105・賞味期限は過ぎてません
ダンジョン探索はとても順調に進み、ついに五層まで到達しました。しかし、層を下る毎に敵の強さも上がっていきました。
「気をつけてください。そのアイアンゴーレムたち、物理耐性がとても高い個体のようです!」
「道理で攻撃が通らないと思ったよ」
ブルーイくんの言葉に答えながら、ゴーレムの攻撃を盾で弾くカイルさん。ブルーイくんはどうやら解析スキル持ちのようで、解析判定に成功した場合モンスターの詳しい情報を得られるようです。
あの【アイアンゴーレム】というモンスターは物理耐性が非常に高い。しかし、何かが突出して高い能力を持っているということは、他の能力は低くなる。
「クロエ!」
「はい、いつでもいけますよ!」
後ろにいる私は足元に魔法陣を出しながら、杖を構えている。その魔法陣は準備が整っていると言わんばかりに紫の光を力強く発光させています。
それを合図に前衛組は後ろに下がる。四体居たアイアンゴーレムをバラバラにしないよう、できるだけ固まった位置にしながら。
全員が離れたことを確認し、詠唱待機させていた魔法を発動。【ダークバースト】が四体のゴーレムを中心に発動し、闇の爆発が彼らの体力を消し去った。物理耐性が高いですが、逆にこのゴーレム達は魔法耐性が非常に低い。
「よし、これで終わりで――」
「いや待て。まだ一体残っている!」
サヴァールくんが警戒を解くことなく、矢をつがえ撃ち出す。風を切る音を鳴らせ、撃ち放たれた矢は一体だけ何事もなかったように立っていた【アイアンゴーレム】のコアに刺さりました。
「どうして……」
「解析した結果、あれだけは魔力耐性が高い個体だったようです」
申し訳なさそうにブルーイくんが言う。どうやら他三体は物理耐性があったようですが、この一体だけは別だったようですね。
「物理が通るなら問題ない!」
こちらに向かって走ってきたゴーレムに、向かってライトくんが飛び込んでいく。そのまま大剣を振るってそのゴーレムを倒してくれました。
これにて一先ず戦闘終了。このように耐性持ちが現れだしたことで楽に行かなくなりました。ですがドロップ品は良くなったんですよ。今もなんと【ゴーレムのコア】を手に入れてしまいました。損傷したコアでなくちゃんとしたコアです。これはうれしいですね。
《レベルが30に上がりました。》
レベルも上がったようですね。経験値の入りがとてもいいので、すぐ30レベになれました。ふむふむ……スキルのレベルもあと少しで上がりそうですね。
「むっ……またそこに隠し部屋があるでござる」
先行していたサザンカさんが足を止め、石壁のとある場所を指す。よく見ると扉のような物がありました。隠されている……というより見にくくなっているようですね。部屋に入るとテーブルが置かれており、奥にはかまどのある厨房のような物がありました。ここはこの施設の食堂だった場所でしょうか?
「丁度いいことだし、ここで休憩しないか?」
提案したのはカイルさん。その意見にみんな賛成のようで、ここで小休憩を取ることにしました。
「ニルもゆっくり休んでくださいね」
ニルも疲れたようにあくびを一つして眠りだしました。ダンジョン内ですから時刻はわかりにくいですが、今は昼間ですからね。夜行性のニルがこの時間に動くことは、かなり無理をしていることになりますから。
周りを見るとそれぞれ思い思いの休憩をし始めました。カイルさんは椅子に座り、腕を組んで目を閉じている。……あの感じだと離席中のようですね。ライトくんはアジーちゃんたち三人組と共にテーブルを囲んで、さっきのモンスターの話やドロップ品の話をしていました。
サザンカさんは離れた場所に相棒と共にいる。目線が忙しなく動いている所から、視界に映る画面内でドロップ品の整理でもしているのでしょう。……時々四人で話し合っているところをちらちら見ていましたけど。
ふと食堂の奥。厨房らしき場所にいたオリヴァーくんが目に付きました。
「何をしているんですか?」
「ここの厨房がまだ使えないか見てるのさ……っとかまどは使えるな。なら火を起こせばここで料理ができそうだ。こんなダンジョン内でここを見つけられたのはラッキーだったな」
……そういえば屋外でも料理ができるスキルがないと、料理をするには専用の施設がないとできないんでしたっけ。
「ここまで戦闘続きだ。満腹度の減りも相当だろ?」
そう言ってオリヴァーくんは薪と火打ち石を取り出しました。確かにオリヴァーくんの言う通り、気づけば満腹度がかなり減っていました。空腹状態になるとステータスに影響が出てくるので、何かを食べてお腹を満たさなければなりません。
非戦闘員であったオリヴァーくんはあまり減っていないそうですが、だからこそ少しでも役に立とうと料理を作ってくれるみたいでした。ここの場所が見つからなかったら、簡易調理場を作って対応したとのこと。準備がいいですね。
「楽しみにしておきますね」
「料理の腕はそこまでだから、味に期待するなよ?」
料理のおいしさにはある程度プレイヤースキルが試されますからね。レベルが高ければ、どんな悪い調理の仕方でも普通の料理はできますけど。
そういえば、何か忘れているような……。あっ。
「スープの賞味期限のこと忘れてました!」
慌ててアイテムボックスを開く。この前大量に作った暗黒スープ。それらの賞味期限が後数時間で切れそうでした。あぁ……ちゃんとスープのストックを確かめておくべきでした。中にはもう過ぎてしまったものも。あぁ、もったいない。
この前のアプデで賞味期限のシステムが追加されてしまったんですよ。今までどれだけの時間、料理を持ち歩いても腐ることなんてなかったというのに……まったく運営も余計な要素を追加してくれました。
「うわっなんだよそれ。腐ってんのか」
「これはまだ腐ってませんよ。最初からこういうものなんです」
「ええぇ……嘘だぁ……」
暗黒スープを手に持った私を避けるように身を引いたオリヴァーくん。腐ったらアイテム名称が【賞味期限の過ぎた料理】に変わるんですよ。そうなると見た目も変わります。
それを食べた場合、【腹痛】の状態異常を受けます。たとえ状態異常を複数与える暗黒スープであっても。ちなみに味もまだ食べられるものに変化します。なぜ腐ったら性能が落ちているんでしょうね。
「それって確かクロエがこの前飲んでたやつか?」
「あーなんか見たことあると思ったら、あの時のヤバイスープか」
私が魔法を使う前に飲んでいる姿を見たことがあるからでしょうか、興味深そうに見てくるライトくんとサヴァールくん。
「確か、それ飲んだらすげー強くなってたよな?」
「ええ、確かに力の源はこれですね」
大量に状態異常を付けてくれるので【闇の代償】の効果を得やすいんですよね。
「ちょっと俺にも飲ませてくれ!」
そう言ってライトくんは私の手から暗黒スープを取り上げ、そのまま勢いよく飲んでしまいました。あーあ。
「……ごはっ!! なんだこれまっっっずうううう!!」
「大丈夫っ!?」
「やっぱ準備しておいてよかった……」
一口飲んだところですぐに手から皿を落とし、口元を抑えて倒れ込むライトくん。そんなライトくんの様子を見て、アジーちゃんがすぐさま水を取り出して手渡し、状態異常をブルーイくんが治していく。
「お前よくあれをすまし顔で飲んでたな……」
それを冷ややかな目でサヴァールくんが見ていました。
「味には慣れましたから。飲んでみます?」
「あれを見て飲めるか!」
大丈夫ですよ、ちゃんと人間が食べても問題ない味ですよ。むしろここは体験と思って食べるべきです。きっと人生で初めて食べるであろう味ですから。
「……僕が目を離している間に一体何があったんだ?」
あっカイルさんが戻ってきたようです。俯いていた顔が上がり、苦しむライトくんを不思議そうに見ていました。
「クロエのスープを飲んだらこうなっちまったんだよ。まったくこれで腐ってないとかおかしい味だったぜ」
「そうなのかい? でもスープでそこまでなんて……大げさじゃないか? それにそんなことを言うのは失礼だ」
「そう思うならお前も飲んでみろよ」
そう言ってライトくんがこちらを見ました。あぁ、スープを出せというのですね。ストックはたくさんありますので出しましょう。全部賞味期限前のものですけど大丈夫です。賞味期限が切れる前であれば、料理はどれもできたてホヤホヤの状態で出てくるゲーム仕様ですから。
「…………これは」
スープを目の前にしてカイルさんが固まる。うん、見た目からしてまずダメな見た目をしていますからね。確実にはこれを飲んだら死んでしまうと思えるほどの悪魔のスープですから。実際死ねます。
「ほら、どうしたカイル兄ちゃんよぉ! 飲むんだったらさっさと飲めよ、クロエに失礼だろ?」
ライトくんがとても楽しそうに煽っている。カイルさん的にはこのスープを飲むことを辞退することはないでしょう。だって、“カイル”というキャラがそういうことをするはずがない性格をしていますから。
でも中の人は違うでしょう。飲みたくないと思ってるようです。一瞬カイルさんの目がライトくんを睨んだ気がしましたから。恨むならば断れない性格の自分のキャラを恨みなさい。
「……見た目だけかもしれない、やはり食べてみないと判断がつかないな」
覚悟を決めたのか、とても真剣な目つきになりました。さすがカイルさん、ロールプレイヤーの鑑ですね。なら、その覚悟に敬意を表してこちらも行動しましょうか。
「そんなに私の料理を食べたいだなんてうれしいですね。では私が食べさせてあげましょうか」
「えっ……?」
私がスプーンでスープを掬って、それをカイルさんに差し出す。狼狽えているカイルさんが面白い。そんなにクロエから食べさせてもらえることがうれしいですか? ……それとも、食べたフリをする手が使えなくなって困りましたか?
「ここまできて、食べないなんていいませんよね?」
「……もちろんじゃないか」
今の私の笑みはきっと暗黒スープのように黒いでしょう。それに対して少しばかり乾いた笑みをこぼしたカイルさんがこちらに近づいて来ました。そして私のスプーンを持った手を掴み、自分の方へ引き寄せる。
『……俺はともかく、カイルがかわいそうだと思わねぇのか?』
『そもそもの事の発端はライトくんですよ、カイルさん』
『そうだが、お前も嬉々として乗っかっただろ』
『否定はしません』
私にだけ聞こえる声でそう言ってガンを飛ばしてくる。相変わらず、似合わないほどに凄みのある睨みですね。
『このクソ魔女が!』
そんな悪態を吐きつつも、カイルさんはスープを飲みました。
「……こ、これは……ただのスープというには……無理ですね……ッ!」
「ほら、言った通りだろ?」
「うわぁ、カイルさんも倒れちゃったよ!?」
その後は予想通り、先程のライトくん同様口元を押さえてもがきながら倒れてしまいました。ありがとう、カイルさん。あなたのことは忘れません。いや、本当に死なれたら困りますけれど。
「……どれくらい不味いのか僕も気になってきました」
「やめてくれブルーイ。お前が飲んだらお前を治療できねぇよ」
「でも私も気になってきちゃった!」
「えっまじで食うつもりか、アジー!?」
「私がそのスープを飲み干してやろうじゃない! ほらサヴァールも!」
「いや、オレは食わねーからな! 食べないってば!」
……その後ブルーイくんの治療魔法が二回発動されたのは言うまでもありません。
「しかし、誰もこのスープを飲み干してくれませんでした……。慣れればいけると思うのですけど」
『……クロエ、悪いことは言わん。そのスープはこれ以上人に食べさせるんじゃないよ』
私のつぶやきに、ルシールさんが呆れたように突っ込む。NPCまでにも止められてしまうとは。
「おいおい、何やってんだか。とりあえず、俺の料理で口直しするか?」
「ここに神がいた!」
「するする! ありがとう、オリヴァー!」
オリヴァーくんが作ってくれた料理は野菜の入ったコンソメスープという簡単なものでした。
しかし、暗黒スープを食べた面々はこの世のどの料理よりも、今のこのスープのほうがおいしいというかのように、とても幸せそうに食していました。
うん、まぁ確かにあのスープの後に食べるとさっぱりして、口の中が浄化されるかのようでしょうからね。
「あれ、ストックが一つなくなってる?」
おかしいですね。みんなに振る舞った暗黒スープの量を差し引いても、一つスープが足りていない。首を傾げたその時、悲鳴と共に何かが倒れる音がしました。
「……さ、サザンカさんが倒れた!」
「ないと思ったらあなたでしたか!」
ここにも好奇心に負けた人がいましたよ。恐るべし、暗黒スープ。