#5
街道をひたすら西へと突き進み、小さな宿場町に辿り着いた時には、既に日が沈みかけていた。
俺の足もかなりガタガタだったが、リュネットに至ってはもはや生まれたての小鹿みたいな有様で、しかも表情は顔色一つ変えずに平静を保っているものだから、すれ違う人たちが若干引きつった表情で道を空けてくれたりする。
宿に辿り着くや否や一人部屋を二つ借り、そのうちの一つに入ったところで、俺はようやく一息つくことができた。リュネットは与えられた部屋に入りすらせずに、震える足のまま一直線に浴場に向かったようだ。
俺もさすがにあれだけ走った後なので一風呂浴びたいところだが、その前にやるべきことがある。
懐から出した通信用の神具――真鍮の筒の両端が同じ方向に曲がっていて、その先端がラッパのように開いた外観の物体である――に向かって、神聖語のキーワードを呟く。何秒か待ったところで、向こう側から声が聞こえてきた。
『もしもし……あっ、もしかしてピエトロ!?』
「もしかしなくても俺だ。良かった、そっちは無事のようだな」
ディーノの無事を確認し、俺は安堵のため息をつく。声の遅れの具合からして、おそらくまだ塔の近くにいるのだろう。
『こっちは大騒ぎだよ。塔の中の人が屋上から飛んで脱出して、その人を捕まえろって命令と殺せって命令がそれぞれのルートで行き交ってたり、多分その命令出してるであろう宮廷魔術師同士が水面下で争い始めたり……あれ? ひょっとしてピエトロ、今結構離れた場所にいたりする?』
「ああ。その“中の人”と一緒に西の宿場町だ」
『うわぁやっぱりやらかしてた!』
「やかましい」
やっぱりとは何だやっぱりとは、と思ったが、実際にやらかしてしまっている以上、反論の余地が無いので黙っておく。
『それにしても、ここから西の宿場町っていたら、一番近い所でも普通に歩くと朝から晩までかかる距離だよね。ってことは、あの翼みたいなので二人一緒に?』
「塔の上で兵士に襲われたところを助けたら、なぜか一緒に連れてこられた。他に何か情報は?」
『ええと、“中の人”の正体が魔法学院の学生だってことと、何かの儀式をやらせて失敗したから被害拡大を防ぐために塔に閉じ込めて魔力抜きをしていたらしい、って噂があるけどまだ裏は取れてない。あと、あんな空飛ぶ道具が置いてあるような部屋に偶然閉じ込めるわけがないから、この脱出は最初から誰かが仕組んでいたに違いないって犯人探しが始まってるよ』
「その犯人探しはなんとなく無駄な気がするが……でも俺が行方不明になっちまった以上、お前もそっちに残ってるととばっちりで危ないかもな。こっちと合流できるか?」
『せっかくの混乱に乗じてもう少し情報を掴んでからと思ったけど、確かにそろそろ潮時かもね。基本的な取っ掛かりは掴めたから、あとは《智慧の大樹》で何とかするよ』
「そうしよう。町に着いたら連絡してくれ」
ディーノとの通話を打ち切ると、俺は神聖術の詠唱を始めた。塔の封印力による後遺症が少し残っているが、今使おうとしている程度の術の行使には特に支障はなさそうだ。
神聖語を三言四言ほど唱えると、宿全体が見えざる結界に包まれる。特に何かを防ぐような結界ではなく、単に人の出入りを把握できるだけのものだが、万一にも追っ手がこの宿を突きとめてきた場合や、もしくはリュネットがこっそりと行方をくらませようとした場合にも、即座に気付くことができる。
「ふぅ……これでよし」
一安心したところで、急激な疲労と眠気が俺を襲った。いつベッドに潜り込んだかの記憶も定かでないまま、俺はいつの間にか意識を手放していた――