100・舞台の上で会いましょう
本日は第三期組のスタート日です。正式サービス開始から二ヶ月目。私はゲーム開始からちょうど一ヶ月目にあたります。
私は友人のログインを待つべくダイロードのはじまりの広場にやってきました。おお、すでにキャラクタークリエイトを終えたのでしょう。続々と新しいプレイヤーたちがこの広場にどこからともなく光に包まれながら登場してきます。
やっぱり誰も彼もが美男美女。ただの美形レベルでは“平凡”と言われてしまうのは納得です。
この光景も懐かしいものですね。私も一ヶ月前に体験したのでした。確かその後は兵士のところに行ってクエストを受けようとして、言葉が通じないのが判明したんでしたっけ。
思わず辺りを見渡すとやはりというか、呼び込みをする兵士の元へプレイヤーが集まっていました。
「スワロ王国は新たな兵士を探している。我こそはという志願者はここに集まりたまえ!」
……あの時、分からなかった言葉が今はしっかりと分かる言葉で聞こえてくる。そんな呼び込みをしていたのですね。
『……また兵を募集しておるのか』
『また……ですか?』
足元に座り込む黒猫の呟きに思わず反応する。猫に憑依したルシールさんはどこか不安そうにしっぽを揺らしながら兵士とそこに集まるプレイヤーたちを見ています。
アレは初心者が受けられるチュートリアルクエストのはず。そうではない、ということでしょうか?
『最近、隣国のラプタリカ王国との関係はかなり悪いと聞く』
『そうなのですか?』
『長年スワロ王国とラプタリカ王国は友好関係を結んでいたが……ラプタリカ王国の新王が即位してからはあまり良い噂を聞かなくなった。兵を募集しているとなると……状況はかなり厄介かもしれんの』
とてものどかで平和な田舎町に似つかわしくない物騒な話ですね。調べてみるとあれは王国兵への簡易的な試験だったそうです。一応初心者を導くチュートリアル的な役割もはたしてはいるそうでした。
おや、あそこにいる金ピカ集団はまさか……。やっぱりラッシュさんたち、クラン【エル・ドラード】のみなさんでした。あんなにも大勢集まっているなんてどうして……あっもしかして。
また一人、この広場に新しいプレイヤーが降り立ちました。額に角を生やした鬼人族の女性。
「待っていたぜ、マスター!」
「お待ちしておりました、マスター」
「あぁ、ずいぶんと待たせてしまったな」
ラッシュさんやフライデーさんに続いて、マスターと呼ばれた女性の元に他のメンバー達も集まっていきました。マスターさんは確かベータ経験者でありながら、今まで抽選に落ちていたんでしたね。受かったようでなによりです。
……それにしても。マスターさんは女性なのでしょうか? それとも男性?
見た目のアバターは鬼人族の綺麗な女性ですが、中身までそうとは限らない。その隣にいるのが見た目は完璧な男性ですが、中身は女性のフライデーさんがいますからね。
まぁあまり中身の性別や情報なんて、この世界では意味をなさないでしょう。明らかにしない限りは見たまんま、ありのままの状態で受け止めたほうがいい。それ以上を知るのは本人が話さない限りは突っ込まないに限ります。
私もあまり現実の自分のことを根掘り葉掘り聞かれたくありませんので。
別に現実の本当の自分のことが嫌いなわけではありません。むしろ自信を持って言えるほどに好きなほうです。だからといって話せるわけではないだけです。
『……あの、あぁこの名前は言ってはいけませんでしたわね。えっと確か……クロエだったかしら?』
すると耳元に聞き馴染みのない声が響きました。透明感ある、鈴の音のような声。ですが、その喋り方には覚えがあります。この声の持ち主は私の友人ですね。
『ええ、クロエですよ。キャラクリが終わったのですね、今どこにいますか? ダイロードの街の広場なら私も今居まして――』
『それがあの、ちょっと困ったことになりまして……』
『……困ったこと?』
こんなにも困惑している友人の声も珍しい。一体何があったというのでしょう。
『ええっと……ゲームスタートしたら目の前に二人の人がいたんです。今その方たちに話しかけられているのですがどう対応すればいいのか分からなくて……』
『とりあえず今どこにいますか? 広場ではないんですね?』
『ええ。薄暗いのでよくわかりませんが、室内だと思います。それから、スタートの地域は言われた通り、デュオ地方にしておきました』
……室内に、目の前にいるのは二人のキャラクター。これは通常スタートとわけが違う。
【生まれ】や【経歴】によっては、ゲームスタート時に広場からスタートではない場合があるようです。もし私が【経歴:家出】を引かなければ、きっと子爵家の屋敷からスタートしていたことでしょう。
彼女はその特殊な場合に該当してしまったというわけです。
しかし、キャラクリの仕様変更でランダムスタートといえど、開始地域だけを選択することもできるようになったそうです。このシステム変更はプレイヤー側の要望かも知れません。もう少し早く実装して欲しかったですね……。
なので、デュオ地方内にいるというのは間違いないがなく、遠い地域で離れ離れということはなさそうですが……困りましたね。
『一体どんな生まれと経歴を選択したのですか……』
『ええと……生まれがホムンクルスとして生まれたで、経歴は生まれたばかりですわね』
『……ホムンクルス?』
『ええ。あなたにオススメされた通り、ランダムで作ってみたらこの結果になりましたわ』
ホムンクルスとして生まれて、経歴が生まれたばかりということは、ちょうど作り出されたばかりということですか。ということは目の前にいる二人のキャラクターというのも彼女を作り出した錬金術師でしょう。
それにしても、人造人間をあなたが引き当てるなんて……どんな運命の巡り合わせですか。
とりあえず、この状況をどうするか。合流するにもまずはこのオープニングイベントをこなしてからじゃないと会えそうにありません。しかも彼女は初心者中の初心者です。生まれてこのかたゲームという物をプレイしたことがないんですよ。なので少しサポートしていきましょう。
『目の前にいる二人があなたのキャラを作り出した錬金術師でしょう。二人はどんな人ですか?』
彼女のキャラを作り出した錬金術師ならNPCでしょう。適当に返事をすれば、それとなく解釈して開放してくれるはず……。
『ええっと二人とも赤いローブを着ていますね』
ふむふむ、赤いローブですか。……赤いローブ?
『一人はメガネを掛けていらして……耳が少し尖っていますね。とても眉間に皺が入っていらっしゃいます。具合でも悪いのでしょうか?』
メガネを掛けていて、耳が少し尖っているということはハーフエルフ? いや、まさか……。
『もう一人は赤い髪の少年ですね。先程からこちらにニコニコと笑いかけてくれます。言っている内容は少し分かりませんが……そういえば幻影の街でお見かけしたように思いますわ』
『そうですか……』
『クロエ?』
私は思わず空を見上げました。なんだって……なんだって……。
「よりによってなんでそんなところにいるんですかあああ――――!!!!」
こんな日に似合いな晴天に私の声が響いていく。その声を聞いて、周りのプレイヤーが驚いた表情でこちらを見ました。ルシールさんもアールもニルも驚いてましたが、驚きたいのはこちらですよ……。
なんでよりによってイグニスたちのところにいるんですかっ!? 絶対あの二人のところじゃないですか! というかホムンクルスなんて作って何を企んで……。
――とりあえず。この状況をどうするべきか。考えた末、たどり着いた結論は一つ。
『あなたの居場所はわかりました。今あなたの目の前にいる二人に連絡をとりますので、少し待っていてください』
まだ二人が見知らぬプレイヤーでないのが良かった。幻影の街で会った時にプレイヤーIDを知れたので、それを使って連絡ができます。
ですが、いきなり連絡をして出てくれるものでしょうか。クロエと彼らはキャラ同士は敵対しています。ロールプレイヤーの中には個別チャットでも受け付けない人がいますからね……。何はともあれ、連絡しましょう。事情が事情ですからね。
耳に手を当てるとすぐに個別チャットのシステムウィンドウとして現れる。今回のアップデードて追加されたものですね。チャットシステムを簡単に呼び出す動作です。ゲーム中の設定では魔術通信の術式展開のやり方でしたか。
『突然の連絡を失礼します。今あなたの目の前にいるホムンクルス、その中身のプレイヤーは私の友人です。それに関して少し相談したいのですがよろしいでしょうか?』
『…………あぁ、道理で反応がおかしいわけだ』
余裕たっぷりな喋り方と違う、少し驚いたような子供ぽいっ声が通信越しに聞こえてきました。
『とりあえず、こういった話をゲーム中ではしたくないな。悪いけど幻影の街に――あっちょっと何やってんだ! その人NPCじゃないからそんなことしないで!』
『ちょっと何が起こってるんですか!?』
『あっ通信が――とにかく幻影の街で待ってて!』
個別チャットが切られてしまいました。友人のことが凄く心配です……大丈夫でしょうか?
◇ ◇ ◇
幻影の街は今日も様々なプレイヤーやNPCが歩き回る浮世の街でした。そんな街からさらに外界から切り離されたような路地裏。そこにある寂れた酒場に私達は集まっていました。
「まさか、私が作り出したホムンクルスにプレイヤーが入ってくるとは……」
額に手を当て、驚いたようにそう口にしたのはオズワルド――いえ、オズさんでした。
「先程はとんだ失礼をした」
「いえ、大した事ではありませんわ。どうか、お気になさらずに」
オズさんの謝罪にそう答えるのは私の友人ですね。見た目は相変わらずゲスト用のアバターです。ゲーム中のキャラのアバターを使うこともできますが……変更をし忘れたのでしょう。
オズさんはどうやら相手をNPCだと思っていたようで、友人の手や腕を掴んでしまったようでした。場合によってはハラスメント行為にもなりえるので、さっき彼が慌てていたのも頷けます。
「それで彼女はキミの友人なんだね? しかもゲームを始めたばかりの初心者と……」
カウンターを背もたれにし、困ったように腕を組んでいるイグニス……さんですね。
「一緒にプレイするつもりだったんでしょ。悪いね、こんな事態を引き起こしてしまってさ」
「いえ……第一こんなことを仕組んだ運営が悪いと思いますよ」
「あぁ、確かに違いないね。……たぶんワードリンクシステムのせいかな?」
ワードリンクシステム。確か掲示板では嫁ガチャなんて名称で言われていましたね。口に出した設定がたとえ嘘でも、現実味があればそれを真実としてしまうシステムのことでしたか。
「いや、今回の場合は少し違う。私が作り出したホムンクルスにそのまま入ってきたわけだからな。空いていた設定にNPCではなく、プレイヤーを割り当てたのだろう」
「あぁ、確かにその見方のほうがいいかな? 何にせよ、こんな事態になったのは運営のせいなのは間違いないけど」
彼らとの話で今回の原因がわかりました。どうやら、ランダムを選んだ友人はその結果を元に割り当てられた場所が、オズさんの作り出したホムンクルスだったわけですね。
プレイヤーの元にプレイヤーが召喚されるとは……。下手をすればプレイヤー同士で問題が起きそうなもの……。いや確かこの運営、目立つようなプレイヤーは監視しているとの話でしたね。……送っても大丈夫そうなところに飛ばした? いやたとえそうでも、現に問題が起こっているのですが……。
「さてじゃあ……彼女をどうしようか。今僕たちのところにいるけど、キミのところに戻したほうがいいよね?」
「そうしてくださるとありがたいですね」
「そうなると僕たちとの接点は消しておくべきかな? なら別の錬金術師に作られた設定に変えてもらって――」
「いや、待て。アレはただのホムンクルスではない。下手に設定は変えられんぞ」
「あっそっか。……あぁ、確かに無理だ」
彼女の設定についてなにやら難しい顔をしながら話し込んでいるイグニスさんとオズさん。一体どんなホムンクルスを作り出したんですか……。
「いいや、この際運営に言おう。大体この事態を引き起こしたのは運営だ。ならちょっとの設定くらい変更してくれるでしょ」
「……ふむ、まぁ確かにそうだろうな」
悩んだ末、その結論に至ったらしい。運営に頼らなければならないほどの設定なんだ……。
「じゃあこっちは運営になんとかしてもらうから、彼女はキミのところに連れて行くよ。ダイロードの街でいいよね? あぁ、くれぐれも今回のことは“なかったこと”という扱いにしてもらっていいかな? 彼女の設定周りもそういう感じにしてもらって欲しい」
「わかりました」
……ということはオズさんに作られたホムンクルスという設定ではない感じにすればいんですね。細かな設定周りは友人と相談しながら決めて――。
「あの、待ってください!」
そういったのは他でもない、私の友人でした。
「わたくしはこのままで構わないと思うのですが……」
「えっ……でもキミはクロエと一緒にプレイするつもりだったんでしょ? ならこっちの事は気にしなくていいから」
イグニスさんからそんな言葉が聞けるとは……。しかし、友人はそれでも首を左右に振りました。
「確かにそうなのですが……これも何かのご縁です。運によって選ばれたこの子を……そのままの状態でロールプレイしてみたいと思いましたわ。ですが、先程説明されたとおり、わたくしはゲームもしたことがない初心者です。ご迷惑なのでしたら、わたくしは言われたとおり――」
「そんな迷惑だなんてまったく思ってないよ。でも……」
ちらりと私を横目で見るイグニスさん。そんな困った目で見ないでくださいよ、あなたらしくない。
「確かに私達は一緒に遊ぶ約束をしていました。ですが、彼女がそうしたいというのであれば、私はその意見を尊重したいと思います」
友人が自らの意思でそう言っているのです。その意志を優先させてあげたい。
「……本当にいいの? 僕らの元にくるということは、キミたちのキャラは敵対することになるんだけど」
「ええ、構いませんわ」
「右に同じく」
たとえ現実では友人であっても、キャラ同士はそうであるとは限りませんからね。一緒に仲良くができなくなるのが、ちょっと惜しいと思わなくもありませんが。
「……分かったよ。そういうことなら彼女のことは任せてくれ。キミに代わって色々とサポートしていくよ」
イグニスさんは実にいい笑顔で答えてくれたのですが――。
「どうしたの?」
「……その顔で言われるとまったく信用できないなと思いまして」
「言われなくても、僕が一番わかってるよ」
ゲーム中では散々敵対していた“イグニス”と同じ顔でそう言わると、そうじゃないと分かっていても信用ができませんね。外見のイメージに左右されるとは……。
「もし何かあったら言ってください。無理やり理由をこじつけて助けに向かいますから!」
「ええ、わかりましたわ」
私の言葉に素直に頷く友人。誘ったのが私ですからね、何かあったら大変です。
「そんなに僕は信用できない?」
「もちろん、あなたのことは信用していますよ? ……キャラは信用できませんけど」
「……それにはボクも同意見だなぁ」
ほら、そういう顔が信用出来ないんですって! その笑顔が! あぁ、本当に大丈夫でしょうか。友人も、そのキャラも……。
「私たちのキャラは信用できないだろうが……これからよろしく頼む。何か分からないことがあれば遠慮なく聞くといい。設定やらはまたあとで詳しく教えよう」
「まぁ、ご親切にありがとうございますわ」
……この二人って悪役をやっているわりには本当にまともな人達ですね。
「あぁ、そうだった。キミにあったら一つ話をしたかったんだ」
「……なんでしょうか?」
イグニスさんがこちらに近づいてくる。一体話とは……
「あぁ、あの件のことについてね。……草の魔女さん?」
「その名で呼ばないでくれませんか!」
前言撤回。その名で呼んでくるとは、実に人を苛つかせるのが得意ですね。さすがあのイグニスの中の人。しかし、あの動画の話題……あなたも見たんですね。
「それともあなたがその名の名付け親でしたか?」
「違うに決まってるでしょ。大体あの動画には僕だって迷惑してるんだからね!」
すると眉間に皺を寄せ苦々しい表情し、その表情を隠すように手で顔を覆いました。
「あの動画のせいで、アイツが事あるごとに『でもこの前、草に負けてたっすよね?』とか、『偉そうにしてるけど、草に負けた男じゃないすか!』とか言われるようになったんだからな! ……あの勝負はまだ決着ついてないし僕は負けてないだろ、あのクソうさぎめ!」
あの黒うさぎ何しているんですか……。しかし、それはまた申し訳ないことをしてしまいましたね。
「仕方ないじゃありませんか。あの時点ではあの手がとても有効だったので」
「そうだけど、もう少し見せ方ってものがあるでしょ?」
「じゃあ、あなただったらどうしていましたか?」
「まず第一に草なんか食べないよ。だって、かっこよくないだろ」
ぐっ……。かっこよくない……。言葉がストレートに心に刺さってしまいましたよ。
「決めるんだったらもっとそれらしくロールしたほうがいいんじゃないか? キミだってかっこよくしたかっただろ?」
……まさか敵役にそう言われるとは。でも、確かにそうですね。……私が目指す理想の魔女を考えると草は食べませんね。
「……次からは気をつけておきます」
「できればそうしてね。こっちも納得するような華麗な勝ち方をするんだよ。そうしたらぼくは素直に、無様に、散る悪役を演じられるからさ。まぁ、簡単にはやられるつもりはないし、次は完膚なきまでに叩き潰すつもりだけどね」
まるで口説いているかのようにそう言って、ニッと笑いました。
「……次こそはこちらが勝つに決まっているでしょう」
こちらも宣戦布告するように返しましょう。
もちろん、今度は草は食べませんよ。……たぶん。
「では、誰もが素顔を隠し空想を演じる仮面劇の舞台でお待ちしております」
別れ際。芝居ががった動作で優雅に礼をし、私達に頭を垂れるイグニスさん。その一連の動作に乱れはなく、完璧でした。これもロールなのでしょうか? ……でも、なんだか違うような気がしました。
……仮面劇ですか。大昔の宮廷で流行ったという仮面を付けて行われた歌や踊りの劇。
まさしくこのSSOというゲームの舞台と言い表す言葉でしょう。仮面というアバターを被り、空想したキャラを演技しているのですからね。
「では、いずれ舞台の上で会いましょう。その時はまったく知らない他人同士でしょうけれど」
「それに敵同士ですわね」
お互いの見慣れない顔を見合わせて、私と友人は笑いました。
◇ ◇ ◇
取り付けていたVR機器を外して一息つく。友人はあの後ゲームのほうに戻っていきました。今頃、あの二人にレクチャーを受けながらゲームを進めていることでしょう。
本来だったら、その役は私だったはずでしょうけど……まぁ、こんなこともあるでしょう。あとで彼女に話を聞きに行かなくては。
さて、私もゲームの方に戻って――
『マスター、荷物が届いております』
部屋に響く機械的な声がそう告げました。
荷物? ドローン配達じゃないとなると大荷物ですね。なんだってそんな物が……。
玄関の無骨なドアを開けると宅配のサポートロボットがいました。見た目はドラム缶に手のようなアームを付け、足回りに車輪を付けたよく見るタイプです。顔に当たる部分に『お荷物をお受け取りする場合は、ID認証をお願いします』という文字が日本語で書かれていました。
「受取人の御本人様と認証しました。どうぞ、お受け取りください」
腕輪型の端末をかざすと認証され、その胴体が機械音を響かせて開きました。そして感情のないそっけない決まり文句も一緒に流れる。
「はいはい、ご苦労さま」
適当に労いつつ、荷物を取ろうと手を出すと冷気を感じました。……これは冷蔵食品ですか? その下の仕切られた段にもう一つ。白いダンボールに入った荷物。しかもノア社のロゴ入り。
「ご利用ありがとうございました」
2つの荷物を受け取ると、サポートロボットは元のドラム缶のような姿に戻り、車輪を回して去っていきました。おおよそ人とも呼べない、機械らしいロボット。まるで前世紀のSFに出てくるような古典的なロボットでしょう。……いや、ある意味で正しい歴史を描いていたかもしれません。現にそうなっているのですから。
部屋に戻って届いた荷物を改めて見ます。小さい箱とノア社のロゴ入りの大きな箱。どちらも白い箱でした。
小さい箱を開けるとイチゴが乗った小さなホールケーキ。そして大きい箱はノア社のVR機器〈アークコネクト〉の最新型が入っていました。
「一体全体……どういうことですか」
アークコネクトと一緒に入っていた手紙を見て、思わすそうこぼしてしまう。この時代にわざわざ高価な本物のケーキを送って、手紙を書くような人物には心当たりが一人しかありません。
『ハッピーバースデー! 私が君と出会い、こうして誕生日を祝うのはこれで十三回目だろう。もうそんなに経つとは時の流れは実に早いものだ。……君の驚く顔が目に浮かぶよ。君の実際の誕生日はもっと先だからね。でも今日祝ったっていいじゃないか! あぁ、今年はこれでおしまいだ。当日にプレゼントが届かなくても文句は言わないでくれ』
始まりの一文はそんな言葉でした。私の古い友人からの手紙。もう会わなくなって数年と経ちますが、毎年のように誕生日のお祝いだけは欠かさない人です。ですが文面にもある通り、私の誕生日は今日ではありません。
『君が最近ゲームを始めたと聞いてね。まだ私が退職祝いに渡したVR機器を未だに使い続けているだろ? その機器では少し今どきのゲームがし辛いだろうと思ったから、その最新式を今回のプレゼントとした。世間では十三歳からVR機器の使用ができるから、今回のプレゼントとしても丁度いいだろう?』
テーブルの上に置いた真新しいアークコネクト。天使の輪のように輝くそれは、今年出たばかりの最新式で今でも手に入りづらいものであったと記憶しています。
……でもどうせなら、ノア社製より――
『君のことだ、どうせならCG社製が良かったとかいうだろう。確かにあの会社は今のVR技術の基盤を作った会社だ。だが近年のノア社もVR分野に力を入れている。その最新式はCG社の最新式よりも良い物だと私が保証しよう』
私の考えを見通したその字は、自信たっぷりにそう綴られている。本当にそう思うからこそ、ノア社製の物を送ってきたのでしょう。そうでなかったらCG社製を送ってくるでしょうね。
『では良いゲームライフを。君の親愛なる友人より』
……まったく、相変わらず突拍子のない行動をする人ですね。日本語で書かれた手紙を丁寧に折りたたむ。次のこの人の誕生日に何を贈りましょう。あの人なら何を送っても喜びそうですが……今回もらった物が大きいので同じ位の物を返したいところですね。