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とても愚かな夢を見る

作者: USB(記録媒体)


『曲がり角』

そこは酷く天気のいい世界で、燦々と揺らめく太陽が生き物をこれでもかと嗄らしていた。現に私もその一つで、喉もカラカラ、息も絶え絶えといった見っとも無い状態で歩いていた。随分前に水は飲んだな、けれどやはり足りない足りない。そうぶつくさと吐き捨てながら進んだ。

その世界はしかし、燦々光る太陽以外は、不気味な色合いを保っていた。薄暗く、そして空の色をそのまま落としたかのような青色が、全てを染めていた。青い色合いは太陽すらも青く染めていたというのに、それは目を潰すほどに輝き続けていた。目の前には蜃気楼さえ見える。

それ程にこの世界は熱いのだ。体内の血が煮えたぎる様な気持ちになりながら、私はただぼんやりと歩いていた。特に行く宛て等ないが、こんな所でじっとしていては、干乾びて死んでしまうと思ったのだ。この分じゃ、血も乾き切っているのだろうな。そう思いながら歩いていた。

T字路のような場所に出て、何となしに立ち止まった後、まぁいいかと左を選んだ。するとザクリと何かが刺さったような感触を得た。下を見れば、大きなナイフが深々と腹に刺さっている。ああお前はこの前出来損ないと蔑んだ奴だな。ナイフの持ち主を見てふとそう思った。

そしてその鮮血は、気味が悪い程赤々と映えていて私は笑ってしまった。こんなに熱いのにまだこんなに残っていたか。



『パーティ』

その世界には死人が蔓延っていた。けれど、それを死人と認識せず、人々は『物』として扱っていた。その動く物達は人間の生活を支え、同じ行動を繰り返し続けていた。

此処の住人達は、それを当たり前だと感じていたようだったが、私には勿論そう思えなかった。死人たちから放たれる臭いがそうさせた。

薬品にでも浸かったのではないか、と思えるほどの気持ちの悪い臭いが立ち込めていて、私は堪らず口を押えた。

私は死者たちが蔓延るパーティに招待されたのだが、踊る気にも食べる気にもなれず、更には不快感を隠す事すら出来なくなってしまった。

「こんな死体と食事なんかできないだろう」

そう私が吐き捨てる様に言えば、人々は一斉にこちらを見て「何を言っているんだ。これは人に見えるが、物なんだ」と言った。ああここにはきっと気狂いしかいないのだ。

私はそう思って「これは元々人間なんじゃないのか?」と吠える様に言った。けれども彼らは一様に首を振る。

溜息を吐き捨てそうになった刹那に、近くに立っていた死人が私の事を凝視している事に気付いた。よく見れば、その場に居る死者達が私の事を見詰めている。すると次の瞬間、生身の人間が悲鳴を上げた。死者が人間を食い漁っている。

それを見た他の死人達は、ああと思った様子で身近な人間を殺し始めた。彼らは気付いてしまったのか。

私は一人納得し、襲いかかってくる彼らの喉元を躊躇わず撃ち抜いた。



『川』

その世界は、黒が基調の世界だった。気付けば私は何処かの学校の廊下を歩いていて、ぼんやりと黒ずんだ空を見詰めていた。どんよりとした天気のくせ、黒い色彩の強い空のくせ、何故か酷く煌めいて見えた。

嗚呼、途轍もなく綺麗だ。何故かそう思ってしまった。すれ違う多くの生徒達は私の事を見ようともしない。

けれど一人だけ、私の事をただじっと見つめている生徒が居た。彼女はとても美しい顔をしていたが、人間味には欠けているようだった。私が立ち止まると、彼女はそのおかっぱ頭を揺らしながら、ふいっと外の方を見詰めた。

そしてすぐに私の方へと向き直り、「行くの?」と尋ねてきた。

私は、何処に行くのか、何故そんな事を聞かれるのかという疑問も抱かずに「行こうとは考えている」と答えた。彼女はやはり人間味に欠ける仕草で、すぅうっと外を指さした。廊下に面している壁は全てガラス張りだ。下を見ればグラウンドがある。更にその先には大きな川があった。

虚ろな目をした多くの生徒達が、その川に迷わず浸かり沈んで行っていた。

「行くならあっちだ」と声を掛けられ、嗚呼あれは確かに楽そうだと感じた。

けれど、どうにもそれが良いとは思えず「あんな行き方は厭だな」と伝えた。彼女は張りつめた静かな空気を纏い「じゃあ止めてみろ」と言った。

「では、止めなくては」そう思い、私は校舎を飛び出していった。



『匣』

その世界は青紫色の色彩が目立つ世界だったが、思えば畳の青と外から射す黄色の光が曖昧に混ざり合っただけの事だった。何処かの部屋に来ているようだった。

畳はボロボロで何となくじめじめとした匂いを感じていた。長居は出来ないなと思いながら、とぼとぼとその部屋を物色していた。

しん、と静まりかえった部屋の外で女の叫び声が聞こえた。釘で打たれた窓の隙間から外を見詰めてみると、そこには浮浪者のような男と、それこそ妖怪にでもなったのかと思える程醜い女の姿があった。言い争っているでもなく、ただ対峙しているだけの二人はお互いにお互いを恐れているようだった。

私がそれを見えていると、急に視界が黒く塗りつぶされた。次に目を開けた時には、あの畳の部屋で後ずさりをしながら泣き叫ぶ男の姿と、何やら桐匣を両手で持った先程の女の姿があった。

女はニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながら、静かにそして確実に男を追い詰めているようだった。

男を助けなくてはと立ち上がった矢先に、私の頭の中に様々な光景が広がった。それは、男がかつてその女を無残にも殺したという光景だった。

あの匣にはきっと、全ての怨念と、男の罪が詰まっているのだ。私は即座にそう思い、静かに座り直した。

女の持つその匣の蓋が、開けられようとしていた。



『科学者』

その世界は大きな研究所のような場所だった。研究所の癖に明かりは少なく、全体的に暗い。私は何かを探しているが、今の所何を探しているのか解らない。

まぁいいだろう、と私は研究所の中を歩き回っていた。歩いている内に何か見つかるかもしれない。そう思っていた私には何かが欠けていた。

何が欠けているのか解らない癖に、決定的な欠落感を覚えていた。

探さなくては、追わなくてはと歩いていると、目の前に針金から生まれたのではないかと思う程痩せ細った男が通りかかった。

彼は酷く怯えた様子で、瓶底眼鏡の奥で揺れるギョロリとした目を私に一瞬だけ向けて駆けて行ってしまった。

彼も何か探しているのだと私は直感し、彼の後を追う事にした。彼は怯えるばかりで何も答えず、逃げる様に私の前を歩いていた。

「何を探しているんだ」

「何故逃げるんだ」

そう声を掛ければ、彼はより一層怖がって、口をぎゅむっと結んでしまった。そしてサッと背を向けてある部屋に入ってしまう。

私がその部屋を躊躇いなく開けると、彼は尋常ではない程に震えていて、カチカチと奥歯を鳴らしていた。

私の存在に気付くと彼は壊れたように「一度離れたものは戻らない戻らない戻らない戻らない」と繰り返し言い始めた。

彼がそうだったように、そうか私の欠落も埋まらないのだ。私は一人納得して、ゆっくりと目を閉じたのだった。



『加害者』

その世界は全てが大きく見えた。よくよく自分の体を見てみれば、私が幼いだけだった。私には家族が居るようで、車の後部座席からは、優しそうな母と父が見えた。崖に面した山道を上がっている最中だった。

私はシートベルトをしてぼんやりと外を眺めていた。母も同じように外を見ているようだ。

ふいに気になって正面を見詰めると、大きな車が目の前にまで来ていた。父は驚いた様にハンドルを切り、ブレーキを踏んだが、勢いよく衝突してしまい、私の意識は一旦切られてしまった。嗚呼、死んでしまったんだな、と納得していたが、目を開けて手元を見れば携帯電話が握られていた。

目の前にはぺちゃんこに潰れた車があり、自分の物らしい車もあった。潰れた車の中には三人ほどの人間が入っているようだった。

嗚呼、きっとあの中に私が居たのだ。どうやら私はぶつかった車の運転手になってしまったらしい。

燃え盛る車を目の前に、私は即座に電話を掛けた。

その電話番号は救急車ではなく警察に宛てたものだった。

「もしもし? 突然車が突っ込んできて」と慌てた声色を使い、燃える車内に気化する麻薬の瓶を投げ入れた。

ここまですれば、きっと自分は被害者に成れるだろう。これが新しい体になるのならば、と私は燃える車を見ながら静かに電話を仕舞った。



『子供』

その世界は机の立ち並んだ会議室のような場所だった。部屋の中心で、如何にも堅物そうな男が何やら難しい話をしているようだ。彼は何かを声高々に、眼鏡をしきりに直しながら、熱い言葉を吐き出し続けていた。それを私は一番遠い席で聞いている。大きな声だと言っても、此処までは届かなかった。

退屈だとは思えなかったが、それでも会議室に居た他の面々は好き放題に話をしていて、がやがやという声ばかりが密集していた。目の前に座っていた子供が、一匹の猫を大事そうに抱えていた。その子供は「この猫、他人に抱かせると必ず落としてしまうんだ」と私に言った。

「傷だらけで、ボロボロで、可愛いなんて言えない姿になっちゃった」

彼は猫を撫でながらそう言って、その猫に頬擦りをした。柔らかそうな毛が、少年の頬を緩やかに撫でている。

「可愛いじゃないか」

そう声を掛けてやると、彼はスッと顔を上げて「君も抱いてみる?」と微笑んだ。

私は少し訝しく思いながら両手を広げる。少年はその手の間に猫を落とす。

「ほら、皆落としちゃうんだ」と少年は笑うのを尻目に、私は慌てて猫を抱き上げた。

猫を抱き上げると、それは猫の姿ではなく人間の赤ん坊の姿に変わった。驚く私に赤子はこう言った。

「落とさないでね」



『椅子』

その世界は何もかもが浮いていた。宇宙空間のようなそこで、私は漂う椅子の上で下を見詰めている。飛び降りても平気そうな高さを保つ椅子に座り、ぶらぶらと足を投げ出していた。

すると見知らぬ少女が私を見上げてこう言った。

「降りてみたらどう?」

凛としていて静かな声だった。

「飛び降りるのは痛いよ」

私は首を傾げながらそう言って、自分のつま先を見詰めていた。彼女はつまらなそうにするでもなく、ただ私の事を見上げて「ああ、そう」と笑った。

「あなたはずっと宙吊り状態なのね」

彼女は何となしにそう言ってきた。私は自分の足元から視線を移して彼女を見た。

「縄でも掛けるか」

下に固定してくれたら、降りられるかもね。

そう付け足す様に言うと、彼女は意外そうに笑った。

「そう。降りる気持ちはあるのね」

彼女はそう言って、持っていた縄をするすると伸ばし始めた。垂れ下がった縄を持って、彼女は浮いている椅子という椅子を飛び越えていった。

そして私の前まで来ると、うっそりとした笑みを静かに浮かべて、縄を首に掛けた。

「降りて行くといいわ」

そう彼女は言った。私は少し困ってしまったが、ゆっくりと頷いた。すると天井は床に、床は天井に逆転していく。浮いていた椅子はガラガラと落下していく中、私だけは落ちなかった。



『殺人者』

その世界は非常に狭い世界だった。私は子供の姿で、シートベルトで縫い付けられていた。外車の助手席に乗っていたらしい私の隣には、黒いスーツに身を包んだ殺人鬼が座っている。

どうして彼が殺人鬼だと言えるのか。それは血の臭いと、彼の懐に仕舞われた銃器が物語っていた。

「よう、寝てるのか?」

殺人鬼はそう言って笑う。私はシートベルトを直しながら「そう見える?」と声を掛けた。後部座席からジャカッという音が聞こえ、私は小さく息を吐き出した。彼には優秀な部下が居るようだった。部下と思われる男は、基本的に殺人鬼の言葉にしか従わない。

「寝ているかどうかだけ聞いたんだ」

「起きているよ」

私がそう答えると、殺人鬼は非常に楽しそうに笑った。

「そうか、じゃあ殺さないとな」

私はどこかで、またか、と思ってしまった。彼は目覚める度に私を殺す。ナイフで何度も斬りつけられてしまう。痛みは無いのだから不思議だ。

それも眠りに入れば傷は癒える。痛みは無いのだが、それでも疲れは溜まってしまうのだ。私が眠る間、殺人鬼の顔は穏やかだ。そうか、君の飢えを満たせるのは私だけなのか。ならば仕方が無い。 

私はそう思いながら再び目を閉じる。

「再び目を覚ますことを祈って」と彼はナイフを振り上げた。




『主人』

その世界はとある古びた館だった。館には既に由緒正しき家族が居て、そこに私が招かれたようだった。私はやや老けていたようで、手は勇ましいゴツゴツしたものであったが、やはり所々皺が目立った。私が煙草を吸おうとすると、屋敷の主人が手でそれを制した。「食事の場で、如何なものかと」

その言葉を聞き、ふと机の上を見てみると、そこには素人目にも解る程豪華な食事が並んでいた。「これはこれは」と私は煙草を仕舞い、静かに頭を垂れた。主人はにこやかに笑って「いえいえ、構いません。きっと癖なのでしょう」と言ってくれた。中々良い御仁じゃないか。そう思いながら席に座った。

彼には息子と娘が居て、妻も居た。使用人らしい女性と男性が私に挨拶をしてくれた。

「ようこそいらっしゃいました、●●様」

私はその言葉に「こちらこそ」と返した。

すると使用人の二人と、息子が僅かに表情を歪ませた。本当にごく僅かに表情を歪ませたのだ。きっと気付かない人間も居るだろう。

「さぁ、●●様、どうぞお召し上がりください」

屋敷の主人は微笑みながら食事を促した。私は目の前に出された食事に唾を飲込み「では、お言葉に甘えて」と言って、ナイフとフォークを手に取った。ふと此処の住人達は食べないのだろうか、と思い周りを見る。彼らはただ私を見詰めているだけだった。

私は不思議に思いながらも、目の前の肉を食べた。普通に美味いと思った。

それはとびきり美味しいのではなく、普通に美味しかったのだ。見た目に反する訳でも無い。私はそう思いながら、その肉を咀嚼していた。次第にその旨みも無くなって、ただの肉と繊維質だけになっていく。

プチプチと口の中で切れていく肉の繊維に、私は如何し様も無い恐怖と嫌悪感を抱いた。

「如何なさいました?」という主人の言葉を最後まで聞かずに、私は部屋を出て行った。真っ先にトイレまで走り、口に含んでいたものを全て吐き出した。そしてすぐに口を濯いだ。

「勿体無い事をした……」

私は思わずそう言った。

昔からお高い物を食べるとどうにも腹を壊す性分で、今回もそれが祟った様に思えたからだ。また腹を壊すのではないかと言う恐怖感が、こういった吐き気を呼んだに違いない。私は少し反省しながらも、元の部屋へと戻った。彼らは屋敷の主人を抜いて全員残っていた。

「御主人はどちらに」

私がそう尋ねると、息子である男がにっこりと微笑んだ。「父は、今さっき死にました」私が首を傾げると、隣の部屋から大量の血が流れ出ていた。

「あなた以外が犯人だと言えるでしょう」

新たな主人がそう言った。

「私達は、父を殺した犯人を捜している最中です」

男は灰色の瞳を細めて言った。

その家族にはそれぞれ問題があったようだった。細君は主人の金を大いに使っていた人間で、彼の知らない間に多額の借金をしていたようだった。娘の方は、その母と共に金を使い続けているようで、そういう意味では共犯者だ。

使用人二人は、元々双子の兄妹で遠い昔に主人が拾ってきた孤児のようだった。

息子は実の所何を考えているか解らない。こうやって私が彼らの事を知り得るのは、そうした目を持っているからだ。

彼らと目を合わせれば、その情景や感情がイメージとして流れるのだ。けれども、息子だけは何を考えているか解らなかった。彼は何処か達観した表情をしていて、私の目を楽しんでいた。

「犯人捜しと言っても、あなたにはきっと答えは解り切っているのでしょう」

息子がそう言った。私はハッと周りを見回した。寄り添う双子が視界の片隅に見える。その背後で、彼らの過去が見える。妹の方は主人に酷い仕打ちを受けていたようだった。

次に刃を振り上げる兄の姿が見える。

私は再び息子の方を見た。

「あなたなら犯人は解っている筈だ」

お前は全てを知っていた腹だな。ならば、それを私に言わせるのは酷な事じゃないか。私はただ首を振った。

「そう選択するのですか?」と息子は尋ねた。

私は少し顔を上げて彼を睨んだ。

「一つ言えるのは全員殺意があったという事だけだ」




『マトリョーシカ』

その世界は幾重にも重なったマトリョーシカの中のような物で、扉を開けば開くほど本来の姿に近付くのだそうだ。私は何となしに集まった学生たちの中で、ただぼんやりと先を進んでいた。

暗い部屋の奥の奥に進めば、その度に少しずつ学生の数が減っていく。

「これじゃ、全員死んじまう」

学生の一人がそう言った。そんな中で突然逃げ出そうとする奴、その中でも必死に理性を保とうとする奴が現れる。私はそれでも残った数人で奥に進もうと言った。

その声を聞きいれた数人が、更に奥へと進んでくれた。進んだ先には書斎があった。

「暗いから早く行こう」と誰かが言った。

私はその書斎の中で、とても古い写真を見つけた。その写真の中には学生の一人が映っていた。けれど日付は十年前。

「何故あいつはそのままの姿で立っているんだ?」

私はそう思いはしたが、言う事はしなかった。けれどふと何か良くないものを感じて、そっとその人物に近付いた。

「なぁ、君は何故十年前と同じ姿なんだ? 可笑しいだろう。もしかしなくても君はとっくの昔に死んでいるんじゃないのか?」

そう聞いた瞬間に、その人物は黒い髪の毛のような何かに拘束され引き千切られていく。

「ああ、何で気付かせた。何でそんな事するの」

その断末魔のような声が響いていた。



『弔いの民』

その世界は、ごく一般的な私の日常だった。友人と部屋を借り、穏やかな生活を過ごしていた。その中で私達はある事件に巻き込まれる形になり、不可解な死体を目撃するはめになる。それは人間の形ではあったが、尋常では無いほど白かったのだ。肌白い、色白のと言うには余りにも白い、病的で不気味な肌の色。

一目でこれは人間の形をした何かだと察した。世の中にはこういった生き物が居るのだと知らしめた瞬間だった。それを駆け付けた刑事に告げると、彼らは血相を変えて、私の肩を掴んだ。

「暫くは一緒に居る。私たちが君たちを守ろう」

男女二人組の刑事は、力強くそう言って、私たちの家で話をさせてくれとも言った。断る理由も無いので、それを受け入れた。

彼らが言うには、それは私たち人類とは異なる生まれ方をした人種で、死者なのだそうだ。

死者達は大きく二つの生まれ方をするらしい。

一つは生きている我々人類を殺し、誘い入れる方法。

もう一つは、生きた人類とまぐわい、伴侶となって子を成す方法。

彼らを死者なのだと認知すると、社会に潜伏している死者の見分けが付くようになってしまうらしい。

ただし見分けがつくのは初期段階の死者のみ。

初期段階というのは、死者として再び目覚めて間もない頃を言って、初期段階の死者は思考する脳がまだ備わっておらず、社会で生きながらも生きる意味を見付けられていない段階を言う。ただ人を恋しがる一種の執着心のようなものはあり、欲しいと思った人間や、外敵に成りうる人間を襲う特徴はあった。

初期段階の死者は、異様に白い肌をしているらしい。そう見えるようになるのは、それを知った人間すべてなのだそうだ。

それで厄介なのは、彼らのネットワークだ。彼らは触れ合うだけで情報を共有する力があった。加えて高い記憶力を持ち合わせている。一度知られてしまえば、死者達全員に知れわたってしまうらしい。

「君達は知ってしまった。少しでも人間ではないと認知してしまった。だからもう、逃げられないんだ」

刑事はそう言って私に銃を持たせた。

「いいか? 君が死者を認知していると悟られたら、君が殺されてしまう。彼らはそういう生き物だ。邪魔になりそうな人間を片っ端から襲ってしまう」

私は静かに銃を受けとることにした。

「死者には弱点があるの」

女性の刑事が自分の太ももを見せた。巻かれた包帯を丁寧に解き、そこから顔を出したのは大きな漢字の焼き印だった。『篝火』と書かれたその焼き印を見せて、彼女は静かに微笑んだ。

「死者には全員こう言った文字が彫られているの。その文字を扉に貼れば、文字を持った死者は部屋に入ることも出来ない」

彼女がそう言うと、男の刑事も腕を捲り二の腕の包帯をほどいた。『埋火』と書かれている。

「つまり、私たちもその死者なんだ」

私は再度彼らを見たが、あの病的な白さはなかった。それを問うと、彼らはまた話を続けてくれた。

「私たちは人から産み落とされた方だ。食事を摂らなくてもいいという点以外は、普通の人間と同じように歳をとり、死ぬ。こうして生まれた身としては、死者と呼ばれるのも厭だが」

 二人は焼き印を隠しながら続けた。

「しかし実際、私達は例のネットワークを利用できるし、人間以上の潜在能力もある」

 人間とは言えない。そう付け加えた。

 何でも、人の腹から生まれた彼らは物心ついた時分から妙な使命感を得るのだそうだ。

 種の保存と繁栄。彼らのように使命感を得た死者の肌は通常の人間と同じ色をしているらしい。それは死者となって再び目覚めた人間にも起きることで、死者の完成形のようだ。

 初期段階を終えた死者はその潜在能力を使って、種を増やそうと尽力するらしい。ただし死んでから目覚めた死者は、歳を取る事がないので、同じ場所で生き続ける事は難しいとの事だった。

「勿論、私たちにもその使命はある。けれど無作為に人を殺そうとは思わない。誤解しないで欲しいのは、死者の全員が全員、そう思っている訳ではないんだ。私たちは出来ることなら人と共存したい。種を無理に増やしたいとは思わないんだ」

 男刑事は懇願するようにそう言った。

「けれど、やはり中には種を増やそうと手荒な真似をする輩も居る。どう頑張っても人間に対する羨望や焦がれを拭えない奴も居るんだ」

 彼らが言うには、そういう奴に出会えば確実に殺されてしまうという事だった。

「だから、なるだけ知らない振りをして暫く生きていてほしいの。初期段階だとしても、一人に知られたら全員あなた達を狙い始める。知られたと思ったら迷わず頭を撃って。ただ端から見ればただの人間と同じだから、公の場ではやらないことよ」

 女刑事はそう言って、簡単な銃の使い方を教えてくれた。


弔いの民―二―


 そう言われたとしても、矢張り出かけなければならない用事は毎日起きる。どちらかというと私よりも友人の方が狙われやすい体質ではあると感じ、刑事の二人には友人を守る様にと言づけた。

 何故か自分は死なないと言う確固たる自信があったからだ。

 家を出て、買い物に向かおうと思った矢先、隣の部屋に越してきたという家族を見かけた。両親と娘、息子の四人家族のようだったが、その内の娘の顔だけ異様に白いと感じた。にやりと笑う歯茎の色が不気味なほど赤く見えた。

 これは死んでいるな、と感じさせられた。その視線と彼女の視線が合わさった。私は「まずい」と思い、さっと身を翻した。彼らはああいう見た目をしているが知能的には人間よりも勝っている。ということは、こちらが考えている事ぐらいすぐ見抜いてしまうのではないだろうか?

 私は商店街まで逃げるように歩き、家に居る友人に電話をした。

「どうした?」

「隣に越してきた家族が不味い。あれは娘の方が死んじゃってるんだ。気を付けてくれ。バレたかもしれない」

「……あれ?」

「どうした?」

「事件のメモをした紙や、電話番号を書いた紙が丸っきり無い」

 私はそれを聞いて、矢張り狙われていると思った。そしてすぐに「絶対にそこから動かないでくれ、大丈夫、うまくやるから」と告げた。

 私は電話を切り、懐に仕舞った拳銃を確認した。彼らに知れ渡る前に、こちらが始末をしなければならない。何処を撃つかは知っている。

 まずは怪しまれないように彼女を誘い込み、秘密裏に殺すほかない。ならどうやって誘い込もうか。

 私はそんな事を考えながら、その算段をメモに取っていた。メモを取るのに必死で前を見ていなかった私は、人とぶつかってしまい、少しばかり態勢を崩してしまう。

「すみません」

 そう言って相手の顔を見ると、その顔面は病的にまで白い色をしていた。その血走った眼と視線が絡み、その女は「誰を?」と抑揚のない口調で言った。取っていたメモを一瞬の内で見て、記憶してしまったのだろう。私は内心動揺しながらも、口調は不思議なほど穏やかに「何の事ですか? すみません、急いでるんです」と告げた。

 こいつをこのままにする訳にもいかない。私は密かにそう思いながら、違うメモ用紙を取り出して、ポケットにしまう振りをして落とした。先程の女が拾うと解っていたからだ。案の定彼女はそれを拾い、静かに私の後を追ってきてくれた。

 公園の日影が目立つ一角に到着した私は、即座に女の頭を殴り、銃で撃ち抜いた。彼女は何か言いたげに私を見詰めていたが、そのまま静かに死んでいった。元々死んでいる人間ではあるのだから、それがまた死んだというのは不思議な話だが。

 私はどうしようもなく冷静で、血が流れなかったという事だけを幸いだと思い、友人の待つ家に戻った。

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