103・巻き込みにご注意を
イルー地下鉱山。そこは地下に何十年もかけて掘られた坑道が続く場所。私達はオリヴァーくんの案内の元、ダンジョンがある入口まで歩いていました。
坑道内は人やドワーフたちの手によって整備されていましたが先の魔獣ウィラメデスの出現の影響か、あちらこちらが崩れてしまっていました。中には完全に塞がってしまった道もあるのだとか。
「その道の一つは最下層に続く道でな。あの辺りは上質な鉱石や珍しい鉱石も採れたんだが……ウィラメデスの封印により採取ができなくなったかと思えば、今度は道が塞がっちまった。だから、道を開けるまでそういった鉱石は見られないと思っていたんだが……」
道が塞がりましたが、地殻変動で新たに現れた洞窟や鉱脈などもあったそうです。その中の一つに、件のダンジョンがありました。
「噂のダンジョンではなんと、お目にかかれないはずだった珍しい鉱石が採れるそうじゃないか。これは行くしかないだろう?」
ニッと口の端を吊り上げてオリヴァーくんが言う。職人魂が疼くのでしょうか。まだ見ぬ鉱石を求めて、少しばかり興奮していますね。
ダンジョンの入り口は中層付近にありました。普段は採掘者しかいないそうですが、ダンジョン前には多くのプレイヤーたちの姿があります。中には彼ら相手に商売をする人たちも。ポーションの在庫を持ってくればよかったかもしれませんね。
「おー、あんたらもダンジョン攻略かい?」
声を掛けてきたほうを見れば、この人だかりの中で目立つ金ピカの集団……エル・ドラードの皆さんがいました。その中心でこちらに手を振っているのはコガネさんですね。もちろん、隣にラッシュさんとフライデーさんの姿もありました。
「はい。コガネさんの助言を採用いたしました」
「役に立ったようでなによりだ。ふむふむ、このメンバーで行くのか。見た感じ悪くないメンバーで――ってオリヴァーがいるじゃないかい」
「どうも、いつもご贔屓にさせてもらってます」
「なんだい、あんたもダンジョンに行きたかったら言ってくれりゃ連れて行ってやったのに……」
「今回は色々あってね。こっちの手を借りることにしたんだ」
そういえばエル・ドラードのクランはオリヴァーくんの得意先でしたね。オリヴァーくんはちょっと気まずそうにしているアジーちゃんたちのほうを見る。こっちはこっちで前回は捕まったり捕まえられたりという関係でしたね。
「姐さんたちもこれから行くのか?」
「もちろんさ、これから攻略しに行くつもりだよ。まだ全容が把握されていないらしいからね。あたしらが暴いてやろうと思ってね!」
オリヴァーくんの言葉に笑みを深めてコガネさんが言いました。
「それじゃあ、あんたらも頑張るんだよ!」
コガネさんはラッシュさんたちを引き連れて、ダンジョンの入口に向かっていきました。
「よし、俺らも行くぞ!」
「うん! みんな頑張ろうね!」
張り切るライトくんとアジーちゃんたち。そうして、私達もダンジョンへ行くことにしました。
ダンジョンの入口は整備された坑道内に突如として現れたような大きな裂け目。その裂け目の先に見上げるほどの大きな観音開きの扉がありました。白い扉には魔物のような生物が彫られている。それは開け放たれていて、中に続々と入っていく人たちが見えました。
ですが、中に入った人たちは、すぐに姿が霞んでいき消えていく。扉の先に一歩でも踏み出せば、外界から切り離された異空間へ飛ばされるそうです。そこは人によって様々な姿を見せる迷宮が待っているという。
まぁわかりやすく言うと、一層一層の構造がランダム生成されるインスタンスダンジョンです。ダンジョン内も一パーティに合わせて作られるため、他のパーティには出会わない。
『……ふむ、ずいぶんと古い遺跡だね。見た感じ災厄時代のものかの。こういう遺跡には防衛魔術が備わっているから気をつけるんだよ』
扉を見たルシールさんがそんな一言をこぼしていました。このダンジョンは彼女の認識ではそういうものらしいです。
この先に何が待っているんでしょうか。不安と期待を持ちつつ、次々に消えていく人たちとともに私たちも扉の先へ進みました。
扉を潜り抜けると今までのむき出しの岩肌が見える坑道とは違い、石壁の廊下が続く場所に繋がりました。後ろを振り返れば坑道の入口が見えます。外には人が居ますが、その喧騒は聞こえてこない。まるで扉を隔てて仕切りがされたように。きっとあちらの人たちには私達の姿は見えないのでしょう。
廊下には光がなく薄暗くて先が見えない。ですが、急に光が現れて明るくなりました。光魔法のライトを唱えたようですね。
「ライトくんがライトの魔法を使ったと」
「変なダジャレはやめてくれよ」
魔法と同じ名前を付けたことをちょっぴり後悔しているライトくんと目が合いました。
カイルさんとブルーイくんも光魔法の【ライト】を唱えてくれたので、暗がりの問題は解決しました。……闇魔法使いの私としてはそのままでも構わなかったけれど。ちょっと光から逃れるように移動します。
「じゃあさっそく行こう!」
「待て、先に補助の魔法を掛けてから行くぞ」
歩きだそうとしたライトくんを止めたのはサヴァールくん。効果時間が長い補助魔法は先に掛けておいたほうが掛け忘れもありませんね。
ブルーイくんから補助魔法を掛けてもらいました。神聖魔法の【マナシールド】。魔力でできたシールドを対象に纏わせることで、あらゆる攻撃の威力を弱めるのだとか。前に戦った時、攻撃の通りが悪かったのかこれのせいですか。あとは【プロテクション】。これは一度だけ攻撃を完全に防いでくれる魔法だそうです。
「風の精霊シルフよ。契約の元その姿を現し、我らに加護を与えたまえ!」
サヴァールくんが詠唱したのはなんと召喚系魔法のスピリット。現れた精霊シルフは私達の真上を一周。キラキラとした光が落ちてきたかと思うと、【シルフの加護】を貰い受けました。効果は三十分の移動速度上昇に風属性の効果上昇に耐性付き。高所からの落下時にダメージ軽減など。
移動上昇だけなら【ウィンドステップ】でもできないこともありませんが、この魔法のほうが効力が上ですね。さすが精霊の扱う魔法。その後、シルフは召喚された時のように光に包まれて消えていきました。精霊魔法というのは精霊を呼び出して力を貸してもらう魔法。力を貸してもらったら、精霊はすぐに消えてしまうんです。常に精霊を召喚できるタイプではない。
「精霊魔法なんて使えたんですね」
「この前やっと契約できたばかりだけどな」
精霊と契約するのはなかなか難しいらしい。他の召喚系魔法であるサモナーとファミリアのほうはそのへんのモンスターでもいいのですが、スピリットは精霊と出会わなければ契約することもできない。さらに言えば出会えたとして、契約してくれるかはまた別問題。サヴァールくんは以前、火の精霊に出会ったことがあるそうですが、森の民のエルフとは相性が悪く契約ができなかったとか。
「他に補助魔法が使えるやつはいるか?」
ええっと、補助魔法は私にも使えるものが……ありました。これがよさそうですね。唱えたのは新しく覚えた土魔法の【大地の加護】。対象の防御力がアップします。
「あとは【黒の紋章】という防御力を引き換えに攻撃力があがる魔法がありますが要りますか?」
「今せっかく上げた防御力を下げてどうするんだよ? 今はいらないからな」
「分かってますよ、サヴァールくん。一応聞いてみただけです」
【黒の紋章】は効果の通り、代償を得て力を得る【暗黒魔法】のスキルです。使ってみたかったのですが……まぁまたその時が来たら使ってみましょう。
私達はダンジョンの中を進んでいきました。隊列は先頭を斥候役であるアジーちゃんとサザンカさん。次にカイルさんとライトくん。あとに続くように私とブルーイくんとオリヴァーくん。そしてサヴァールくんです。
「そこに罠がある。気をつけるでござる」
先行する斥候組のであるツバ……じゃなくて、サザンカさんからそのような報告が上がりました。どうやら敵に出会う前に罠を発見した模様。
「すっごーい! 私全然わかんなかった……。サザンカのレベルが高いのかな?」
「いや、オレも今見つけたからお前が単に見逃しただけだぞ、アジー!」
「まじで!?」
しっかりしてくださいアジーちゃん……。これは斥候役にサザンカさんが来てくれてよかった。一応、ニルの【看破】スキルでも罠の発見ができるようで私にも見えました。でも発見ができても罠の解除はできない。
「せ、せめて解除は任せて! 得意だから!」
「あぁ、そうしてくれ」
隣に立つサヴァールさんが一つため息を吐く。いつもこんな調子らしい。なんだか日々の苦労が窺えますね。罠を解除してさらに前進したところで、前の二人が足を止めました。
「やっと敵さんのご登場だよ~!」
「ストーンゴーレムが五体。まだこちらに気付いていない」
ここからで敵の姿はよく見えません。かろうじて見える姿は白い人影。なんとなく、私が召喚できるゴーレムと似た形に見えました。
「奇襲はできそうですか?」
「可能でござる」
「うん、大丈夫だと思う。あとサヴァールもできるね?」
「ああ。任せろ」
「じゃあ奇襲したら僕とライトが前に出る。クロエたちは後方支援をよろしく」
カイルさんのその言葉を合図に、先行していた二人の姿が消える。
隠密スキルの【ステルス】ですね。完全に姿を消した二人。……闇に溶けるように消えたアジーちゃんでしたが、サザンカさんは白い煙に包まれたかと思うと次の瞬間には姿を消していました。
同じスキルなのに演出エフェクトが違う。どうやらサザンカさんはスキルカスタマイズをしているようですね。
感心をしている暇はありませんでした。先にいたゴーレムに奇襲攻撃がもう始まりました。
サザンカさんの攻撃は急所を狙った一撃で、それによってゴーレムは即死。仕事が早いですね。
アジーちゃんのほうも【ガードブレイク】を入れて防御力を減らした後、双短剣による連続攻撃を与えました。
三体目はサヴァールくんの弓矢が襲う。……遠くに見えるHPバーがゴリッと減ったんですが……あぁ、弱点であるコアに攻撃したことで出たクリティカルの威力でしたか。
すぐに前に出たカイルさんとライトくんが二人の加勢に入る。体力が減っていた二体が為す術もなく倒されていきました。
残り二体は――。
「さぁ、闇に飲まれなさい!」
唱えた【ダークバースト】を発動。二体は闇の爆発に飲まれていく。即死……とは行かなかったもののほとんど瀕死です。惜しい。
「てめぇ、俺を巻き込むんじゃねぇー!」
「あらごめんなさい、ライトくん」
効果範囲内にいたライトくんがどうやら巻き込まれてしまった模様。魔法のダメージは入りませんが、爆風でゴーレムと共に飛ばされていました。
飛ばされたライトくんを起こしに行く。その間に転倒状態となったゴーレムの処理はカイルさんとサザンカさんがしてくれました。
「もう次は使わないでくれ、その技」
「ですが、これが一番火力が出る技なんですが……」
「火力が出ても殺しきれてないだろ! その状態で敵を吹っ飛ばすなんてのやめてくれよ!」
……確かにゴーレムが少し遠く飛んでいってしまいました。周囲を壁に囲まれた石壁の廊下とはいえ、人が十人横に並んでも通れるくらい広い通廊です。そのため下手に飛ばすと遠くまで飛んでしまう。通路の先は言わずもがな。
「わかりました。では次は確実に仕留められる火力でやります」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「もちろん巻き込まないように気をつけます。これで問題はありませんよね?」
にっこりと微笑むと若干引きつった笑みを返しつつも、納得してくれました。大丈夫です、もう不注意で吹き飛ばしたりしませんから。
さてゴーレムのドロップ品を手に入れることができました。うーん……。
「クズ石にクズ石……割れたコア……」
「ここって本当に宝石が採れるのか? このレベルならまだ外のモンスターを狩ったほうがいいぞ?」
あんまりよくないものばかりなんですけど。同じことを思ったのか、ライトくんがそう言います。
「ここの一般モンスターの通常ドロップはこんなもんだ。レアドロップを狙うならもっと下の階層に行ったほうがいいらしいぞ」
クズ石を手にオリヴァーくんが言う。確かにまだ一戦目。これからに期待しておきましょう。