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#8

 宿に戻り、早速取り戻した服に着替えたリュネットは、すっかり上機嫌になっていた。それほど表情に出るタイプではないようで、顔だけ見ていても若干表情が柔らかくなった程度にしか見えないが、足取りの軽さをはじめとする一挙手一投足にありありと滲み出ているのが微笑ましい。

 リュネットの新たな装いは、黒を基調としつつもピンクのラインや紋様などが入ったフード付きローブで、いかにも魔法学院の生徒といった印象を受ける。はっきり言えばものすごく似合っていて、道端ですれ違ったら思わず二度見してしまうかもしれない。

 気を確かに持たねばと思いつつ、俺は部屋を出てきたばかりのリュネットに話しかける。

「ところで、これからどこに向かうつもりなんだ?」

「実を言うと、まだはっきりとした場所は掴めていません。少なくとも、ここからほぼまっすぐ西の方角であることと、一日や二日歩いた程度では辿り着かないくらいには遠いことはわかっています」

「となると、まずは馬車で西の街に向かうべきか……」

 ここから更に街道を西に行った街といえば、この宿場町よりは大規模で活気もあるが、同時に荒くれ者の天国でもあり治安はお世辞にも良いとは言えなかったはずだ。とはいえ、この宿場町が一応ディアマント王国の領内であるのに対し、西の街は他国領扱いとなるため、そこまでたどり着けば追っ手として兵士が大挙して押し寄せてくる心配はほぼ無くなるだろう。

「で、そもそもそこに行く理由は何なんだ?」

「そうですね……中断した儀式のせいで開けっ放しの元栓を閉じに行くため、とだけ言っておきましょう。これ以上の情報は次の街に着いてからです」

「ちぇっ、勿体ぶらずに教えてくれればいいのに」

 しかし、今の一言には結構重要なヒントが隠されているかもしれない。ディーノ経由で届いた情報によれば「儀式をやらせて失敗した」と言っていたが、リュネットは「失敗」ではなく「中断」と表現していた。こいつは見た目によらず図々しい上に何かと秘密主義ではあるが、見栄を張ったり無意味な虚言を弄したりという性格ではないことくらいは理解できる。

 つまり、傍からは失敗のように見えていたが、本人は故意に中断していた、ということなのだろう。一体どんな儀式をやろうとして、何が起きたのか――

 そこまで考えた瞬間、昨晩から発動させ続けていた神聖術の結界が、新たな人間の侵入を探知した。

 何者かはわからないが、結界発動時以降に初めて足を踏み入れた人間であることは確かだ。まだ今日の宿泊客が来るには早すぎるし、宿の関係者にしてはあまりこの建物に慣れていないような足取りだ。

 俺はリュネットに隠れるように小声で告げると、いざという時に備えて懐から取り出した釘を手の内に忍ばせながら、物陰から来訪者の様子を伺う。

「……ってディーノじゃないか!」

 思わず脱力しそうになりながら、俺は身を隠すのをやめ、ディーノの前にリュネットを連れて出て行った。

「うわっ! そんなところに隠れて何をやって……もしかして、そちらの方がリュネットさん?」

 ディーノは驚きのあまりずり落ちた眼鏡を直しながら、姿勢を正してリュネットに頭を下げた。

「初めまして、教会准司祭のディーノと申します。相棒のピエトロがお世話になっております」

「これはご丁寧にどうも。エリタージュ魔法学院生のリュネットです。相棒のピエトロをお世話しております」

「一応念のために言っておくと、お世話してるのは俺の方だからな?」

 軽い頭痛を覚えながらも、とりあえずは今後の作戦を練るために一旦部屋にることにした。


 一人部屋に三人で入り、更に地図まで広げるとかなり狭苦しいが、あまり人前で大っぴらにやるわけにもいかないので我慢するしかない。

 俺とディーノが互いの情報を交換し、現在の状況について確認する。

「王国側は二人の宮廷魔術師が足の引っ張り合いをしていて、思うように兵を動かすことができずにいました。元々彼らに城の兵を直接動かす権限があるわけではないですからね。代わりに財力に物を言わせて、賞金稼ぎたちを動かし始めたところです。そろそろ手配書がこの町にも回って来るかもしれません」

 ディーノの言うことが確かなら、そろそろこの町を離れないとまずいかもしれない。だが、リュネットは別の所が気になったようだ。

「二人の宮廷魔術師というのは、筆頭のファルケ・ハイドリッヒと第三席のシュランゲ・ネストの二人でしょうか?」

「おそらくその二人で間違いないと思います。もしかして、こうなっている理由についてご存知なのですか?」

「そうですね……」

 どこまで言うべきか、と悩む表情を見せた後に、リュネットは言葉を選びながら続けた。

「宮廷魔術師の中で、儀式の時に実際に立ち会っていたのがその二人でした。立案者が第三席のネスト郷、実行責任者が筆頭のハイドリッヒ郷だったのですが……私の命を狙っているのはどちらなのでしょうか?」

「残念ながらそこまでは……どちらも宰相の目の届かないところでこそこそと動こうとしているらしく、偽情報なども撒き散らされて真贋を見極めるのがとても難しい状況でした。そしてこれも真偽不明の情報なのですが」

 そう前置きしてから、ディーノは深刻そうでもあり自信が無さそうでもある微妙な表情で告げる。

「今回、あなた方を追っている者の中に『とんでもない奴』が交じっているという噂が流れています」

「とんでもない奴? どんな奴なんだ?」

「ものすごい力を持つ戦士、ということしか聞けませんでした。大型の武器で人間の身体を鎧ごと一刀両断したとか何とか……本当にそんなことがあったらさすがに大事件になるでしょうから、かなりの誇張が入っているのかもしれませんが」

 確かに眉唾かもしれない、と俺は思ったのだが、リュネットは何か心当たりがあるのか、微妙にすぐれない表情をしている。

「どうしたリュネット? 何か思い当たる節でも?」

「……確証はありません。ですが、万一のことを考えると早めにこの町を出た方がいいかと思います」

「そうだな。だがさすがにもう歩くのは嫌だぞ」

 俺がそうぼやくと、ディーノは若干呆れたような視線を向けてくる。

「あの距離をあの時間で歩き通せば、誰だって嫌になりますよ。朝一番の高速馬車で来た僕でさえ、お尻が痛くて大変なんですから。ここから西の街へも高速馬車が出ていますから、それで行きましょう」

「国境越えになるが、この地図によると関所の類は無さそうだな。だったら今すぐ出れば今日中には着くだろう。早速出発しよう」

 俺がそう言うと、二人は揃って頷いた。

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