#51
その後、運び込まれてきた食事を――豪華な宮廷料理などをちょっとだけ期待していたが、当然のことながら丸っきり病人食だった――堪能しながらライナスから受けた説明は、次のような内容だった。
首謀者であった宮廷魔術師第三席のシュランゲ・ネストはその後捕縛され、今は裁判を待つ身らしい。完全に黙秘しておりなかなか口を割らないもおの、動機についてはおおよそ見当が付いているという。
どうやら愛人――といっても未婚のネストとしては恋人のつもりだったかもしれないが――に唆されて今回の犯行に及んだらしいが、その愛人とやらは既に行方をくらませており、目下全力で捜索中とのことだ。一説によると、その愛人は東の帝国のスパイらしいが、だとすると口封じに消される可能性も高いので、一刻も早く捕獲、というより保護しなければならないだろう。
また、今回の儀式実験の最高責任者であった宮廷魔術師筆頭ファルケ・ハイドリッヒは、実験の失敗の責任を取らされて――というわけではもちろん無く、その後適切な報告を怠り、リュネットを極秘手配するなどして秘密裏に事をもみ消そうとしたことが問題となり謹慎中とのことだ。おそらく筆頭からの降格は間違いないだろうが、宮廷魔術師としての地位まで剥奪されるかどうかは不明らしい。
被験者であったライナス自身には大したお咎めはなかったが、近衛隊の訓練生としての期間が延長され、正式入隊する日が半年ほど遠のく見込みだそうだ。本人が気づいているかどうかはわからないが、これはむしろライナスに対する配慮なのかもしれない。半年も経てばある程度事態も沈静化し、憶測による噂話なども大半が忘れ去られるはずだ。
アストラルガードと化したライナスに門を破壊されてしまったウエストエンドや、そこに至るまでの途中で破壊された建物や、想定より少なかったとはいえ生じてしまった死傷者に対する補償は、王国が責任を持って行うことになったらしい。
更に、リュネットを秘密手配するためにハイドリッヒやネストの口利きを受けた高官が芋づる式に摘発され、スキャンダルまみれとなった王国首脳部の運営は、当分の間波乱続きとなりそうだという。宰相は慢性的な胃痛に悩まされているとかで、何と言うかご愁傷様である。
そして何より王国にとって衝撃だったのが、これまで完全にお飾りだと思われていた七歳のエーデ女王陛下が、初めて積極的に動いたことだった。その後は事後処理について最低限の指示を下すのみで、再び人形のように黙ったまま動かない存在に戻ってしまったらしいが、高官たちとしてはあの日のことは決して忘れられるはずもなく、常に女王の視線を伺いながら仕事をしているという有様だという。
「わたくしは感動致しましたっ! もともと聡明な方であらせられるとは伺っておりましたが、有事にあそこまでの決断と見事な采配、そしてこのわたくしなどを気にかけて頂けるという慈愛に満ちたお心……うぐっ、ひっく、わたくしは、女王陛下の臣下であることをこれまで以上に誇りに思いますううううううっ!」」
涙ながらに語るライナスの姿は、爽やか好青年の外見をもってしても相殺し切れないほどに暑苦しかったが、正直言って気持ちはわからないでもない――さすがに七歳であの聡明さというのは素晴らしいとかを通り越してもはやインチキ臭いが、それを言ったら今回俺と共に旅した三人も十分に存在自体が嘘臭い。
「で、皆さんの処遇についてなのですが……実はこれが、わたくしがここに参った一番の理由なのです」
「ええと、どういうことでしょう?」
俺が猫をかぶったまま訊ねると、ライナスは居住まいを正して告げてきた。
「ええと、こういった交渉事は初めてなので、ご無礼がありましたら申し訳ございません。ご相談させて頂きたいのは……」
*
その後、ライナスとの何度かの交渉を経て、俺たち四人に対する処遇が決まった。
謁見の間で女王陛下自ら言い渡された時には、陛下の表情は普段の人形じみたものではなく、若干微笑んでおられるようにも見えた。
まずリュネットに関しては、ネストによる改竄を見抜いた上で、事態の最終的な沈静化に最も大きな役目を果たしたとして、外国人名誉勲章が女王陛下直筆の感謝状付きで贈られた。
更には秘密手配に関する補償として、最終的な賞金額と同額の十二万という額が支払われることになった。これは偶然にもリュネットが抱えている借金の残りとほぼ同額であったため、これを王国が代わりに立て替え払いする形で与えられるという。まあ、王国の恩人が万一にも借金で身売りするような羽目にでもなったらとんでもないことなので、それを防ぐという意図もあったのかもしれない。
そしてグローリアについてだが、おそらく今回の褒賞で一番喜んだのは彼女だろう。何しろ、贈られたのは『ディアマント王国名誉騎士』の称号で、これは領地が伴わず世襲もできない代わりに、王国に対する忠誠や軍役などの義務もほぼ無いに等しく、それでいて騎士としての地位に伴う数々の特権が保障されるという代物だ。特権が通用するのは基本的に王国内だけではあるが、対外的にも『ディアマント王国の騎士』としてみなされるため、王国と国交のある国や地域であればそれなりの待遇を受けることになるはずだ。
なお、実際には領地付きの騎士として叙任することも可能だったらしいが、交渉の結果このような形に落ち着いた。まあグローリアの性格からして、領地を運営しつつ王のために戦う騎士よりは、『放浪の騎士』を続けられるこちらの形の方が似合っていると誰もが思うだろう――もっとも本人は、このエーデ女王陛下が相手であるならば、忠誠を誓うのも悪くないかもしれない、と結構真剣に悩んだらしいが。
教会に所属する俺とディーノの二人に対しては、当然のことながら個人的には何もなかった。というより、異端審問官である俺や聖職者であるディーノが、一国から褒賞の類を個人的に受け取ったりしたら、それこそ異端審問にかけられるレベルの大問題になるだろう。
代わりに、王国から教皇庁に対し、公的な感謝状とそれなりの額の寄進が贈られることになった。これにより、もしかしたら俺は三等官から二等官に、ディーノは准司祭から正司祭に昇格することがあるかもしれないが、俺としては自分の裁量が大きくなる一方、面倒事や危険な任務が増えることでもあるので、歓迎すべきことかどうかは微妙なところである。
むしろ、俺としては女王陛下より個人的な感謝の言葉をかけられたことが嬉しかった。別にこれは女王陛下がリュネットに勝るとも劣らないほどの美貌を持つ少女だからとか決してそんなことは無く、純粋に尊敬すべき相手、しかも一国の主から直々に心のこもったお言葉を頂けたのが嬉しいとかそういう話にしておく。




