#50
宝玉から放たれた光が、一筋の柱となって天を貫き――そして天から降り注いだ光が一筋の柱となり、ライナスを包み込む。
「オォオオォォォォオオオォォォォ……」
ライナスの動きが止まり、声にならない声が辺りに響き渡る。既に霞みつつある俺の視界には、ライナスが黒いオーラを周囲に撒き散らしながら悶える姿が映っている。
続けてそこに覆いかぶさるように、よく通る少女の声が響き渡った。
「聞いた通りだ、狙いは胴体の中心、ヘソの部分にある核だ! 近衛騎士の精鋭たちよ、そなたらの後輩を見事に救って見せよ! 突撃ぃっ!」
近衛騎士のうち、まだ動ける三十騎ほどが一斉に突撃をかける。その間にもライナスは激しく暴れ、無秩序に放たれる衝撃波に煽られ一騎、また一騎と脱落する。
「ァァアアアァアァアアァアァァ……我はァアアアァァア……星幽のォオオオォォオォ……衛ィイイイィィィ……都ォオオォォオオォォ……護オォオオォォオオォ……るゥゥウウウゥゥゥウウゥ……」
やはり、ライナスを突き動かしていたのはアストラルガード――星幽の衛士として都を護るという、古代の衛士たちが抱いていた想いによるものだったのだ。
だが、そんなライナスに真っ向から言葉をぶつける者がいた。
「近衛隊訓練生ライナスよ! 古の想いに引きずられるな! 訓練生として余の前で誓ったことを思い出せ! あの時の言葉はよもや偽りではあるまい!」
エーデ女王陛下のお言葉に、ライナスは一瞬ではあるが確実に動きを止めた。そして再び暴れ出すものの、まるで頭を抱えて何かに苦悩しているように見える。もしかしたら、本人の意思と古代の意志とがライナスの中でぶつかり合っているのだろうか。
やがて、怯むことなく前進を続けていた近衛騎士のうちの一騎がライナスのもとに辿り着き、騎兵槍がライナスの身体の中心を貫いた――騎兵槍は粉々に砕けたが、同時にライナスの中心で蠢いていた暗黒状の物質も砕け散る。
「アアアァアアァアアァアアァアアァァァァァァ……」
そこから先の変化は劇的だった。宝玉の光に包まれたライナスの身体かから、急激に黒いオーラが萎んでいく。どす黒く染まった鎧の色も褪せて行き、元の鈍い鉄の色に戻りつつある。
だが、俺はその先を見届けることができなかった。手足の先から感覚が消え失せ、同時に視覚も聴覚も急激に遠ざかる。
俺という存在がどこかに溶けて消えてしまったかのような感覚とともに、俺の意識は現世から切り離された。
*
目が覚めると、そこは別世界だった。
見たこともないような豪華な部屋と美しい調度品の数々、触ったこともないような肌触りと柔らかさのベッド。窓から見える景色には色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかな陽光が全てを優しく包み込んでいる。
俺は一点の染みも無い白衣を身にまとっていて――そして目の前には、同じく白衣を身にまとった、とても美しい少女の姿があった。ああ、これはきっと天使に違いない。
そうか、俺は死んで天国にやって来たんだ。白状すると俺は今までそこまで品行方正に生きてきたつもりはないが、やはり修道生活を捨てて俗世に飛び出してから日も浅かったこともあって、重ねた罪の数自体は少なかったのかもしれない。
しかし、だとすると一点気がかりなことがある。リュネットも一緒に死んでしまったのかどうかわからないが、いずれにせよ彼女は俺が死んだことを知れば、自分のせいで殺してしまったと思い込んで更に傷つくかもしれない。それは非常に困る。天国でのほほんとくつろいでいる場合では――
「……ん?」
ようやく頭が回るようになってきたところで、俺はもう一度目の前の天使に目を向け、
「ようやく目が覚めましたね。医者の先生から心配は要らないと言われていましたが、実際に目を覚ますまでは気が気ではありませんでした」
「っ……リュネット!? こ、ここはどこなんだ?」
「王城内の来賓向け客室、らしいです。宝玉を発動させた後、四人とも倒れていて……」
「それで、女王様の指示であたしたちはここに運び込まれたってわけだよ」
そう言ってきたのは、リュネットと同じように白衣に身を包んだグローリアだった。大きな胸に押し上げられて微妙に着崩れしているせいで、リュネットのような天使っぽさはあまり感じないが、逆に生身の人間としての生命力を強く意識させ、ここが天国などではなく現世であることを実感させてくれる。
「でも、なんだ、こんな高級品だらけの部屋に居ると、何ていうかいろんなところがムズムズしてくるね」
「あなたは確か、昔はお嬢様だったのでは? てっきりこういうのには慣れているかと」
「さすがに王族とかとはレベルが違うから! っていうかなまじ微妙に知識とかあるだけに余計に辛いのかもしれないな……むしろキミたちは平気なのか?」
グローリアの質問に、俺とリュネットは思わず顔を見合わせる。
「平気っていうか、なんかいろいろ通り越してて……」
「異世界過ぎて、微塵も実感がありません」
続いて、ベッドの中からもう一つの声が聞こえてくる。
「高級品がどうこう以前に……まだ起き上がれそうにありません……」
「良かった、ディーノも無事だったんだな」
「命には別条無さそうですが、皆が起き上ってるのに僕だけこの有様っていうのはさすがに情けないですね……今後はもう少し身体とかも鍛えようかと思います」
おそらくディーノは単に宝玉発動前の時点で力をほとんど使い果たしていただけなのだろうが、まあ身体を鍛えること自体は悪いことではないので放っておいて問題ないだろう。もっとも、これで肉体まで鍛えられたらこいつも完璧超人への道を突き進みそうである意味怖いといえば怖いが。
そんな会話を繰り広げていると、慌ただしい足音とともに、一人の青年が部屋に飛び込んできた。
「皆さん、目を覚まされたのですね!」
いかにも新人武官といった感じの爽やか好青年だが、その顔に見覚えはない。しかし、リュネットには覚えがあったようで、すぐに顔を綻ばせた。
「ライナスさん、無事だったんですね。本当に良かったです」
「皆さんのおかげです。わたくしが未熟だったばかりに、皆さんには大変な迷惑をおかけ致しました」
「いいえ。今回の件は、むしろ私の力不足によるものでした。もう少し早く儀式魔術の性質に気付いていれば……」
「ええと、そのことなんですが、王国では既に事後処理の方針が決まりつつありまして、今回はそのご報告に上がりました」
「事後処理? えっと、俺たち……っと、僕たちがここに運び込まれてから、どのくらい経っているのですか?」
俺は久々に猫を被った外交モードでライナスに接する。これまで長いこと地を曝け出して来たが、そろそろ教会という組織の人間として動いていることを思い出す必要があるだろう。
「ええと、五日間、ですね。この間に色々なことが動きました」
それを聞いたら急に腹が減ってきた。




