101・一攫千金の噂
ゲームに戻ってきました。新しいVR機器をさっそく使用して。
少し感覚の精度が上がったような、ないような……。人が多い場合とかならもっと機能差が分かりやすいのかもしれません。
時間が空いたことですし、とりあえず薬草畑の様子を見に行くことにしましょう。
こちらはアールが世話をしてくれています。……というより殆どアールに任せっきりですね。
給料を多めに渡しておかなくては。最初はお金の使い道が分からないようだったアールですが、今では気づけば物が増えているほどに何かしらを買っています。ついこの間もミランダさんの店にいましたし。
アールと共に出来た薬草を刈り取り、次の薬草を植えていく。ミランダさんからポーションの依頼も入っていますから。それが終われば家に戻ります。
一息入れつつ、私は今回のアップデート情報を詳しく見てみることにしました。
今回は大幅アップデートに対してプレイヤーたちの間でも騒がれていましたね。中でも気になったのがウェイクワードの機能改善および追加。
言葉によるシステム操作が従来の物から少し変更されました。武器召喚なるシステムが追加され、武器の出し入れが簡易にできるようになったようです。
「《コール・ウェポン》」
ウェイクワードを言うと、装備されていた杖が手元に出現しました。おお、これぞまさしく武器召喚と呼ぶにふさわしい。何も持っていない手にどこからともなく杖が出現したのですからね。
「《コール・リリース》」
解除のワードをいえば手元からパッと光と共に消えていく。装備自体が解除された訳でなく、アイテムボックス内に一時的にしまっている状態ですね。
これは実に便利ですね。武器召喚なんてロマン溢れることができることもそうですが、常に杖を持っているのは時に邪魔でしたから……。
またこれは登録ワードの変更もできるようなので――
「《我が杖よ、この手に!》」
呪文を唱えて杖を召喚! ということもできます。スキルの発動方法にもウェイクワードの変更が来ていますね。
ほほう、発動ワードの変更が可能になったと……それを言えばスキルの詠唱を開始できる仕組みですね。
スロットからの視線選択も今までどおりできるようですが、こちらのほうを使いたい。だって魔法を扱うなら、やっぱり呪文を唱えたいじゃないですか。
スキルの発動ワードもいじっておきましょう。あんまり長すぎると不利になるので、短めに。
あとは……スキルカスタマイズでしたか。こちらはスキルの見た目だけを変更できる新機能です。見た目とはつまり、エフェクトであったり形であったり。
たとえば私の扱う【闇魔法】の【シャドウアロー】があります。発動すると杖先から紫色の闇の矢を放つ魔法です。これを紫色から赤色に変えたり、矢の形を棘の形にしたりすることができるようです。
スキルの発動ワードの変更もあったので、同じ魔法なのにまったく違う魔法のようにすることができるということですね。
茨の棘という魔法名にして赤色の棘を出すことができるというわけですよ。でも性能は【シャドウアロー】と同じ。
お値段なんと1スキルに対して、50スターコイン。……全部のスキルをカスタマイズしようとするとかなりお金がかかりますねぇ。
とりあえず今のところは変える必要はない……というよりそのままで合ってるのでそのままにしておきましょう。
確認と休憩を終え、次にするのは仕事です。現在、家を買ってしまったのでお金がほとんどありません。
アールに給料を払うためにも、武器や防御の新調のためにも、稼がなくては。
そこで、新しい事をやってみようと思いました。
それは染色剤作りです。
衣服の色を変えたりする際に使う物ですね。調合スキルで作ることができるようです。本棚にあった読める本に書いてありました。
本で知ったのもあるんですが、エル・ドラードの人達を見ていて思い付いたんです。彼らは揃いの金色衣装を着ていますが、それは染色剤で装備の色を変えているんですよ。
ここに、先程収穫したばかりのレディブラックがあります。その数50個。一つの染色剤を作るのにかなりの数を使うんですよね。
これを調合鍋でひたすら煮詰めていきます。真っ黒な液体がグツグツと煮えたぎっている。
それをかき混ぜる私は、怪しい薬を作る魔女のようですね。……作っているのは染色剤ですが。
「よし、完成!」
瓶に入った黒の染色剤が一つできました。早速試してみましょう。染めるものは……帽子でいいですね。
とんがり帽子を取って、それに黒の染色剤を使用。ポンっとエフェクトがかかったかと思うと、深緑色だった帽子の色が黒色に変わりました。
おおっ……やっぱり黒色が似合いますね!
染め直した帽子を被り、思わず鏡を見てしまいます。あぁ、服のほうも黒に染め直したい。
マントに上衣なども染めるため、追加で5つ黒の染色剤を作りました。レディブラックの在庫はあるんですよ。今までコツコツと、ポーションになる薬草やグリーンハーブともに育てていましたから。
「やっぱりこの黒い姿が落ち着きますね……」
姿鏡の前には黒いローブに身を包んだら魔女がいました。深緑も悪くはなかったですが、やっぱりこの黒が一番。
それから黒以外の色を作ることにしました。
薬草やグリーンハーブから、緑の染色剤。
レッドグラスから、赤の染色剤。
ブルーローズから、青の染色剤。
イエローリリーから、黄色の染色剤。
ホワイトハーブから、白の染色剤。
材料を組み合わせてみるとまた色が変わる。
ブルーローズとホワイトハーブを合わせれば、水色の染色剤ができました。合わせる場合、使う材料の個数を変えるだけで微妙に違う色にもなりますね。
色々と試したい……所ですが材料が底を突きかけた。もっと材料が必要……その為にも畑を大きくしなきゃいけませんね……。
青い染色剤を光りかざす。キラキラと輝くそれはまるで宝石のようでした。
畑は今のところ、アールに任せている。私も手伝ってはいますが、二人だけでは今の畑で手一杯。これ以上大きくすると、管理が難しくなります。
「人手が欲しい……」
ぼそりと、思わず呟く。そうでなくても、この森の防衛に人員が欲しいのは前々から思っていたこと。
あの赤いフードの一味は意外にも大きな組織でした。守護者一人でどうしろと。
なんとかしなきゃいけません。NPCでもいい、プレイヤーでもいい。味方を増やさなければ……。
染色剤を作りつつ、ミランダさんから頼まれたポーションの制作もします。しかし、完成まで時間が取られました。二日ばかりログイン時間も少なかったことなどありましたが……なんとか完成。
さっそく試作した染色剤と共に売り行くため、ミランダさんの店に行きましょう。黄昏の森のログハウスからダイロードの街の家まで、扉一つで行けてしまいます。次元魔法様様ですね。
次元魔法のかけられた木でできた扉を開けると、殺風景な部屋に繋がりました。ゴミ一つないのが逆に不自然な程に、何も無い。……たぶん使ってないのに拘らず、アールが掃除をしてくれているのでしょう。
せっかく大金を叩いて買い戻した家です。何か、有効活用したい。ただの家としてはもう森のログハウスで間に合ってますから……どうしましょう。
「ルシールさん。この家はどのように使っていましたか?」
元家主のルシールさんは私の顔を見上げつつ答えました。
「そうじゃのぉ……魔術書関連の仕事の請け負いや、薬師として働いておったから、そのための仕事場としてかの。まぁ本来の仕事場はログハウスじゃから、この家はカモフラージュとして使っておったよ」
「なるほど……ならこの家で私も薬屋でも開いてみましょうか」
そしたら家の有効活用になりますし、お金も入る。守護者という大役を預かっていますが、給料は出ないんですからね。考えておきましょう。
「あら、もしかしてこの前のお兄さんかのぉ?」
家を出て、ミランダさんの店に向かう道中。隣を歩いていたアールが、お婆さんに声を掛けられていました。
「やっぱりそうだねぇ。この前はありがとうよ」
なんでも杖を折ってしまい困っていた所をアールが助けたそうでした。今持っている杖は新しくアールが作ってくれたそうで、とても使いやすく、感謝していると言われました。
「お、そこの大柄の兄ちゃんはこの前の!」
また歩いていると今度は衛兵に声を掛けられていました。話を聞くに、建て付けの悪かった扉を、アールが修理してくれたのだとか。
「あっ大きいお兄ちゃんだー!」
「おにいちゃん~このまえはわたしのぬいぐるみ、なおしてくれてありがとー!」
「あとでまたあそぼー!」
……今度は数人の子ども達がアールの姿を見た瞬間に駆け寄って来ていました。
「こんなに街に知り合いがいたんですね。私は全く知りませんでした」
アールがあたふたと、何か言い訳をするように手を振るも、諦めたように顔を下に向けました。
……これは予想以上に私が居ない間にかなりの頻度で街に通っていたようですね。
「いらっしゃいませ~」
扉を開くと、聞き馴染みの柔らかい声が出迎えてくれました。
「げっお前は……」
そして同時に聞こえてきたのは、ちょっと嫌そうな声。
この様々な商品が置かれた店内の中で、それより目立つ金色の塊が、ミランダさんのいるカウンターの近くに居ました。
「人を見るなり嫌そうな顔をしないでくれませんか、ラッシュさん。私はそんなに怖い顔していますか?」
「あんたの顔を見るたびに、あの時を思い出しちまうんだよ! 吹き飛ばされた時をな!!」
ラッシュさんに向けて、にっこりと微笑んだのですが、逆効果だったようです。若干青ざめていらっしゃる。
「あっははは! そんな可愛い子相手に何を怯えてんだい」
「やめろ、そんな笑うんじゃねぇよ!」
愉快そうな笑い声にさらに顔をしかめたラッシュさん。笑い声のしたほうを見れば、赤い目と目が合う。
白い角を二本生やした鬼人族の女性。この人……この前見かけたエル・ドラードのマスターさんですね。その時と違って今は初期装備ではなく、髪色と同じ金……というより黄色の着物を着崩し、大太刀を背負っていました。
その隣には金と白の神官。フライデーさんが側に控えるように立っていました。
「お久しぶりですね、クロエさん。マスター、こちらがあの彼女ですよ」
「やぁ、話は聞いてるよ。うちの子が世話になったようだね。あたしはエル・ドラードのクランマスター、コガネだ」
「初めまして、クロエと申します」
笑顔と共に差し出された手を握ると少し強い力で握られ、大きく上下に振られました。
「いやーこの前の討伐戦は助かったよ。あんたがいてくれたから、こっちも動きやすかったみたいだからね。……あたしも出たかったなぁ」
実に残念そうにコガネさんは呟きました。リーダーでありながら、参加できなかったのがよほど悔しかったのでしょう。
「ねぇ、またあんな大掛かりなことが起きそうな情報持ってないかい?」
ぐっと握っていた手を引き寄せて近づいた私の顔を覗き込むコガネさん。その顔は期待のこもった表情でした。
「そんなの知りませんよ。大体、あんなことがまた早々に起きてほしくないところです」
クロエとしてはあんな事件がまた起こるとか考えたくもないでしょう。私としてはコガネさんと同意見でしょうけど。
「そうだよね……あの規模のレイド戦はそうそう起きないよね……。でも本当に何か知ってない?」
「知りません。なぜ私が知っていると思うのですか?」
「それは――いや、やめておこう。さぁて、なんでだろうねぇ」
言いかけた言葉を飲み込んで、誤魔化すようにコガネさんは笑う。……十中八九、動画のせいでしょうね。
私は封印の守護者という物語でいうキーパーソンですから、そういう大事に巻き込まれる可能性が大いにあります。
立場的にもそういった情報が他のプレイヤーよりも掴みやすいところにいると踏んで、何かしら、それこそ前回のような事件に繋がる予兆を知っていないか聞いてきたのでしょう。
「まったく、あれほどのレイド戦が一回きりとかもったいないし、参加できなかった他のプレイヤーの配慮がなってねぇぜ」
腕を組んで不満をこぼすのはやはりラッシュさんでした。
「何いってんだい。そこがこのゲームの肝だよ。確かにね、今回はあたしも参加できなくて残念だったさ。でもね、一回きりの戦だ。参加できた奴にとってはそれだけ特別な、唯一無二の思い出になっただろう? 一回きりのその戦を失敗しないようにと、いつも以上に本気にもなれるってもんだ。あんたも、そうだったろ?」
「……前のゲームじゃ何度もやり直しがデフォだったからな。あれはあれでまぁ、確かに楽しかったよ。ぶっつけ本番すぎて疲れたが」
コガネさんにそう言われて、ラッシュさんは照れくさそうにそう言いました。
このゲームで体験できることは、けして二度はない。それは特別で、唯一で。そして時に無慈悲で、残酷で。一瞬、一瞬が巻き戻らないからこそ、体験できるものがある。それがたとえゲームとして不公平でも、楽しいものだとコガネさんは言っているようでした。それに対して不満があるなら、別ゲーをしたほうがいいでしょう。
この世界には他にいくらだってゲームがある。VRゲームが気にいらないならARゲームをやればいい。あちらのほうが数年も歴史が上です。むしろ無数にあるからこそ、このSSOというゲームは物珍しさから許されているようにも感じます。まぁ存在できるだけで一番人気というわけではありませんが。
今の世の中は、ゲームに限らず人を楽しませる娯楽と呼べるものは無数にあります。それだけ人が娯楽に興じる時間が昔と比べると圧倒的に多くなった時代ですから。
サポートロボットが誕生してもう三十年余り、世界は目まぐるしく様変わりしました。
彼らの登場で、人の仕事が減ったおかげで余暇ができ、それを対象に娯楽産業が栄えました。そして娯楽産業が成長したのもまた、機械のおかげだったりします。
機械が人に代わり仕事をすることになったことで、職を失った者もいたのも当然でしょう。
配達員が完全にロボットに変わったりね。私の職も然りです。私はその時代ではなく、かなり後だったわけですが……。まぁ、そういった者の受け皿の先に、急成長したはよいもののまだまだ機械に任せられない仕事が多くあった娯楽産業に人が流れ、ARやVRの技術革新があり、また高まる消費者の需要もありで、娯楽産業はさらに飛躍的に成長していった……そんな時代背景があったりします。
とまぁ、そんな世の中のことは置いておいて。つい、別の考え事をしてしまいましたが、今ラッシュさんが言った言葉を私は聞き逃しませんでした。思わず目を合わせたミランダさんと微笑み合い、そのままラッシュさんを見る。
「おい、なんで俺を見て笑ってんだよ」
「ううん、なんでもないよ~」
「ええ、なんでもありませんよ」
だって“私達”には理解できないことですから。今の会話を聞いていた“私達”に問いただしても答えられません。――あなたが楽しいと言ったことに関しては。
「この前のお礼も含むけど、何かあったらいつでも呼びな。あたしらはほら……そう、傭兵団! 傭兵団として色んなことを請け負ってるからね。あたしらに手伝えることがあったら、必ず呼ぶんだよ」
「ええ、覚えておきます」
コガネさんからフレンドコードを貰いこちらも返しながら、そう答えます。コガネさん、少しロールプレイを織り交ぜながら話す人なんですね。ちょっとライトくんに近いかもしれません。
コガネさんたちはミランダさんにあいさつに来ていたようでした。一番世話になったのはミランダさんですからね。そしてコガネさんのレベル上げもできたから、もうイルー鉱山の方へ向かうとも言っていました。……早いですね、第三期組はまだ始まって三日くらいじゃありませんか? さすが有名クランの人です。
コガネさんとの会話を切り上げて、ミランダさんにポーションや制作した染色剤を見てもらいました。
ポーションはいつも通りの値段。染色剤は結構高めで売れました。
なんでも需要が結構あるらしい。今まではこの街に作り手がいなかったから、王都から取り寄せていたそうです。ポーションと共にこれからも納品してほしいと頼まれました。
「おおー染色剤! 金色ってある?」
「そういえばクラン倉庫の在庫の補充が必要でしたね」
コガネさんの楽しそうな声と、思い出すように呟いたフライデーさんの声。エル・ドラードの皆さんってクランの全員は衣装を金色に染めていますもんね……。装備を変えるごとに消費するでしょう。
金色はないことを伝えるとコガネさんは残念そうに項垂れました。一応クラン員の中に作れる人がいるから、問題はないとのこと。でも作れたら、一度見せてほしいと頼まれました。
ミランダさんから支払いをもらう。アールに給金を渡し、現在の所持金は15万ゴールド。
「あぁ……装備新調まで遠いですね」
「えっクロエちゃんこの前の分で装備買えたんじゃ……」
「止むを得ない事情でポンっと消えました」
家を買ったこと、そしてそこで店を開くかも知れないと伝えると、ミランダさんは笑顔でうんと答えてくれました。
「お金がないのかい。ならイルーのダンジョンに潜っちゃどうだい?」
「ダンジョンですか?」
どうやら前回の事件の時、魔獣ウィラメデスが地中から街に出てきたことで地下鉱山の地形が変化し、それによって新たに発見されたダンジョンがあるそうです。
まだまだ発見されて日が浅いダンジョンで情報もあまり出回っていないそうですが、鉱石がよく出るらしく金稼ぎをするにはもってこいなのだとか。
コガネさんたちもイルーの街に到着したらすぐに挑戦しに行くそうです。
「これでもフロンティアでは名の通ったクランだったからね。あたしらがそのダンジョンを突破してやろうじゃないかさ!」
「あぁ、そうだな! マスター!」
「もちろん、他の方に迷惑をかけないようにしてくださいね、ラッシュ」
「わ、わかってるさ」
「ほらほら、フライデー。そこまでにしてやんな。こいつも十分反省したみたいだからね」
バシバシとラッシュさんの背を叩くコガネさん。……まぁ何かあったとしても、フライデーさんは元よりコガネさんというマスターもいますから大丈夫でしょうね。
「ダンジョン……か」
よし、そのダンジョンとやらに行ってみましょう。金稼ぎもできるという点も魅力的ですが、ダンジョンというからにはモンスターも当然出てきます。つまり、経験値ももらえるというもの。
いかんせん、レベ上げしたくともこの辺りは初心者エリア。周りに生息するモンスターも初心者レベルでもらえる経験値もあまりない。
お金も稼げて経験値ももらえる。これは一石二鳥というものでしょう。