗闇のみ。一瞬の浮遊感の後、体は暗闇へ落下していく。……ここで闇魔法を使ったら最高出力になるんでしょうか?
私が落下死する心配がないとはいえ、呑気な考えをしている暇はありませんでしたね。しかし、意外と落下の時間は長い。一階分のフロアならそこまで長くないはずですが……これは二階、三階分ありますね?
やっと光が見えてきました。さて自由落下もここまで。そろそろ箒に乗って飛行します。飛行しながら暗闇を抜け、地下のフロアにたどり着きました。
「着きました」
『クロエ、そっちの様子はどうだい?』
「そうですね、随分と広い部屋のようです」
カイルさんの通信にそう応えながら、地面に降り立ち周りを見る。あたりは先程の完全な暗闇とは違い、薄暗いだけですが明かりがなければ見辛いでしょう。私は暗視持ちなので特に問題はないのですけどね。
――ガタンッ!
「えっ……」
大きな音が頭上から聞こえてきました。まさかと思って天井を見上げる。……やっぱり。落ちてきた穴がなくなってます。どうやら落とし穴は一方通行だったようですね。
「穴が塞がって上に戻れなくなりました」
『なんだって!』
「まぁ、今のところ戻れない以外に問題は――」
「クロエ、後ろじゃ!」
ルシールさんの鋭い声。彼女の【気配察知】のスキルを通して、画面上に危険を知らせる赤いエフェクトが現れる。まずいと思ったその時には、大きな何かの手に体を掴まれていました。
暗闇の中に見えるそれは先程見たゴーレムよりも大きな個体。【番人のジャイアントゴーレム】……まさかの二つ名持ちとは。しかも辺りをよく見渡せば複数の【アイアンゴーレム】に、背中に多彩な宝石を乗せたストーンローラーの亜種【クリスタルローラー】の姿もあります。
「どうやらここは……モンスターハウスだったようですね」
落とし穴の先はモンスターハウス。侵入者を撃退するにはとても良い二重の罠です。
そんな感心をしている間にもギリギリと体を締め付ける手によって【プロテクション】の盾が破れ、体力が削られていく。拘束されているので逃げることも魔法を扱うこともできません。
まずい状況ですが、私ではどうにもすることが――。
――ガタンッ!
その時でした。頭上で再び音がしたと同時に、私を掴むゴーレムの真上から白い塊が降ってきた。硬いものがぶつかったような重い音が響き、ゴーレムはその衝撃で掴んでいた手の力が緩みました。私はその隙に拘束から逃れ、距離を取る。
「クロエ、大丈夫か!」
「ええ。おかげで助かりました、カイルさん」
ゴーレムの頭上を蹴って地面に降り立ち、私を背に守るように盾を構えるカイルさんの姿がありました。すぐに落とし穴に飛び込んで助けに来てくれるとは。しかも盾を下にして落ちてきたようで落下ダメージもない様子。むしろゴーレムにダメージを与えることまでしてくれました。
「よっと……二人とも大丈夫みたいだね!」
「しばらく他の敵は拙者らが引き付ける。大物はカイル殿に任せたでござる」
スッと音もなく降りてきたのはアジーちゃんとサザンカさん。二人は落ちた時にはそれぞれの得物で敵を倒していました。仕事が早いです。そのまま他の敵を相手にしていく。
「オレが提案したばかりに危ない目に遭わせて悪いな」
「まぁ穴が塞がることを想定してなかったし、仕方ないですよ」
次にサヴァールくんと彼に抱えられたブルーイくんが降りてくる。サヴァールくんは前線に出た二人の援護に回り、ブルーイくんは私の治療に当たる。
「うわあああああ! いでっ着地ミスったっ!」
『……お前もサヴァールに抱えられていたほうが良かったんじゃないか?』
「うるせー! ちょっと落ちる角度を間違えただけだ!」
悲鳴ととも降りてきた、というより落ちてきたライトくん。それを冷ややかに突っ込むのは上で待機することを選んだ様子のオリヴァーくん。……ダメージはありません。プロテクションが剥がれましたけど。
「ライト! さっさとこっちを手伝ってくれ、僕一人じゃ抑えられない!」
「あっ悪い! 今行くから!」
一人ジャイアントゴーレムの攻撃を耐えていたカイルさんのサポートに、ライトくんが向かっていく。
「解析結果出たけど、あのゴーレムに魔法耐性はないよ」
「報告ありがとな、ブルーイ。こっちのジャイアントゴーレムのウィークポイントは見えているだろ? あとは頼んだぞ」
「ええ、分かっています」
サヴァールくんの言葉に頷いて答える。――さて、やりますか。
前方でジャイアントゴーレムの相手をするカイルさんとライトくん。彼らの邪魔にならないよう、周りの敵の相手をするアジーちゃんとサザンカさん。
彼女たちが相手できなかった敵、もしくはこちらに向かってくる敵や魔法を撃ち抜いていくサヴァールくん。誰かしらが傷を負えばすぐに回復するブルーイくん。
では、私の役割とは? それはもちろん魔法によるダメージディーラー。
「《闇の力》よ……」
紫の魔法陣が設定されたスキルの発動ワードに反応して出現する。十秒間の詠唱、それを稼ぐ必要はありません。他の皆さんが敵を抑えてくれているから。直前に暗黒スープと風邪引き薬を飲み、能力値を下げては上げて……後は放つだけ。
「さぁ、これが私のお返しですよ! 全てを吹き飛ばしなさい、ダークバースト!」
ジャイアントゴーレムを中心に闇の爆発が巻き起こる。隙がないような硬い体の中でも一番脆い部分に魔法が直撃。その身を黒紫の炎が打ち砕いていきました。それだけでなく周囲にいた敵も一緒に吹き飛ばしていく。
「……相変わらず、すごいダメージ量」
「放った本人が死にかけだけどね。ほとんど自爆技だよ」
呆れたようなサヴァールくんの声が聞こえてくる。でもいいじゃないですか、このダメージ。ジャイアントゴーレム含めて周囲一帯の敵を殲滅できましたからね。
あっブルーイくんは回復ありがとうございます。確かにこれは自爆技に近いですね。代償が大きい分、威力も大きくなるからなんとも言えませんけれど。
「だから俺を巻き込むなって言っただろおおおおお!」
……なんかまだ収まっていない魔法の爆発の渦の中からそんな声が聞こえてきますがきっと気のせいでしょう。だって同じ範囲にいたカイルさんとかアジーちゃんとかサザンカさんは巻き込まれていませんからね。
『おー終わったか? なんとかなったようで良かった、良かった』
上で待機しているオリヴァーくんののんびりとした声が聞こえてくる。ええ、本当なんとかなって良かったです。